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新天地へ

 港町の住人から、女神サーリア様として崇められるようになり、数ヶ月が経った。

 アタシたちを勝手に護衛していたBランク冒険者。光輪の天使はシーサーペント討伐により、Aランクに上がった。

 そして彼ら以外にもアタシたちを警護する者たちが雪だるま式に増え続けて、お金は払っていないのに親衛隊的な部隊が組織されてしまった。


 女神様は自らの行動を阻害されるのを嫌うと認知されているので、港町の住民はこちらから呼ばない限りは近寄っては来ない。

 だがそれでも、必ず例外というものは存在するのだ。


「困ります! サーリア様にこれ以上近寄られては!」

「ええい! 離せ! ワシはこの地を治める貴族じゃぞ!

 そこの娘も領民ならば、まずワシに頭を下げるのが道理じゃろうが!」


 いつも通りにあっちに行ったりこっちに行ったりと、自由気ままに食べ歩いていた時に、日替わりの親衛隊と、立派な馬車から降りてきた謎のお貴族様が、何やら言い争っていた。

 会話を聞く限り、アタシたちのことで揉めているようだが、少し考えて関わり合いにならないことに決めた。


「そもそも港町で土地を買って住んでるわけじゃないし、無視していいよね」

「賛成ー」


 多数決の結果、反対0でお貴族様とは関わらないことに決定した。

 そもそもアタシたちは行くあてもなく彷徨う旅人で、一応領内に家を持っているが、そこは誰にも管理されていない未開拓の場所であり、一般的に売り買いできるものではない。

 それでもお貴族様が権利を主張するなら仕方ないが、いきなり頭を下げろと言われるのは、流石にイラッとする。


「病人や怪我人を無償で治療してるのがいけないのかな?」

「怪我の治療は教会の重要な収入源ー。もしかして、いっぱい中抜きしてたー?」


 ずっと無料で飲み食いするのは少しばかり良心が痛むので、一日一善。怪我人や病人を見かけたら、こちらも無料で治療していたのだ。

 アタシにとっての生命力が海の水ほど膨大だとすれば、弱った人にコップ一杯分を分け与えるだけなので、大した負担ではない。

 面倒になったら範囲回復でパパっと終わらせればいいし、女神は無理強いを嫌うので、日替わりの親衛隊がきっちり管理してくれていた。


 そんなことを続けていれば、当然のように港町の人たちからは感謝され、女神信仰(サーリア限定)に熱心になった。

 しかし教会は違うようで、重要な収入源を潰すことになったので、一部の人には恨まれていた。


 ちなみに町中の商人や薬剤師は何も言わなかったが、きっと損得がトントンだったからだろう。

 重い病気を治す薬は平民には高くて買えない。ならば女神に治してもらい、軽い怪我をしたときに安い薬を買ってもらえばいい。…と考えていたのかも知れない。


 だが教会の治療費は後払いで、さらに値段が設定されていない。なので治したはいいものの、払えずに泣く泣く借金をする者も少なくなる。

 それでも聖職者の良心は痛まないようで、町で他に治療を行える者たちに圧力をかけることを条件に、領主には多額の寄付金が送られていた…らしい。




 メアリーが今度は別の屋台で焼きトウモロコシを受け取り、小さな口で一生懸命齧りつきながら、そんな何処で聞いたかわからない謎知識を教えてもらっていた。

 するといつの間にかこちらの親衛隊を貴族の護衛が押し退けて、でっぷりとお腹を膨らませたおじさんが、大股でズンズンと近づいてきていた。


「お前が町を騒がせる魔女か! よくもこれまで我が領内で、好き放題してくれたな!」

「……はぁ?」


 毎日好き放題に食べ歩いていたのは認めるし、人間離れした力を行使するので魔女認定されるのもわからなくはない。

 鼻息荒くまくし立てる中年のお貴族様は、だからと言ってアタシたちをどうするつもりなのか。


「お前たち! この魔女をひっ捕らえろ!」


 つまり目の前の貴族に都合の良い証言を引き出し、アタシたちを自分に都合の良い駒にする気だ。

 学のない村娘でも、ここでホイホイ付いていけば、ろくなことにならないのはわかる。


「もし捕まえるのなら、こちらも抵抗させてもらいますよ?」

「平民が貴族に逆らうのか!」

「無実の旅人を捕らえる人間が貴族ですか? …滑稽ですね」


 興奮気味の貴族のおじさんだが、護衛は明らかに戸惑っており、今すぐ襲いかかってくることはなさそうだ。

 なのでここは、天使の輪は作らずに、純白の翼だけを生やす。女神認定されてしまったので、もう天使モードは止めだ。


 翼を何度かはためかせると、金髪幼女の白いローブが風に揺れて、ついでに特に意味はないがキラキラ光る謎演出も行って、周りで様子を伺っていた民衆を驚かせる。


「まっ…まさか! 本物の女神!?」

「本物か偽物かって、そんなに重要なことですか?

