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自由への逃避行

 人形が突然動き出して屋敷中が大騒ぎになってから、一週間が過ぎた。アタシの知っていることをメイド長にあらかた説明し、同時進行で動けなくした魔法使いや護衛、そして外に居た仲間を捕らえた後、厳しい取り調べが行われた。


 そしてわかったのは、彼らは野盗や行商人ではなく、どこかの国の工作員であり、来たるべき日のために権力者に取り入り、秘密裏に国家の転覆計画を行っていたらしい。

 自分も怪しい人形として捕まえられそうになったが、現在の管理者であるお貴族様が泣き喚いたので、地元の憲兵は渋々といった感じで帰っていった。


「まあ、村娘のアタシには各国の関係とかさっぱりなんだけどね」

「サンドラ、一緒にお風呂入ろー!」


 一人で窓際に座って外の景色を見ながら黄昏れていると、金髪幼女がアタシの細腕を突然掴んで引っ張り、そのままの勢いで自室を飛び出した。

 外に控えていたメイドと一緒に屋敷の廊下を歩き、元気いっぱい振り回すので、視界がガクガク揺れる。


 普通の人形なら腕が折れるかちぎれ飛んでもおかしくないが、これは自分が特別頑丈だから耐えられるのだ。

 前はもっと優しく丁寧に接していたはずなのに、アタシが喋って動けることがわかると、やたらと気安く扱うようになった。


「サンドラ、大好きー!」

「大好きでもいいから! 振り回すのは止めて!」

「嫌ー!」


 お嬢様との付き合いは一番長いし、子供のやることだからと大目に見ているだけで、乱暴に扱うのを許すつもりは一切ない。

 しかし彼女は何を勘違いしたのか、自分はサンドラにとっての友人で、手荒に扱っても許してくれると、得意気になっているのだ。

 友達ができたら自慢したくなる気持ちはわかるが、いちいち振り回されるアタシは迷惑である。




 結局そのまま大浴場まで連行されて、アタシは全裸にひん剥かれた。可愛らしいドレスで隠した球体関節がむき出しになり、表情は変わらないが、言葉には感情を乗せて発するので、どう考えてもタダの人形ではないが、食事や睡眠、排泄が必要ないので、人間でもない。


 そして両手に乗るぐらいの小型サイズで、まるで生きているかのように喋って動くので、好奇心旺盛な金髪幼女が放っておくわけがなく、命を救われた恩もあるだろうが、いつの間にか一番のお友達となった。


「体ぐらい一人で洗えるから!」

「駄目! サンドラは私が洗うのー!」


 お嬢様に従うメイドたちもアタシを捕まえようと追いかけ回し、最終的には結局自分が折れて逃げ回るのを止めて、素直に洗われることになる。…泣く子には勝てない。


 そもそも血が流れていない人形の体では、どれだけ激しく動いても発汗しないのだから、汚れを落とすなど、本来は必要ないのだ。

 そしてサンドラは人形になってから名付けたので、村娘の頃はもっと別の名前だった気がする。


「どう? 綺麗に洗えてるー?」

「んー…多分」

「むう、はっきりしなーい!」

「だって自分じゃよくわからないし、水浴びなんて滅多にしなかったし」


 柔らかな布に石鹸をつけて、人形のアタシを楽しそうにゴシゴシと洗うお嬢様だったが、自分の適当な返答を聞いて不満そうに頬を膨らませる。正直村娘だった頃は、お湯で体を洗うどころか水浴びも殆どしなかった。

 しかも今は富裕層の間で流行していると噂の石鹸を使って、全身の隅々まで丁寧に洗われているのだ。


 ついでに身だしなみを整える気は全くなかったが、今日も金髪幼女や屋敷のメイドたち手により、黒髪黒目の美しい人形は、自らの容姿をまるで自覚することもなく、念入りに飾り付けられていくのだった。







 自分の友人になったお嬢様の名前はメアリーで、その後にも名前がごちゃごちゃくっついている。ただし長いので、アタシは覚えていない。

 屋敷ではもっぱらお嬢様と呼ばれており、自分だけがメアリーと直接呼び捨てている。


 今は人形の体になっているので、もう平民でも、この国の人間でもない。ただ屋敷に住まわせてもらっているだけで、その気になればいつでも出ていける。

 だからせめて、アタシぐらいは寂しいお嬢様の話し相手として、お互い気を使わないようにと敬語はなしで喋っている。




 アタシが喋って動くようになって一ヶ月が過ぎた頃、メアリーの父親が王都から馬車に乗って、自領の屋敷に帰ってきた。

 本妻である金髪幼女の母親は、彼女を生んですぐ亡くなったらしく、今は血が繋がらない数名の側室を侍らせて、毎日お盛んらしい…と、メイド長から話を聞いたのだ。


 何とも貴族らしく、とてもドロドロしているなと感じた。この時点で好感度はマイナスに傾いていたのに、初顔合わせて神経を逆撫でするようなことをされては、印象最悪にもなるというものだ。


