世界樹
エルフの少女が毎日のように家に遊びに来るようになって、一ヶ月が過ぎた。彼女を仲介して毎日物々交換をするようになり、こちらも話し相手ができて退屈せずに済むのでとても助かっている。
しかし金髪幼女は友人を作る気はないようで、個人的に会う時には素顔を隠してこそいないが、相変わらずアタシに任せっきりである。
だがまあ嫌ってはいないので、気長に親睦を深めていきたい。
そして肉や魚が食べたい時は、白いローブを頭から被ってお出かけするのだ。
大体歩いて一日か二日の距離の麓の村に空から侵入し、何食わぬ顔で買い物をしているのだが、今の所は職務質問されたことはない。
もし村の商人に何か聞かれそうになったら、愛想笑いをして適当に誤魔化し、きちんとお金を払えば普通に売ってくれる。
やはり見た目が可愛らしい子供というのは便利である。
そんな自由気ままな日々を過ごしつつ、本日は敷地内の木陰で椅子に腰かけて薬草の粉茶を飲んでいた。
アタシの話を聞いて興奮したエルフちゃんが、凄い凄いと褒め称える。
「凄いわ! 海竜を倒すなんて!」
「でも私は、皆の邪魔にならないように隠れて援護していただけですよ」
前に出て戦っていたわけではないので、言葉に嘘はない。バッファーとして樽の後ろに隠れて、皆を援護していただけなのだ。
「いいわねー。何だか私も冒険に出たくなってくるわ」
「貴女は外に出ないのですか?」
「今までは、里で一生を過ごすつもりだったんだけどね」
アタシたちの冒険譚を聞いて、人間の世界に行きたくなってきたらしく、エルフちゃんはうーんと腕を組んで空を見上げる。
もし彼女が外に出てしまえば、毎日の見回り仕事はどうなるのかと、気になったので尋ねてみる。
「貴方に与えられた仕事はどうなるのですか?」
「そうなのよね。人間たちから世界樹を守らないと」
「世界樹?」
世界樹と言えば、古い言い伝えや英雄譚で聞いたことがある。
確か雲にも届くほどの巨大な木で、…あとは何か色々凄かったような気がする。所詮アタシは学のない村娘で詳しいことはさっぱりなので、エルフちゃんが答えてくれるのを黙って待つ。
「土地や大気を蝕む闇の力、そして瘴気を浄化し、綺麗な魔素に変えてくれる聖なる大樹よ。
まあうちのエルフの里が管理しているのは、株分けされたばかりの若木だけどね」
それを聞いてアタシはなるほどと思った。確かに伝説の大樹が生えていれば、廃村に着陸する前に発見できたはずだ。
いくら周りが巨木の森だとしても、上空から見てもわからなかったと言うことは、エルフちゃんの言うように、まだまだ若木ということだろうか。
「一度見てみたいですね」
「止めておきなさい。エルフの領域に人間が立ち入るのも毛嫌いしてるのに。
里の至宝の世界樹に近づこうなんて、自殺行為だわ」
エルフちゃんは薬草茶を一口飲み、諦めるように言葉をかける。
しかし絶対に押すなよと言われれば押したくなるのが人間で、見るなと言われたら見たくなる。
別に世界樹に悪さをするわけではなく、一目見れたら満足なので、何もせずに帰るだけだ。まあ記念に落ち葉や木の枝を、少量持ち帰るかも知れないが。
「えっ? まさか本気なの?」
「はい、一度だけでもいいので、直接この目で見てみたいです」
「んんー…サーリアには世話になってるから、私もできれば見せてあげたいんだけどねぇ」
頭を押さえてエルフちゃんが考え込んでいる。こちらの正体は普通の人間で通していて、女神に認定されていることまでは話していない。
なので場所さえ教えてくれれば空を飛んで見に行けるのだが、脈絡なく里の場所を教えて下さいとは、ちょっと聞けない。
「私の知り合いで、外から来たエルフだと言い張れば、何とかなるかしら?」
「何とかしてくれるんですか?」
「まっ…まあ、友人の頼みだからね」
「ありがとうございます」
仕方ないかと頭をポリポリとかくエルフちゃんは、人間だからと差別せずに、直接目で見て信用に足るかどうかの判断を下せる、とっても優しい子だ。
それに里の決まりを破るのはいけないことだが、友人と言ってくれた少女のために、ついつい世話を焼きたくなる。
なのでアタシは、彼女が愛用している弓を、少しの間でもいいので見せて欲しいとお願いした。
「それぐらいなら、別にいいけど」
「では、……はい、もういいですよ」
所要時間は一分もかかっていないが、エルフちゃんの普段使いの弓を手に取って、メアリーを通して天使の力を流し込む。
「はぁ…それで、何だったの?」
見た目は何も変わっていないので、普通に返された弓を手に持って困惑している彼女に、簡単に使い方を教える。
「矢をつがえずに、弦を引いてみてくれますか?」
「んー…こっ、こう? …って! 何よこれ!?」
