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エルフの少女

<とあるエルフの少女>

 いつも通り自らの里の周囲を巡回していた私は、かつて人間たちがエルフの領域に村を築こうとした跡地に、光り輝く巨大な繭がゆっくりと降下しているのを目撃した。


「何なのよアレは! どうして空を飛んでるの! ああもう! 気になるー!」


 里のエルフの中ではもっとも若い私は、退屈な巡回任務には飽き飽きしており、その逆に人間の世界や珍しい物には興味津々だった。

 これは里の若者が必ずかかる病気なようなもので、皆百歳になる前に一度は森から出て、外界に旅立っていくのだ。


 だがやはり現実の壁は高く、英雄物語のようにはいかずに絶望し、肩を落として暗い顔で帰って来るエルフが殆どだ。

 中には人間の寿命が尽きるまで、共に暮らす者も居るが、それは極少数である。


 今年で五十歳になった自分は、年長者たちの可愛がりというか、事あるごとにそんな失敗談を聞かされ、半ばうんざりしていた。


「まあ、上に報告するのは、後でもいいわよね」


 散々に聞かされた結果、いくら興味があっても外に行ったらろくな目に遭わない。自分は里で一生を過ごそうと、今この瞬間までそう思っていた。


 しかしやはり好奇心には勝てないようで、エルフの領域なので外縁部の調査も任務の内…と、自分なりの理論を組み立てる。

 そのままウキウキしながら上司が定めた巡回ルートから大きく外れ、光の繭が降下したと思われる廃村に向けて、足早に移動を開始するのだった。




 この辺りのなだらかな傾斜の山と森はエルフの縄張りだ。当然私も放棄させた廃村に何度も足を運んでいる。

 もっとも自分が生まれる前に住んでいた人間が去ったらしく、どの建物も崩れ、ガラクタしか残っていなかったが。


 今回の調査において、遮蔽物が多くて中央まで安全に近づけるルートを構築し、それにそって警戒しながら移動して、今は建物の影に隠れて降下した巨大な光の繭の様子を伺っている。

 だがそれを実際に目にした私は、色んな意味で想像を越えていて唖然とした。


(今って冬よね!?)


 半透明な巨大で青白い繭の中には、一軒の家が建っていた。

 周りには野菜や果樹が植えられており、彩り豊かな葉を茂らせ、熟した実をつけている。さらには冬にも関わらず季節関係なく敷地一面が花盛りだった。


(しかも何で、私の隠れている場所が正確にわかるのよ!?)


 光の繭の中には人間の幼い少女が、庭先に置かれた椅子に腰かけてお茶を嗜んでおり、時々私が潜んでいる建物の影に視線を送ってくる。


 エルフは森を住処とし、隠れるのが得意な種族だ。そして廃村に入った時から常に遮蔽物の影に隠れて、警戒しながらここまで移動を続けてきた。

 だが彼女は、私が顔を覗かせて様子を伺う前から、こちらに視線を向けていたのだ。


(探知魔法? でも、魔法をかけられた気配は感じなかったわ)


 探知魔法は魔力の波を周囲に飛ばして、何かに当たって跳ね返ってきた波形から、大まかな距離や物を割り出す魔法だ。

 だが生まれつき朧気ながら精霊を知覚し、魔力を扱う素質を持つエルフには、容易に気づかれてしまう。


(じゃあ、私の知らない探知魔法があるっていうの? ううん、どうにもわからないことだらけだわ)


 相変わらず紅茶らしき物をチビチビと口につけている金髪の幼女は、私の隠れている場所に時折視線を送っている。

 だがまあとにかく、現状ではこれ以上調査のしようがないため、ここは諦めて建物の影から出ていくことに決めた。


「降参するわ! 私の負けよ!」


 両手をあげて堂々と姿を見せて声もかけたが、彼女は落ち着いたまま何の反応も示さなかった。


「あー、そう言えば人間には、古代エルフ語は通じなかったかしら?」


 二言目を口に出すと、正面の光の繭に人が通れるだけの穴が開いた。こうなったらもう直接話を聞くしか無い。日頃から持て余していた私の好奇心を、存分に満足させてもらおう。


