謁見の準備
大鳥で空を飛んで王都の中心に降り立ち、しっかり着飾って準備万端のアタシたちは、これから大通りを真っ直ぐに進み、目的地である王城へと向かうのだ。
国王や各関係者には、二人は女神の友人なので手を出したら許さない…と、そんな内容も一緒に伝えているので、下手なことはされないはずだ。
予定では初日に国王との謁見と民の前で記念式典の告知。二日目に王都内のパレード。三日目に貴族や平民を交えたパーティー。
その他にも格式高い行事が多数残っているが、そこまで長期滞在するかはわからない。
「もし気に入らなければ、帰りましょう」
「ええっ!? 帰ってしまいますの!」
「式典はまだ始まっていませんが招きには応じたので、役目は果たしたことになります」
「はぁ…物は言いようですわね」
式典当日の王都には来たので、一応の義理は果たしたと言える。国王と対面するのを怖がっている辺境伯さんとは違い、アタシは別に物怖じしない。
それよりも今は、女神に群がってくる民衆のほうを面倒に感じている。
「しかし凄い人ね! 王都っていつもこんなに賑わっているの?」
「いえ、これは一年に一度の記念式典なのもありますけど。
今年は女神サーリア様がご出席されると国内だけでなく、諸外国にも大々的に告知したからですわ」
神話や聖典の存在で、伝説上の存在であるはずの女神が、式典の日に王都にやって来るのだ。
アタシたちが実は力を持っているだけの偽物だと知らない人たちは、その姿を一目見ようと世界中から集ってくるのも納得である。
そのせいか人混みが大変酷いことになっている。なので今は王城まで一直線に三人が通れるだけの縦長の結界を張り、群がってくる人々を左右に弾いている。
「サーリア様! 万歳! 万歳ー!」
「女神様! 貧しい我らにお慈悲を!」
「サーリア様! どうか神聖国にお越しを!」
「メアリー! 私だ! お前の父だぞー!」
色んな声が聞こえてくるが、それも辺りの喧騒に紛れてすぐに聞こえなくなる。光の結界で強引に道を作らなければ、まともに歩くこともままらない。
「ねえサーリア。何か今、変な声が聞こえなかった?」
「さあ? 私のログには何もありませんね」
メアリーの父親とは縁を切ったので、アタシのログには何もない。そして金髪幼女の歩く速度が明らかに加速したので、一刻も早くこの場を立ち去りたいと思っているのがわかった。
ここがメアリーが元々暮らしていた王国なのか、それとも女神の噂を聞いてやって来たのかはわからないが、こっちにとっては何とも迷惑な話である。
「ふーん、まあいいわ。それより王城ってどんな所なの?」
「無駄に広くて移動が大変で、面倒な輩が大勢居るところですわ」
辺境伯さんのやけに実感の籠もった声に、アタシとエルフちゃんは、おっ…おう…と沈黙する。
一時的に気まずい空気になってしばらく会話がなかったが、混雑する大通りを真っ直ぐに突っ切っていく。
人混みに溢れた城下町を抜けて、白亜の城の前にかかった跳ね橋を渡り、姿勢を正した門番の横を素通りすると、アタシはようやく光の結界を解除した。
「城の門番もフリーパスとは、流石はサーリア様ですわね」
「女神の邪魔をしても良いことはありませんから」
それでもやっぱり世の中には女神の邪魔をしたり、邪神だと蔑んで排除しようとしたり、自分に都合が良くなるように操ろうとする者も多分存在する。
だがもしそんな輩に出会っても、問答無用でグーパンで黙らせるので問題はない。
「はぁ…流石に疲れましたね」
「サーリア様でも疲れますのね」
辺境伯さんが意外な顔をして尋ねてくるが、確かにアタシの体は人形で、生命力と魔力は桁違いだ。だがそれでも心は村娘なのだ。
「人間は弱いので加減を間違えればあっさり死んでしまいます。
ですので力を行使するのは、毎度調整に苦労しますね」
「そっ…そうでしたのね。お疲れさまですわ」
アタシの発言を聞いて辺境伯さんは引きつった笑いを浮かべる。
それでも本当に力を使うのは大変なのだ。特に大勢の人でひしめき合っている式典や、壊してはいけない家々が立ち並ぶ王都では、ちょっと加減をミスするだけでも、大災害に発展しかねない。
攻撃手段ではない光の結界でさえ、その気になれば相手を押し潰したり弾き飛ばしたりと、やってやれないことはないのだから。
城門を抜けた先で待っていたのは、綺羅びやかな鎧や剣で身を固めた美男美女の騎士たちだった。
彼らは隊列を維持したまま、適当に喋りながら歩いていたアタシに堂々と近寄り、うやうやしく一礼をしてから、やや緊張しながら声をかけてきた。
「女神サーリア様! お迎えにあがりました! ここからは我々騎士団が、国王様の元にご案内致します!」
広域探知を使えば城内の全体図はわかるのだが、今日のために集められたであろう騎士たちの仕事を奪うような真似はせずに、素直に案内を受けることにする。
