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繋のうた  作者: alto
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不思議なお客5

唐突なレイの提案に、エナはまたかと思った。この皇都のやまこたちは、しきりにエナを肯定しようとする。けれどエナにとっては生まれ育ったこの島のルールが絶対で、彼らの発言はどれも奇妙にうつった。やはり、エナをうまく言いくるめて見世物にでもする気だろうか。昨夜考えたことがまた脳裏に浮かぶ。無意識に長い髪で隠れた左頬を手で摩った。この人たちは私のことをよく知らないからこう言うだけだろうな、と思った。

エナから特に返答も無かったことに居心地を悪くしたのか、レイは少しだけ顔を歪めた。

「レイ、体調はもうよいのですか。」

そんなレイを見かねたのか、声を上げたのはウズだった。

「ああ、しばらく寝たらすっかり良くなった。」

「やはりトミの薬は良い効力を持っていますね。」

「とりあえず、まだ本調子ではないだろう。座りなさい、レイ。」

ニイネに促され、レイは迷うことなくエナの横に座った。自分の隣に座ると思ってもいなかったので、エナは座ったまま軽く飛び上がった。レイはニイネの付き人と言う割には、らしくない。ニイネたちに今回の失態とも言える行動を詫びる素振りも無いし、ウズのように一歩下がった場所に待機するわけでも無い。先程のアンリの告白を踏まえれば、彼もまたお忍びで来ている偉いやまこなのかもしれないと思った。エナがレイを見てそんなことを考えていると、目が合ってしまった。なんとなく気まずくなり、二人は視線を逸らした。

「もう!話が進まない!レイ、起きてきたのならさっさと身の潔白を証明しなさい!」

先程レイに無視されたからか、怒りながらアンリが大声を上げた。

「そうは言っても、この軟禁状態では身の潔白を証明しようにも手立てがない。困ったものだねえ。」

ニイネはまた困った笑顔を見せる。アンリはその答えを待っていたかのように全員を見回した。

「もう役に立たない大人たちね!こうなったら最終手段!私が少女神官探偵として犯人探しを引き受けてあげようじゃないの!」

突然の申し出に一同は呆気にとられる。

「…いきなり何を言い出すんだお前は。」

「あら、レイ、貴方のために私がひと肌脱いであげようって言ってるのよ。ニイネが言うように、このままでは旅を続けられなくなるわ。それじゃあ本末転倒なの。私が空神の神官であることを話せば、確実に私は自由の身になるわ。この国の信仰するツキは空神に仕えるひと柱だから。本当は旅の最後まで黙ってるつもりだったけど、そうでもしないと事件の検証もできないわ。ウズは私の助手兼護衛ね。それから、レイとエナは疑惑の残るうちはここにいなさい。ニイネは二人の監視してて。」

さらさらと出てくる説明はとても子どものものとは思えなかった。確かに彼女の言う通り、レイもエナも疑惑の残るうちは外には出られないだろう。ニイネは顔が利くが、年齢を考えるとそれほど検証と言って歩き回れるとは思えない。彼女が言うように、自由に行動するために他に手立てがあるとは思えなかった。

「その、神官であるという証明は簡単にできるのでしょうか」

エナがおずおずと手を挙げて質問する。

「良い質問ね、エナ。神官やみこと呼ばれる者たちは、特別な刺青をしているの。それを見たら、知識のあるやまこなら意味が分かるわ。」

そう言って、アンリは左腕の袖を捲ってみせた。彼女の左肩から肘にかけて、びっしりと刺青が施されている。綺麗な細かな模様だが、初めて見るものでどのような意味があるのかは分からなかった。

