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黄金の魔族姫  作者: 風和ふわ@コミカライズ連載中
第五章 エレナと造られた炎の魔人
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109:不屈の友よ

 ベルフェゴールの足が止まる。彼はこの場を去ることができなかった。何故なら──エレナの手が、ベルフェゴールの足を強く掴んでいたから。「癒せ(ヒール)」。ベルフェゴールはそんな彼女の呪文を確かに聞いた。そして瞬時に黄金の輝きが彼を包み始める。彼は両眉を吊り上げた。


「エレナ・フィンスターニス。吾輩を癒してどうするというのですか」

「……ッ癒せ(ヒール)!!」


 訝しむベルフェゴールを嘲笑うかのように、エレナの掠れた声が追加で呪文を唱える。ベルフェゴールは苛立ち、すぐさまエレナの首を掴んで持ち上げた。しかしそこで驚くことが起きたのだ。エレナの胸は確かに血で染まっている。だがその傷がみるみるうちに治癒されていくのが見えた。エレナは己の胸を何度もナイフで突き刺し、間違いなく瀕死状態であったはず。既に治癒魔法で治せるものではなかったし、そんな体力が彼女に残されているはずがない。それなのに、どうして……。そこでベルフェゴールはハッとした。


「エレナ・フィンスターニス! ま、まさか貴女……っ、吾輩の『怠惰(死にたがり)』を逆に利用して限界を超えた治癒を可能にしているのか……! 確かに吾輩に触れればどんな無茶をしても不死は得られる。だが、それは貴女の精神を蝕み続けることに他ならない! ……いいでしょう。貴女がその気なら……!!」


 ベルフェゴールは口角を上げる。そして笑い声を上げながら、エレナの精神に渾身の『怠惰』を流し込んだ。それは悪魔ベルフェゴールを構成している何万という自ら命を絶った人間達の記憶。つまり今のエレナは何万人分の絶望を一人で味わっていることになる。故に──彼女は発狂する。ポロポロ涙を流しながら、どうしようもない絶望を前にもがき苦しんでいた。

 ……だが、エレナはそれでも己の首を絞めるベルフェゴールの手首を掴み、治癒魔法をやめなかった。次々と襲い掛かってくる絶望を前にしても、彼女は自分を見失っていないらしい。ベルフェゴールはそんなエレナにゾワリ、と鳥肌が立った。


「どうして……っ! 我々の絶望を前にしてもなお、何故貴女は生きようとするのですかエレナ・フィンスターニス! なぜそこまで生にこだわるのです!」


 ベルフェゴールの問いにエレナはようやく彼に対して口を開く。たった今まで虫の息だったとは思えない、力強い声だった。


「そんなの、決まっ……てる。今の私には、どうしても守らないといけないものがある……! 救いたい友人もいる……! そして何より私には、“救う力”がある! だからここで死ぬわけにはいかない。私にはこの力を託された責任があるから……!」

「!!」


 ベルフェゴールはそんなエレナの言葉に、彼女を持ち上げている手と反対の手で顔を覆った。まるで動揺する自分を隠すかのようだった。エレナは涙を流しながら、ただただ真っ直ぐ彼を見つめるだけだ。ベルフェゴールは指の隙間からエレナの強い瞳と目が合う。その瞳を、彼は知っている。その言葉を、彼は知っている。

 ……その瞬間から、気づけばベルフェゴールはエレナととある男を重ねて見ていた。


 ──『シルバー。俺はもっと沢山の人を救いたい。お前が俺を心配してくれる気持ちは本当に嬉しいよ。だが俺には人を救える技術も知識も備わっている。技術や知識を学んだ人間にはそれを遺憾なく生かすという責任があるんだ。今、こうして俺達が話し合っている間にも救える命が失われていくのは、俺にとって身を切るよりも辛いことなんだよ……!』


 そう泣きそうな顔で己に訴えてきた男は一体誰か。ベルフェゴールの瞳が揺れる。

 彼は今、ようやく思い出したのだ。ずっと脳裏にちらついて離れなかったその男の存在を、己の生前の記憶を──。


 悪魔ベルフェゴールの基盤となっている人格は生前、戦地を駆ける医者だった。そして彼の隣には共に戦争に巻き込まれた被害者達を治療する唯一無二の親友がいた。ベルフェゴールは彼と肩を並び、見捨てられた人々の命を救うことに幸福を感じていた。だがそのうち二人が滞在していた戦地は予想以上に激しさを増し、ベルフェゴールとその親友はそこを離れることを決意する。……正確には戦地を離れることをベルフェゴールが提案した際、親友は断固反対していた。しかしベルフェゴールが彼を強制的に戦地から引き離したのだ。親友が見知らぬ誰かの為に簡単に己の命を捨てる人間であることを一番理解していたから。ベルフェゴールは大切な親友を失いたくなかった。だが、親友は──