 見た目こそ凛々しいお髭とオールバックが素敵で、紳士服もきっちり着こなす中肉中背の父親だった。

 しかしメアリーの両手に抱えられたアタシを見てすぐ、お前がサンドラか…と忌々し気に呟くと、部下に持たせていた小箱から、光輝く石を取り出したのだ。


 彼はそれを手に持ったまま謎の呪文を唱えると、宙に青白い輪っかのようなものを作り出した。

 それを真っ直ぐアタシに向かって飛んできて、光の輪っかはこちらの首にかけられることになる。

 当然それだけで済むわけがなく、父親が命令すると締りがキツくなったので、ちょっと苦しい。


「大天使様の輪に締められし、魔人形サンドラよ! 我に服従せよ!」

「はぁ!? 嫌ですけど!!!」


 なのでアタシは両手で首輪を握ると、外側に引っ張って勢いよく引きちぎった。思いの外あっさり脱出できたので、これは元々比較的従順な魔物につけるか、犬とか猫用の魔道具なのだろう。


「なっ…! 教会から授かった特級使役魔道具が! 効かないだと!?」


 父親の口から特級使役魔道具とか聞こえたのは、絶対気のせいだ。そんな貴重品を、自分の身を守るためとはいえ壊してしまったのだ。

 当然踏み倒すつもりだが、いったいいくら請求されるのかわかったものではない。


「わあ! サンドラ! 凄い力ー!」

「ちょっとメアリー! アタシは馬鹿力じゃないからね!」


 今は人形だとしても、元は年若い村娘なのだ。確かにあの頃は喧嘩っ早かったが、それでも心は乙女なのだ、筋肉ムキムキのマッチョマン扱いされたくない。


 そう、これは大天使様の輪っかが、着用者が逆らうことを想定していなかったため起こった不幸な事故だ。全く力を入れずに引きちぎったアタシが、馬鹿力なのではない。

 だから父親の護衛の精鋭兵士がこちらを見て、あからさまに腰が引けて青い顔をしているのも、多分何かの間違いだ。


「でも勿体ないし、これも吸っておこうかな」


 それに拘束系の魔法はアタシには効かない。最近生命力を吸い取るエナジードレインだけでなく、魔法を吸い取るソウルドレインも修得したのだ。

 きっと屋敷の同族と魔法使い、そして護衛を根こそぎ吸い尽くしたときにレベルアップしたのだろう。


 ただまあ今回の光の首輪は、アタシの首を締めつけるだけで何の効果もなかったので、直接魔力を吸うまでもなく、素手でブチブチと引きちぎった。

 そして青白く輝いて周囲を浮遊する光の残滓は、アタシが吸い取ると決めた瞬間、次々と人形の体に吸い込まれていき、十秒もかからずに綺麗サッパリ消えてしまった。


「まっ…まさか! 教会の特級魔道具である大天使の輪を、打ち破る魔物がいようとは!」

「大天使の輪? んー…何か出た」


 何となく正面に手をかざして念じてみると、先程吸収した光の輪が現れる。しばらく大きさを自由自在に変えたり、輪投げの要領で遠くに花瓶に引っ掛け、その状態で引き寄せたりと色々試していた。

