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新しい生活

 住み慣れた森から追われるように逃げ出したが、人の手が入っていない場所は、ここ以外にもまだまだある。

 それにいざとなったら、霊峰の山頂とか、深海とか、マグマの海とか、ずっと雲の上で暮せばいい。

 しかし光の繭の中は年中快適空間なのだが、それでは景観を損なうので、なるべくなら自然豊かな、視覚的にもまったり過ごせる場所がいい。


「滞在二ヶ月は短いかもと思ったけど、こういうのも悪くないね」

「うん、旅行みたいで楽しー」


 棒倒しで行き先を決め、空から見下ろし人が来なさそうな場所を探し、海沿いの漁村から離れた森の奥を新しい拠点にすることに決める。

 なるべく中心付近で木々の少ない場所を探して、ゆっくりと降下していく。


 強引に島を埋め込むので、外ではメキメキ、メリメリ音が鳴っているだろうが、敷地内までは届かない。


 ちなみに冒険者の二人組は森の外に降ろしている。引っ越し先まで付いて来たがっていたが、アタシは人形なので他人の目があると羽を伸ばせない。

 なので、拠点周りの地脈を安定させるのに時間がかかるから…と、そんなもっともらしいことを言って別れた。


「また来そうだねー」

「たまの来客ぐらいは、別にいいけどね」


 流石に周りを埋め尽くすほどの客が一度に来た時は驚いたが、前々から引っ越すことは決めていたので、なかなかスムーズに進められたとも言える。


 庭に植えたリンゴの木から、黄金色に熟した果実を一玉だけ収穫して、木陰まで白い翼で飛んでいき、小さな口でガブリと齧りつく。

 ちなみにメアリーは庭に置かれた椅子に座って、いつも通りにまったり読書をしている。


「巻き込んだ迷惑料の代わりに、ちゃんとお土産も渡したし」

「光の剣と、光輪の杖のことー?」

「あー…何かそんな名前にしたような」


 いつ物々交換したのか定かではなく、倉庫の肥やしになっていた錆びたロングソードとボロボロに風化した杖を、天使の力でそれっぽい見た目に整えたのだ。

 現実での作業時間は数分足らずで、元手はゼロだ。むしろお土産を選んだり機能のアイデアを考えるほうが時間がかかっている。


 冒険者の二人には、これはどんな名前の神器なのかと聞かれた。なので咄嗟に口からでまかせで、光の剣と光輪の杖です…と、教えたのだ。


 光の剣は刃を天使の力で錆を取り除いて、とにかく頑丈になった。そして光輪の杖も当然ピッカピカの新品同様だ。

 剣は鞘から引き抜けば刃が常に青白く輝いており、杖は先端に光の輪が具現化する。だがそれだけの代物なので、別に強力な神器でもなんでもなく、見た目だけ取り繕ったのだ。


「カンテラの代わりにはなるかな?」

「頑丈なのはいいことー」

「やっぱり長く使えるものが一番だからね」


 すぐ駄目になって処分されるよりは、せっかくお土産にしたのだから、普段使いとして長く愛用してもらえたほうが、アタシも嬉しい。最悪物干し竿でも何でもしてくれればいいのだ。