 相変わらず何を考えているのかわからない少女の誘いに乗るように、慎重に歩きながら大きな声で会話を続ける。


「中央大陸語は苦手だけど、あー…これで通じるかしら?」

「はい、大丈夫です」


 純白のロングワンピースを着こなした幼い少女が、小さく頷く。そして私が光の繭を通過すると、たった今入ってきた穴が瞬時に塞がる。

 とにかく不思議なことだらけだが、足を止めずに一歩ずつ確実に距離を縮めながら、周りをキョロキョロと観察する。


 貴重で育成の困難な野菜や薬草、果樹がイキイキと熟した実をつけているし、神話や物語の中でしか見たことや聞いたことのない花々が咲き乱れている。

 まるで光の繭の中は、神々が住むと言われる天界か楽園のように思えた。


「しかも冬なのに暖かいし!」

「光の結界内は空間を隔絶していますから、私が作る小さな箱庭です」

「あっ、ごめんなさい。つい声に出ちゃったわ」

「いえいえ、お気になさらずに」


 里の族長も巨大な結界を張れるのだが、この光の繭はそれよりも小型だが、込められている魔力や性能が桁違いなのは、まだ精霊魔法を使えない私でもわかる。

 それに通常空間からの隔絶と、さらにはこんな巨大な物体が空を飛んでいたなど、デタラメにも程がある。

 目の前の少女が本当に人間なのかと、疑いたくなってくる。


「はぁ…聞きたいことは色々あるけど。まずはエルフの縄張りに、人間が何をしに来たのかってことよ」


 見た目は幼い少女で耳も尖っていないので、人間だと判断して決められた質問を行う。

 その際に私は金髪の幼子が勧めるまま、椅子に腰を下ろして出されたお茶をいただく。味はエルフの里で飲んでいる物よりも、遥かに美味しかった。


「私の目的は、この場所にひっそりと隠れ住むことです」

「ふーん、つまり誰かに追われているのかしら?」

「そう思ってもらって構いません」


 こんなとんでもない力を持つ少女が逃げ出すなんて、にわかには信じられないが、彼女自身がそう言っているので、一先ずはその前提で話を先に進める。


「じゃあ、エルフの領域に人間が立ち入るのは、禁止されてるのは知っているわよね?」


 そう言って私は光の繭の外に広がる朽ち果てた廃村に顔を向ける。それを見た少女は何やら察したかのように、小さく頷く。


「でもまあ貴方の対応次第で、見逃してあげてもいいわよ」

「どういうことですか?」

「貴方が普通の人間じゃないのはわかるわ。

 それに関して、色々と聞かせて欲しいのよ」


 辺りを見回すと気になる物だらけである。ここは上司の命令通りに、エルフの領域から人間を締め出すのを一旦保留とし、私の好奇心を満足させるほうを優先したい。


「話をするぐらいなら、別に構いませんが」

「本当? ありがとう!」

「いえ、お礼を言うのはこちらのほうな気が…」


 巨木の森の外に出るまでもなかった。エルフの領域の外縁部に、こんなにも知的好奇心をくすぐる少女が居たのだから。

 きっと人間の世界を何十年と旅したところで、彼女ほど変わった存在は見つからないだろう。


「あっ、でもそろそろ巡回任務に戻らないと。今日は一度帰るけど、明日また来てもいいかしら?」

「あっ…はい、私は大抵ここに居ますので」


 少女は一瞬戸惑ったような表情をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、また来ても良いと答える。

 そして家庭菜園らしい小さな畑や果樹に顔を向けて、先程から興奮しっぱなしの私に話しかける。


「もし良ければお土産にどうですか?

 これからはお隣さんになることですし、今後ともよろしくということで」


 そこにはエルフの里や領域では見かけない珍しい草花、果樹や野菜が季節関係なく実り、咲き乱れていた。

 どれ程の価値があるかは測りきれないが、流石に親切心から受け取った物を売るわけにはいかない。


「じゃあ明日には、私からもお土産を持ってくるわね。希望の物はあるかしら?」

「ええとー…」


 何やら考え込む金髪の幼女を眺めながら、私はこれからのことを心の中で思い描く。高級なお土産をいただいても持て余すのは確実なので、だったら里の物と交換して少女に渡すことに決める。

 元々人間の貨幣文化は広まっていないので、よくある物々交換というやつだ。


 そして巨大な光の繭は降下直後は眩く輝いていたが、今は青白い光も弱まり、殆ど透明に近い。

 巨木の森からでは、廃村の中央に位置する一軒家を見つけることは不可能だし、エルフの巡回ルートからも大きく外れている。


 私が報告しなければ今後何年かは発見されないだろう。

 なるべくなら長く付き合いたいので、今後もお友達の関係を維持できたら良いな…と、つい堪えきれずに笑みがこぼれてしまうのだった。







<サンドラ>

 アタシが使う探知魔法は普通ではないらしく、大気中を漂う魔素を一時的に支配下に置き、それに触れた対象を識別するという、正直説明を聞いてもよくわからなかった。


 だが一度広域探知を行えば誰かが魔法を使って所有権を奪わない限りは、殆どリアルタイムで状況がわかるし、微かな乱れで相手の行動を予知することさえ可能という、反則に近いことができる。


 もっともアタシは直感的に使っているだけで、行動を先読みできるほど賢くない。なのでスーパー幼女のメアリー任せになるが、普段から二人で一人であり、表立って動くのはいつも彼女なので何の問題もない。




 と言うことで、たとえ息を潜めて気配を消したところで、大気中の魔素に触れていれば、そこに何者かが潜んでいるのは明白で、エルフの女の子が建物の隠れて、こちらの様子を伺っていたのはバレバレだった。


 第一村人発見かと思って喜んだのだが、エルフの領域に人間が入るのは禁止と言われたので、これはまた引っ越しかと考えている間に、黙っている代わりに話を聞かせて欲しいと言ってきたので、快く了承した。


 話すだけならタダだし、耳の長いハーフエルフは港町でも見かけたが、綺麗な緑の髪をしたハイエルフは初めてので、アタシも話を聞くのが楽しみだ。

 見た目だけならメアリーの年齢に近く、できれば友達になりたいし、言動も子供っぽいので、心の中でエルフちゃんと呼ぶことに決める。


 今回の出会いが良縁になるようにと、帰り際にお土産を持たせて、明日も遊びに来てね。…と、和やかにお別れした。

 白いローブでメアリーを隠さず、ロングワンピースのまま素顔を見せて対応したのは、そろそろ娘にも同じ年頃の友達が居ないと寂しいのではないかと、…そんな母心だった。

 背格好も同じぐらいで、しかも一人だけだったので、今しかないと直感的に判断したのだ。


 しかし本人は相変わらず、サンドラさえ居れば他に友達は必要ないと強く主張している。気持ちは嬉しいが、いつか合体女神サーリアではなく、メアリーだけで自立して生きていくことになる。……かも知れないのだ。

 そんなときに頼れる友人の一人ぐらい居なくては、母親役のアタシが不安になってしまう。

 なのでまずは親睦を深め、いつか金髪幼女自身が話せるようになればいいな…と、非常に気の長い付き合いを始めるのだった。


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