決して壊れないように頑丈にしたのはもちろんのこと、弦を引くと自動的に光の矢をつがえる機能を付加した。
威力は鉄の矢と同じぐらいで一定時間経てば消えるが、光の矢は決して折れずに、弦を引く指の力がなくなるまでは、エルフちゃんはほぼ無限に矢を撃てることになる。
「うわっ! すごっ…! ちょっと試し撃ちしていい?」
「ええ、どうぞ」
ひゃっほーい…と、ウキウキしながら弓を構えて光の繭から外に飛び出し、廃村の辛うじて残っていた壁を穴だらけにしていくエルフちゃんを眺める。
人目がなくなったことで、メアリーは机の上に置かれたお茶菓子をアタシの隠れている鞄に運び、世界樹の若木がどんな姿をしているのかと、和気あいあいとお喋りするのだった。
エルフちゃんと一緒に里に潜入する段取りを打ち合わせし、あっという間に決行当日になった。
作戦は単純で、白いローブで顔を隠して外から来たエルフだと言い張り、門を通してもらい、あとは怪しまれる前に世界樹の若木まで一直線に向かう。
そして見学を終えたらしたらすぐに立ち去る。…これだけである。
はっきり言って問題だらけで穴だらけだが、これ以上良い案はアタシの頭では思い浮かばなかったので、あとは成るように成るの出たとこ勝負だ。
そもそも案内役の少女が生まれた頃には、里の世界樹は既に結界に囲まれており、族長以外は近寄れなかった。
情報がなければ作戦の立てようもないので、いつも通り気楽に構えて、突撃あるのみであった。
先導してくれるエルフちゃんと一緒に、鬱蒼とした巨木の森を転ばないように歩く。足場は最悪だが森の民として慣れているらしく、地面から盛り上がった木の根をまたぎ、茂みをかき分け、その歩みには全く迷いがない。
こっちも森歩きには慣れてはいるが、見知らぬ場所なので何に蹴躓くかわからない。なので翼を出すことなく地面スレスレをバレないように浮遊して、エルフちゃんにピッタリついていった。
どれぐらいの時間が経ったのか。鞄の隙間からふと前を見ると、巨木の隙間から頑丈そうな丸太の柵に囲まれた村のようなものが、アタシの視界いっぱいに広がっていた。
ついでにかなり前から広域探知に反応があり、木の上の死角に潜んでいるエルフが数名、アタシたちを監視していた。
しかし全身を白ローブで隠した子供を怪しむ気持ちはわかるので、ここは気づかないフリをする。
正面の門を守るのは二人のエルフで、案内人と同じ緑の髪と長い耳で、青年のように逞しい体つきに見える。
しかし前を歩く彼女の実年齢は五十歳なので、この人たちも見た目通りとは限らない。
「そこで止まれ! 何者だ!」
当然のように門番に止められたのでエルフちゃんが一歩前に出て、作戦通りの台詞を口に出す。
「この子は私の知り合いで、他所の里のエルフよ。
だから通ってもいいでしょう?」
「本当か? とても信用できないな! おい! そこの女! ローブを取って顔を見せろ!」
アタシも今の自分が十分に怪しいことはわかっているし、ローブを取れば人間の耳が丸見えになる。
そうなったら作戦失敗なので、すかさず呼び止められた場合のプランBに移行する。
「この子は極度の人見知りなのよ! だから顔を見るのは止めてあげて! 代わりに…ほら!」
家の敷地内に小さな何かが居るのは前々からわかっていた。しかし人形のアタシには何も見えなかった。だがメアリーは何故かそれが精霊だと確信し、直接目で見ることができた。
そしてエルフのみが使える精霊魔法に着目し、潜入作戦のために手作りクッキーを餌に、何匹か手懐けたのだ。
「こっ、…これは!? 精霊だと!」
さらに契約した精霊に使役者が魔力を与えれば実体化するので、今現在は金髪幼女の周りを楽しそうに舞い踊る、たくさんの謎の生き物という構図ができあがる。
それを見たのは門番だけでなく、影からの監視役も、大いに驚き呆然と立ち竦んでいる。
うちの庭に数え切れない程居るのでありがたみはないが、精霊との契約はエルフ一人につき、謎の生き物一匹が普通らしい。
なので結構な数を連れ歩くメアリーには、さぞ仰天したことだろう。
「あのー…通ってもいいでしょうか?」
「あっ、はい! どうぞお通りください! エルフの里に、ようこそお越しくださいました!」
「ありがとうございます。それと、お勤めご苦労様です」
古来より精霊魔法を使えるのはエルフだけなので、契約の対価がたとえ手作りクッキーだとしても、精霊を使役できるメアリーも分類的にはエルフということになる。
もちろんローブを脱げば人間だと一発でバレてしまうが、里を歩き回ったところで、無数の精霊を連れ回している幼女を疑うような住人は、まず居ない。
「あははっ! ねえねえ! 今の門番の顔見た?」
「彼は何も知らないのですから、驚くのも当然です」
「まっ、確かにそうよね! 馬鹿にするもんじゃなかったわ!
