表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/27

光輪の天使

 上空から見下ろした時は何となく人が住んでいることしかわからず、漁村かと思っていたのだが、間近で見ると商人のおじさんが言うように、建物や人が予想以上に多くて、確かに港町だった。


 街道を移動する途中でゴブリンに襲われたが、何故か戦う前から息も絶え絶えで衰弱していて、いつもより楽に討伐できたらしい。

 護衛の人は不可思議な現象に首を傾げていたが、頼むから細かいことは気にしないで欲しいと思った。




 何はともあれ港町に到着したのだが、ここでアタシは致命的な失敗をしていることに、今さらながら気がついた。

 白ローブを深く被っているので正体がバレるのは防げている。中に入りさえすれば、自由気ままに町を散策できるのだ。


 だがそのためには門を通るための通行料が必要になり、残念ながらアタシたちはお金を持っていないのだ。

 町に入るのは今回が初めてなので身分証は持っていない。ならばこの国の貨幣が必要になる。


「メアリー、どうしよう!」

「こんなこともあろうかとー! サンドラ、急いでこの小石を浄化してー!」


 商人のおじさんは先に来ていた旅人と同じように列に並び、アタシたちは幌馬車の中で小声で相談していた。

 しかしどうやらメアリーは、この危機的状況に策があるようだ。


 当然乗らないという選択肢はないので、彼女の持っていた何の変哲もない小石を見つめ、言われた通りに、綺麗なれー…綺麗になれー…と強く念じる。

 すると先程までただの石ころだった物が、青白く輝く謎の結晶体にあっという間に姿を変えたのだ。


「これを通行料の代わりにしよー!」

「メアリー、頭いいね!」

「えへへー! 私、サンドラの役に立てたー?」

「うん! 本当に助かったよ!」


 並んだ列が門に到着するまで、もう少しだけ時間があったので、念の為にもうニ、三個小石をキレイキレイして青白い謎の宝石を作ったところで、とうとうアタシたちの番が来た。


 …と思ったらそんなこともなく、商人の知り合いということで、彼が門番に通行料を払ってくれて、身分や容姿を確認されることさえなく、すんなりと通ることができた。


「たとえこの町の出身じゃなくても、子供に通行料を払わせるわけにはいかないからね」


 門を抜けて港町の大通りをしばらく進み、通行人の邪魔にならないように脇に寄せて幌馬車を停めると、そこでアタシたちは護衛の人に手を引かれて幌馬車を降ろされた。

 ついでに照れくさそうな顔をした商人のおじさんに、通行料立て替えの件を報告されたのだ。


 それを聞いて自分こどがこの町の子供ではなく、身分証を持っていないとバレていたことを知った。

 そして出会った時に僅かでも奴隷商人かと疑ってしまったアタシは、少しだけ心が痛くなり、メアリーに小声でアレを渡すようにと促す。


「これ、道に落ちてた綺麗な石です。通行料の代わりに払おうと思っていました。

 もし良ければ受け取ってもらえませんか?」

「なっ…光の魔石じゃないか! こんな貴重な物を一体何処で!?

 あっ…いや、すまない。道に落ちてたんだったね」


 思わずしまったという顔で口をつぐみ、気まずそうな表情のおじさんは、メアリーの頭を白いローブの上からそっと撫でた。


「すまないが、こんな貴重な魔石は受け取れないよ。キミの気持ちはありがたいけどね」

「じゃあ、買い取ってくれませんか? 私は今すぐお金が必要なんです」


 貴重だろうが何だろうが、罪悪感から解放されたい一心で、とにかく商人のおじさんに押しつけたいアタシは、もはや形振り構っていられなかった。


 今の対応で、彼が底抜けに良い商人だとわかると、より良心の呵責が強まり、ほんの少しでも恩を返してから、お互いに良い出会いだった風によそおい、爽やかなお別れをしたい欲が湧いてくる。


