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領主の使い

 季節は夏になり、メアリーが十一歳になった。見た目は殆ど変わっていないが、これでも多分成長している。…と思う。

 途中で族長がやって来て、移民団を追い出そうとしたが、ここはアタシのお膝元で彼らを保護したのは自分なので、もし追い出すようなら自分も一緒に出ていくと師匠面して脅すと、ぐぬぬ…と悔しそうな顔をして干渉しないことを約束してくれた。


 しかしエルフが人間を嫌うのもわかる。なので結界を解除した影響で開拓村に広がり始めた高そうな薬草や野菜、木の実等を優先的に卸すことで、双方に利益がでるようにした。

 アタシも人間の一部を嫌っているので、これに関してどうこう言うつもりはない。だがせめて開拓村の住人とは、対等な商売関係を築いて欲しいという、そんな願いがあった。


 そうすればアタシが引っ越したあとも、開拓村の住人が路頭に迷うことはなくなる。捨て猫に家を貸して、ほんの少しの間だが面倒を見たせいか、どうにも愛着が湧いてしまった。

 だがまあそれはさて置き、村の農作物は家の庭よりは劣るがかなり品質が良く希少性が高く、卸先の評価も上々で、今の所は悪くない手応えだ。

 なお、最近もっと気になることが出てきたので、庭で日向ぼっこをしながらメアリーとお話している。


「ねえ、何かメアリー祀られてない?」

「女神像ー?」


 開拓村は現在全員分の住居が建てられたので、もう家の庭でテント張って寝起きすることはなくなった。

 なので今は普通に庭先の椅子に腰かけて、村の住人が汗水垂らして働いているときにも、優雅に薬草茶を飲むことができる。


 そして春先から開拓村のあちこちに、木彫りの小さな女神像というか、メアリー像が祀られるようになった。

 その件に関して尋ねても、さあ何でしょうねオホホ…という感じで、適当に誤魔化されてしまう。

 謎は謎のままでも、こっちに影響はないのでまあいいかと放置していたら、あれよあれよという間に村中に広がってしまった。


「木彫りのメアリー像は、エルフの里でも大人気なんだって」

「うー…恥ずかしー」


 ちなみにメアリー像もローブを深く被っているが、顔立ちは美しくくっきりと描かれている。

 だが耳までは彫っていないので正体は不明である。そんな細やかな気遣いが光る匠の技だ。


 数百ものデスクロウラーをたった一人で倒し、世界樹を守り抜いた小さな大賢者。それがエルフの里でのサーリアの評価だ。

 そして最近はエルフの里だけでなく、麓の村でのバカ売れし始めたので、何だか知らないが金髪幼女の人気が凄い。

 毎日のように麓に荷物を運んでいる商人が言うには、あっちは元は小さな村だったが、今は町と呼べる規模まで大きくなっているらしい。


「今はエルフの里の商人も開拓村までやって来てるし、変われば変わるものだね」

「お互いの理解が進んだ結果ー」


 人間嫌いは直ってないが、開拓村とエルフの里の間に交流ができて、今では個人的な付き合いをするようになっている。

 酒の席に一個人を呼んだり呼ばれたりと、最近は何かと良い雰囲気だ。


「ここの領主が頭がいい人で良かったよ」

「自由にさせたほうが、領地が潤うー」


 エルフの里と開拓村が交流することで、珍しい品々が麓の町に流れていく。そしてその流れを作り出したのが、サーリアと名乗る金髪幼女だ。彼女の存在は謎に包まれており、下手にちょっかいをかければろくなことにはならない。

 過去の様々な情報を吟味して、恒久的に利益を得るにはとにかく手を出さずに自由にするのが一番と、いち早くそのような方針を取ったらしい。


「開拓村に変な人を入れないのも、領主の作戦の一つかな?」

「私たちもエルフも、余所者には警戒するー」


 メアリーの言う通りで、エルフは村に在住している商人と個人的な取引は行えるが、見知らぬ相手にまで物を売る気はない。

 今は家の庭に自生している野菜や薬草、果樹を開墾して住人が育てて特産品にしており、里に優先的に卸している。


 麓に卸す際にはエルフの里の物品も加えて、数日から十日に一度ぐらい割合で町に降りては、大規模な市を開いている。

 毎度大変珍しく希少な物ばかりで、世界中から金の匂いを嗅ぎつけた者たちが集まり、それはもう祭りのように賑わうのだとか。


 そのような流れを作ったサーリアと名乗る女性の噂は世界中に広がっており、きっともう女神認定は取り消せない。

 だが今のように気楽に過ごせるなら、多少目立ったところで何の問題もない。ならば成るように成ると現状を受け入れ、アタシは午後のティータイムを金髪幼女とまったり楽しむことに決めたのだった。