「では、案内を頼みましょうか」
「ははっ! では、こちらでございます!」
そして案内を受けて白亜の城内を歩いているのだが、辺境伯さんは全く動揺することなく普通に振る舞っている。
なおエルフちゃんは、里では見たことのない実用性を無視した騎士たちの装備に興味を持ちながらも、若干呆れていた。
「このゴテゴテした装飾って意味あるの? そりゃエルフの里でも、それなりにオシャレはするけどさ」
「騎士は格式や礼儀を重んじており、国王様に近い近衛になるほど顕著になりますの。
それに装飾に使われている石は魔石ですので、戦闘能力に支障はありませんわ」
確かに案内をしている騎士の装備品には綺麗な石が取りつけてあり、どれも少量の魔力を帯びているのがわかる。
ただの模様に見える飾り付けも、そのいくつかがルーン文字だとすれば、装備自体が特殊な魔道具とも言える。
何より女神の護衛として選抜されたのならば、彼らが並の兵士よりも強いのだろう。
見た目が良いので、アタシたちに好印象を持たせたいがために選ばれたわけではないと、そう信じたいものだ。
そんなことを考えながら広い城内を歩いていると、隣のエルフちゃんが話しかけてきた。
「私と騎士が一対一で戦ったら、サーリアはどっちが勝つと思う?」
「騎士の強さは未知数なので、わかりませんね」
技量的には遠距離ならエルフちゃん、中近距離なら騎士だろうが、魔石を組み込んだ装備次第でどう転ぶかわからない。
「サーリア様でもわかりませんの?」
「ゾウがアリの戦いを見ても、どちらが勝つかはわかりません」
「サーリア様が言いますと、まるで嫌味に聞こえませんわね」
今の発言に辺境伯さんだけでなく、案内中の騎士やそれとなく話を聞いていた見物人も驚いている。
何事も実力を測るにはまず自分を基準に考えるのだが、正直今のアタシは、人間やエルフの力を測る物差しはない。
ミリを測りたいのにメートル基準しか持ってないので、第一印象で何となく測定している感じだ。
城の二階に案内され、豪華な待合室に通されたアタシたちだが、国王様の謁見の準備整うまで、ここでしばらくお待ち下さい…と、騎士の団長のような人に頭を深く下げられた。
思えば昔から集合時間よりも早めに集まるのが鉄則だと教えられてきたので、当日の早朝に出発して、空を飛んで移動し、一時間もかからずに王都に到着した。
さらに人混みも何のそので一直線に城内に向かい、大して時間もかからずに待合室に通されたのだ。
「もしかして、到着するのが早すぎましたか?」
護衛として数名の騎士が壁沿いに控え、あらかじめ待機していた専属のメイドさんに紅茶を出してもらう。
アタシたちは室内の中央にある高級感漂う椅子に腰を下ろし、机の上に置かれたティーカップを手に取って、緊張感なく普通に談笑していた。
「いえ、国王様や関係者に事前に告知はしていましたので、そのようなことはないと思いますが。やはり急と言えば急でしたから…」
ふむ…とカップを持ち上げ、室内のいたるところに豪華な装飾が施された部屋を観察すると、メアリーが風魔法を使って教えてくれた。
「女神を盗み見るのが王国のやり方ですか?」
「あー…道理でこの部屋に来てから、誰かに覗かれてる感じがすると思ったわ」
「どっ…どういうことですの!?」
エルフちゃんは種族補正で魔素の乱れを感知したようだが、辺境伯さんは人間なので鈍いのか、残念ながら何もわからなかったようだ。
ちなみにアタシはと言うと、何かされているのがわかるだけだ。メアリーのほうが感覚と操作に優れている。
なので自分が情報を集めて、スーパー金髪幼女が分析をするという二人三脚をしている。
「壁の絵や置物、装飾品に他者を覗き見る魔道具が混ざっています。
これは女神を愚弄する行為だと受け取りましたが、いかがですか?」
「ああー…終わりましたわ! 今日が王国の終焉ですのね!」
思わず天を仰いで祈りを捧げる辺境伯さんと、緊張感の欠片もなく紅茶を飲んでいるエルフちゃん。
そして青を通り越して白くなる護衛する騎士と、お世話係のメイドさん。応接室の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
森の中での監視や追跡が当たり前の彼女は、影から見られるのも慣れっこなのか、全く動じていない。ある意味大物だ。
それはさて置きしばらく沈黙が続いたが誰も口を開かなかったため、メアリーは右手を軽くあげて、開いた手をギュッと握る。
たったそれだけで室内に隠されていた魔道具の全てが、粉々に砕け散った。
ちなみにこれは、当たりをつけた魔道具に瞬間的に膨大な魔力を送り込むことで、キャパオーバーで破裂させたのだ。
ちゃんと周囲への破片の飛び散りを防ぐために、それぞれ結界で包んでいるのが芸が細かい。
「それで、首謀者は誰ですか?
