記念式典へ
<とある女辺境伯>
王都の別荘で羽根を伸ばす父が、女神サーリア様のことを国王に報告したらしい。そうしたらすぐに返事が来て、今度の記念式典に招くように…と。
そう領主の私に招待状と王命を渡して、見栄っ張りで臆病者の父親は王都に戻っていった。
確かに最近自領は、世はまさに大女神時代というほど活気に満ち溢れている。
噂の彼女を一目見ようと世界中から訪れる巡礼者や旅人、冒険者や商人、その他諸々がお金を落とすので、実際にかなり儲かっている。
そしてサーリア様のお膝元の開拓村とエルフの里。大市ではなく共同物産展に発展させ、定期的に開催させたりと、女神像のバリエーションと売れ行きも天井知らずに伸びていき、かつてない程の好景気で誰でも良いので自慢したくなるのもわかる。
「けどそれは全部、女神像や私が頑張っているからですのに!
どうして父は自分の手柄のように自慢して、面倒な王命を受けてきますの!」
昨年領主を引退した父は、開拓村に失敗した私の代わり幼い長男に家を継がせ、その補佐に入るという計画が頓挫し、暇を持て余していた。
現領主である私を手伝ってくれれば良いのだが、一度は捨て駒に使おうとしたので、恨まれていると感じたのか後ろ暗いのかは不明だが、王都の別荘に留まり帰ってこなくなった。
その点でも臆病というか、すぐ自己保身に走るというか。まあ足を引っ張らなければそれで良かったのだが、今回はもろに私に砂をかけてきたものだ。
国王や貴族との夜会で、最近自領が景気が良いことを堂々と自慢し、女神サーリア様がエルフと開拓民の仲を取り持ち、おかげで他では見ないような珍しい物品が市場に流れるようになった。…そう話してしまったのだ。
それからはもう矢の催促で、やれ女神に会わせろだの、間を取り持てだの、国に招けだの、九割以上知らない人から使者や書状が送られてきて、私の心労は溜まる一方だ。
「大体国王様の前で発言したのがいけませんわ!」
彼女の噂が広まるにつれて、女神サーリア様を名乗る者もまた、大勢現れた。大抵が耳障りの良い言葉を並べて、神の奇跡という名の見世物を行い、表向きは寄付だが多額の金銭を要求する。
また、色を付けただけの水や綺麗な石ころを、女神を信じる人々に高値で売りつけるのだ。たちが悪いにも程がある。
そんな偽女神とは違って自領のサーリア様は本物の女神だと、うちの父は国王様の開いた夜会で声高に主張したのだから、もう大変な騒ぎになった。
酒に酔った勢いとは言え、またもや私が尻拭いをしなければいけなくなったので、本当に胃が痛くて堪らない。
「はぁ…せっかく貧しい自領が、立ち直りかけてましたのに」
「…それは大変ですね」
私が現状を嘆いて大きな溜息を吐くと、何処からともなく見知らぬ女性の声が聞こえた。
「ええ、本当に。父から領主を引き継いで、まだ一年も経っていませんのに……って!
