港町を散策
港町での乱闘騒ぎも無事に解決し、Bランク冒険者の光輪の天使に、行きつけの食事処に招待され、タダ飯をごちそうになっていた。
もっともアタシは喋って動く人形なので人前には出られないので、メアリーにこっそり横流ししてもらって、目立たないように鞄の中でモグモグしている。
「それでサーリア様は、本日はどうして港町に?」
「ええと、まあ…何と言いますか」
まさか魚料理が食べたくなったからとは言い辛い。彼らには天使のイメージで通しているので、今さらバラすのは抵抗がある。
それにこっちは追われる身なので、素性は隠せるものなら隠しておいたほうがいい。
酒場件飲食店の丸椅子に腰かけて、足が床に届かないのでブラブラさせ、白いローブを深く被ったままで、メアリーは何とも言い辛そうな表情をする。
そんなアタシたちの様子を見て、お兄さんは何かを察したように小さく頷く。
「やはり、…アレですか?」
「ええ、まあ…そんなところです」
「なるほど! やはりそうでしたか!」
質問したお兄さんだけでなく、お姉さんも深く頷いている。アタシはその場のノリで誤魔化しただけなので、アレが何なのかまるでわからない。
しかし勝手に話を広げてくれれば、丸机の上に置かれた魚料理を横流ししてもらうチャンスなので、その辺りは一旦置いておく。
「確かに海の魔物であるシーサーペントは、人間にとって恐ろしい魔物です」
「しかも船の上では、思うように戦えないものね」
「……えっ?」
何故そこでシーサーペントが出てくるのか。適当に誤魔化したのはアタシだが、話の持って行き方がまるでわからなかった。
「だがサーリア様なら、海上でも万全に戦えるだろう」
「私も光輪の盾に乗れば空は飛べるけど、まだまだ使いこなせているとは言い辛いのよ」
「えっ? …ええっ?」
何やら二人の間で会話が進んでいるが、これはもしかしてアタシが海竜を退治する流れだろうか。
確かにその場のノリで頷いたのは事実だが、そんなの聞いてない。
「あの、まだ討伐するとは…」
「確かにサーリア様の身分を考えれば、目立つことはできないな」
「ええ、人前に出れば注目を集めてしまうわ。何処に追手が潜んでいるかわからないものね」
あまり目立つとまた人が集まってきて、すぐ引っ越すハメになるので、アタシとしてはしばらくのんびり港町を見物したい。
どうやら二人もわかってくれたようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「しかし港町までわざわざ足を運んだんだ。事態は余程深刻なようだな」
「ここ最近は漁船や商船が何度も沈められていて、怖くて海に出られないとも聞くわ」
「全体的に物価が上がっているのはそのせいか。やはり相当不味い状況なんだな」
振り出しに戻るどころか、泥沼化している気がする。
しかしアタシはこの町に初めて訪れたので、人や物が少ないことに気づけなかった。そしてこのままでは、美味しいお魚が食べられなくなるのは大問題だ。
ならばこっそり手助けして、事件を解決に導くのもいいかも知れない。毒を食らわば皿までで、シーサーペントもろとも綺麗に平らげてやろうではないか。
自分が何処までやれるかは知らないが、海鮮料理のために一肌脱ぐのだ。
「あくまでも皆さんのお手伝いを、こっそりするだけなら…」
アタシがそう告げると、相談していた二人は待ってましたとばかりに、嬉しそうな表情をメアリーに向ける。
これには我関せずと口だけを動かし、黙々と食事を続けていた金髪幼女も堪らず、思わずビクリと身構えたのだった。
あっという間に作戦当日になった。シーサーペント討伐の準備期間は、アタシからすれば、これといって山も谷もなく予想の範囲内だった。
まずは光輪の天使の二人に取り次いでもらい、冒険者ギルドのマスターと面会する。そこでアタシの正体が実は人間ではなく、天使であると騙して、海竜を倒すための協力をお願いする。
次に商人ギルドに行き、受付嬢にサーリアが来たと告げて、特級光魔石を売ったおじさんを呼び出す。
そしてこっちも天使であると騙し、大型の商船を貸してもらったり物資の融通をお願いする。
もちろん代表二人だけの秘密で、港町の住人やその他の協力者には正体はバラさないように…と、しっかり釘を刺しておいた。
既に大型商船は出港しており、今はシーサーペントが目撃された海域を目指して進んでいる。
この日のために集められた冒険者や船乗りが大勢乗り込んでおり、今は船室の一つを貸切状態で使わせてもらい、光輪の天使の二人と作戦会議中だ。
「二人共、作戦はわかっていますね?」
こちらの質問に、戦士のお兄さんがやる気十分という表情で、ハキハキと答える。
「はい、サーリア様はあくまでも影からのサポート。
シーサーペントを倒すのは、俺たち冒険者の仕事…でしたね」
この作戦は冒険者ギルトと商人のおじさんも知っており、アタシは影からこっそりと手を貸すだけで、実際に討伐するのは冒険者の役目だ。
そうすれば自分の存在は明るみに出ることなく、この後もただのサーリアとして、港町の観光を存分に満喫できる。
そんな戦後のことを考えていると、魔法使いのお姉さんが何やら真剣な表情で、メアリーをじっと見つめていることに気がついた。