それじゃ次も、この調子で行きましょうか!」
第一関門を突破しただけで浮かれるのは早い。アタシは巨木に寄りかかるように建設された、キノコ型や大きな洞を改築したような、風変わりな家々を興味深そうに眺める。
本当は異種族のお宅にお邪魔したいのだが、人間を歓迎していないので仕方ない。いつ正体がバレるかわからないのだから、さっさとメインイベントを済ませて退散するに限る。
今はエルフちゃんの案内に従い、里の中央に向かって真っ直ぐに歩いて行く。
その後は何度か他のエルフとすれ違い、怪訝な顔をして声をかけられたが、そのたびにメアリーが契約済みの精霊を適当に遊ばせることで難を逃れた。
話しかけてくる住人がそれぞれ驚きの表情を浮かべるので、タネを知っているエルフちゃんは、笑いを堪えるのに苦労していた。
「色々あったけど! とうとうここまで来たわね!」
「ええ、長く苦しい道のりでした」
里の中央には、入り口の門よりも立派で高さのある丸太の柵に、グルっと大回りに囲んでいた。
それだけではなく強固な結界が張られ、内部を伺おうとしてもぼんやりとした霧がかかっているようで、はっきりとはわからない。
ちなみに正面には四人の見張りが立っている。ついでにアタシたちは別に隠れておらず、離れたところで話し合っているので、門番全員がこちらに気づいて油断なく注意を向けられていた。
「中はどうなっているのでしょうか?」
「私も入ったことはないのよ。
何せ里の至宝でしょう? 一応興味はあったんだけど、これがなかなか」
親や知り合いにはあの奥に世界樹の若木があるとは聞いていたが、直接見たことはないのは作戦開始前に聞いている。
「あの中に入れるのは、代々のエルフの族長だけらしいわ」
里の至宝らしいし警戒厳重なのはわかるが、族長以外は立ち入れないとは、ますます見てみたくなってきた。
「それはまた、秘密主義ここに極まれりですね」
里の入り口を突破して世界樹の門の前まで来るための計画は練ってきたが、ここから先は完全にノープランだ。
名案が思い浮かばなかったとも言うが、だからと言って黙って帰るつもりはない。プランBが通じることを願うが、もし無理だった時は作戦を練り直す必要がある。
「ここで喋っているだけでは事態は進展しませんし、行ってきましょうか」
「うーん、やっぱりそれしかないわよね!」
正面の門と結界を突破するには、とにかく行動するしかない。なのでアタシたちは見張りのエルフに向かって、真っ直ぐに歩いて行った。
近くまで来ると門番の四人は、屈強な体つきに鉄の剣や弓を腰に下げており、ネズミ一匹通すまいと威圧しているのがわかる。
しかしせっかくここまで来たので、話しかけるのが怖いから止めますとは言えず、オズオズと口を開く。
「あのー…」
「…何だ?」
アタシたちの一番近くに立っていた門番のエルフが、会話に応じる。その場からは一歩も動かず、ただ顔だけをこちら向けて見下ろす格好だ。
「ここを通して欲しいのですが」
「駄目だ」
即答で、しかも断られた。薄々わかってはいたが、最後の難関を突破するのは骨が折れそうだ。
「族長の許可は取ってるわよ!」
このままでは引き下がれないと、エルフちゃんが咄嗟に食い下がる。
「それは本当か? ならば、許可証を見せてもらおう」
「えっと、それは…! そのー…」
「…話にならんな」
手強い門番を相手に、普段は元気いっぱいなエルフちゃんもシュンと項垂れている。全員見事に轟沈したので、背を向けてスゴスゴと引き下がる。
流石に見張りは職務に忠実なだけで、何も悪いことはしていない。強引に押し通るわけもいかず、歩きながらどうしたものかと頭を抱える。
そんな時にメアリーが風魔法を使って、アタシに声を届けてきた。
「サンドラ。私に良い考えがあるよー」
「どんな考え? …ううん、メアリーのことは信じてるから、お任せするよー」
「えへへ、サンドラ。ありがとー」