「…なるほど、そうなのですね。初めて知りました。」

「そうは言っても、お前にそんな探偵役が務まるのか。」

レイは相変わらず呆れ顔をしている。

「失礼ね!私ならそれくらいできるわ。…ウズ、手伝いなさいよ。」

アンリは袖を戻しながらウズに話を振る。

「…いかがいたしますか、ニイネ様。私としてはあまり個別行動はとりたくないのですが。」

ウズは付き人らしく、主人に意見を伺った。

「うーん、そうだねえ。私が率先して現場検証をしたいところだが、この屋敷にレイとエナを置いておけるのは、私もこの屋敷にいる間だけだろうね。そうなると私は外には出られない。ウズ1人では、島の者がどの程度協力してくれるか分からない。アンリの力を借りるしかないかねえ。ああ、私の護衛はレイがいるから大丈夫だよ。…ウズ、アンリと一緒に行ってくれるかい。」

ひとしきり考えてから、ニイネは付き人に指示を下した。

「分かりました。それでは、先程からそこで聞き耳を立てているお二方、島長に話があるので呼んでもらえますか。」

ウズは、調理場に続く部屋の影に隠れていた使用人二人に声をかけた。ばれているとは思わなかったであろう二人は、慌ててひっくり返った声で返事をして、屋敷の周りにいる男衆を呼びに行った。ウズはそれを追って部屋を出て行く。エナはその瞬間まで彼らの気配に気づかなかった。

「聞かれていることに全然気が付きませんでした。」

「アンリがあんな大声出すから聞かれるんだ。」

レイはアンリを睨みつける。

「あら、ごめんなさい。次からは気をつけるわ。」

アンリは満足げに笑ってから、また長椅子に寝転がって外を眺め始めた。大して反省していないようだから、もしかしたら確信犯だったのかもしれない。

「そう言えば、エナはアンリが神官だと言うのを聞いていたのか。」

レイは談話室に来たばかりだった。

「はい、先程伺ったところです。」

「あいつ…隠す気ないな。」

「いやいや、私から説明したんだよ。エナには迷惑をかけたからね。こちらの出自を明らかにしたんだ。」

ニイネが訂正した。

「私のことも伝えてあるのか。」

「いいや、レイのことは何も話していないよ。」

レイとニイネのやりとりを聞くと、やはりレイも神官なのだろう。エナには心当たりがあった。

「レイ様もやはり神官様なのですね。昨夜介抱した際に、刺青を拝見しました。その…見てはいけない気がしたのですが、着替えさせるためにはどうしても視界に入ってしまって…。」

視線を逸らしながら、だんだん小さくなるエナの声に、レイは少し顔を赤くした。

「…それは不可抗力だ、仕方ない。…ただ、私の刺青については絶対に他言しないでくれないか。アンリはさっさとばらしているが、私はそうはいかない事情がある。そのための見返りが必要であれば、それでも構わない。頼めるか。」

そう言ってエナに顔を近づけてじっと見つめた。昨日から思っていたが、彼の透き通った翡翠色の眼は、吸い込まれるような魅力がある。こんな目で見つめられたら、誰でも首を縦に振りそうだ。思わず顔を仰け反らせる。

「…分かりました、何か事情があるのですね。死ぬまで心にしまっておきます。ええと、見返りは結構です。強いて挙げるなら、早く疑いが晴れてここから開放されたいですが。…ごめんなさい、言いすぎました。」

言ってから、今のレイには難しい条件に、ちょっと嫌味だったかなと反省した。

「分かっている、その件は必ず解決する。」

レイは気にせず即答した。

「まったく人のこと言えないわね、レイ。貴方の方が先にばれてるじゃないの。そしてその条件を飲むには私の力を借りざるを得ないんだから。もっと私に感謝の意を述べるべきだわ。」

いつの間にかニイネの横に座っているアンリは、足をぶらつかせながら呟いた。

「私からもお願いするよ、エナ。」

話をじっと聞いていたニイネは、そう短く伝え、深く頭を下げた。

「承知しました。ニイネ様。」

ニイネに言葉を返しながら、ふとエナは思った。まだ会って間もない皇都のやまこたちだが、こんなにたくさん会話を誰かとしたのは初めてかもしれないな、と。

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