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天使の力って凄い

 屋敷の窓から飛び出して追われる身となったアタシとメアリーだが、片方は元村娘で人形、もう片方は貴族で教養を受けているが、育児放棄された十歳の幼女だ。

 そんな二人が逃亡生活の綿密な計画を練っていたはずもなく、当然行き当りばったりの出たとこ勝負であった。


「サンドラ…お腹空いたよー」

「そうだね。いくらアタシの生命力を譲渡しても、このままじゃ駄目だよね」


 他者から命や魔力を吸い取れた。ならば逆もできるのではと試した結果、疲れているはずのメアリーが、元気いっぱいになった。

 ここまでは成功したのだが、空腹感は残ったままらしく、あくまでも生命を維持するだけのようだ。

 育児放棄した父親の代わりに、娘のメアリーを引き取って育てる決心をしたのは良かったが、逃走生活初日からこの有様である。




 取りあえず日が暮れたので、人が近寄りそうにない森の中に降りて。野営を始める。見張りは睡眠の必要がないアタシが行うとして、食料の調達から料理、火を起こしたりとやることは山積みだ。

 さらに今は村娘ではなく人形なので…。


「…あれ? 案外いけそう?」

「何がー?」


 古来より天使は唯一神の使いとして、様々な奇跡を起こした。その一部とはいえ吸収したのだから、今の自分は天使(仮)になったとも言える。

 ならば火起こしぐらい、道具を使わずにやれてもおかしくない。


「取りあえずメアリーは、ここから動かないでね」

「うん、動かないで待ってるー」


 普段はこのようにアタシの言うことは素直に聞くのだが、何故か自分を愛でることになると、途端にワガママ幼女に変貌する。

 だがまあ取りあえずそれは一旦置いておいて、範囲ドレインを行う前段階として、アタシは標的の位置を探ろうと感覚を研ぎ澄ます。


「ふむふむ、放置すると面倒なイノシシを仕留めようかな」


 相手が生きていようが死んでいようが、アタシにとっては同じことだ。生命と魔力のどちらかを吸い尽くせば動かなくなる。

 なので野営地から立ち上がると、先程探知したイノシシに向かって軽快に走り出す。 元々が闇属性の人形だったせいか、暗闇でも何不自由なく見通すことができる。


 数分かからずに現場に到着すると、そこには死にたてホヤホヤのイノシシが、まるで眠っているように横たわっていた。

 距離が離れたり広範囲のドレインは時間がかかるが、相手が一匹なら比較的早く吸い尽くせる。



 その際にエナジーではなくソウルを吸い取るのが重要だ。肉体を動かす生命力を奪うと、幽鬼のように痩せ細ってしまうのだ。

 そして魂と密接に関わっている魔力を奪うと、何の外傷もなく眠りに落ちるように死亡するので、無傷の素材が欲しいときには便利である。

 ちなみにそれは、実験がてらにソウルドレインを発動させた、今知ったことだった。


「これは便利に使い分けできそうかな? でも、引きずると痛みそうだね」


 綺麗なイノシシの死体を天使の輪で拘束したあと、人形の体で重さを感じさせずに引きずって、再び野営地を目指す。

 途中で食べられる木の実や野草を見かけたが、今は籠も鞄もないので、この場所を覚えておくだけでスルーした。


「ただいま」

「おかえりー…うわあ! 大きいイノシシー!」

「今から下処理するから、ちゃんと見て覚えてね」

「うっ…うん!」


 今回は道具も時間もないので、野営地に戻ったアタシは、ゴリ押しで下処理を済ませることにする。

 具体的には光の膜で自分の手の平を包み込んでナイフ代わりにして、高速の手刀でイノシシの首を切り落とした。


 そのまま全身の皮を剥いで、最後は天使の輪っかで投げ縄のように両足を拘束して、手頃な木に向かって放り投げ、逆さに吊るして固定する。

 血を見たことが殆どなかったのか、青い顔をしたメアリーがそっと視線をそらしたが、貴族を捨てて逃亡生活に付き合うと言ったのだから、なるべく早めに慣れて欲しい。


「体は小さいけど、切れ味抜群で助かったよ」

「そっ…そうなんだー」


 腰を抜かしてへたり込んでいるメアリーに、再び待っているようにと声をかけて、もう一度森へ向かう。

 そしていくつかの枯れ木を拾って頭の上に抱えるように運び、彼女の元に戻る。


「ただいま。だけどこれは、…むむむ!」

「今度は何ー?」


 イノシシの血抜きを見て。青くなっていた顔色も若干戻り、積み上げた枯れ木の前で神妙な顔をしているアタシに、メアリーが声をかけてきた。


「いや、火をどうやって起こそうかなって」

「それなら私ができるよ。基本的な魔法は一通り習ったのー」

「マジで!?」

「うん、弱いのばかりだけどねー」


 火起こしを頼むと、自信満々なメアリーが枯れ木に両手を向け、何やら呪文を唱える。すると小さなが火だが、ポッと灯り辺りを明るく照らした。