満面の笑みを浮かべるメアリーが向きを変えて歩き出し、世界樹を囲むように建てられた丸太の柵に沿って移動する。
そして突然の単独行動に気づいたエルフちゃんも、こちらを呼び止めつつ、慌てて後を追ってくる。
「ちょっ…何処行くのよ!」
「私に良い考えがあります」
「その良い考えって何?」
エルフちゃんの問いにはアタシは答えられないのでだんまりを決め込むしかない。その間にもメアリーは、丸太の柵に沿ってひたすら無言で歩き続ける。
やがてある場所でピタリと足を止め、金髪幼女がまずは高い丸太の柵を観察し、次に周囲を見回す。
「探知ー」
「あっ、広域探知をするんだね。了解…っと」
メアリーからこっそり声が送られてきたので、アタシはすかさず周囲を探知すると、取りあえず目に見える範囲には、誰も居ないことがわかった。
その後金髪幼女は小さく頷くと、いきなり後ろを歩くエルフちゃんのほうに向き、ガバっと両手で抱えた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「きゃあっ! いきなり何!?」
そして間髪入れずに、謎パワーで存分に強化した身体能力に物を言わせて、高い丸太の柵を軽々と飛び越えた。
メアリーは世界樹の周りに張られている結界の術式を解析した後、何処か人目がない場所を探していたのだ。
接触と同時に通り抜けが可能な小さな穴を開けて、侵入成功と同時に穴を塞ぎ、そのまま軽やかに着地する。
「あっ……あら?」
抱えていたエルフちゃんを地面に下ろすと、彼女はキョロキョロと周囲を見回し、丸太の柵とくっつくようにして展開している結界を。マジマジと観察する。
「もしかしてここは、結界の中…かしら?」
「そうです。通り抜けるときに小さな穴を開けて、侵入と同時に塞ぎました」
「なるほどー。確かにサーリアの家にあった光の繭に似てなくもないわ。それより全然脆そうだけど」
確かに家の敷地を囲んでいる繭型結界よりも、脆そうに見えるのもわかる。うちのは綺麗に透き通った青白い硝子板だが、こっちは近くで見るとあちこちヒビ割れ、さらに全体が曇っている。
「それはともかく! 中心にある世界樹まであと少しよ!」
「はい、……そうですね」
「何だか元気がないわね。…まあいいわ! サーリア! 行きましょうか!」
再び元気を取り戻して先頭を歩くエルフちゃんに付いて行くが、実は侵入と同時に広域探知を一足先に飛ばしている。
そこでアタシは世界樹を見つけたのだが、余分なモノもくっついていたので、喜んでいいのか悲しんでいいのか少々複雑だったのだ。
遅かれ早かれわかることで、実際に目で見たほうがわかりやすいため、エルフちゃんへの説明を省いて後を付いて行く。
歩くたびに緑が深くなる清浄な森を、奥に向かって道なき道をえっちらおっちら歩いて行くと、やがて周りよりも一際大きな巨木を見つける。
「なななっ…何よアレ!?」
「魔物ですね」
アタシたちが見つけたのは、世界樹の若木なのは間違いないが、何より目を引くのは、その茂った葉っぱをムシャムシャと食べている、毒々しい色をした巨大な芋虫だ。
しかもその数はあまりにも多く、百や二百どころではなく、数え切れないほどなのだ。
「じゃあ、どっ…どうして! 光の結界の中に魔物がいるのよ!」
魔物に悟られないように世界樹が辛うじて見える位置に隠れて、茂みからピョコンと顔を出したエルフちゃんがワナワナと震える。
「そもそも聖域でも元気いっぱいに動けるって、おかしいじゃない!?」
「元々居たのか、それとも誰かが持ち込んだのか。光への耐性に関しても、謎だらけですね」
人形やぬいぐるみを魔物化して、探知魔法を無効化して悠々と接近し、メアリーを襲わせようとした例もある。
何処かの誰かがエルフの里を滅ぼすために毒々しい巨大芋虫をこっそり持ち込んだとしても、十分にありえる話だ。