「私、サーリア様を狙っている敵の正体がわかっちゃった…かも」
敵の正体ということは、もしかしてメアリーと父親の関係がバレたのだろうか。人形は汗をかかないが、心の中ではダラダラと嫌な汗をかいてしまっている。
そのままお姉さんは周囲を見回し、船室の外にも人が居ないことを確認したあと、アタシとお兄さん静かに近づき、小さな声で説明を始める。
「サーリア様を追っているのは、唯一神教でしょう?」
「……えっ?」
「彼らはサーリア様を唯一神として崇めていて、教皇や大司祭、そして王族や貴族はかつての天使の子孫よ。
そんな彼らは天界から見守る神の命を受けて、平民や奴隷を管理していると伝えられているわ」
何だか話がいきなりとんでもない方向にぶっ飛んでいったので、アタシは驚きのあまり口をパクパクさせたまま、何の言葉も出てこなかった。
そしてお姉さんがあまりにも得意気で話すので、今さら違うとは言えない空気だ。どんな理由でそんな超展開になったのか、アタシにはまるで理解が追いつかない。
「どうしてそう思うんだ?」
するとアタシの代わりにお兄さんが尋ねてくれたので、助かった。
「サーリア様が天使よりも遥かに上の、唯一神だってことは知ってるわよね?」
「ああ、神器を作り出せるのは唯一神だけだからな」
違いますと声を大にした言いたいが、自信満々に話すお兄さんとお姉さんの心を、ナイフでえぐってもいいものかと、躊躇してしまう。
本当は全然違うのだが、そうは言えない雰囲気が続き、ローブを深く被ったメアリーの表情筋が、ピクピクしているのがわかる。きっと笑いを堪えるのに必死なのだろう。
「それで聖典の最後だけど。邪神を滅ぼした唯一神は地上の管理を天使に任せて、天界に帰っていくじゃない。
でもこの記述は真っ赤な嘘で、サーリア様は現世に留まっていた」
最後の記述どころか全てがデタラメと言うか、アタシ自身が天使を演じて皆を騙しているのに、それがいつの間にか唯一神として崇められて、もうシッチャカメッチャカである。
何処で選択肢を誤ったのか、これがわからない。
「教会や王族は、間違った言い伝えを今も主張し続けてるわ。…何故だと思う?」
「サーリア様が人間界に留まっているのを、知らないんじゃないのか?」
そんなお兄さんの答えを、お姉さんは首を振って否定して、自信満々に胸を張って説明を続ける。
別に教会とは敵対してないが、そう言えば過去に大天使の輪とかいう魔道具を引きちぎったことを思い出し、あの件がバレたら敵認定されそうだと頭を押さえる。
「それは違うわ。理由はわからないけど、唯一神教…つまり神聖国は、唯一神が邪魔だった。だから追手を差し向けて排除しようとしているの。
さらに聖典の最後にわざと誤った事実を書き記すことにより、サーリア様は地上には居ないと、民衆にはそう印象付けたのよ」
戦士のお兄さんが合点がいったとばかりに深く頷き、お姉さんもキラキラした瞳でこちらを見つめている。これまでの仮説に自信満々という表情だ。
「確かに、サーリア様はたとえ悪人だろうと傷つけるのを躊躇うほどの、慈悲深い女神だ。
神聖国との戦いに巻き込まれる者が出ることを嫌い、森の奥に逃げ隠れるのも当然か」
ここでもしアタシが違いますと否定すれば、二人は消えることのない深い傷を、それこそ一生抱えることになる。
アタシは人形の身でありながら、何故か胃の位置がキリキリと痛み、数分近く迷ったが、何とか絞り出すように言葉を口に出した。
「そっ…そんなところです」
「やっぱりそうだったのね!」
アタシの玉虫色の答えに満足したのか、二人はとても嬉しそうな笑顔を見せる。
これを大々的に公表するならまだしも、あくまでも胸のうちに留めておけば、このぶっ飛びすぎた仮説が世に出ることはない。
個人の楽しみとして楽しく色々妄想するだけならば、セーフなのだ。
「そっ…それより二人共。そろそろシーサーペントの現れる海域ですよ」
「そうだな。気を引き締めないと」
強引な話題そらしが功を奏して、サーリア様は唯一神で神聖国から追われる身だという仮説をうやむやにできた。
しかし昔、村の神父さんが教えてくれたが、唯一神様のお姿は、金の髪と青い瞳、白い肌と服、そして翼も真っ白で、天使と違って輪っかはないが、とても美しい容姿だと聞いたことを、先程の仮説で引っ張り出されたのか今頃思い出した。
ちなみにアタシとメアリーの合体変形サーリアは、翼と輪っかをつけたり消したりは自由自在なので、十歳のツルペタボディ以外は、外見的な特徴は非常に似通っている。
もっとも、金髪碧眼の女性は世界中に居るので、こっちもただの偶然だろうが。
「メアリー、どうしようか」
「んー…成るように成るー?」
小声で相談するが、メアリーは変わらずマイペースであり、今の状況も別に困っていないようだ。
確かに今の仮説を信じているのは目の前の二人だけで、彼らにはアタシの正体を秘密にするようにと、ちゃんと口止めしてある。
ならば金髪幼女のように、気楽に考えるのがいいかも知れない。もし周りが騒がしくなってきたら、また拠点ごと引っ越せばいいのだと、アタシは気持ちを切り替えるのだった。




