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メアリー

<メアリー>

 私はメアリー。貴族なのでこの名前の前に色々とくっついているが、誰もがお嬢様と口にする。

 それに娘に屋敷の外に出ることを禁止して、母を捨てた父の名字なんて、わざわざ名乗りたくなかった。


 外に出られず陽の光を殆ど浴びることがないので、私の肌は雪のように白く、髪は純金のように光り輝き、青い瞳は何処までも透き通り、汚れも傷も一つなく容姿が整っている。

 その姿は、まるで一流の芸術家が作った精巧な人形のようだと、父が連れられてきた他の貴族たちは、こぞって褒め称えた。


 母は私が赤ん坊の頃に亡くなったらしく、どんな人だったのかは覚えていない。

 そして父は婿として実家から嫁いできて、自分よりも地位が高く容姿が整い器量も良い母のことが、嫌いだったらしい。


 貴族としての誇りかプライドが高かった父は、母のお葬式が終わってからは、娘の私を屋敷に一人残して使用人に世話を任せ、ここには帰って来なくなった。きっと亡き母と過ごした時間を思い出すだけでも嫌悪したのだろう。

 そして私にとっては良いことだが、父には似ずに幼い頃の母と瓜二つだと、メイド長は自分のことのように喜んでいた。

 その点でも、彼がこの屋敷に帰って来ない理由になっていたのは間違いない。


 その後、父は王都の別荘で仕事をするわけでもなく、側室を呼び寄せて毎日愛の言葉を囁いているのだと、使用人たちの噂話をよく耳にするようになった。




 時が流れて物心がつくようになった頃、私は使用人たちに無理難題を出して、毎日のように困らせていた。

 しかし彼らは嫌な顔一つせずに、私が出した命令を淡々とこなすのだ。


 もし娘がワガママ放題に振る舞っていると王都の父の耳に入れば、自分を叱りに屋敷に帰って来くるかも知れない。そう考えて実行しているのだが、なかなか上手くはいかなかった。


 その時は、もっとも身近で頼れる家族の父に、どうにか私を見てもらいたくて、使用人たちにワガママを言う生活が続くが、結局彼らは一度も父に報告しなかった。

 今思えば側室との間に子供ができれば、その時点で正妻の子である自分は用済みとなり、少しでも目障りだと感じれば処分されてしまうだろう。

 屋敷の者たちは私のためを思って、わざと報告せずに耐えてくれていたのだと、ずっと後になってから気がついた。




 十歳になる頃には庭を散歩することもなくなり、ついでに使用人を困らせても無駄だと理解した。

 代わりに退屈を紛らわせるため、朝早くから日が暮れるまで図書室や自室に籠もっては、分厚い書物を読み漁るようになった。

 しかも母に似たのか私は同じ年頃の子供と比べてもかなり賢いらしく、専属の家庭教師もべた褒めしていた。

 だから読み書き計算もすぐに身についたし、昔の文字や言葉も簡単な説明を聞いただけですぐに理解できたのだと思う。




 そんなある日のことだ。新規の行商人が貴族屋敷に売り込みをかけてきて、お近づきの印にと、人形やぬいぐるみをたくさん置いていった。

 本来なら何か裏があるのではないかと勘ぐり、受け取らずに処分するか、安全が確認されるまでは倉庫に保管する。

 だが私は、黒髪と黒目の小さな女性の人形に、まるで一目惚れしたかのように釘付けになり、胸が高鳴った。


 私は小さな人形にサンドラと名前をつけ、屋敷の何処に行くにも、何をするにも常に持ち歩くようになった。


 その後も例の行商人は月に何度か屋敷にやって来ては、新しい人形やぬいぐるみを置いて去って行ったが、初回のサンドラの他には特に惹かれる物もなかった。

 なので受け取った物は使用人に安全確認を任せて、済んだ物は適当に飾っておくようにと命令して、私はお気に入りの人形を連れて、いつものように自室に引き篭もるのだった。







 それから十日ほど経ち、また行商人がやって来たので、屋敷内で一番偉い私はメイド長と一緒に彼に会い、適当に話を聞いていた。

 今回もサンドラほど興味を惹かれる人形はなかったと心の中で溜息を吐き、早く終わらせて自室で本の続きを読みたいと上の空だ。

 だが次の瞬間、私だけでなく応接室に居る皆は大いに驚くことになった。


 何と今までただの人形だと思っていたサンドラが、突然動き出したのだ。

 それだけではなく、流暢に言葉を話し、行商人の護衛を凄まじい速さで殴りつけ、壁まで吹き飛ばした。

 さらには他に動き始めた人形やぬいぐるみ、果ては正体を現した悪者っぽい魔法使いを、コテンパンにやっつけたのだ。

 まるで英雄物語のような大活躍に興奮し、すぐ近くで見ていた私は頬を紅潮させて潤んだ瞳で愛しい彼女を見つめ、喜びのあまりにギューッと抱きついたのだった。




 騒動が収まったあとに、彼女に一通りの事情を聞きくと、サンドラの故郷は行商人を装った悪い魔法使いとその部下の襲撃を受けて、殺された彼女は魂を人形に封じ込められてしまったことがわかった。


