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村娘から人形になった日

完結するまでは毎日投稿予定です

 ある日、アタシの暮らしていた山間の村は、何の前触れもなく野盗の襲撃を受けた。村人は女子供見境なく殺され、金目の物は全て奪われた。

 その際に他の住民と一緒に村の教会に立て籠もっていたら、容赦なく外から火を放たれ、苦しみ抜いて焼け死んだ。…はずだった。


(何で人形になってるわけ?)


 何の因果か平凡な村娘だったアタシは、貴族の幼女のお気に入りのお人形として、現在進行系で抱き枕代わりにされているのだ。

 自分をギュッと抱き締め、天蓋付きのキングサイズベッドの上で幸せそうな表情を浮かべて、スヤスヤと眠っている金髪碧眼の小さなお姫様と過ごすようになってから、もう一週間になる。


(状況がさっぱりわからないよ! ええと…あれは確か)


 とにかくこうなったキッカケを思い出そうと頭を捻る。あのとき、村娘のアタシは死んだ。それは間違いないが、問題はその後だ。


(おぼろげだけど、…野盗を率いる魔法使いが居た気がする)


 まるで夢を見ているかのような曖昧な記憶だが、焼け死んだアタシはしばらくしてから、誰かに起こされた。

 そしてフワフワと空中を漂うように、リーダー格の魔法使いが命じるままに、自分だけでなく無数の人魂が、何処からか集められた人形やぬいぐるみに、スウーっと吸い込まれるように入っていったことを思い出した。


(こっ…これかー!)


 そこからは意識は常にあったのだが、現実には指一本動かせず、見た目通りの人形として扱われる日々が続いた。

 そして魔法使いは表向きはにこやかな笑みを浮かべて、名だたる権力者たちに、人間の魂を封じた玩具を送るのだった。

 あまり頭が良くない自分には彼の目的はわからないが、野盗を指揮して躊躇わずに人を殺すことから、どう考えても良からぬことを企んでいるに決まっている。


 そんなことを考えたいた時、扉の外からコンコンとノックをする音が聞こえた。


「お嬢様、例の行商人が到着しました。いかが致しましょうか?」

「んー…? 今行くー…ふぁ」


 金髪幼女が人形のアタシを抱きかかえたまま、柔らかなベッドから身を起こして、寝ぼけ眼をこすりながら室内履きに足を通す。そのままゆっくりと扉に歩いて向かう。


 普通貴族なら、来客に会うときは身だしなみに気を使うのだろうが、彼女の両親は放任主義らしく、今まで一度も姿を見たことがないので、多分近くには居ない。

 なのでこの屋敷で一番偉いのは、アタシを抱っこしている金髪幼女ということになる。トップが黒と言えば黒になるので、貴族のしきたりなど知ったことではないのだ。




 そのまま銀縁眼鏡をかけたメイド長に手を引かれて、お嬢様は屋敷の長い廊下を、えっちらおっちら歩いて行く。

 歩幅が小さいので移動に時間がかかるが、やって来た行商人は応接間の椅子に座って大人しく待っていたようだ。

 立派な扉を開けて少し歩いたところで、金髪幼女がアタシを正面の机の上に乗せたことで、今の状況がはっきりとわかった。


(あっ…! アイツはー!)


 応接間で待機していた胡散臭い笑みを浮かべる行商人と、護衛の何名かには見覚えがあった。アイツらはアタシの村を襲った奴らだ。

 そして今もまた、贈り物と称して可愛らしい人形やぬいぐるみを、お近づきの印としてお嬢様に渡そうとしている。


(どうせアレにも、人の魂が入ってるんでしょう!)


 目的もわからず確証もない当てずっぽうだが、もはやそうとしか思えなかった。何よりも、自分を殺した相手が目の前でヘラヘラ笑っているのが、とても気に食わない。

 ここでアイツを黙って帰すわけにはいかない。たとえ言葉を喋れず、指一本動かせない人形だとしてもだ。

 何とか一矢報いることができないかと、駄目で元々、必死に体を動かそうとする。


(……おっ?)


 すると何故かは全くわからないが、五本の指がゆっくりと動いて、球体関節が擦れる音が微かに漏れる。

 アタシは応接間の正面の机の上とはいえ横に退けられているので、お嬢様やメイド長と真剣に商談をしている行商人と、そして人形などに注意を払う必要のない護衛には、全く気づかれなかった。


(あーあー…うん)


 誰にも聞かれないように気をつけて口を動かすと、声帯とかどうなっているのか不明だが、何故か声が出るようだ。

 指や各関節の駆動こそ、最初の一歩を踏み出すまでがとんでもなく重かったが、今は歯車に油をさしたかのように、自分が思った通りにスムーズに動かせる。


「殺された恨みー! 思い知れえー!」


 後はもう、その場の勢いだ。元々アタシが人形の体を動かした原動力は、自分を殺した相手への復讐なので、一切の躊躇がない。

 幼女が両手で持てるので小さいとか、大人と子供以下の体格差とか関係なく、アタシは大声でそう叫ぶと、大机を蹴って真っ直ぐに、行商人を語ってお嬢様を騙そうとしている男に飛びかかった。


