開拓村
寒い冬が終わり、暖かな春になっても、光の繭の中は相変わらず温暖な気候を維持しており、毎日ゆったりとした時間が流れていた。
しかし、ここ百年近く人が来なかった廃村に、何故か人間たちがやって来たのだ。
「何で既に人が住んでるんだよ!」
百名近い団体の半数が冒険者のようだが、残りは女子供や老人の集まりなようで、何やら訳ありっぽい雰囲気だ。
そんな中でアタシたちは代表者らしき中年の冒険者に話を聞くため、白いローブを深くまで被って顔を隠しながら、マイホームも外に出ている。
「よく見たらお前! 麓の村に買い出しに来る子供じゃねえか!」
「それが何か?」
「それが何か? …って!」
その辺りにあった適当な廃屋の上に腰かけて代表者から話を聞いているのだが、口を開ければ向こうからの質問ばかりなので、彼らの目的が一向にわからなかった。
「はぁ…もういい。とにかく今は、使える小屋があるなら都合がいい。開拓村が落ち着くまで、お前の家を貸してくれ」
「嫌です」
「はぁ? 今、何て言った?」
「嫌です。…と言ったのです」
突然やって来て問答無用で家を貸せなど、横暴にもほどがある。アタシは大きく溜息を吐きながら、わかりやすく説明することにした。
「知らない人が大勢やって来て、突然家を貸せと言われても、素直に貸すと思いますか?
大人に逆らえないことをいいことに、家の中を好き放題に荒らされては堪りません」
返り討ちにするぐらい余裕なのだが、今は正体を隠して無力な子供のフリをしている。なので、こう言っておいたほうが都合がいいのだ。
もっとも相変わらず光の結界で敷地内への進入を禁止しているので、こっちが普通でないことは一目瞭然なのだが。
「むむむっ、そう言われると返す言葉もないな」
「ですのでまずは、貴方たちが私の敵ではないのかどうかを知るために、いくつか質問させてください」
正直さっきからこちらへの質問ばかりで、一向に話が進まないのでうんざりしていた。取りあえず彼らが敵か味方かだけでもわかれば、場合によっては客として扱っても構わない。
「質問に答えれば、家を貸してくれるのか?」
「…可能性はあります」
貸すとは言っていないが、中年冒険者も強引に差し押さえるつもりはないようで、この辺りが妥協点だと判断したようで、メアリーを真っ直ぐに見つめ、別の廃屋の瓦礫に腰を下ろす。
ついでに長丁場になるかも知れないからと、他の冒険者や一緒に来た人たちに指示を出していた。
「では最初の質問ですが、貴方たちは何故ここに来たのですか?」
「村を開拓するためだ。領主様が移民希望者を募っていたので、俺たちはそれに乗った」
大体予想通りだが領主が絡んでいたとは、思ったよりもしっかりした計画なのだろうか。その割には勉強不足のようだが・
「領主はここがエルフの領域だと知らないのですか?」
「いや、知っている。しかし領主様は、エルフの襲撃は絶対にないと断言していた」
もしかしてここにアタシがここに居ることで、エルフの監視の目がなくなったことを知っているのだろうか?
その割には、開拓村の希望者が自分のことを知らなかったのは、どうにも腑に落ちない。
となるとエルフの襲撃がないのは別の理由になるが、もしかして…と、メアリーが庭の片隅に植えた大樹を、じーっと見つめる。
思えば、毒々しい巨大芋虫が世界樹の若木を食い尽くして、次は里を襲うのは時間の問題だった。
もしそれを知っていたのだとしたら、エルフたちは里を守るのに精一杯で、とても縄張りの警戒をしている暇はないはずだ。
これらは勝手な推測で根拠はないが、彼らはエルフ領域を開拓し、ここに村を築くつもりだとはっきりした。
だがもしアタシが何処かに引っ越してしまえば、かつての開拓村の住人のように、即刻追い出されるのは決定しているので、開拓計画の失敗は目に見えている。
「ここに村を築くのは、止めたほうがいいですよ」
「それは何故だ?」
確かにここは村を築くには良い場所で、日当たりもいいし澄んだ小川も近い。自然が豊かで山や森の幸も豊富だし、丸一日歩けば麓の村に着くので、交通の便もそこまで悪くはない。
「エルフは私には近づきませんが、いつかは別の場所に引っ越します。
そうなれば開拓村は襲撃され、追われることになるでしょう」
「それは本当か? まさか騙そうとはしてないよな?」
こっちは善意で忠告しているのに、やはり簡単には信じてもらえないようだ。どうしたものかと頭を悩ませていると、広域探知に見知った反応を感知したので、メアリーに急いで席を立たせる。
「失礼。少し席を外します。すぐに戻ります」
中年冒険者に小さく頭を下げて、早足に森に向かう。天使パワーで足腰を強化しているので、一瞬でその場から離脱し、あっという間に廃村の端に到着した。
そのままアタシは感知した反応に声をかけると、すぐに答えが返ってきた。
「あの…」
「なななっ! 何で人間が居るのよ! ここは私たちの領域のはずでしょう!?」
正面の茂みの中からエルフちゃんは顔を覗かせ、プンプンと怒っている。緑髪の少女はかなり目がいいらしく、廃村のあちこちで忙しく動き回る人間を見つけて、自分たちの縄張りが荒らされていると、そう感じたのだろう。