いきなり誰ですの!?」
私が執務室の机に突っ伏して誰ともわからない声に、つい反射的に返事を返したが、扉が開いた音はしなかった。
なので緊張しながら慌て顔上げると、いつの間にか自分の目の前には白いローブを頭から被った幼い少女が、こちらをじっと見つめていたのだった。
「めめめ…! 女神! サーリア様! 一体何処から!?」
「普通に窓からですけど?」
「ここは三階ですわよ!」
「ええ、ですので飛んできました」
女神様を相手に人間の常識で語るだけ無駄だと思い至り、私は諦めて現状を受け入れることにした。
今はとにかく目の前にサーリア様が居て、彼女はきっと自分に会いに来た。重要なのはこれだけだ。
「あっ…あの、今日は何をしに、ここに?」
「その前に、大分お疲れのようですね。はい……これで疲れは取れましたか?」
「えっ、ええ…あ、ありがとうございますわ」
今何をされたのかまるでわからなかったが、サーリアの言葉が終わった直後に、私の体から突然疲労が消えた。
それはまるで、一晩ぐっすり眠って爽快に目覚めた直後のようだ。だが心臓は相変わらずバクバク鳴り続けており、内心の動揺は消えずに残ったままなのだった。
「今日私がここに来た理由は、領主である貴女のことを知るためです」
「私を、…ですの?」
「はい、先程の領主の使者には、王国の式典には条件付きならば出席しても良いと答えました」
使いに出した部下がここに帰ってくるのは、早くても明日になる。しかしサーリア様は飛んできたらしく、それよりも早くてもおかしくない。
その後、震える手で呼び鈴を鳴らして数少ない屋敷のメイドを出し、うちの最高級の紅茶とお菓子を用意させた。
客をもてなす準備が整った後に執務室の椅子に座って向かい合い、話を伺う。
その際に国王様には絶対に従わないという内容を聞いて、私の胃がまた痛みだしたが無視する。
次に女神様からの質問に嘘偽りなく答え、自分のことや代々の辺境伯、今の領地が抱える問題等、とにかく聞かれたことは全て話した。
「…静かに過ごせるように手を回してくださり、ありがとうございます」
「はっ…はあ、お役に立てたのでしたら何よりですわ」
ローブの影から微かだがニッコリとした笑顔が見えたので、どうやら私は女神様に嫌われてはいないようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「ところで辺境伯さんは、今回の式典は参加するのですか?」
「いえ、父が王都に在住していますので、私の代理として出席してもらいますわ。
ここからですと馬車を走らせても、片道で十日はかかりますし」
ただでさえ政務が山積みなのに、片道十日も馬車に揺られて、たった三日の式典のためだけに、遠く離れた王都にまで行くつもりはない。
「でしたら、私と一緒に行きませんか?」
「……はっ?」
一瞬女神様が何を言っているかのかわからずに、私は間抜けな顔をして口を開いてしまう。
「飛んでいけばすぐですし、本当は友人と二人で向かうつもりでした。
ですがこの際ですし、辺境伯さんもご一緒にどうでしょうか?」
「えっ? あの…?」
白いローブの影になっているので表情は読み辛いが、何だかとても喜んでいる気がする。私のことを信用して、気に入ってくれたのだろうか。
だとしたら嬉しいが女神様と一緒など恐れ多くて、自分にとっては針のむしろだ。まだ執務室で山積みの書類と格闘していたほうが、気が楽である。
「よっ…喜んで、お供しますわ」
「では式典当日の早朝に、またここで。荷物が必要なら、あらかじめ用意しておいてくださいね」
そう言ってサーリア様は小さく頷き、執務室の窓まで歩いて行き、大股でよいしょっと縁に足をかける。
本人が明言はしているわけではないが、相手は唯一神だ。ただの人間の私に断れるはずがない。
「私はこれで…」
白く大きな翼を生やして、二度、三度とはためかせ、空に飛び出して目にも留まらぬ速さで遠ざかっていった。
「……どういうことですの」
私は理解できない現状を嘆いて小さく呟くが、この疑問に答えてくれる者は誰もおらず、開け放たれた執務室の窓からは秋の涼しい風が吹き込み、よく手入れされた茶色の長髪を、ただ静かに揺らすのだった。
<サンドラ>
国王よりも女神のほうが位が上で、それを認めなければ出席しないと伝えたところ、要求を飲むので是非にと言われ、約束通りアタシたちは王城に出向くことになった。
これで貴族のマナーを気にせず自由に振る舞えるが、だからと言って礼儀がわからない田舎者だと、一方的に馬鹿にされるのは我慢ならない。
