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エルフの大賢者

 世界樹の見学ツアーから二日後、青い顔をしたエルフちゃんが家にやって来たので、取りあえずいつもの薬草茶を出しておもてなしをした。

 だが体力は全回復しても精神的に辛いことがあったらしく、顔色の悪さはそのままだった。


「ごめん! サーリアのこと、族長にバレたっぽい!」

「構いませんよ。秘密はいつか明るみに出るものですから」

「そう言ってくれるとマジで助かるけど、ああもう! 本当にどうしたものかなー!」


 かつてメアリーが言ったように、人の口に戸は立てられないし、痕跡もできる限りは消したが、やっぱり残っているものもある。

 アタシたちの仕業だとバレるのは時間の問題だった。


「一応誤魔化したつもりだけど、あれは完全に疑いの目だったわ!」


 彼女は族長に呼び出されて、あれこれ尋問されていたらしく、その時に約束を守り、アタシたちのことを誤魔化そうと頑張ってくれた。


 その後、朝になってようやく解放されたので、とにかく危険が迫っていることを伝えようと、フラフラの体に鞭を打って急いで駆けつけてくれたようだ。

 しかし残念ながら、相手の方が一枚上手だった。


「なるほど、だから他のエルフに追跡されてるんですね」

「うえぇっ! 後をつけられてたの!?」


 一晩中代わる代わる尋問を受けたエルフちゃんは、疲れ切って注意力が散漫になっていた。そんな状態でやっとの思いでここに辿り着いたのだ。

 これではベテラン追跡者の存在に、気付けるはずがない。


「わっ…私のせいよね!」

「先程も言いましたが、気にする必要はありませんよ」

「でっ、でも!」


 こっちの探知範囲に引っかかった時点で、すぐにいつもの白いローブを深く被ったし、お菓子で買収した精霊に適当に周囲を浮遊するようにお願いした。

 これならメアリーの正体がエルフではなく人間だとは、夢にも思わないはずだ。


 しかしいくら備えをしていても、エルフちゃんが義憤に駆られて暴走すると、たちまちボロが出そうなので、アタシは少しだけ注意することにした。


「貴女は私との約束を守ってくれました。

 それだけで十分ですので、どうか命を粗末にしないでください」


 エルフちゃんが弓に手をかけたところで、アタシは下手な動きをせずに大人しくしているように釘を刺した。

 すると彼女は突然涙目になって、ワンワン泣き出した。何もするなと言ったことでの突然の嬉し泣きに、今度はこっちが戸惑ってしまう。


「あっ…あの、大丈夫ですか?」

「えっ…えぐ、えぐ…エルフの里を救ってくれただけでなくて、私のせいで迷惑をかけたのに!

 心配までしてくれるなんて…!」


 こっちとしては世界樹に興味があったので見に行ったら、巨大な芋虫にムシャムシャされており、友人が可愛そうだったので害虫駆除をしただけだ。

 アタシたちにとっては片手間で済むことだが、やはり力が桁違いな分、扱いが難しい。


 これはまた引っ越しかな…と考え、それでも動じることなくのんびりティータイムを楽しむ。

 一方敷地の外には、十人程のエルフが光の繭を囲むように建物の影に隠れて、優雅にお茶を楽しむ金髪幼女の様子を伺っていた。




 どれ程の時間が過ぎたのか、隠れていた追跡者の一人が廃墟の影から出てきた。さらに彼はにこやかな笑みを浮かべ、こちらに歩いてくる。

 それを見たエルフちゃんが驚いたような顔をして、こっそり耳打ちする。


「あれはうちの里の族長よ」


 族長にしてはやけに若く見えるエルフの男性が、親し気に歩み寄ってきたのだが、光の繭の前でピタリと止まった。

 メアリーが風魔法で情報を伝えてくれたところ、あれはうちの結界を分析しているらしい。確かに知らない誰かに覗かれているような、何となく落ち着かない感じがする。


 うちを囲む光の繭は一般的な結界とは違い、張ったらそれで終わりではなく、アタシと常に繋がっているのだ。

 だから何らかの干渉を受ければすぐにわかるし、遠隔操作で空に飛ばすこともできる。


 しかし便利な半面、今回のように念入りに解析されると、何だか自分の着ている服を、一枚ずつ丁寧に脱がされているような妙な感覚に陥り、どうにも落ち着かなくなってしまう。