それでも慌てて飛び出して、誰彼構わず喧嘩を売らないだけ、まだ冷静なようだ。
「実は領主が開拓村への移民を募集したようで…」
「それが何で! 私たちのところに来るのよ!」
「その辺りは何とも…」
開拓村を築く立地として一番良いのがここだったのだと想像はできるが、それを彼女に言ったところで、火に油を注ぐだけだ。
「とにかく私と一緒に、穏便に立ち退くように説得を手伝ってくれませんか?」
「人間たちを追い出せばいいのね! ええ、わかったわ!」
こちらに同意してくれているようで、言葉の節々に棘がある。アタシもかなり喧嘩っ早いほうだが、エルフちゃんはそれ以上かも知れない。
とにかくアタシだけでなく、原住民からの忌憚のない意見を聞かせれば、穏便に退去させられそうだ。
そう考えながら、金髪幼女と緑髪少女の二人で、リーダーである中年冒険者の元まで急いで向かうのだった。
エルフちゃんと協力して説得するつもりだったが、予想以上に長丁場になってきたので、光の繭を全面解除して、開拓民に休憩をとらせることにした。
その際に余っている食材を提供したり、台所や日用品を貸した。
流石に着の身着のままの一文無しでやってきた者たちを、冷たく突き放すのは可哀想だったので、毎月の家賃の中に道具の貸し出し料金を含めてはツケにするので、余裕ができたら返してもらうことを、しっかりと伝えたのだが…。
「凄いわ! 見た目は普通の小屋なのに、中はお貴族様の屋敷みたいよ!」
「お母さん、この木の実はなあに?」
「何かしら? 見たことがないものばかりだけど…」
「ほほほっ、それは精霊イチゴじゃよ。精霊様が住まわれている聖域でしか育たない。とても美味な果実じゃ」
自室と物置部屋だけは進入禁止にして結界も張ってあるが、狭い小屋の中はもうてんやわんやだ。子供からお年寄りが、居間と台所、地下の食料庫を忙しく往復している。
平屋で玄関を開けてすぐに居間と台所がくっついており、地下の倉庫以外に部屋も二つしかないため、この時点でうちの領域は殆ど開放していることになる。
そして開拓民が忙しくしている中で、メアリーとエルフちゃん、そしてリーダーの中年冒険者は、木陰に置かれた椅子に座り、神妙な顔をして向かい合っていた。
「その…何だ。色々と…すまん」
「構いませんよ。庭の草花はすぐに生えてきますし、食料にも困っていません。一応無闇に荒らさないようにとは、伝えておきましたし」
本当に収穫した先から毎日ニョキニョキ生えてくるので、自給自足は問題なく行えていた。それでも目に余るような乱暴狼藉をするようなら、即刻叩き出すまでだが、たまに騒がしくするぐらいなら、大目に見よう。
「サーリアに事情は一通り聞いてるけどさぁ。ぶっちゃけ、さっさと立ち去ったほうがいいわよ」
「私も同意見です」
こちらに向かう時にエルフちゃんには、一通り説明は済ませているので説得もスムーズにいくと思われたが、これが一筋縄ではいかなかった。
「しかしだな。こちらにも事情が…」
「人間の事情なんて、エルフには知ったこっちゃないわ!」
言葉に棘があるが、エルフちゃんの言っていることは、里に住む者たちの総意だ。自分たちの縄張りを荒らす人間には、とても厳しく毛嫌いしている。
中年冒険者も心の中ではわかっているので、辛そうな顔で押し黙る。
「だが、サーリアは人間ではないのか? それとも、実はエルフなのか?」
「私は人間ですよ。しかし、それを知っているのは彼女だけです」
ここでエルフだと言い張ろうか迷ったが、最初に人間として対応しているので、こちらのほうが自然だろう。
そんな中で、メアリーは相変わらずマイペースで薬草茶に口を付けているので、こういった交渉は、今後も全てアタシに任せるつもりらしい。
アタシが本当に困ったら手を貸してくれるが、なるべくなら娘の世話にはなりたくない。年上としてのプライドと言うべきか。
「何故そんなことに?」
「色々あるんです」
「そうよ! 色々よ!」
一言では説明できないので、色々で片付ける。それに今はそんなことは関係ない。重要なことではないのだ。
「ふむ、エルフの総意はわかった。それでも、俺たちは…」
彼らにも止むに止まれぬ事情があるのだろう。そもそも領主のお墨付きがあるとはいえ、こんな先行き不透明な開拓村に自ら志願するぐらいだ。
簡単には後には引けない。そんな覚悟というものがあるのかも知れない。
「…仕方ありませんね」
「ちょっと! サーリア!?」
もしここで無理やりにでも追い出したら、開拓民はその後どうなるのか。奴隷落ちか貧困の末に病死や餓死か、何にせよ藁にもすがる思いでここまで来たのだ。
これも何かの縁だと思い、寄らば大樹の陰で引っ越すまでの間ぐらいは、お隣さんとして接するぐらいは構わないだろう。
「ただし、私がここに留まっている間だけですよ。その後は知りません」
「すまない! この恩は、いつか必ず!」
「ああもう! どうなっても知らないわよ!」
深く頭を下げる中年冒険者をエルフちゃんが一瞥し、目の前の薬草茶をガブ飲みする。
そしてプンプン怒りながらも、私は何も見てないわ! 見てないから! …と、堂々と宣言するので、本当に優しい子だ。
しかしいつか悪い男に騙されそうな気がして、それが少しだけ心配なのだった。