「どうしても買い取って欲しいのかい?」

「はい、どうしても買い取って欲しいのです」


 彼はしばらく迷っていたが、やがて決心したのか、腰に下げた革袋から数枚の金貨を取り出して、そっとメアリーの手を取って握らせてくる。


「ええと、できれば金貨を一枚だけ、銀貨と銅貨に両替してくれませんか?や」

「…注文が細かいね。いや、別に構わないけどね」


 苦笑する商人のおじさんだが、一枚の金貨を戻して、銀貨と銅貨に両替し、持ち歩くのに不便だろうと、お財布代わりに小さな革袋までくれた。


「このサイズの特級光魔石は、一般的には金貨三枚で買い取るんだ。

 でも私よりも高値をつける商人は、いくらでも居るよ。本当にそれでいいのかい?」

「構いません。私は貴方だから売ったのです」

「はははっ、それは商人冥利に尽きるね」


 本当はアタシの良心の呵責のためだ。特級光魔石だか何だかは知らないが、とにかく早く売って清々しい気分でお別れしたいものだ。

 しかしこれで自由に使えるお金が手に入って万々歳なので、予定外の行動だが、終わりよければ全てよしとも言える。


「よしっ、それじゃ確かに買い取ったよ。証明書は…」

「貴方を信じていますから、必要ありません」


 道端に落ちていた小石を浄化して売りつけるだけで大金が手に入ったのだから、殆ど詐欺のような手口で証明書を残されたくなかった。

 そんな被害者のはずの彼はおかしそうに笑い出したが、何がそんなにおかしいのだろうか。


「ああ、すまない。これは責任重大だと思ってね。ところで、キミの名前は…」

「サーリアです」

「じゃあサーリア。キミはこの後どうするつもりなんだい?」


 予定に関しては風の向くまま気の向くままと、行き当りばったりなので何も考えていない。

 取りあえずは港町の屋台か食事処を食べ歩きながら観光して、お腹いっぱいになったら、適当に特産品を見て回り、飽きたら家に帰るだけだ。

 ちなみにサーリアという名前は、サンドラとメアリーを混ぜたもので、殆どを金髪幼女が占めているが、特に気にしてはいない。


「取りあえず港のほうに行ってみます」

「そうか。何か困ったことがあればうちの商会を尋ねて欲しい。

 私の店は中央通りにあるが、場所がわからなければ商人ギルドの受け付けに、サーリアの名前を伝えてくれ」


 何だかよくわからないが、つまり困ったら自分を頼れということだ。メアリーが小さく頷くと、商人のおじさんは満足そうな笑みを浮かべて幌馬車に乗り、護衛と一緒に手を振って去っていった。




