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繋のうた  作者: alto
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不思議なお客

突拍子もないことを言う客というのは、時折訪れる。その日エナの営む店にやってきて、縁側に座って話し込んだ相手は、風変わりな老人だった。

「うんうん…素晴らしい!これならいけると思わないかい、レイ。」

老人の横には、付き人らしき若い男が立っていて、暑くないのかと心配になるような黒い羽織りものを着ている。レイと呼ばれたのだから、そういう名なのだろう。老人は、エナの用意した商品ーー海塩やら海藻やらを手にとって頷いた。

「えーと、君の名前はエナだったかな。ぜひきみの店の塩を、央都の私の店に卸して貰いたいねぇ。特に海塩を扱う店は少ないんだよ。」

老人は、ニイネと名乗った。ひょろ長く痩せこけ、長髪の白髪を耳の後ろで2つに結わえた70代くらいのやまこは、央国独特の朱と白の着物を身につけている。身なりは悪くなく、早口ではあるが話し方は丁寧。乗ってきた牛車には子どもが乗っており、その側にいる付き人らしき男と話し込んでいる。明らかに央都のやまこのようだから、まったく風変わりである。

エナは、10代の女やまこである。少し日焼けした肌に、濃い茶色の長い髪を持つ。前髪はわざと長く残し、顔が隠れるようにして、残りは頭の右下辺りで丸く纏めている。央国のすぐ南に位置するルーの国の、薄手で風通しの良い木綿でできた着物を着ている。首元と袖口の細く青い刺繍は若者の印で、歳が上がると線は太く、濃い藍に変化する。

「ニイネ様、央都からここまで来たんですか?まあ、服装を見るにそうなんでしょうけど…」

「こんな年寄りがわざわざ船に乗ってくるなんて、って思ったろう。私は新しいものや面白いものが大好きなんだよ。もちろん船もそうだ。みんなあんな妖しいものに乗るなんてっていうけどね、なかなか楽しいし快適なものだよ。そうして国の外に出れば、央都で手に入らないものがまだ沢山ある。央都には世界中の品々が集まってるとは言うけれど私からみれば途上だね。現にきみの扱うような質のいい海塩はまだ央都には入ってきていないよ。」

エナは用意したお茶を縁側に置いて老人の話を聞いた。あの「空を移動する船」は、まだやまこの手に渡ってから20年ほどしか経っていない「空神の乗り物」である。村の年寄り連中は元より、若者だって、得体の知れない船にはあまり近づきたがらない。うっかり落ちれば、空も飛べず、海も泳げない我々やまこは地面に叩きつけられるか、海に沈んでしまうのだから。それに何と言っても船賃が高いのだ。とても庶民には乗れない代物に好んで乗るというこの老人は、央都でもかなり裕福な人なのだろう。

「なるほど、お話は分かりました。けど急に言われても、田舎者の私には、にわかに信じ難い話です。それもこんなボロ店にわざわざ来るなんて。」

こんな田舎の店に、央都のお金持ちがわざわざ商談にやってくるなんて、聞いたことがなかった。店とは言っても今にも壊れそうなあばら家の軒先に海産物を並べている程度で、地元の人が本当に時折、買いに来るだけである。それに、エナがどういう者かは島の者たちに聞いているはずである。

「この店については、島長に聞いたよ。良質の海塩は今回の旅でぜひ手に入れたいと思っていたからね。あとは君についての話も聞いたよ。そして私たちはとても興味を持ったから訪ねてきたんだ。」

ニイネは隣に立つ付き人を見た。話を振られた男はかるく頷いて、エナのことをじっと見た。そういえば、さっきからずっと見ている気もする。警戒しているのだろうとエナは思った。

「島のやまこたちは、私のことを気味悪がって滅多に近づきません。貴方たちもこの島で平和に過ごしたいのなら、近づくべきではありません。」

エナはこの不思議なお客たちをさっさと帰す算段に入った。いつまでも店にいられたら、またみんなに何か言われるに違いない。

「私たちはそうは思わない。」

ニイネの隣に立つ男が言った。

「まあ、突然の話だから、一晩ゆっくり考えてもらえないかな?明日また来るから、その時に返事をくれればいいよ。」

ニイネはそう言って、一握りぶんの塩や海藻を購入して店を出た。

老人たちを乗せた牛車が見えなくなったのを確認すると、エナは縁側に寝転がった。どうせ今日はこれ以上誰も来ないだろう。

「変な人たち」

そして、そのまま昼寝をしてしまった。



エナが目覚めたのは、日が傾いて肌寒くなってからだったので、夜は眠くなかった。だから、お気に入りの景色を見ながら昼間のことを考えることにした。

彼女の住居兼店は、島の一番東側の、断崖を見上げる入江の奥に建っている。みんなは海に近づくことを嫌がるが、エナは入江の静かな波の音や、月夜に浮かび上がる崖の影を眺めるのが大好きだった。

だからいつもと同じように砂浜まで出て、柔らかい砂の上に腰を下ろして、それから昼間のことを考えた。

飛行船を使ってやってくる島外のやまこは稀にいるが、ルーの国は基本的に客の少ない牧歌的な雰囲気の漂う国である。それは良くもあり、悪くもあった。エナの持つ能力は、島の誰もが気持ち悪がるもので、子どもの頃にはエナはそれが当たり前だと思っていた。

興味があるとはどういう意味なのだろうか。やっぱり皇国でも珍しいのだろう。それでも気味の悪いものではないということは、同じようなやまこがいるということか。それとも珍しいからと、身体を調べられたり、あるいは見世物にされるのか…

エナは頭を振った。

違う違う、考えるべきは皇国に自分の商品を卸すかどうかということだった。本当の話なのだろうか。もし本当だとしても、そんなことをすれば島のみんなに目をつけられるかもしれない…

そんな風に、取り留めもなく考えを巡らした。そのうち、視界の片隅に何か動くものがあることに気がついた。

それは、断崖の上、月明かりに照らされた黒い、おそらくやまこの影だった。

この辺りには村も無く、やまこは滅多に通らない。こんな夜更けならなおさらのこと。

エナは幻か現か、その影にじっと目を凝らして見極めようとした。

影はゆっくりと動いている。エナは思わず立ち上がって、動きを追って砂浜を走っていた。


暫くすると、影は崖の端まで動きーーー


崖下の海に向かって落ちた。

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