光耐性を持っている理由は不明であるが、頭の弱いアタシが考えても、現時点ではこれ以上はわかりそうにない。
何にせよ世界樹の若木が現在進行系で芋虫にムシャムシャされており、今にもその命が消えかけるほどに、弱りきっている。
つまり、物凄いピンチということだ。
「何で族長は、このことを黙ってるのよ! 里の皆で力を合わせれば…!」
「無理です。魔物の数が多すぎます。族長として他の里に助けを求めはしたのでしょうが…」
顔色が悪いエルフちゃんだが、ざっと見える範囲でも巨大芋虫は数百匹以上も群がっている。さらに今なお増殖中なのだ。ついでに言えば世界樹を食べ尽くすまでの時間はあまり残されていない。
メインディッシュが終わったら次はデザートとばかりに、喜び勇んで結界の外に出ようと暴れ出すだろう。
「一応私なら何とかできます」
「…えっ?」
族長も流石に手をこまねいて見ているだけではないだろうが、他の里に救援を要請しても、素直に協力してくれるかは少々怪しい。
だがまあそれは、アタシにとってはどうでもいいことだ。問題は友人の少女が、今とても困っているという一点のみ。
「ここで見たことを秘密にするのが条件ですが、どうしますか?」
「…するっ! 秘密にするから! 魔物を倒してエルフの里を救って! お願い!」
涙ながらにお願いされたら断りきれないよね。…と言うことで、必死に懇願するエルフちゃんとメアリーを、念の為に小さな光の繭で包み込んでしっかり守る。
今までも秘密にしてもらっていたが、これから行うのは、これまでとは規模が違う。
彼女が一も二もなく約束したことで、アタシも深呼吸して気合を入れる。
まずは結界内の全ての魔物の生命力と魔力を根こそぎ吸い取んで殺し、世界樹の若木に流れ込むように操作を行う。
これに関してはアタシが一度回収した後、しっかり浄化してから他者へと流さないといけないので、若干面倒臭く感じる。
メアリーが言うには、泥水をそのまま飲んだらお腹を壊すらしく、つまりアタシは濾過フィルターの役目も兼ねているのだろう。
最初は闇属性の人形だったのに、今は天使の力を宿している。何となく光と闇が備わり、最強に見える気がする。
とにかく考えるよりも先に動こうと、結界内の全ての魔物に向けて、その生命が尽きるまでドレインを行うのだった。
シーサーペントのように桁外れの生命力はないのか、数分もしないうちに力尽きた巨大芋虫からボトボトと地面に落ちてくる。
さらには高所からの落下の衝撃で破損したのか、虫の体液が流れ出し、世界樹の周辺がとても毒々しい色になっている。絶対アレには毒が含まれている。
「念の為に、終わったあとに結界内もきちんと浄化しておきますね」
「うっ、うちの里が多大な迷惑をかけて、本当に申し訳ないわ! ああ…恥ずかしい!」
心底申し訳なさそうな表情でしょぼくれるエルフちゃんに、この程度は何てことないことのように、明るく振る舞う。
アタシにとっては片手間で行えるし、光の繭の中で隠れてのんびりガールズトークしているだけで、魔物の殲滅が可能なのだ。本当にどうってことはない。
むしろ大変なのはこの後で、死骸やら何やらの処理と、アタシたちの痕跡を消すのに苦労しそうだ。
そんなことを考えていると、世界樹の天辺にしつこくしがみついていたもっとも大きな芋虫がとうとう力尽き、真っ逆さまに地面に落下し、肉片を派手に撒き散らした。
(ん? …何か今、妙な感じがしたような?)
最後の一匹をドレインした時に、魔物の穢れた瘴気の中に、微かに光の力を感じた。例えるなら、過去にアタシが大天使の首輪を引きちぎって吸い取った時のような。
だが巨大芋虫は全滅しており、もう一度ドレインを行い検証しようにも相手が居ない。それにまだ後片付けが残っている。
取りあえず光の繭を解除して立ち上がり、毒々しい体液や肉片が辺り一面に散らばる現場を視界に収め、まずはどこから手を付けたものかと、頭を悩ませるのだった。