 自由に使えるお金が手に入ったので、さっそく港に向かおうと歩き出した矢先に、変な集団に声をかけられた。


「…おい! そこのお前!」


 相手は五人の中年男性で、身なりは全体的に汚れており、皮製の鎧や鉄のショートソード、鉄の槍等が見えるので、多分冒険者だろう。

 そんな輩が、ニヤついた顔でこちらに近づいてきた。


「私のことですか?」

「そうだ。お前だ。さっきの話は聞いていたぞ。随分と儲けたようだな」

「……はぁ」


 確かに詐欺まがいの手口で金儲けをしたが、双方納得した上での取引なので、たまたま盗み聞きをしていた部外者に口を挟まれるいわれはない。

 何より頭の悪いアタシでも、彼らがまともな人間ではないことぐらいわかる。


「それがどうしたんですか?」

「それだけ景気が良いなら、俺たちにも酒の一杯ぐらいおごってくれてもいいよなぁ?」

「子供にたかるんですか? 恥ずかしい大人ですね」

「何だと!?」


 冷たく突き放したことで、五人組の冒険者は若干キレ気味だが、それはアタシたちもだ。

 今さっきまで話していた商人のおじさんがいい人で、清々しくお別れしたのに、メアリーの父親と同じぐらいのクズっぽい人間が、ちょっかいを出してきたのだ。

 町中で目立ってすぐ引っ越したくはないので、一応抑えてはいるが、正直今すぐ顔面パンチしても文句は言われないだろう。


「子供が大人に逆らうのか!」

「ええ、逆らいますよ。それに間違っているのは貴方たちですし、屈するわけにはいきません」


 既にメアリーの父親に啖呵を切っているので、大人に逆らうのは慣れている。

 だがやはり町中で人の目があるので、ここで下手に暴れて目立ってしまうと、次の引っ越しもあっという間だ。

 まだ海産物を食べてないので後ろ髪を引かれるが、こっちもやられっぱなしで引き下がる気はない。




 こうなれば一旦煙に巻いて脱兎のごとく逃げ出し、適当な裏路地に誘い込んで、一人ずつグーパンチで沈めていこうか。

 そんな物騒なことを考え始めたとき、つい最近聞いた覚えのある大声が、突然辺りに響き渡った。


「お前たち! 何をしている!」

「何だテメエは! すっこんでろ!」

「その人に手を出すことは許さないわよ!」

「何だこいつら! もういい! ガキ共々やっちまえ!」


 子供に正論を吐かれて相当腹に据えかねていたようで、五人組の冒険者は町中にも関わらずそれぞれ武器を抜いた。

 四人が駆けつけてきた二人組の冒険者に、一人がメアリーに襲いかかってきたのだ。




 町中は一時騒然となり、あちこちで悲鳴があがるがお構いなしに、ゴロツキ冒険者の一人が、こっちに向かって走ってくる。

 しかし相手が金髪幼女なので本気を出すまでもないと侮り、武器を使わずにそのまま殴りかかってきた。


「なっ…急に力が! ……へぶっ!?」


 こちらを侮っていた男は急に力が抜けてバランスを崩したのか、何もない石畳ですっ転んだ。

 咄嗟のことで受け身も取れずに顔面を強く打ち付けたらしく、痛みで動けなくなったその上から、さらにメアリーは情け容赦なく後頭部を踏みつけた。


 子供とはいえ足に体重をかけれて踏み抜けば、相当な破壊力になる。結果、哀れな冒険者は、自分が何をされたのかもわからないまま、二度も顔面を石畳に強く打ち付け、あっさりと気を失ったのだった。




 どうでもいいが、村で喧嘩っ早いアタシと違って、メアリーは蝶よ花よと育てられた貴族の令嬢のはずだ。

 十歳にしてここまで戦い慣れしてるのはおかしいと思うが、何故かと聞いても本人もわからないだろうし、なら別にいいか…と、考えないことにした。


 とにかく一人片付けたので、次の相手は…と、助けに入った二人組のほうに顔を向けると、やはり彼らはお土産を渡したBランク冒険者だった。


「その神器は! 光の剣と光輪の杖!? なら、まっ…まさか! お前たちはっ!」

「その通りだ! 俺たちは!」

「光輪の天使よ!」


 そんな名前は聞いたことがないし、移動中に話した時はもっと別の名前を名乗っていたはずだ。ならば多分、この町の冒険者ギルトでパーティー名を変更したのだろう。


 光り輝く剣と杖を構えてチンピラ連中と対峙する冒険者二人組を見て、先程まで恐怖のドン底だった町の人たちも、今や大喝采の嵐で興奮は最高潮のようだ。


「サーリア様! お怪我はありませんか!」

「あっ、…はい」

「サーリア様には、傷一つつけさせないわよ!」

「はぁ…ありがとうございます」


 二人があまりにも役に入り過ぎているため、ここで口を挟むのも悪い気がして、当たり障りのないお礼を言うのが精一杯だ。

 それでもピンチになったらこっそり助けるつもりで、この場は邪魔にならない所に避難して、取りあえず成り行きを見守ることにする。


「受けてみろ! 光速剣!」

「馬鹿な! 刃が飛んだだとお!? …ぐわああああっ!!!」


 戦士のお兄さんが光の剣を両手で構え、魔力を込めて振り下ろすと、何故か青白い刃がチンピラ冒険者に高速で飛んでいき、受け止めたショートソードを両断し、さらに革鎧と体に深い傷をつけて、屈強な男を大きく吹き飛ばした。


「斬撃って飛ぶんだね」

「んー…あれは光の剣に自分の魔力を流して振り下ろしと同時に、過剰分を解放しているのかなー?」

「なるほどー。それで振り下ろす瞬間に輝きが強くなったのかー」


 魔力操作に詳しいメアリーの解説を聞いて、アタシはなるほど…と深く頷く。インテリ系金髪幼女は伊達ではなかった。


 さらに詳しく聞くと、それはアタシが魔石もルーン文字も使わず、錆びたロングソードを絶対に折れずに、かっこよく青白く光る剣に作り変えたから出来るようになったことのようだ。

