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里の族長

 世界樹に群がる害虫駆除が終わり、さらに周辺一帯の念入りな浄化、壊れかけている光の結界を念入りに補強、若木にも芋虫からの横流しだけでなく、アタシからも生命を分け与えて元気にする。

 それらのアフターケアを一通り済ませた後、元来た道を何食わぬ顔で戻り、無事にマイホームに帰ってきたのだった。




 エルフの里と世界樹もこの目で見られたので、色々騒動はあったが、終わってみればなかなか楽しかった。

 巨大芋虫はグロかったが、作物を襲う害虫なら村娘だった頃に何十、何百と潰してきたので、あれぐらいどうってことはない。


「それでメアリーは、何を拾ってきたの?」

「世界樹の種子ー。家の敷地に植えて欲しいってー」


 彼女は精霊の声が聞こえて、姿まで見えるので、助けた世界樹がエルフの里から家の敷地に株分けして欲しいと、涙ながらに訴えてきたらしい。


 まあ巨大芋虫にワラワラと群がらて命の危機にも瀕したら、逃げ出したくなっても仕方ない。

 それが自分ではない子供だとしても、安全な場所でのびのびと育ってもらえば、たとえ再び里が危機に襲われたとしても、世界樹の命脈が途絶えることはない。




 金髪幼女が庭の片隅の土をせっせと掘り、やけに大きな種子を植えた後、わざわざ石組みの井戸に向かい、釣瓶を降ろして深層から組み上げた水をジョウロに移して、世界樹の元に戻って盛り土の上から清らかな水を与える。


 家の敷地の外と内は別の空間なので、実際には水脈に繋がっていない。…にも関わらず、絶えず湧き出す井戸水を嬉々として使うメアリーいわく、魔法で出すよりも美味しくて体にも良い…と、笑顔でそう言っていた。

