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念願のマイホーム

 野営地からメアリーを抱えて空を飛び、森の奥深くの古びた小屋の前に着陸したアタシは周囲を見渡す。

 元は菜園でもあったのか、薬草や野菜、果樹までが野生化してあちこちで勝手に繁殖していた。

 そして人里に通じる唯一の細い道も、背の高い草木に覆われて完全に塞がり、もはや獣道にすら見えない。

 おまけに家は荒らされてこそいないが、長年の風雨や湿気ですっかり苔むしており、蔦や草が僅かな隙間から内部に侵食し、木材が芯から腐っている箇所も多そうだ。


「サンドラ、どう? 住めそう?」

「時間はかかるけど補修できるし、多分大丈夫かな」


 アタシは村娘だった頃は、家の補修や、古い椅子や机も何度も手直しして使い続けてきた。それでも貧乏生活からは脱出できなかったが、素人ながら技術は身についたので全くの無駄ではないはずだ。

 なので一から家を建てるのは無理だが、最低限の修理は行えるのだ。




 茂みをかき分けながら玄関に近づくと、扉には金属の錠前がかかっていて、このままでは入れそうになかった。

 そしてアタシはたちは小屋の鍵は持っていないし、すっかり錆びついていたので鍵穴自体が動かなくなっているので、光の手刀で錆びついた錠前をスパッと切断して、何食わぬ顔で主の居なくなった家の中に入る。


 窓はガラスではなく木の板で塞がれていて暗かったが、屋根が雨漏りでもしていたのか、隙間から光がが差し込んできていた。


「取りあえず光の結界を…っと」


 アタシは両手を広げて家の敷地を丸ごと覆うような光の繭を張る。森の奥の小屋に住むのだから、獣や魔物の被害を防ぐのは必須である。


 今この場に居る二人だけは出入り自由にしたので、何かあったら拠点に逃げ込めばいい。だが危険な目に遭わないのに越したことはないし、出歩いて厄介事に巻き込まれるぐらいなら、外には出ずに家に引き篭もるのが正解だろう。


「んー…一階建ての平屋で、床下に倉庫があるね」

「そんなこともわかるんだー」

「うん、探知魔法でね」


 実際にアタシが使っているのは多分探知魔法ではなく、ただのゴリ押しだ。人形とは別の視点でドレインの標的を探す行為は、何処に何があるのかがわかるのでとても便利だ。




 まずは手近な倉庫に…と、小さな体で床板を持ち上げようとしたら、芯から腐っていたのかそのままへし折れてしまった。

 仕方ないので新しい穴を潜って中に入り、内からグイッと押し上げて開閉する。


 入り口を開けると、大人の身長ほどの深さの地下室があり、アタシはそのまま飛び降り、メアリーは木枠のハシゴで気をつけて下っていく。

 パッと見た感じは五メートル四方の薄暗い空間だろうか。


「サンドラ、何もないよ?」

「食料を蓄える倉庫だったようだけど、ずっと放ったらかしなら風化して当然だよ」


 いくつか置かれている腐った木箱を開けると、中には野菜や果実、肉といった食料品が、発酵や腐敗を通り越して、完全に干からびた状態で入っていた。

 原型を留めている物は何一つなく、それだけこの小屋には、長い間人が訪れていないのだと、はっきりと理解した。

 これから無断で住み着くアタシたちにとっては、好都合と言える。




 大体確認し終わったので地下から這い出て、今度は平屋の中を順番に見ていく。

 まず玄関から入ってすぐだが、居間と台所がくっついたような形で広く間取りが取られていた。

 二つある古い石組みのカマドは両方崩れているし、大机や椅子の足がへし折れたり腐ったりしている。


 廊下はなく、そのまま居間に隣接する小部屋が二つあった。取りあえず手近な部屋から入ると、そこは寝室らしく木製ベッドが置かれていたが、シーツどころか台座や床や壁もボロボロで、とても使い物にはなりそうにない。