 しかもどれだけ使っても効果が消えることはなく、謎パワーを元にしているので、大気中の魔素を自動的に吸収し続けることで、作った本人が止めない限りは半永久的に効果が維持されるらしい。


 ちなみに先程の斬撃を飛ばす技なのだが、光の剣は絶対にへし折れることがなく、とにかく青白く輝く状態を維持し続ける。

 火に突っ込んでも熱くならないし、血がついてもすぐに流れ落ちる。そして魔力を流しても受け入れずに反発する。


 一応魔法が使えればある程度の干渉が行えるらしいが、それでもアタシの強制力はどうにもできず、せいぜい反発する力の方向を決めるぐらいだ。


 ということで、引き絞った魔力を振り下ろしと同時に方向づけして解放すれば、何故か勝手に光属性に変換された過剰分の魔力が絶対に折れない刃となり、敵に向かって勢いよく飛んでいくのだそうだ。


「ちいっ…なら! こいつでどうだ!」


 チンピラ冒険者の一人が町中にも関わらず大きな火球を生み出し、お姉さんに向けて勢いよく放つ。

 しかし彼女は、避けることも防ぐこともせずに、ただ光輪の杖を正面に構えただけだった。


「…光輪の盾よ!」


 お姉さんが大声で叫ぶと、杖の先端に天使の輪が現われ、飛んでくる大火球を目指して真っ直ぐに突き進む。

 しかし迎撃するのが遅かったのか、彼女のすぐ前で衝突して炎上。そして爆発してしまう。


「ははっ! やった……はっ? むっ…無傷だと!?」


 至近距離で爆発に巻き込まれたはずなのに、お姉さんの目の前には青白い円形の障壁が実体化しており、火傷一つなく無傷だった。

 それを見て見物人は大きくどよめき、チンピラ冒険者の顔が青くなる。


「諦めなさい。光輪の杖はいかなる攻撃も通さない、絶対無敵の盾を具現化する神器よ」


 絶対無敵とは大きく出たものだ。光の剣と同じように、これも形状を維持しようとする力が働いているのは間違いない。

 そして杖は頑丈なだけではなく、魔力を通せば青白く光る輪っかを生み出せるのだ。


「むう…あれはー」

「知っているの? メアリー」

「知っていると言うかー。お姉さんの魔力操作を解析したー」


 賢いメアリー(十歳)の解説によると、光の剣と違って天使の輪は所持者の魔力で動いているため、お姉さんはそれを限りなく薄くて伸ばして円盾の形に変化させた。

 ちなみにこちらも外部からの干渉は完全に遮断するため、物理攻撃も魔法攻撃も光輪の盾の向こうには絶対に通さない。


 一応天使の輪の名残として、中心部に針の穴ほどの丸型の隙間が空いているのだが、お姉さんとしては、限られたルールの中で勝利条件を満たしただけなのだ。




 ふぅ…と息を吐いた魔法使いのお姉さんは、攻撃を防いだ円盾を光の輪の状態に戻し、火球が防がれて驚きのあまりに立ち竦んでいるチンピラ冒険者をめがけて飛ばす。

 そして輪投げの要領で頭上からスッポリと通して、突然両手を拘束されたことで男はバランスを崩して、石畳に倒れ込んだ。

 これで三人の無力化したので、残りは二人になった。


「それで、まだやるのか?」

「そっ…それは…!」

「私としては、全員捕らえても構わないんだけど?」

「ちっ、ちくしょう!」


 元気いっぱいのお兄さんとお姉さんを眺めながら、そう言えば光輪の形も生み出す数も設定しなかったことを、今さらながら思い出した。

 つまり二人だろうが三人だろうが、使用者の魔力が続く限り、捕らえる数がいくら増えても問題ないのだ。


 そのまましばらく睨み合っていたが、見物人の誰かが通報したのか、港町の憲兵が大勢で慌てでやって来た。

 結局最後はまともに戦うこともなく、チンピラ冒険者たちは一人残らずお縄となったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