 何事もなく夏が過ぎ去り、いつの間にか季節は秋に変わっていた。

 住人の生活も安定しており、アタシたちも面倒事に巻き込まれることなく、これまで通りのんびりとした日々を過ごしていた。

 だが開拓村に領主の使いがやって来て、状況は一変した。


「ええー…女神サーリア様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

「建前はいいので、本題に入ってくれませんか?」

「はっ…はい!」


 やはり女神扱いされていた。気づいてはいたが、直接口に出されると恥ずかしい。メアリーも本当は今すぐ机に突っ伏したいのだろうが、ただいま交渉中なので頬を朱に染めながらも、我慢して無表情を装う。

 彼は村長宅ではなくサーリア本人に用があるらしく、取りあえず家の居間に招待して椅子に座らせ、直接話を聞いていたのだが、その内容には正直頭を抱えたくなった。


「女神様の辺境での活動はまことに素晴らしく…えー、ですので。

 その褒美として年に一度王都で行われる記念式典に、あのー…ぜひご出席を賜りたいと…その」


 どうやら彼は領主の使いでも、命令を出したのは国王のようだ。そもそも不干渉を貫いている辺境伯が、好き好んで女神に手を出すわけがない。

 下手をすれば火傷では済まないと、理解しているはずだ。


「つまり私を式典に呼び出して貴族連中に見せびらかすことで、国王の地位を確固たるものしたいと?」

「いっ! いえ! 決してそのようなことは!」


 青い顔で冷や汗をかく領主の使いだが図星のようだ。だがアタシは権力者にとって都合の良い道具になるつもりなど毛頭ない。

 それでも中間管理職の彼や辺境伯の心労は容易に想像できてしまい、この場でお断りするのは何だか可哀想に思えてきた。


「王都の式典に出ても良いですが、一つだけ条件あります」

「そっ…その条件とは?」

「私に貴族の作法を強要しないでください」

「へっ? あっ…あの、それは一体?」


 アタシは元村娘で、メアリーもまだ十一歳なので、王城にお呼ばれしても作法がわからない。

 一応屋敷の専属家庭教師の指導を受けていたし、今も優雅に薬草茶に口をつけている金髪幼女だが、やはり付け焼き刃なのでいずれはボロが出る。…と思う。


 それはさて置き、アタシたちは今のように、のびのびと自由にくつろげる生活が気に入っているのだ。

 なのに何が悲しくて、貴族の真似事なんてしないといけないのか。それに自分にはもう一つの理由があり、むしろこっちが本命だ。


「国王であろうと、女神サーリアは従うつもりは一切ありません」


 それを聞いた領主の使いは絶句して青い顔を口をパクパクさせているし、メアリーがやけに気合の入ったドヤ顔を披露しているので、これは演技ではなく本気だとわかる。

 とにかくアタシも一歩も引く気はないため、こうなったら伸るか反るかだ。


「この条件を受け入れるのでしたら、王都の記念式典に出席しましょう」


 まだ再起動が完了しないのか領主の使いは沈黙したままだが、辛うじて小さく首を縦に振るのがわかったので、一応話は聞いていたようだ。


「では、色好い返事をお待ちしています」


 そう言って玄関の扉を遠隔操作を開けると、使いの者はヨロヨロと椅子から立ち上がって一礼したあと、ふらつく足取りで玄関から出ていった。


 広域探知で彼が敷地内からも離れ、馬車に乗って村の入口に向かうのを確認した後、ずっと隠れていた鞄の中から人形の顔を出して、大きく溜息を吐いた。


「はぁー…売り言葉に買い言葉だけど、どえらいこと言っちゃったなぁ」

「サンドラ、格好いいー」

「でも相手は王様だからね。…まあ勝てるけど」


 別に戦うつもりはないが、もし戦闘になっても負けるつもりはない。その辺りは心配していないのだが、問題は王都の式典に出席した後の具体的なプランを、何一つ練っていないことだ。

 かかってこい! 相手になってやる! …アタシはそれだけしか考えていなかった。


「あっ…あのさ。王都の式典って、どんなことするの?」

「んー…国王に謁見したり、貴族のパーティー、あとは町中のパレード?」


 村娘だったアタシでは、聞いたことはあってもまるで想像がつかないことだらけだ。実際に動くのはメアリーだが、それでも喋るのは自分なので、ヘマをしたらどうしようと不安になる。


「…エルフちゃんも連れてこうかな」

「どうしてー?」

「貴族の作法がわからない子が二人なら視線が分散するし。王都に行きたがってたからね」

「いいんじゃないかなー」


 少しでも失敗を目立たなくするために、前々から王都に興味津々なエルフちゃんを巻き込むことに決める。

 しかしメアリーには違う考えがあるらしく、何とも幼女らしくない暗黒微笑を浮かべているので、正直ちょっと怖い。


「じゃあ、エルフちゃんの同行は決定ということで!」

「意義なしー!」


 こうして領主の使いの返答も届いていないのに、本人の居ない間に勝手に王都行きが決まった。

 そして式典に着ていく服の色が白しかないことに気づき、ドレスもワンピースとローブと同じように自作すればいいか…と、縫い目一つもない外行きの純白ドレスを、開拓村の裁縫師と相談しながら、せっせと作成するのだった。


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