 もう片方の部屋は物置として使っていたのか、木こりか猟師が森の中で使うような道具が色々置いてあった。

 だがどれも老朽化が激しくて、錆びたり折れたりしていて使い物にならない。


 総評としては、家や生活用品はあるが手入れしなければ全く使えず、雨漏りや隙間風に耐えながら、不便な生活を覚悟しなければいけない。


「ねえサンドラ。本当に直るのー?」

「……多分」


 まさかここまで酷いとは思っていなかったので、少しだけ不安になってきた。しかしヘコんでいても始まらないので、今は一歩ずつでも前に進むべきだ。


 あくまでもここは拠点候補の一つで、他にもっと良い場所があるかも知れないが、もっと酷い場合もある。

 とにかく妥協すると決めたのならば、少しでも快適に過ごせるように修理を行い、生活環境を改善すればいい。

 と言うことでまずは、使用頻度が高い寝室と台所から手を入れようと、密かに気合を入れるのだった。







 人形の体は一日中動いても全く疲れないし、人間離れした速さと力を持っている。唯一の欠点は小人サイズだが、人前にさえ出なければ何の問題もない。


 そしてメアリーは力仕事は苦手らしいので、掃除を頼んだ。道具こそないが、彼女は魔法が使える。

 風魔法で積もった埃を外に飛ばしたり、水圧をかけて汚れを押し流し、焦げない程度の弱い火で乾燥させたりと、やれることは尽きない。


「石が上手に積み上がらないところは、光の手刀で形を整えて…っと」


 馬鹿力と切れ味抜群な光の刃により、台所の石窯を積み上がげていく。いくつか外から運んできた大岩を削った物が混じっているが、使えれば問題はない。

 そうこうしているうちに両方のカマドの修繕が多少不格好だが何とか終わり、はぁ…と一息つく。


「生活用品が全然ないし、…どうしようかな」


 森で現地調達できるものはいいが、アタシができるのは手直しや修理ぐらいだ、それに人形の体で村娘時代と同じ手作業が行えるのかは疑問が残る。

 貴族のお嬢様だったメアリーが文句も言わずに、鼻歌交じりで楽しそうに手伝いをしてくれるのはありがたいが、金髪幼女に職人芸を期待するわけにはいかない。


「やっぱり、あるところから持ってくるのが一番だよね」


 責任を持ってアタシが引き取って育てるのだと啖呵を切った以上、中途半端で終わらせたくなかった。

 少なくともメアリーが大人になり、独り立ちするまでは不自由ない生活を送らせてあげたい。

 なのでこれから二人で暮らしていくため、生活用品を集めようと、楽しくお掃除中の金髪幼女の元に飛んでいき、知恵を働かせて今後の計画を練るのだった。






<ある村の猟師>

 一人の男が鬱蒼とした森の中に足を踏み入れた。彼は近くの村の猟師であり、かれこれ十年以上も狩りを続けているベテランだ。

 しかし今日はあいにく手頃な獲物が見つからずにあるき続け、かなり奥まで来たが、これ以上進むと日が暮れる前に村に帰れなくなる。

 なので本日の収穫はなしだと諦めて、そろそろ引き返すべきか…と、そんなことを考えていた時だった。


「そこの猟師さん。少しいいですか?」


 何処からともなく美しい女の声が響き、驚きの余り体が強張る。昔も同じように声をかけられたことがあったが、それは村の誰かのイタズラであり、少なくとも森の奥深くでは絶対にありえない。


「誰だ! 姿を見せろ!」


 イタズラはありえないので、知恵を持った魔物の仕業かと考えたが、それなら声をかける前に襲いかかっているはずだ。

 相手の姿や目的がわからないため、不安に襲われた俺は、虚勢を張って正体不明の女に向けて大声で威圧する。


「怪しい者ではありません。私はこの森の精霊です」

「…精霊だと?」


 何度も声を頼りに女の姿を探したが、周囲は鬱蒼とした森が広がるだけだ。相変わらず姿を現さないので不信感を募らせるが、精霊と名乗られては、話を聞かないわけにはいかない。