 するとメアリーの父親と護衛の顔が、青を通り越して白くなってきたので、取りあえずパパっと消して、色々と手遅れかも知れないが一旦仕切り直す。


「…でっ、今さら聞くまでもないと思うけど、アタシに何の用?」

「わっ…我々の目的は、過去に例のない特殊な魔物の捕獲、もしくは討伐だ」


 概ね予想通りであったが、調査もせずに捕獲して使役しようとは、魔物扱いされるのは仕方ないが、貴族特有の圧倒的な上から目線で早くもうんざりしてきた。


「聞けば元は平民だったそうではないか。ならば今こそ我が王国に忠義を示すべきであろう!」

「はぁ? こっちは国のミスで一回殺されてるのに! 今さら何言ってるの!?」


 国同士の争いで仕方のない犠牲といえ、他国の干渉を防ぐことができずに一度焼かれて殺された身だ。

 それを使える駒だとわかった途端に忠義を示せと言われても、はいそうですかと納得できるはずがない。

 大体今は平民どころか人間でさえない魔物の身だ。力は強いが人形なので、今さら人間の国に縛られる道理はない。


「貴様! 王国に逆らう気か!」


 今のように命令に従わないと、何をされるかわからないのはごめんだ。実験動物か奴隷かは知らないが、どうせそこには自由などなく、死ぬまで働かされるに決まっている。


「あのさぁ、今のアタシにとっては王国なんてどうでもいいの。

 だからって別に敵対する気はないから、無理強いされたら逃げるだけだよ」


 人間よりも歩幅は小さいが、素早く動けてどれだけ走っても疲れないのだ。小人サイズは目立たずに、隠れながら移動すれば見つけるのは難しい。

 ついでに隙間さえあれば潜入し放題なので、国王や貴族の寝首をかくなど簡単である。


「まあ、あまりに目障りだと、やっちゃうかもだけどね」

「きっ…貴様!」

「何なら今ここで、ボコボコにしてやってもいいんだけど?」

「…ぐぬぬ!」


 光の輪を吸い取るときに感覚を広げてみた感じだと、屋敷の外に居るのはざっと百人といったところか。

 人間の生命力なら、動けなくなるまで吸い取るまで、さほど時間はかからない。さらにアタシの目の前に居る護衛と父親なら、瞬きする間に終わらせることができる。


 自分の今の実力を過小評価したところで、王国に喧嘩を売れるぐらいには強くなった気がするし、そんな圧倒的な存在に出合い頭に首輪をつけようとしたのだ。

 高圧的な態度で自らの軍門に下るように命令したのだから、本来ならその場で命を奪われても仕方ないはずだ。


「でもまあ、アタシも今の生活は気に入ってるし、そっちが何もしなければ大人しくしてるよ」


 メアリーの父はしばらく考えるような素振りを見せるが、相変わらず渋い顔をしている。王命を果たせずに魔物の要求を受け入れるのは屈辱的だし、人間や貴族として断じて認められないのだろう。

 だがそれは向こうの理屈で、アタシだって過酷な労働条件で潰れるまでこき使われたいとは、絶対に思わない。


「すまないがこちらも王命でな。貴様の要求を受け入れることはできん」

「あっ…そう。じゃあ、交渉決裂だね」


 今のアタシは元人間だが、分類的には魔物だ。強大な力を持つ味方とは言い辛い存在を、首輪も付けずに自由にさせておくわけにはいかない。

 彼の言い分はわかるが、やはり受け入れることはできなかった。


 金髪幼女の手から、よいしょっ…と脱出し、大机の上に飛び降りる。そして屋敷に来てからお世話になったメアリーを、真っ直ぐに下から見上げる。


「と言うことだからメアリー。さようなら。元気で暮らすんだよ」

「サンドラ! 行かないでー!」


 涙目の金髪幼女が両手でアタシを拘束しようとするので、窓際まで素早く跳躍することでサッと躱す。

 これから先は行くあてのない逃亡生活が始まるので、本当にお別れなのだ。もし賞金がかけられたり討伐依頼が出た場合、王国には二度と戻れなくなる。


「私も! 私もサンドラと一緒に行くー!」

「メアリー! 相手は魔物だぞ! 馬鹿なことを言うな!」

「きゃあっ!」


 アタシを追って駆け寄ってくるメアリーを、父親が咄嗟に腕を掴んで引き止めた。だが取り乱している娘を落ち着かせるためとはいえ、手加減せずに平手打ちを叩き込んだ。


 時には躾も必要になるが、今のは明らかにやり過ぎだ。金髪幼女は受け身も取れずに床に倒され、打たれた頬が真っ赤に染まってとても痛そうだ。

 それを見た瞬間、アタシはすぐさま行動に移った。


「うぐっ! こっ…これは! 天使の輪だと!?」


 表向きは落ち着いて見えるが心の中ではキレるという器用なことをしつつ、先程吸い取った光り輝く輪っかを生み出し、メアリーの父親とその護衛を拘束する。


 彼らが両手足を縛られて床に転がるのを見て、次に屋敷の使用人たちを一瞥すると、彼らは動かないので中立か、お嬢様の味方だと考え、放置をしても問題なしと判断する。


「メアリー、二度と屋敷にも王国にも戻れない逃亡生活を送る覚悟があるなら。

 …アタシと一緒に来る?」

「うん! 私! サンドラと一緒に行くー!」


 倒れながらも瞳を輝かせ、即決する彼女を見て、アタシは頭を抱える。確かに幼い子供が深く考えずに、時折勢いや思いつきで行動するのはわかる。

 だが屋敷の使用人や父親よりも、喋って動く不気味な人形を選ぶとは、思わず頭を抱えたくなったが、これも親や周りからの愛情や教育が足らないせい…と、適当な理屈をでっち上げて平静を保つ。