 ──ベルフェゴールが眠っている隙に、戦地へ舞い戻っていったらしい。


 それに気づいたベルフェゴールが慌てて追いかけた時には既に遅かった。幸か不幸か、彼は親友と再会することができたのだが、既に親友は無惨な状態であった。何よりも大切だった人間を失った悲しみ。それによってベルフェゴールは全てを怠惰したのである。


 ──あいつは、どんなに絶望的な状態の人間でも、救うことを諦めなかった。

 ──そんなあいつだからこそ、虫の息だった患者が息を吹き返したりと奇跡を何度も起こせたんだ。

 ──そしてその度に、あいつは笑った。

 ──「ほらなシルバー。諦めない人間はこんなにも強いんだ」って……。


 ──吾輩はこの世の誰よりも人間の弱さを知っている。

 ──だが同時に、どんな絶望を前にしても諦めなかった男の存在も知っていたのだ、憧れていたのだ。


 ──嗚呼、アッシュよ。吾輩の唯一無二の友よ。もう一度君に会いたいと吾輩がどれほど願ったことか。

 ──まさか悪魔になってから、()()()()()()()()()()()()()……。


 ベルフェゴールは今までとは違うどこか優しい瞳をエレナに向けた。その瞳が涙を流していることにエレナは気づく。

 ──しかしその時だ。ベルフェゴールの体が何者かによって拘束された。


「無事か、エレナ!」

「パパ!! よかった……!!」


 ベルフェゴールを拘束したのは固い布状に実体化された闇。それは魔王の闇魔法に過ぎない。エレナはベルフェゴールから解放されると同時に魔王に抱きしめられていた。ベルフェゴールは先ほどエレナが唱えた二回目の呪文が魔王を癒すためのものだったのだと今更ながらに理解する。魔王とエレナは互いの命を確かめるかのように強く抱擁した。そんな彼らを前にして、ベルフェゴールは微笑むことしかできない。


「ははは、まさか吾輩の呪いを利用されるとは……。流石ですね。実に貴女らしい」

「むっ。なによ、まるで私を随分前から知っているような口ぶりね、ベルフェゴール」


 エレナはどこか愛しそうに自分へ微笑むベルフェゴールに首を傾げる。魔王がベルフェゴールをさらにきつく締め付けようとしたが彼女はそれを止めた。ゆっくりと自分を見下ろす彼に近づいていく。


「エレナ、こっちに来なさい。その悪魔は危険だ。すぐに我が取り払おう」

「大丈夫だよパパ。この人は、()()()。そんな気がするの。拘束も解いていいよ」

「し、しかし!」

「パパ。可愛い娘の我儘だと思って」

「……、」


 魔王は何か言いたげだったが、エレナの言う通りにベルフェゴールを解放した。体に自由が戻ってきた悪魔にエレナはさらに歩を進め、彼を見上げる。そしてエレナはベルフェゴールに──握手を求めた。


「……どういうつもりですか」

「悪魔ベルフェゴール。一つ提案があるの。私と友達にならない?」

「!?」


 ベルフェゴールは唖然とする。勿論、それを聞いていた魔王も。エレナは言葉を続けた。


「貴方の呪いはどうしようもない絶望から逃げることができなくなる恐ろしいものだよ。でも、それは言い換えると──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならない」

「ッ、それ、は……」

「だからベルフェゴール。私と共に来てほしい。ずっと私は悩んでいたんだ。もう目の前で誰も死なせたくない。でも今の私ではどうにもならないこともあるんだって。でも貴方がいるなら話は別。さっきみたいに貴方の呪いの不死効果を利用すれば、私の治癒魔法はさらに強くなれる。だからベルフェゴール、一度は全てを諦めてしまった貴方だけれど、今度は『諦めたくない』と足掻く誰かを救ってみない? 私と一緒に!」


 ……そんなエレナの満面の笑みに、ベルフェゴールは思わず脱力した。そして心の底から声を上げて笑う。こんなに心地よく笑ったのは、()が隣にいたあの頃以来だったか。


「吾輩は怠惰の悪魔だというのに、貴女は正反対の存在として吾輩を認識しているらしい。……ふふ、いいでしょう。このベルフェゴール、今この瞬間から貴女にこの身を捧げることにします。吾輩の唯一無二の不屈の象徴──エレナ・フィンスターニス様」

「大袈裟だなぁ。エレナでいいよ」


 悪魔ベルフェゴールは「畏まりました」と恭しくお辞儀をすると、エレナから差し出された小さな手を優しく握り返した。……この世で最も尊敬していた人間と、再び誰かを救うことができる喜びを噛み締めながら。

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― 新着の感想 ―
なんて恐ろしい悪魔!なんて恐ろしい呪い!だと思っていたけれど、エレナさんが呪いを奇跡に変えてくれた!!(* ゜Д゜) アッシュさんをエレナさんの中に感じただろうし、アッシュさんと成し遂げられなかった…
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