 人形が動いて喋る時点で普通の人は気味悪がるが、私や使用人たちは危ないところを助けられたこともあり、行くあてがないのならと。屋敷に住まわせることになった。

 罪人を突き出したり、国が正式な判断を下すまで、下手な動きしないように見張る目的も含まれているが、サンドラは一も二もなく了承し、しばらくの間は屋敷に留まることになった。


 それからの私は、今まで以上に何処に行くにも何をするにも、サンドラと一緒に過ごした。やはり動いて喋れるのは凄い。

 しかも彼女は私のお願いを聞いて友達として扱ってくれた。メアリーと呼び捨て、いつも本音で語ってくれるのだ。

 言葉の節々に自分のことを大切に思ってくれているのだと感じられ、一緒に居て、とても楽しい時間を過ごしていた。

 屋敷の使用人たちも、そんな幼女と人形の仲睦まじい様子を、微笑ましく見守っていた。







 しかし王都の別荘に居たはずの父が、連絡もなしに突然帰ってきたと思ったら、有無を言わさずサンドラを捕らえようとしたことで、状況は一変した。

 さらに大天使の力で強制的に操るつもりだったと明らかになり、私は心の中で大いに憤慨し、彼女と一緒に屋敷を離れる覚悟を決める。


 予想通りとはいえ、やはり父は許さず、私の頬を平手打ちし、子供の体では受け止めきれずにバランスを崩して、柔らかなカーペットの上にうつ伏せに転んでしまう。

 だがそれを見たサンドラは静かに怒り、先程吸い取った大天使の力を使い、光の輪を生み出して父と護衛を残らず拘束した。

 そして倒れた私に向かって、笑顔で小さな手を差し伸べるのだった。




 驚くべきことに今の彼女は、ガラスの瞳でも球体関節でもなかった。大天使の力を吸い取った影響か、背中の純白の翼と頭上の天輪を実体化すると、まるで本物の天使そっくりに見える。

 ハラハラしながら成り行きを見守る使用人たちや、床に転がる父と護衛も、皆驚愕の表情を浮かべているのがわかる。


 そのまま羽ばたき空を飛ぶことで窓から脱出し、私はサンドラに抱えられて初めて大空を飛んだ。

 色々感動しっぱなしだが、それを興奮しながら彼女に伝えると、初めての飛行なので相当集中力が必要らしく、しばらく黙っているようにと怒られてしまった。

 でもこうして窮屈な屋敷から飛び出し、大好きなサンドラと一緒に居られることがとても嬉しくて、辺りが夕焼け空に染まる中で、自分でも気づかないうちに涙がいくつもこぼれ落ちていた。




 その後日が暮れたので、目立たないように適当な森に降り立ち、野宿で夜を明かすことになった。

 自分が簡単な魔法を使えると言ったら、本気で偉いと褒めてくれたのがとても嬉しかった。


 朝になり、周辺調査から帰ってきたサンドラは、少し奥には長年人の住んでいない猟師小屋があるので、取りあえずそこを拠点として使うことを提案した。

 実際に私を抱えてそこまで飛んであれこれ見て回った後、二人が安全に暮らすために修理や改築したり、足りない物資を調達したりと苦労したが、今は何とか生活できている。

 さらに魔物や他の人間を弾く光の結界を常時展開することで、私とサンドラの二人だけの小さな箱庭を作り出すことに成功した。




 物々交換を行うようになってしばらく経つと、小屋の敷地内に小さな何かが飛んでいることに気づいた。

 サンドラは朧気に感じ取ることはできても見えないようで、正体を尋ねても首を傾げていた。


 光の飴玉を舐めてから私の中の何かが変わったようで、魔力や魔素の動きもわかるようになった。その結果、敷地内をフヨフヨと浮遊する小さな虫は、自分だけが見ることができるのだと理解した。

 さらに書物で調べても載っていなかったが、これは精霊だとはっきりとわかるのだ。


 敷地内では精霊が増え続けているので、単純にこの謎の生き物が増殖しているのか、光の繭の中が居心地が良いので外から集まってくるのか、この謎は大変興味深い。

 サンドラには、メアリーは本当に本が好きだね…と言われるが本当のことだ。


 今世の知識を蓄えておけば、何かのときに役に立つし無駄ではない。それに絶望に囚われていた私を、その小さな体で包み込んでくれた彼女の助けになる。

 大好きな人形の足りないところを補うために、友人の苦手分野は自分が埋めようと、今日も分厚い書物を読み解いていく。


 小さな人形と庭の樹の下で椅子に腰かけ、一緒に薬草茶を飲んでくつろぐのは、私が一番好きな時間だ。

 光の結界に内部の大気が渦を巻いてゆっくりと循環し、物干し竿にかけられた白いロングワンピースが風になびく。

 空を見上げれば雲ひとつない晴天で、今日も絶好の読書日和だ。


 こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに…と、私は小さなカップにチビチビと口をつけている愛しいサンドラを微笑ましく見つめ、中断していた本のページをゆっくりとめくるのだった。


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