 そのままじっと眺めていると、積み重ねた他の枝に燃え広がっていったので、アタシは手早く太めの木を追加していく。


「おおー! 凄いね!」

「えへへ、私…凄いー?」

「うん! 魔法が使えるのは凄いよ!」


 アタシの直感的に扱う謎の力と違って、きちんと地道に努力を重ねて、理屈にそって発動させたメアリーは凄い。

 しかも火を起こす以外にも使えると言うなら、これからの逃亡生活の心強い助けになる


 とは言え和気あいあいと談笑しているだけで進まないので、アタシは血抜きが終わったイノシシを適当に手刀で切り裂いては手頃な枝を削った串に刺していく。

 それをパチパチと音を立てて燃えている焚き火で炙り、ちゃんと生でなくなったことを確認したあと、空腹のメアリーに振る舞った。


 なお、ついでにアタシもいただいた。光の力を吸い取ったことで闇属性極振りではなくなったのか、肉体が人形と天使の中間になったようだ。

 外見は球体関節の無機質な人形ではなく、サイズは変わらないが、今は小さな人間のように見える。


 何より味覚が復活したのがとても嬉しい。ただし外見が変わって五感が戻っても、それは表面だけで内部は人形のままのようだ。

 小さな口の中に入れて噛み砕いて飲み込んだ食べ物が何処に行くのかは、全くの不明であり、いくらでも入っていく割には、排泄をしないので、多分生命力として塵一つ残さずに分解吸収されているのだろう。







 次の日の朝、寝床用に光の繭を作り出して一泊したアタシは、いつもの習慣で日の出と共に目を覚ました。そしてメアリーはまだスヤスヤと眠っていたので、繭の上部だけを解除して、布団代わりの下部のほうがそのまま残した。


 昨日色々試して知ったが、天使の光の力は拘束用の輪っかだけでなく、翼や投げ縄や手刀、繭型の結界及び布団と、変幻自在で応用が効く。

 さらには輝きや透過率、強度まで自由に調節できるので、なかなか便利だった。


「んー…朝ー?」

「メアリーはまだ寝てていいよ」

「ん…そうするー」


 日の出とともに起き出すのは村娘の頃から習慣化しているが、貴族として育てられてきたメアリーにまで、押し付ける気はない。

 ゆくゆくはそうなるのが理想だが、昨日は色々あって疲れているだろうし、今日はゆっくり寝かせてやりたい。




 昨日捕まえたイノシシの残りが、今も変わらずにぶら下がっているのを意味もなく眺めたあと、取りあえず本日の予定を頭の中に思い浮かべて、純白の翼を生み出す。


「ちょっと空から周辺を見回してくるから」

「…わかったー」


 まだ眠いのかメアリーはウトウトしながら生返事を返すのを横目に、アタシは単身で空へと舞い上がる。

 今回は人を担いでないのでとても軽く、慣れてきたのもあって、何度か羽ばたかせるだけで高度がみるみる上がっていく。


「っと…雲の上まで来ちゃったよ」


 調子に乗って飛翔を続けていると、数分足らずで雲の上に到達してしまった。ここからでも位置を確認できるが、あまり地上から離れすぎると周辺図どころか、国も町もわからなくなる。


「でもまあ、凄く高い位置から見下ろしてみて、わかったことが一つあったかな。

 人が居ない場所って、思ったよりも少ないかも」


 遙か上空から見える物は限られているが、それでも人の住む町や村、その間に網の目のように広がる街道は、目に力を集めれば何となくだが見える気がした。

 だがアタシは世界地図を知らないので、国境線がわからず、ここはまだ王国内なのだろうか…と首を傾げてしまう。


「うーん、知らない人に聞いて正体がバレるのは嫌だから、この際適当なところで妥協しちゃおうかな」


 取りあえず周辺を空から確認する目的は果たしたので、ゆっくりと地上に降下しながら、心の中で溜息を吐く。

 呼吸が必要ない体なので空気が薄い高さまで上がっても平気だが、精神は中途半端に村娘なままので、あれこれ考えだすと余計な気苦労が絶えない。


「ん? …あれは」


 先程の野営地が目に見えるほど地上に近づいた時に、少し離れた場所に古びた小屋が建てられているのを発見する。

 そこで一旦止まり、今の高度を維持したまま、改めて周囲を見回してみると、その場所は森の奥で、村や町からかなりの距離があることがわかった。


「うーん、地理的にはなかなかの好条件。…かなり古い小屋?」


 今度は目を細めて小屋を観察すると、離れていても段々と輪郭がはっきりしてきて、長い間風雨にさらわれたためにあちこちが傷んでおり、今にも倒壊寸前のように見える。

 建てられた目的はわからないが、今は誰も住んでいなさそうで人里からも離れている。ならば勝手に住み着いても、そう簡単にはバレなさそうだ。

 逃亡生活を開始して間もないが、早くも逃げ回るのが面倒になってしまったアタシは、この辺りで妥協しようと即決したのだった。

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