「はぁ……じゃあ、行こうか」


 柔らかなカーペットの上からヨロヨロと起き上がったメアリーは、打たれて腫れた頬を小さな手で押さえながら、ゆっくりと確実に一歩ずつ距離を詰めてくる。

 もうアタシには、幼い彼女を説得や突き放す気は起きなかった。


「まっ…待て! メアリー! 貴族の使命を放棄する気か! 何のために私が、お前の母親と結婚したと…!」


 それに今の台詞で覚悟が決まった。これ以上メアリーをここに置いてはおけない。


 貴族の使命は知らないが、元村娘のアタシからすれば、父親のやっていることは育児放棄と児童虐待にも等しい行いだ。

 この先も彼に目の前の幼女の育児を任せたままでは、これまで以上に心に深い傷を負い、性格が捻じ曲がるのは間違いない。


「今日からメアリーはアタシが引き取って育てるから、貴方は王都の側室とよろしくやってれば?」


 窓の縁に足をかけるアタシは、養豚場の豚を見るような目で、床ペロしながらうるさく喚き散らす父親を見下ろす。

 そしてメアリーが十分に近づいたのを確認した後、彼女のお腹に横長い光の輪をかけて、さらにそこから丈夫な縄っぽい何かをニョキニョキと生やし、二人の体が離れないようにしっかりと固定する。


 そして観音開きの窓を手早く内に開けると、村の教会に飾られていた絵の中の天使を想像し、純白の翼を生み出して、人形の背中にペタリとくっつけた。


「まさか! 本物の天使! …だとぉ!?」

「さてと、出すのも飛ぶのもぶっつけ本番だけど。…やってみようか!」


 先程から彼女の父親と護衛には驚かれてばかりだが、逐一構っているのも暇はない。今は純白の翼をはためかせて、空を飛ぶほうが重要である。

 地面に激突してもアタシは多分平気だが、人間のメアリーは無事では済まない。


「……ぐぬぬっ!」

「サンドラ! 頑張ってー!」


 普通は小鳥がいくら翼をはためかせたところで、人間を抱えて飛ぶのは不可能だ。しかし人形になったアタシは、はっきり言って規格外だ。

 闇属性のはずなのに、何故か大天使の力を吸収して、扱うことができたのだ。


 何ができて何がでないのかは、実践不足でさっぱりわからないが、こうして翼も生やせたのだから、今は絶対に飛べるんだと信じるしかない。


「あっ…今、少し浮いたよー!」

「本当!?」


 言われて下を見ると、アタシだけがヒーヒー言いながら羽ばたいているが、ぶら下がっているメアリーは全く浮いていないように見える。

 しかし彼女がそう言うなら、きっともうすぐ大空に飛び立てるはずだ。


「ごめんなさい! 気の所為だったみたいー!」

「ちょっと! 期待させないでよ!」


 そんなアタシを必死の努力を、屋敷の使用人やメイドがハラハラしながら見守っている。父親や護衛、外に待機させている兵士たちも騒ぐのを止めて、驚愕の表情で二人の様子を見つめる。


「あっ! 浮いた! 浮いたよ! サンドラー!」

「また気の所為じゃないだろうね!」

「今度は本当だよー!」


 実際に彼女の言う通りで、人形と幼女の二人はフワリと浮き上がった。しかし自分でも今の状態がいつまで保つかがわからない。

 なので効果が切れる前に、開いた窓から一目散に外に飛び出した。


「わあっ! 凄い! 空から見ると町ってこんな感じなんだ! ねえ、サンドラー!」

「ちょっと今は話しかけないで! 凄く集中してるから!」

「ごっ…ごめんなさいー!」


 メアリーは遠ざかるお屋敷と領内の町を見つめながら、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていたが、今はそれどろこではなかった。

 初飛行なら緊張気味になるのも当たり前で、アタシとしては翼をバタつかせことに必死でろくに喋ることもできずに、結局日が沈むまで二人は殆ど口を開かず、空から見える広大な地平線と夕焼け空を、感慨深げに眺めていたのだった。


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