 スーパー幼女が言うなら、実際その通りなのだろう。本当に何処の水かは知らないが。


「芽が出たー」

「もうっ!?」


 流石伝説に謳われる世界樹だけあり、庭の一角に植えて水をやり、一分もしないうちに芽が出た。

 そのままちょっと気持ち悪い速度でニョキニョキと急成長を続け、それが庭の果樹の高さを越えた辺りでピタリと止まる。

 隣のメアリーが世界樹の方を向いてお礼を言っていたので、きっと空気を読んで自重してくれたのだろう。


 実際雲に届くまで大きくなられたら小屋が巻き込まれて倒壊するし、日当たりが最悪になり、洗濯物を干しても乾かなくなる。

 もしそうなったら世界樹だろうと関係ない。伐採も止むなしだ。そんなアタシの思惑を察したのか、目の前の大樹の幹がブルルっと震えた気がした。


「ここは栄養が豊富だからねー」

「実際には栄養が豊富ってレベルを越えてるけどね」


 季節関係なく実り続ける作物に、枯れることなく咲き誇る草花等、貴重な植物も入り乱れ、仲良く喧嘩せずにスクスク成長している。

 アタシはもうすっかり慣れたが、こうして改めて考えてみるとやっぱりおかしい。


 しかも別空間に隔離しているとはいえ、結界に穴を開けて出入りするたびに、少しずつ外に漏れるのか、最近は寂れた廃村にも希少な植物が広がり始めていた。

 今は冬なので、寒さに適応できる種類が少なくて幸いだったと、アタシは小さな人形の胸を、ホッと撫で下ろすのだった。







<とあるエルフの族長>

 百年ほど前にエルフの領域を侵して、自然を破壊する煩わしい人間たちを追い払い、平穏を取り戻した。

 だが奴らはどれだけ時が過ぎようとも、我々エルフに開拓村を追われた恨みを忘れず、復讐する機会を虎視眈々と伺っていたのだ。

 幸い世界樹を傷つけられる直前に侵入者を捕らえて、全てを処分することができた。


 その後、手の空いている者を集めて、世界樹だけでなく里に奴らの痕跡が残っていないかしらみ潰しに調査し、探知魔法も何度も使用した。

 結果、何の反応もなく世界樹やその周辺にも異常がないことを確認し、族長を含めた住民全員は、ようやく心の底から安心することができた。


 しかし危機は去ったが、また同じようなことが起きないとは限らない。里の者たちの同意を得て、世界樹の周囲に強力な光の結界を張った。

 そして族長である自分以外の侵入を固く禁じたのだ。事件はこれで終わったのだと、誰もがそう思っていた。




 里の警備の強化や広く取りこぼしのない巡回ルートの作成、人間たちは何度襲撃を退けても、昼夜を問わずに森に侵入してくるので、その対処に追われて、族長の自分は毎日を忙しく過ごしていた。