「嘘っ!? 人形が勝手に!」

「馬鹿な! 使役主に牙を向けるだとぉ!」

「凄い! サンドラが動いてる!」


 メイド長、魔法使い、お嬢様がそれぞれ驚愕の表情を浮かべる。しかし殴る前に大声で叫んだのが不味かったのか、一瞬早く護衛が間に入る。

 そして人形のアタシを鉄製の盾で弾き飛ばそうと、迎え撃つ姿勢を取る。


「邪魔ぁ!」

「なっ!? ……ぐわあああ!!!」


 アタシが力の限りぶん殴ると、盾を構えた護衛が吹き飛ばされて、進路上に居たもう一人の護衛も巻き込んで、応接間の壁に叩きつけられた。起き上がって来ないので、多分気を失ったのだろう。

 とは言え間に入られて飛びかかる勢いが削がれ、空中で一回転して大机の上に着地する。再び二本の足でしっかりと立ち上がり、ガラス玉の目で悪の魔法使いをキッと睨みつける。


「村の皆の仇! 今ここで取らせてもらうよ!」


 もうコイツの目的なんて関係ない。どんな理由があろうと、自分や皆を殺したことには変わらないのだ。

 ならば恨みを買って逆に殺されても、文句など言えるはずもない。


「にっ…人形の分際で! 主に逆らうのか!」


 何だか頭の中で声が聞こえて、主の命令に従えとうるさいが、関係ない。村の中では喧嘩っ早いことで有名だったアタシは、一度キレると相手を徹底的に打ちのめすか、力尽きて動けなくなるまで止まらないのだ。

 知らない奴の命令など知ったこっちゃないし、やられっぱなしで泣き寝入りする、しおらしい性格でもない。


「ちいっ! ならば計画は前倒しだ! お前たち! 私守れ!

 そして目障りな人形もろとも、屋敷の人間を殺せ!」


 魔法使いが後ろに下がって命令を出した瞬間、贈り物として持ち込んだ多くの人形やぬいぐるみが独りでに動き出し、アタシたちに襲いかかってきた。

 応接間は大パニックなだけでなく、過去に贈られてきた物も暴走しているらしく、部屋の外の廊下からも悲鳴が聞こえてきた。


「はははっ! こいつらは武器こそ持っていないが、取り憑いた相手の生命力を吸い尽くす!

 屋敷の人間を全滅させるぐらい、容易いことだ!」


 なお自分も武器を持っていないが、普通に殴るだけで盾で防いだ大人を吹き飛ばせる。そして仲魔ができるということは、当然アタシにも可能ということだ。


「……ごめんね」

「やっ…やめろおおおおっ!!!」


 おまけに実際にやってみてわかったが、自分には才能があったようで、触れていなくても範囲内の生命力を根こそぎ吸い尽くせた。

 それこそ仲魔や人間だけでなく、動く物は何でもだ。


 範囲を広げるほどに吸収速度が遅くなるようだが、仮初の魂を魔法で留めただけの玩具程度、完全に無力化するまでさほど時間はかからなかった。


「んー……ごちそうさまでした」

「ばっ…馬鹿な…私の、…オートマータ軍団が!」


 かつての村人や、仲魔の命を奪うのは申し訳なく感じたが、コイツに好き勝手操られるよりはマシだ。

 ついでに魔法使いとその護衛も、まともに動けなくなるまで生命力を吸ってやった。


 これで応接間で元気なのは、お嬢様とメイド長とアタシだけで、屋敷の人形やぬいぐるみは、もう二度と動くことはなくなった。

 そして生命力が枯渇して枯れ木のように痩せ細った三人組だが、このまま息の根を止めてるべきか、それとも生かしてさらなる情報を引き出すべきか、少し迷う。


「コイツの処遇だけど…」

「サンドラ凄い! かっこよかったー!」

「ふえっ!?」


 机の上で腕を組んで、どうやって情報を引き出すかと考えている、背後からいきなり金髪幼女が抱きついてきた。

 そのままアタシを両手で持ち上げると、満面の笑みで高い高いを行う。視界がブンブン揺れて、酔いはしないが色々忙しい。


「やめっ! 降ろしてえぇ!」

「お嬢様! サンドラが嫌がっていますし…!」

「あっ! ごっ…ごめんねー!」


 青い顔をしたメイド長がお嬢様を止めることで、アタシはようやく自由になり、再び大机の上にゆっくりと降ろされた。


 確かに屋敷中のオートマータを一瞬で無力化するような相手だ。さらに人間ではなく正体不明の人形であり、もし怒らせたら、矛先が自分たちに向かないとも限らない。

 触らぬ神に祟りなしと言ったところだろうが、何となく居心地の悪さを感じるのだった。


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