 相手が金髪幼女なら裸を見られ慣れているので、たとえ解析されようが今さら何とも思わない。


「むう、やはり解析不可か! これは上位精霊魔法か? それにもっと別の…!」


 彼の前方の結界に小さな穴を開け、空間を繋げて外部の音が聞こえるようになった瞬間、興奮気味の族長が光の繭に触れて、必死に解析を行っていることがはっきりわかった。

 なので分析するのを止めて、さっさと中に入ってこいと、アタシは遠回しに催促する。


「こっこれは失礼しました! エルフの大賢者様!」

「エルフの大賢者様、…ですか?」


 目の前の結界が勝手に解除されたので、族長はようやく自分がしていることが不味いとわかったのか、慌てて姿勢を正して一礼をした後、開いた穴から家の敷地に入ってくる。

 当然その後に穴を塞ぐが、その際にエルフの大賢者と声高に呼称したので、自分だけでなく、メアリーも小首を傾げる。


「今回の事件を解決したのは、他の里からの救援に駆けつけたエルフの精霊魔法使いだと思っているらしいのよ。

 デスクロウラーの大群を倒せる存在なんて、限られているしね」

「ああ、それで…」


 疑問に思っていると、隣のエルフちゃんがまたこっそり耳打ちしてくれた。こちらとしても同族だと勘違いしてくれるのは都合がいいので、取りあえず大賢者で通すことにする。

 確かにアタシたちでなければ里の事件を解決するの難しく、となると必然的に族長よりも立場は上になる。


「我が里の危機を救っていただき、感謝の念が絶えません!」

「いえ、たまたま通りがかっただけですので」


 ちょっと世界樹を見に行くついでだったので、感謝されるのは当然として、たまたま通りがかっただけなのは嘘ではない。


「はははっ! 大賢者様は謙虚でいらっしゃる! しかしここは精霊が多いですな!

 それにこれは…せっ! 世界樹の若木! 何故ここに!?」


 それは昨日メアリーが植えた世界樹で、エルフの里から株分けしたものだ。確かに枝葉は普通の樹木とはちょっと違うので、注意深く見れば気がつくはずだ。


 それにエルフは大気中の魔素を察知する感覚が極めて優れているらしく、アタシと同じように朧気ながらも、精霊まで感知することができる。

 となると隣の緑髪の少女も、将来は族長のように精霊魔法が使えるようになるのだろう。


「それは貴方の里の世界樹が私に種子を託して、家の庭に植えて欲しいと願ったからです」

「そっ…そうですか。確かに大賢者様ならば、そのような奇跡が起きてもおかしくない!」


 何だか滅茶苦茶高評価なのだが、突然の大賢者発言と言い、族長の中でこっちの立ち位置がどれだけ上なのかが気になる。

 だがまあそれはともかくとして、彼が何故エルフちゃんを尾行して、この場所を突き止めようとしたのかを、そろそろ尋ねなければいけない。


「ところで、貴方は何故ここに来たのですか?」

「おおっ! そうでした! それは偉大なる大賢者様を、我が里に招くためです!」

「わっ…私をですか?」


 ついに偉大なる…までがくっついて、驚きのあまり若干上ずってしまったが、アタシはとにかく冷静になるために、こっそり深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「里の危機を未然に防いでくださったのに、礼の一つもしないとあっては、申し訳がたちません!