売られた喧嘩は喜んで買いますよ?」
室内に居る王国関係者たちに視線を向けると、誰も彼もが蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させ、物凄い勢いで首を左右に振って自分ではないと否定する。
実は予想の範疇だったのでそこまで怒ってないが、盗み見なんて百害あって一利なしだ。なので少々過剰気味に威圧しているのだ。
それでも各々の反応は変わらないので、この中には首謀者が居ないかも知れないと思い始めた頃、突然廊下から慌ただしい足音が響いてきた。
そして次の瞬間、応接室の扉が外から勢いよく開かれたのだった。
「お待ち下さい! 女神サーリア様! 今回の件は、全て私の責任でございます!
どうか! いかようにも罰をお与えください!」
いきなりの乱入者の顔色は悪く震えており、今にも倒れそうだったが、それでも女神に対して毅然とした態度で話しかけてくる。
「…貴方は?」
「王国宰相にございます!」
宰相というと、実質王国のナンバー2だったか。それとも国王の血筋のほうが力を持ってるのか。だがまあ結局、アタシにとってはどうでもいいことだ。
とにかくケジメをつけさせて、今後は二度と繰り返さないように、ガツンと言ってやるのが重要なのだ。
「ふむ…では王国宰相は、何故このようなことを?」
「サーリア様が本物の女神なのか、調べるためでございます!」
いきなりぶっちゃけてきたが、対応を誤ればその瞬間に国が滅んでもおかしくない。一番穏便に済ませられるのは、誠心誠意の心よりの謝罪。そして正直に自らの罪を認めることだ。
ちなみに彼の意見は言われてみればその通りで、アタシは世界中を転々としていた。その際に各地で色々とやらかしてきたが、直接それを目にしたのは一部の人たちだけだ。
そして今回は光り輝く大鳥で直接王都まで飛んできた。さらに王都の城下町の中心部から王城にまで届く広域結界を一瞬で展開した。
だがそれでも、全ての人が目にして女神サーリアのことを信じたわけではないのだ。
彼の言い分を聞いたうえで一理あると認め、アタシは静かに続きを促した。
「…それで?」
「それで…と、言われますと?」
「私が本物の女神?」
「はっ、はいっ! サーリア様こそ真の女神様であります!
城内に居る者たちは全員! しかと目に焼きつけましてございます!」
宰相は頭を直角に振り下ろすほどの見事な謝罪だ。これなら今後は余計なちょっかいは出してこないだろう。
「王国宰相。貴方の謝罪を受け入れましょう。ただしそれは、今回だけです」
「ははーっ! 女神サーリア様のお慈悲に、深く感謝致します!」
次はありませんよ…と宰相に釘を刺し、声の調子を元に戻す。
今後はたとえ相手が国王だろうと、反省せずに同じこと繰り返すようなら、容赦なくボコボコにするだけだ。
「それで、国王との謁見はどうなりましたか?」
「はっ! たった今、準備が整いましてございます!」
そう言ってひたすら平謝りして冷や汗をかく宰相は、慌てて身なりを正す。そのままアタシたちの案内役を引き受けて背を向けると、扉に向かって歩き出した。
とにかく面倒事はさっさと終わらせて、早く王都を観光したいな…と、強くそう思うのだった。