なので里から殆ど出たことのないエルフちゃんも強制参加である。礼儀知らずが二人になれば、アタシがヘマをしてもあまり目立たなくなる。
一応女神御一行様は無礼講だが、変なところで小心者なのだ。
ついでに裏から色々手を回して快適生活を守ってくれている辺境伯のお姉さんも、たまには息抜きでもどうかと思いつきで提案すると、快く同行してくれることが決定した。
彼女は貴族関係に詳しいので、アタシたちのアドバイザーだ。そっち関係で困ったときに頼りにさせてもらう。
アタシは辺境伯さんと呼んでいるが、彼女は女神を守るためにエルフたちと協力して、他の勢力と水面下の攻防を繰り広げているのは、広域探知で気づいていた。
金の卵を生む鶏を逃さないように保護して、誰にも知られないように影から守り続ける姿勢は嫌いではない。
良い機会なので直接屋敷に尋ねて話を聞いたが、周囲に振り回される根っからの苦労人であり、悪い人ではなかった。
なので忙しい政務の疲れを癒やすための、ちょっとした慰安旅行のつもりで、今回の記念式典に一緒に参加しませんか…と、招待したのだ。
もちろん他にも貴族関係のアドバイザーとしての目的はあるが、そっちはついである。
「サーリア様! 今乗っている大きな鳥は何ですの!?」
「光の精霊を集めて、鳥の形に構成したものです」
「あっ集める? 構築? えっ…えっ?」
慌てふためく辺境伯さんに質問に、エルフちゃんも首を傾げているが、彼女はまだ魔力が足りないので精霊魔法は使えない。
それでも種族特有の感覚で、自分たちを乗せる大鳥が普通の生き物でないことはわかる。まあ光り輝く鳥なんて、普通ではないので誰でも変に思うのだが。
一方、周りを半透明の繭で包んでいるので全く揺れずに風も受けないが、早朝で空気の澄んだ青空が物凄い勢いで後ろに流れていく。
それが恐ろしいのか、辺境伯さんは足が震えてずっとメアリーにくっついたままで、一歩も動けない。
なおエルフちゃんは周りを巨木に囲まれ、殆どの時間を高所で生活しているためか、大鳥の端に立って、興味深そうに地上の様子を見下ろしている。
「ひええっ! こっ、怖いですわ!」
「大丈夫です。もうすぐ付きますよ。……ほらっ」
大鳥の正面に見えるのは数え切れないほどの石や木で作られた、大小様々な建物が立ち並び、奥には白くて巨大な陶磁の城がそびえ立ち、里の世界樹とどちらが高いんだろうと、ぼんやり考える。
少し離れた場所にある森林地帯を抜けて、ゆっくりと速度と高度を落として、王都の石壁を抜け、ぐるりと一周することで民衆に女神の来訪を告げる。
高い壁を抜ける前に一瞬だが変な反応があったので、急いで広域探知で念入りに調べたが、特に異常はなかった。
それでもアタシの直感がこれは気の所為ではないと告げる。だが地面との距離がかなり近くなってきたことで、意識を切り替えざるを得なくなってしまった。
とにかくどの貴族や王族よりも派手に、それこそ目にした者全員の度肝を抜くことで、権力には絶対に屈しないという、強気な姿勢を主張するのだ。
上から目線で強引に命令を聞かせられるのは、アタシもメアリーも大嫌いなのだから。
「あら? もう付いちゃったの?」
「はい、王都に到着です」
「やっ…やっと付きましたわ」
片道一時間もかかってないが、エルフちゃんはもっと空の旅を楽しみたかったらしく、少々残念そうだ。逆に辺境伯さんは生まれたての子鹿のように震えており、今もメアリーの肩を借りている。
光り輝く大鳥はゆっくりと王都の大通りに降り立ち、式典のために集まった大勢の民衆が見守る中、突然無数の光の粒となって儚く溶けて消える。
最後に残ったのは、今回は白ローブではなく、縫い目一つない純白のパーティードレスと、女神の力を込めた装飾品で優れた容姿にさらに磨きをかけた女神サーリアだ。
白い翼は地面に足が触れると同時に優しく風が舞って、何処かへ消え去った。
まだ子鹿のように震えている栗色の髪と茶の瞳の辺境伯は、庭に株分けした世界樹から作った杖を支えにして、ヨロヨロと歩いていく。
先端には青白い光を放つ石が埋め込まれているので、ただの杖でないことは一目でわかる。
一応女神の護衛も兼ねているので、派手すぎない白が主体のドレスで最低限の飾り付けだ。
純血種のハイエルフは、里でもっとも若く、緑の髪と長い耳が特徴の少女だ。そんな彼女もうちの庭の世界樹の枝を削って作った弓を、新たな神器として背中に背負っている。
微笑みながら周囲を見回すエルフちゃんは、人間とは別種の整った容姿で注目を集めるのだ。
こちらは若草色の森の民の儀礼服で、細かな紋様や刺繍が施されていた。




