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繋のうた  作者: alto
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不思議なお客4

ニイネたち皇都一行が滞在する島長の別邸は、イルの街の中心部から外れた森の入り口近くに位置する。別邸ということでそれほど大きくはないが、客室が数部屋設えられ、使用人が常駐している。ニイネ達はレイを2階の客室に寝かせると、1階の談話室に集まった。レイやエナを監視する島のやまこは、屋敷の庭で警備にあたっており、屋敷の中にいるのは皇都のやまこたちとエナ、それから使用人が2人だけである。使用人の2人は、やまこ殺しの疑いがかかる者たちに怯え、基本的に調理場に留まっていた。

ニイネは大きなソファに腰掛け、使用人が用意した茶をすする。エナはテーブルを挟んでその向かいに、付き人の男は少し離れた椅子に座る。それから昨日牛車に乗っていた子どもは、窓際の長椅子に寝っ転がって本を読んでいた。

「…さて、改めて。エナには悪いことをしたね。話によると、昨日レイを介抱してくれたとか。本当にありがとう。あの子と一緒にいたせいで、やまこ殺しの疑いを持たれて牢にまで入れられて…本当にすまない。」

「いえ、ニイネ様たちのせいではありませんので、謝らないでください。なんと言いますか、状況がよく分かっていないのですが、こちらこそあの牢から出していただいてありがとうございます。」

そう、エナには状況がよく分からなかった。昨日からおかしなことが立て続けに起こっている。珍しく皇都から客が来たり、珍しくやまこを海から助けたり、やまこ殺しが起きてさらに犯人と思われたり、そして何故か解放されてここにいたり。

「私もよく分からない。ちょっと状況を整理してよ。ずーっとここでゴロゴロしてるだけなんてつまらないんだけど。」

口を開けたのは、窓際の子どもだった。歳は10もいかないくらいのおんなやまこだが、大人びた口調である。珍しい金色の長い髪に青い瞳は、遠い国のものだろうか。初めて見る姿だが、不思議と気にならない。それにしても、ただでさえ珍しい旅に子どもを連れているとはどういうことなのだろうか。

「そういえば、連れの挨拶がまだだったね。」

エナの疑問を感じ取ったのか、ニイネが紹介をはじめた。

「この子はアンリ。こうみえても皇国の神官なんだけどね、どうしても一緒に旅をしたいというので連れてきたんだよ。特殊な環境で育っているせいもあってわがままな言動が多いんだけれどね、そういう時はビシッと叱ってやってくれ。」

「神官…?」

エナには聞きなれない言葉だった。

「そう、空神の神託を受ける者を神官というんだ。王都には山神や海神の神託を受ける神官もそれぞれ存在していて、年に数回、神々の声を我々やまこに届ける役目を担っているんだ。そうそう、あの飛行船に関する神託を受けたのは、この子の母親でね。」

飛行船といえば、空神が気まぐれにやまこに贈ったと言われているが、神官を通して授けられたものだったとは知らなかった。

「そうなんですね…その、神官様が長く皇国を離れても大丈夫なんですか?」

「もちろん、なあんにも問題ないわ。もし必要があれば皇都に戻るけど、いなくたってなんとかなるわ。」

答えたのはアンリだった。椅子から起き上がり、可愛らしく首をかしげる。

「改めてごきげんよう。私はアンリ。あなたはエナね。昨日遠くから見ていたわ。まったく貴女も災難ね、たいした証拠もなくいきなり犯人だなんて聞いて呆れるわ。」

「え、ええと、はじめまして、アンリさま。お気遣いありがとうございます。」

小さな子どもと話すにはいささかかしこまった感じもするが、相手が神官ならこんなものかなと思いながら返した。

「さまは要らない、みんなアンリって呼ぶから。それにこの旅はお忍びだから、私が神官だということは黙っておいて。」

アンリはそう言ってから、ニイネに続きを促した。

「それでは次に。この男はウズ。この旅のにおける私やアンリの護衛、それから各種調整などを担ってくれている。あまり話さないけれど、そういうやつだから気にしないでおくれ。」