 昔はこの森でも姿が見られたらしいが、今は世界樹の周りかエルフの里に僅かに存在するだけだ。

 ただし人間には姿が見えずに声も聞こえず、そこに居ると感じるのが限界らしい。なので精霊と意思を通じ合って使役できるのは、エルフだけという噂だ。


「はい、実は猟師さんにお願いがあって参りました」

「お願い?」


 そんな精霊を名乗る女が何故自分に話しかけてきたのか、目的は不明だがいきなり襲われることはなさそうだ。

 なのでここは一旦警戒を解いて、耳を澄ませて聞き逃さないようにする。


「実は人間の使う生活用品欲しいのです。鍋や鞄、包丁や茶碗等…色々です。新品でなくても構いません」

「それは何故だ? どうして生活用品を欲しがる?」


 精霊が人間の道具を欲しがるなど聞いたことがない。それでもご利益にあやかりたい者は一も二もなくお願いを聞くだろうが、俺は猟師だがそこまでの精霊信仰はない。

 だからこそ、人間の生活用品を求める理由が気になった。


「えっ? ええと、…理由は秘密ということで!」


 しばらく沈黙が続いたと思ったら、急に崩した喋り方に変わった。俺の中での先程までの威厳に満ちた精霊像が、呆気なく崩壊する。

 それを聞いて、まさか子供のイタズラか? …と考えたが、ベテランの猟師でさえ、ここまで森の奥深くに入ることは殆どない。

 その場所でわざわざ俺を騙そうとする理由が、皆目見当もつかないのだ。


「わかった。理由は聞かない。しかしこちらにも生活がある。タダでは用意できない」

「わかっています。ですので、物々交換をしましょう」


 女がそう言うと自分の足元に急に影が差し、気になって上を見上げると、空から一頭の巨大なイノシシが俺の目の前に降ってきて、あっという間に地面に接触し、ズシン…と重い音が辺りに響いた。

 危うく下敷きになるところで突然の出来事だったので、驚いて腰が抜け、俺は情けなくひっくり返ってしまった。


「こっ…これは! イノシシ…いや! デッドボアか!」


 イノシシが魔物化したデッドボアが空から降ってきて、今は俺の目の前で横たわっている。だがそれは、今はピクリとも動かない。

 瞳が閉じて外傷が一切ないが、呼吸をしているようには見えない。つまりはこれは死体ということになる。


「明日は貴方の村の近くまで取りに行きます。

 ですので適当な生活用品を持って森の中に入り、誰にも見られない場所に置いたら、黙ってその場を立ち去ってください」


 俺がただただ戸惑っていると、再び女の声が辺りに響いた。色々と聞きたいことがあるが、迂闊に踏み込むと絶対にヤバいことになるのがわかる。

 目の前に傷一つないデッドボアの死体が転がっているのが、いい証拠だ。


「わっ…わかった。望み通りにしよう」

「交渉成立ですね。それでは、私はこれで…」


 それっきり女の声は聞こえなくなり、俺はしばらく腰を抜かしたままだったが、何度も周囲を見回して他に誰も居ないことを確認すると、震える体に鞭を打って立ち上がり、目の前の巨大なデッドボアにそっと手で触れる。…まだほのかに温かかった。

 つまりコイツは少なくとも数分前までは生きていたということで、その命を奪ったのは、確実に精霊を名乗る謎の女だろう。


「はぁ…とにかくこれは、俺の手に余るな」


 高ランクの冒険者を雇わなければ討伐が不可能なデッドボアを、倒してくれたのはありがたい。しかし場合によっては、もっと厄介な者を村に招き入れてしまいかねない。

 それでも要求を断れば俺の命が危ない。あの場では首を縦に振るしかなかったのだ。


「一度村に戻って、相談しないと」


 デッドボアの死体もこのままにしておくわけにはいかない。これほどの大物で、しかも状態の良い素材だ。きっとこの森の主で、相当な高値がつくはずだ。

 棚からぼた餅と言えなくもないが、今後のことを考えると頭が痛い。一先ず村に戻り、高級素材を運搬するための力自慢たちを集めようと、急いで駆け出すのだった。

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