 それでもエルフの里に頻繁にちょっかいを出してくる貴族が寿命で亡くなったことで、ようやく人間共は巨木の森を踏み荒らさなくなった。

 安堵した私はしばらくぶりに光の結界を抜けて、様子を見に行くことができた。




 だがそこで見たものは、無数のデスクロウラーが里の至宝である世界樹を食い散らかす、地獄のような光景だった。

 それを見て私は、侵入者はデスクロウラーの卵をここに持ち込み、世界樹の若木のすぐ傍にこっそり隠していたのだと理解した。


 だが死を振り撒く巨大芋虫は、どのようにして探知魔法や里の者の目を欺き、光の力に満ちる聖域でも、普段通りに活動できるのかはわからなかった。

 強固な光の結界を張ったのが仇になったが、もし誰かが様子を見に行っていたら、孵化したデスクロウラーは今度はエルフたちを襲い、里が蹂躙されていたかも知れない。


 理由は不明だが、デスクロウラーは光属性への耐性をもっているらしく、私が知っている魔物よりも数段手強いのは確実だ。

 とにかくこのままにしておくわけにはいかず、私は他のエルフの里の族長たちに急いで手紙を送り、救援を求めた。


 しかしエルフとは元々閉鎖的な種族で、互いの交流も殆どない。

 自らの里が仕出かした不始末は、そこに住む者たちで解決するべきだと、そんな突き放すような返答ばかりだった。

 また、報酬次第で人員を派遣するといったものもあったが、どの手紙にもこちらの足元を見た対価が提示されており、とても払いきれない。

 たとえデスクロウラーを殲滅できたとしても、その後の里の立て直しも考えると、そんな条件は断じて飲むわけにはいかなかった。




 そうこうしているうちに一ヶ月、二ヶ月と時間だけが過ぎていき、このままでは世界樹を食べ尽くしたデスクロウラーにより、エルフの里が滅ぼされてしまう。

 いよいよとなれば、私自身が責任を取る形で皆の先頭に立って戦い、たとえ刺し違えてでも魔物を殲滅しなければと覚悟を決める。


 そして皆に聖域に侵入した魔物の存在を告げる前の最後の確認を行うべく、族長宅を出る。

 大通りを抜けて、通りすがる者たちに表面上は笑顔で挨拶を交わしながら、世界樹へと続く門に到着する。

 そこを守る四人の屈強なエルフに、私はいつも通りに世界樹の様子を見に行くと告げて、自分の張った光の結界を通過しようとした。


「なっ何だ! この結界は!?」

「…えっ? 族長が張られた光の結界ではないのですか?」

「あっ、いっ…いや、確かにそうなのだが」


 この里で光の精霊と契約しているのは、今は私一人だけのはずだ。だからこれ程大規模な光の結界も張ることができた。

 しかし結界は一度張ればそれに終わりではなく、時間と共に込められた魔力を消費し続け、いずれは消えてしまう。

 だからこそ、この結界が消えた時こそがデスクロウラーとの決戦の日になる。…そう考えていたのだが。


「これは確かに、わっ…私の術式だな」

「はぁ、…ですよね」


 怪訝な顔で門番に見られているが、今の私は全く気にならない。光の結界は確かに私の術式と寸分違わなかった。

 術者は各人に癖というものがあり、似た魔法はあるが、全く同じものは存在しない。


 それこそ自分の張った光の結界の術式を解析し、足りない魔力を補い、破損箇所のみを修復するような。そんな高度な処理を施さない限りは、絶対に不可能だ。


 その事実に気づいた私は驚きの表情を浮かべ、自らの幸運に感謝した。


 まさかこれ程の術者が里に居たとは思わなかったのだ。これ程の力を持つ者ならば、デスクロウラー討伐の戦力として、大いに期待できる。

 それどころか、実力に関しては族長の自分よりも上なのは間違いない。


「すまないが、最近この門を潜った者は居るか?」

「いえ、誰もおりませんが」

「そっ…そうか」


 門番から当たり前の返答を聞かされて、ガックリと肩を落とす。

 光の結界を張り直したということは世界樹が目的なのは間違いないが、誰にも気づかれずに破損箇所だけを修復したのだ。

 きっと相手は歳を得たエルフであり、当然相当頭が切れる。今から探したところで、影さえ掴ませない可能性のほうが高い。


「そう言えば昨日、里の若いエルフと見慣れない子供のエルフが、自分たちを通すようにと言ってきましたね」

「…それで?」

「当然断りました。その後は諦めて何処かに行ったようですが…」


 どうやら最初は、正面から世界樹に向かったようだ。怪しいのは見慣れない少女のエルフのほうだが、もう片方の所在が割れているのは助かった。


「今すぐその二人組を見つけ出して、私の前に連れて来てくれ。

 手の空いている警備員を使って構わん。ただし、くれぐれも丁重にな」

「はっ…はあ、わかりました」


 門番の一人を警備員の詰め所に走らせ、私は再び正面の光の結界に向き直る。

 その者たちがこの向こうで何をしたのか。まずはそれを確かめなければいけない。結界を完全に修復したのだから、通り抜けることぐらいきっと簡単だったろう。

 そっと手をかざして、自分が通り抜けられるだけの隙間を開け、向こう側に足を踏み入れる。


「……は?」


 高い丸太の柵と光の結界に囲まれた巨木の森は、見た感じは何も変わらない。だがそれ以外の何かが、良い意味で違うのだとはっきりわかった。


「これは、浄化されているのか?」


 世界樹の元に歩みを進めながら、私は大きく深呼吸して、清められた大気を存分に吸い込む。

 前回まではデスクロウラーが生み出す瘴気が世界樹の浄化能力を上回り、長く留まると気分が悪くなっていたのだが、今はとても澄み切っていた。


「ふむ、…やはりな」


 最奥に到着すると、そこには青々と葉を茂らせている世界樹の若木があり、少し離れた場所には大きな穴が掘られ、数百匹を越えるデスクロウラーの死骸が残らず放り込まれていた。


 そして目の前の大樹は、とてもほんの少し前まで、今にも命が尽きようとしていたとは思えないほど、活力に溢れていた。


「他の里から、救援が来てくれたのか」


 私が各地に飛ばした手紙を読んだ情に厚いエルフ急ぎ駆けつけ、単独でデスクロウラーを討伐し、光の結界を張り直したとしか思えなかった。

 どの里の族長からも色好い返事が返ってこない中で、たった一人だけ何の見返りを求めずに味方になってくれたのだ。


「くっ! 水臭い真似をしてくれる…!」


 同胞の危機を黙ってみていることができずに、命がけで数百を越える魔物と戦い、そしてこちらが礼をする前に、誰にも告げずに足早に去っていったのだ。


「門番の話では昨日と言っていたな。ならばまだ、遠くには行っていないはずだ」


 幸いなことに協力者が誰かはわかっている。ならば運が良ければまだ追いつけるはずだ。

 とにかく今回の事件を解決に導いたエルフを里に招き、直接礼を言わなければどうしても気が済まない。

 すっかり元気になった世界樹の若木に背を向け、私は足早で里に戻るのだった。


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