 たとえ地位は貴族だとしても、無能もいることですしね」


 見た目だけな女神っぽくよそおいながら、目の前の貴族のおじさんの煽りも忘れない。既に引っ越しが確定しているので、舐められたままでは終われず、やりたい放題である。


「なっ…! おまっ…お前は!」

「あらあら、本物の女神に暴言ですか?」


 中年の貴族がぐうの音も出ずに黙ったのを見て、アタシは大きく息を吐いて、鞄の隙間から町中の様子を何となく眺める。

 数ヶ月かけてもまだ制覇できてないが、半分以上は回れたので上出来なほうだろう。


 季節が冬に入り、これから海魚の水揚げも減っていくので、引っ越すにはちょうど良いかも知れない。


「これ以上ここに留まるのは、難しくなくなりました」


 アタシの呟きを聞いた民衆が大きくどよめき、この後の展開を頭に思い浮かべてしまい、早くも涙を流す者が出てくる。


 遠隔操作で光の繭で包んだマイホームはとっくに浮上し、空の上を移動しており、もう間もなく港町の上空に到達する。


「この町で過ごした数ヶ月。色々ありましたが、皆さんのことは決して忘れません。

 それではさようなら。どうかお元気で」


 最後にメアリーがペコリと頭を下げて、アタシたちは翼をはためかせて空に飛び立った。

そしてすぐ近くまで来ていた浮島を包む光の繭を素通りし、見慣れた庭にフワリと降り立つ。


 何となく気になったので敷地の端っこに歩み寄り、強化した瞳で港町を見下ろすと、先程の貴族のおじさんと護衛が民衆に囲まれて、大いに慌てふためいている様子が伺えた。


「立つ鳥跡を濁さずー」

「後始末を全くしてないけどね。でもまあ、引き際は綺麗だったかな」


 敷地内にはアタシとメアリーの二人だけしか居ないことを確認し、鞄から顔だけでなく小さな体も全部出して、よいしょっと地面に飛び降りる。


 女神サーリアの噂は既に町中に広まっており、領主の耳にも入っていた。…と言うことは、これから向かう先も既に知られている可能性は高い。

 人と関わらずに生きていくこともできるが、やっぱり地域の特産品を見たり食べたりしたいので、一、二ヶ月留まれたらいいほうかな…と、ぼんやりと考えるのだった。







 特に急ぐ旅でもないので、数日かけて新しい引っ越し先にやって来た。

 前回と同じように適当な枝を拾って、倒れたほうに進むというやり方だ。途中で良さげな土地を見つけたら降下するのも変わっていない。


 しかし今回は深い森の奥ではなく、とある廃村の一角を使用することに決めた。辺りは草茫々で全ての建物が老朽化して崩れており、人の足跡も全くなかった。

 なのでひっそりと隠れ住むには、なかなか良い場所ではなかろうか。


「村を捨てたっぽいー?」

「確かに建物は崩れてるけど、壊された感じじゃなくて老朽化?」

「んー…調査が必要?」


 いくらスーパー幼女でも、一目見ただけで原因がわかるわけではないようだ。


 廃村の中央付近の空きスペースに拠点を降下させて、いつも通りに地面にめり込ませていく。

 繭型の巨大なクレーターがゆっくりと広がっていき、やがて敷地の高さが地表と同じになったところで、ピタリと停止する。




 見た感じ立地はなかなかのもので、日当たりも水はけも良好なようだ。当然アタシたちが住むにも適している。

 もっとも、村を捨てるだけの何があったのかはまだわからないが、戦いの痕跡が見当たらなかっただけでも幸いだ。


「これで三回目だね。大体数ヶ月ごとに引っ越す感じになるかな」

「海の幸の次は山の幸が楽しみー」


 上空から見た感じでは、なだらかな傾斜の山間の窪地で、廃村の中央を陣取っている以外は、最初の拠点に近かった。

 一日か、遅くとも二日歩いて山を降りれば麓の村に着くので、また物々交換をして暮らすのもいいかも知れない。




 そしてこの場所を選んだもっとも大きな理由が、周囲の樹高が軒並み高いのだ。

 まるで巨人の森に迷い込んだと思うぐらいの高さで、廃村の中心でなければ日当たりが悪くなるのは確実だ。

 そんな一風変わった世界観に心を惹かれたというのもあるし、巨大な遮蔽物に囲まれているので、常に人目を気にする人形にとっては、多少は安心できそうだったのだ。


「今度は普通の旅人っぽく、真面目に取引しようかな」

「普通の旅人ー?」

「ごめん。言ってみただけ」


 それが無理なことはアタシにもわかっているので、冗談で言ってみただけだ。

 天使の力を習得したメアリーは、家を出る前よりも髪色や肌艶が良くなり、活力に満ち溢れている。


 そんな人よりも優れた容姿を持つ幼い少女が、護衛も連れずに一人旅をしているのだ。素直に信じる人間は殆ど居ない。むしろ怪しまれて通報されてもおかしくない。

 もはや人形のアタシだけではなく、人外の領域深くに足を踏み入れてしまったと言っても、過言ではない。


「私はサンドラと一緒に暮らせて、毎日楽しいよー?」

「メアリー、ありがとうね」


 金髪幼女は本心でそう言ってくれると信じたいが、本人が望む望まないにも関わらず女神認定されてしまったのだから、巻き込んだ人形としては責任を感じてしまう。

 これでも一応メアリーの母親のつもりなのだ。


「あれ? でも最近はアタシのほうが、メアリーに世話されてるんじゃ」

「それよりサンドラー。私、廃村の調査がしたいなー」


 目が泳ぐメアリーに対して思う所がないわけでもないが、浮島は無事に着陸したので、周辺調査を行うのは自然な流れだ。


 ちなみに最初は金髪幼女の母親役として面倒を見るつもりだったが、今では対等な友人関係に落ち着いているように思える。

 しかし当人に全く不満がなく幸せならば、別にこのままでいいか…と、気持ちを切り替えて前向きに考えるのだった。


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