 どうか我がエルフの里にお越しいただき、心ばかりのもてなしを受けていただけませんか!」

「ええと、お気持ちはありがたいのですが、お断りします」


 アタシが即断ったのが意外だったのか、族長は驚いて硬直する。これに関してエルフちゃんは事情を知っているので、やっぱりなー…という苦笑交じりの表情を浮かべている。


「それは何故でしょうか!」

「私は人見知りなので、人里離れた静かな場所で、こうして静かに過ごすのが気に入っているのです」


 エルフの里でも、白いローブを深く被っているのは他人に素顔を見せたくないから。…という理由だったので、別におかしなことではない。

 それに世界樹を見るという目的は果たしているので、人間のメアリーを目の敵にする里には、これ以上近寄りたくないというのが本音だ。


「そっ…そうですか。それが大賢者様の望みでしたら仕方ありません」


 ガックリと項垂れる族長だが、アタシはホッと胸を撫で下ろす。これで里に招かれることはなくなったので、一先ずの安全は確保できた。


「では、私を弟子にしていただけませんか?」

「……は?」


 何故そこで弟子がでるのかがわからず、アタシは間抜けにも意味のない言葉が、口から漏れてしまう。


「実はこのたびの事件で力不足を感じ、私は族長に相応しくないと思い至りました。

 ですので今この場で大賢者様に弟子入りし、自分を一から鍛え直したいのです!」


 言っていることはわかる。…わかるのだが、アタシの理解が追いつかない。

 だがまあ確かに、数百以上の巨大芋虫を倒せるだけの実力があれば、エルフの里を単独で守り抜くことが可能だ。

 さらに事態の悪化を防ぐための有効な手を打てなかったので、族長として責任を感じるのもわかる。


 それら全てをひっくるめて、強くなりたいという気持ちもわからなくもない…が、それでも弟子はない。


「お断りします」

「お願いします! どうか私を弟子に!」

「駄目です」


 必死に頭を下げる族長を相手に、アタシは断り続ける。そもそも天使の力は魔法とは違い、教えて身につくものではない。


 メアリーには光の飴玉を与えたが、あの時は彼女が欲しがったのもそうだし、将来自立するときの助けになればと、軽い気持ちで与えてしまった。

 だがその結果、金髪幼女は悶え苦しみ命の危機に陥った。アタシが生命力を与え続けなければ、場合によっては命を落としていたかも知れない。


 その後、もう二度と天使の力を他人に与えないと誓った。なので後にも先にも人間ではメアリーだけだ。


「そもそも私の精霊魔法は、容易に扱えるものではありません」


 本当は精霊魔法ではないが、族長に諦めてもらうため、それっぽい屁理屈を考えては、頭の中で順番に組み立てていく。


「それこそ一生をかけても、身につかないかも知れません」


 何となく精霊使いとして完成している族長に与えた場合、体がバラバラになるほどの激痛を味わい、全身の穴から血を流して死亡するのではないかと、何となくだがそう思えてしまう。

 もっとも、これはもう誰にも与えるつもりはないのだが。


「…ですので、貴方にはこれを授けましょう」


 敷地内に落ちていた小石をその場で浄化し、族長の目の前まで手で触れることなく、浮遊させて運ぶ。

 アタシが使える力は、天使っぽく物や体を浮かせることと、汚物の浄化、生命力と魔力の譲渡、結界を張る等の、守りに特化した力だ。


 そして闇属性は、周囲の魔素の支配、そして唯一の攻撃手段である生命力と魔力の吸収。これだけだ。回復魔法は使えないが、自らの生命力を他者に与えれば傷は塞がるので、特に問題ない。

 それよりも今は、族長に与えた石ころだ。


「これは、…光魔石ですか?」

「はい、石には僅かですが、私の力が込められています。

 それを通して魔力を送って精霊を使役すれば、今までよりも効果が高まるでしょう」


 アタシの光魔石は濾過フィルターになっており、それを通して魔力を注ぎ込めば、効率よく精霊の実体化が行える。

 大きさは小石程度なので一度に通せる魔力は多くないが、同サイズの魔石よりは効果が高いはずだ。

 とは言え自分で作った物以外は、過去にメアリーの父が使った光る石しか知らないので、効果の比較を試したわけではない。


「ははぁ! ありがたく頂戴致します!」

「私以上の精霊使いは、この広い世界に大勢居ます。

 今後は自らで研鑽を積み、さらなる高みを目指すと良いでしょう」

「大賢者様のお言葉! しかと胸に刻み込みました!」


 うやうやしく元は庭に落ちていた小石を受け取り、族長は数歩下がる。

 そもそも使ったのは精霊魔法に似せた天使パワーなので、自分以上の腕前を持つ精霊使い程度、この世界に大勢居るのは間違ってはいない。


「では、これで話は終わりですね」


 ようやくのんびり過ごせると、メアリーがティーカップに手を伸ばしたところで、族長がふと顔を上げて、隣に立っているエルフちゃんをマジマジと観察する。


「あの、大賢者様。その娘は?」

「彼女は私の友人で、かれこれ一ヶ月以上の付き合いになりますね」

「そっ、そうですか」


 心底羨ましそうな顔をする族長だが、そもそも彼は基本的には里から離れられないので、今この場に居るのも本来ならありえないことだ。


「それでは私は、これから彼女と大切な話があるので」

「はっ…はいっ! 失礼しました!」


 族長は小さな光魔石を大切そうに抱え、外に向かって歩いて行くので、進路上の光の繭の一部に小さな穴を開ける。


「九人の監視役もちゃんと帰らせてくださいね。見られていると落ち着かないので」

「ごっ、ご存知でしたか! はいっ! 直ちに撤収させます!」


 彼が慌てて外に出ていったので、光の繭の穴を完全に塞ぐ。そして族長が何かを叫ぶと、建物の影から九人の監視役が現われ、何やら話したあとに全員一目散に、巨木の森へと帰っていった。

 実際、完全防音でも見られているのは落ち着かないし、いつ正体がバレないとも限らない。なので今後は二度と近寄らないで欲しい。


 アタシが広域探知を使って他に誰かが隠れていないか調べていると、何となく元気がないエルフちゃんが、オズオズと手をあげて話しかけてきた。


「あのー…私に大切な話って?」

「取りあえず一緒にお茶を飲みましょうか。あとはまあ、いつも通り雑談でも」


 こちらの返答に、エルフちゃんは花が咲くような笑顔を見せて、嬉しそうにコクコクと頷く。


 取りあえずこれで里に招かれることはなくなったし、見られるのが嫌いだと伝えたので、周辺の監視や巡回もなくなるだろう。

 ついでに目の前の緑髪の少女は大賢者の友人だと認知させることで、今後は堂々と抜け出して遊びに来られる。

 色々あったが結果的に良い方向に進んだので、終わりよければ全てよし…と、心の中で一息つきながら、マイペースなメアリーと一緒に、のんびりと薬草茶をいただくのだった。


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