 しかし普通のロングソードや杖よりは頑丈なので、簡単に壊れることはないとは思うが、天使の力を物に宿した場合、どの程度保つのかが未知数だ。

 それに神器という謎ワードも気になったのでメアリーに聞いたら、読んで字の如しーと返された。


 つまり神様の力が宿った道具らしいが、自分としてはそんなつもりはなかったので、過度な期待はしないようにと釘を差しておいた。

 心の中で大きく溜息を吐き、黄金のりんごをモシャモシャを食べながら、よく晴れた空を眺めて、アタシはメアリーと一緒にのんびりと日光浴を楽しむのだった。







 引っ越してから敷地内で十日ほど過ごし、今日は日差しが眩しいしこの間は大勢の人間に目撃されたので、メアリーのことを知っている人間が何処かに居るかも知れない。

 なので念の為に、真っ白いローブを羽織ってお出かけすることになった。


 せっかく海沿いに拠点を築いたのだから、海魚を食べたいと思いたち、森から出て釣りに向かうことに決めた。

 賛成2、反対0で即決である。


「あるーひー」

「もりのーなーかー」

「くまさーんーにー」


 アタシは白いローブの中ではなく、腰に下げた小ぶりの鞄から顔を出して、メアリーと一緒に楽しく歌う。

 ルンルン気分で出口近くまで低空飛行でショートカットをし、茂みをかき分けて森から出ると、街道を挟んだ向こう側には草地が広がっていた。

 さらに奥には綺麗な砂浜と青い海が、視界いっぱいに眩しく輝き、とても綺麗だった。


 引っ越しのときに空から見下ろして知ってはいたが、近くで目にするとやはり感慨深いものがある。


「海は広いー」

「アタシも見るのは初めてだけど、湖には見えないよね」


 内陸部の山村で暮らしていたので、海がどういうものかを知ってはいても、領地の屋敷で押し込まれていたメアリーと同じで、自分の目で見たのは今回が初めてだ。


「行こうか」

「わーい」


 しばらく二人揃って一面に広がる大海原を眺めていたが、今日ここに来た目的は魚釣りだ。

 この先見る機会はいくらでもあるので、何処か適当な釣りポイントを探して、潮の香りがする風を浴びながら、砂浜をあてもなく歩く。


「この辺にしようか」

「そーだねー」


 途中で海に突き出た大岩を見つけたので、メアリー自身が純白の翼を生やして、何度か羽ばたく。

 やがてフワリと体が浮き上がり、数秒ほどで岩の上にゆっくりと降り立った。


「天使の力の扱いが上手くなったね」

「まだ体にまとわせるのが、精一杯ー」


 メアリーは自分の体以外に天使の力を与えることは、まだできない。

 それでもアタシが生み出した物には、干渉や操作を行えるし、見た目と同様で年齢も十歳の幼女なので、まだまだ伸びしろはある。


「お魚さーん、お魚さーん」


 メアリーが大岩の上から釣り竿を垂らして魚がかかるのを待つ間、アタシは広域探知を使って周辺を警戒する。

 海にも魔物がいるだろうし、変な人間に絡まれないとも限らない。


 実の父親から金髪幼女を連れ去った以上、彼女が成人して自立するまでは、自分が面倒を見なければいけない。

 今すぐにでも独り立ちできるぐらいの強さは持っているが、本人にその気がなさそうなので、取りあえずアタシから離れたくなるまでは、母親役を務めるつもりだ。


「ん? 誰か来るね」

「馬車? 行商人と護衛かなー?」


 アタシが張り巡らせた探知に干渉することで、メアリーも覗き見をするという、一周回って器用なことを行う金髪幼女は、可愛らしく首を傾げた。


 そっちは天使の力ではない闇属性なのだが、一緒に暮らすようになって人形の波長を覚えたらしく、今のように近くに居れば魔力波形にバンバン干渉してくるようになった。


 勝手に支配権を奪わなければ構わないのだが、メアリーは一体何を目指して、何処に行こうとしているのか。

 母親役としては、娘の将来が若干心配になるのだった。




 それはさておき、探知に引っかかった行商人の幌馬車は、街道を近くの漁村に向かって進んでいたが、アタシたちが釣りをしている大岩の後ろに差し掛かったところで、通り過ぎることなく馬を停めた。


 地面に降りてこちらに歩いて来るのは、恰幅の良い中年商人と、その護衛が四人。男女比率は半々、全員が二十代から三十代だろうか。


「こんにちは。釣れますか?」

「こんにちは。今日はまだですね」


 まだ一匹も釣り上げていないと、いつものようにアタシが会話に応じる。メアリーのほうが実際賢いのだが、幼女に大人の相手をさせるのは気が進まない。


 それに、もし村娘のアタシか貴族のメアリーを知っている人が目の前に現れたとしても、顔と声とバラバラなら、他人と思ってくれる。

 もっとも今のメアリーは真っ白いローブを頭から深く被っているので、顔は殆ど見えずに、外からわかるのは小柄な体型ぐらいだ。


「毎日ここで釣りを?」

「いえ、この場所は今日が初めてですね」


 何が目的なのかさっぱりわからないが、アタシは恰幅の良い商人と会話を続ける。

 引っ越してしばらく経ってこの岩場に来たが、前までは森の奥の渓流で釣っていた。もう戻ることはないが、世界を回れば似たような釣り場に巡り合うこともあるだろう。


「これから近くの港町に向かうのですが、もし良ければ私の幌馬車に乗っていきませんか?」


 もしかしてメアリーを口説いているのだろうか。だとしたら年が離れすぎているので、母親代理としてはお断りさせてもらう。

 しかしどうにもそんな感じはなさそうで、相変わらず彼の目的はわからないままだ。なのでアタシは、思い切って尋ねてみることにした。


「何故私を誘うのですか?」

「最近この辺りも物騒ですからね。こんな場所に子供が一人では、いつ魔物や人攫いに遭ってもおかしくありません」


 体格的には十歳の幼女で、漁村から近いとは言え、いつ魔物や不審者が現れないとも限らない。そう考えると彼の警告も一里ある。


 もっとも、目の前の商人が実は奴隷商人で、メアリーを売り飛ばそうとしている可能性もあるが、疑いだしたらキリがない。

 それにもしそうなったら、動けなくなるまで生命力か魔力を吸い取って、即刻憲兵に突き出すまでだ。


「…そうですか。では、ご一緒させていただきます」


 アタシは彼の申し出を受けて幌馬車に乗せてもらうことに決め、メアリーは丁寧に頭を下げて、釣り道具を持って大岩の上から勢いよく飛び降りた。


 それを見た商人と護衛の人は驚愕したが、金髪幼女は涼しい顔で砂の上に着地し、大したことはないとばかりに、スクっと立ち上がる。


「えっ…ええと、下は砂浜ですから」

「そうですね。ですが、あまり無理はしないほうがいいですよ」


 苦しい言い訳で誤魔化すと、商人のおじさんに呆れられたが、深くは突っ込まれなかったので助かった。


 白いローブを軽く払って砂を落とし、気を取り直して彼の後を付いて行くと、砂浜を抜けた草地に走る街道には、二頭の馬に引かれた幌馬車が停まっていた。

 子供を歩かせるわけにはいかないと、護衛の人に手を引かれて荷台に乗せてもらったが、座っていると振動でお尻が痛くなりそうだ。

 なのでアタシはメアリーの希望通りにフワフワの光のクッションを、こっそり作ってあげたのだった。


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