紹介されたウズーー昨日アンリと一緒に牛車にいて、先程ニイネと一緒に牢に来た、レイと同じような黒い着物を羽織った大男は椅子から立ち上がると深く頭を下げた。

「昨日はレイを助けていただいたと聞きました。本当にありがとうございます。」

「あ、いえ、どういたしまして…」

またしても珍しく礼を言われて、なんだか変な気分になる。つられて大きく頭を下げた。

「それから昨晩から大変世話になっているのが、上で寝ているレイだ。あの子は私の護衛という名目で行動しているが、正直なところ親戚でね。彼には私の旅に同行して見聞を広めてもらうつもりだったのだけれど。まさか最初の国でこんな騒ぎを起こすとは…。」

「あいつ夜のうちに私たちに何も言わずにいなくなっちゃうんだもの。旅のはじめに早速失踪だなんて、このつもりで同行してきたとしか思えないわ。…失敗に終わったようだけど。おまけに熱まで出して。どこで何をしてたのかしらね。実は犯人だったりして。」

「それは断じてありません。」

「それはもう、国際問題に発展するねえ。」

アンリの発言にウズやニイネがすかさず答える。アンリも口では言うものの、レイが犯人とは到底考えていないようだった。

エナは昨日のことを、このやまこたちには全て話すことにした。昨晩0時ごろにレイがこの別邸を抜け出し、エナの住む岬まで来たこと。そのままフラフラと海に落ちたところをエナが助けたこと。それから朝まで介抱していたこと。

「レイは昨晩ここを出て海に落ちるまでの記憶はないと言っていました。けれど門番の言う、ユラ様の外出した時間ーー月の陰った時間以降は確実に私が見ていましたので、犯人ではありません。」

エナの言葉でレイの無実を客観的に確認できたからか、一同は少しほっとしたようだった。

「その話は村のやまこに話したんでしょう?なんであなたたち、それなのに捕まってたの?」

アンリの疑問はもっともだった。

「しました。でも、私の言うことは信用されていません。それなら私が犯人、あるいは私とレイ様が共犯という風に言われて…」

「たしかに、結局あいつが何で夜中に抜け出したのかは謎だから、怪しさは残るわね…。でも、私はあなたの話を信じるわ。嘘をついているとは思えないもの。どうせ嘘をつくならならレイを犯人に仕立ててさっさと役人に差し出すと思う。」

「私も君やレイの話は真実なのだと思っているよ。だが、現実には罪を疑われ、牢に入れられてしまった。流石にそれではこちらとしても問題があるので、私の権限で、この館に引き取らせてもらったがね。冤罪の証明まではできていない。軟禁状態だ。このままここでだらだらと過ごしていれば、罪は確定、刑が執行され、私たちはこの国から出られなくなってしまうかもしれない。全くそれは困ったことだ。どうにか真実を明らかにしないとねぇ。」

ニイネの話し方は、穏やかだが、どこか苛立ちを感じさせるものだった。

「無実を証明するにしても、この館から出られないのではどうしようもないんじゃない?」

アンリはまた長椅子に身を投げ出して呟く。

「そもそも、なんでエナの発言は信用されていないわけ?」

「それは…私が忌みものだからです。」

他のやまこと違う。だからずっとみんなから避けられて生きてきた。それも当然だと思う。自分と違うものを受け入れるのは難しい。

「それって泳げることを指してるの?それが他のやまこと違うから?ふうん。この国のやまこは随分つまらないことをするのね。」

アンリは少し機嫌が悪くなる。

「神官である私が視るに、エナから忌むべきものは感じないわ。そもそも泳げることがなぜいけないの?多くはないけれど稀にいるわ。央都にも。その者たちは「うみこ」とか「みこ」と呼ばれ、少し特殊な力を持つから、まじないをしている者が多いわね。」

「…私のような者が他にもいるのですか。」

「そうよ。私の神の声を聞くことも、相当特殊だと思うけど。」

「…確かに…」

エナは思わず納得してしまった。

「でも、私の力は万人に役立つものでもないですし…」

「何を言ってる、その力が私を助けたばかりではないのか。」

話に夢中になって、全く気がつかなかったが、2階で寝ていたレイが談話室に入ってきていた。

「あら、もう大丈夫なの?」

レイはアンリの問いかけには答えず、エナの前に歩み寄った。それから、エナの目をまっすぐ見つめ、言った。

「そのような狭い世界で苦しく生きるのであれば、私と一緒に来い。世界はもっと広い。」

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