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意外な訪問者

 亜里沙が、俺の前から消えて1週間が経った。


 毎日、学校には行くが正直楽しくはない。


「英治?」


 クラスメイトも気を使って、声は掛けてくれるが、俺には亜里沙がいないこの教室に用はなかった。


 亜里沙だけだった···


 俺が、凹んでてもケラケラと笑いながら背中を叩いたりしてくれたのは。


 なんでだ?


 亜里沙!


 亜里沙のおばさんやおじさん、警察の人も、なんで亜里沙が自殺したのか!?知ってたら、教えてくれないか?!と口々に言っていたし、俺と亜里沙だけのSNSにも心無い人間が流したと思われるアノ映像も流れたりしてきた。


 なんとなく、教室の空気も自分にとっては悪影響だったし、甲高い滝川茜の声も煩わしかった。


「ごめん。保健室行ってくる」隣席の会津にそれだけいい教室を出ていった。向かうのはただ一つ。



 ガチャン···


「くそっ」


 亜里沙が、飛んだ翌日から、屋上へと出れる扉には、頑丈な鍵が掛かった。


 その扉の前にもたれるようにしゃがむ。


 ここには、よく亜里沙と来ていた。ふたりのお気に入りの場所で、初めて亜里沙が、スマホを買って貰った!と報告してきた日に、沢山ツーショットを撮ったり、内緒のSNSのアカウントを作ったのもここだった。


「気づけば、お前はいつもここにいたな」


 いる筈もないのに、そこにあたかも亜里沙がいるような気がして、隣を少し空けて座る。


 どうして?


 なんで?


(俺はいったい亜里沙の何を知っていたんだろう?)


 スマホを取り出し、亜里沙と交わしたライン、一緒に撮ったプリや写真のどれを眺めてもわからなかった。


 警察もおじさんやおばさんは、当初“いじめ”を疑ったが、誰も亜里沙が誰かからいじめを受けている場面を見たことはなかったらしく、何も進展がなかった。


「亜里沙、頼むよ。教えて。お前に何があったのか」


 スマホにぽたりぽたりと涙が落ちる。



『ばっかじゃん! なに男のくせに泣いてんの?』ふとそんな声が、脳裏に蘇る。あれは、確か俺が小学生の最後の運動会の時だった。


「だっで···1位取れると思ったのに。なんで···」俺は、クラス対抗リレーで、100メートル走を走っている時、真ん中あたりで転んだ。そのせいで、1位は愚か2位も3位も取れず、クラスの連中から冷たい声を浴びせられ、泣いた。


 足をひょこひょこ引きずって、亜里沙に支えながら保健テントまで行って、手当してもらった。


『ほんと、バカなんだから。男の癖に泣いて。ほら、ハンカチ! もぉっ!』


 亜里沙は、少し怒った口調で涙でグシャグシャになった俺の顔を拭いてくれた。



「亜里沙···」


 少し開いた目の先に、いつもの笑顔を向ける亜里沙がいた。


「亜里沙、亜里沙···」


 階段を1段1段と降りるその先に、亜里沙がいた。


「亜里···」


 ゴトンゴトンと階段の段に打たれるように俺の身体は床へと滑っていった。


『ほんと、バカっ! 英くんの大バカ者!』


 亜里沙の声が、いつもより大きく聞こえ、俺は意識を失った。


『ほんと、世話が焼けるんだから。待ってて···』


 ピトッ···


「だから、もう大丈夫だって」階段の下で倒れてる所を、たまたま廊下を掃除していた用務員さんに見つけられ、俺は保健室へと運ばれた。


「ほんと大丈夫?」心配そうに見下ろすのは、1年の家庭科を担当している倉橋望美先生だった。


「はい」起き上がろうとする俺を、倉橋先生が止めた。


「もうすぐお家から、お母様が見えるから。今日はそのままお帰りなさいって、江川先生が···」


(あの江川が? そうか···)


 人は見かけによらないもんだな···


 目を閉じると倉橋先生の花みたいな香水が、鼻をくすぐり始めた頃、廊下をドタドタと走る音が聞こえた。


 ガラッ···


(やっぱな、母さんだ)


 髪を振り見出し、顔色が···


「英治───っ!」と駆け寄り、母さんはまだフラつく俺の身体を揺すり始め、余計頭が···。


「お、お母様? 落ち着いて、落ち着いて」倉橋先生が、なんとか母さんから俺を剥がすのに成功し、いまの状況を話してくれた。


「お世話になりました」


「いえいえ。たまたま、保健の先生が居なくて、私しか手が空いてなかったもので」


「······。」


 軽く頭を下げ、俺は母さんと一緒にかかりつけの病院へ行って、レントゲンやら血圧やら調べてもらった。


「身体は、元気だ。ほら、骨も血圧もなんの問題はないよ」白衣を着たでっぷり院長こと荒木医師が言う。


 俺や亜里沙を生まれた頃から知ってる医師。


「時間かかると思うけど、ゆっくり治していこう」


 母さんは、何度も何度も頭を下げ、貼り薬だけを貰って家へ。



「英治? なんか飲む? 喉乾いたでしょ? あ、お腹でもすいた?」


「いや、いらない」


 母さんの気遣いが、帰って亜里沙がいないことを強調させてるような気がして、余計に辛い。


「でも···なんか少しでも」


「いらないって言ってるだろっ!」思わず声を張り上げてしまう。


「ごめん。お腹とか空いてないから」そう言い部屋へと駆け込む。母さんや父さんが心配する気持ちもわからなくはない。けど、今は···


 部屋に入ると何もかもぶちまけたかった。でも、そんなことをしても亜里沙は、戻ってこない。


「くそっ···」


(今頃、こんな想いに気付くなんて···)


 ベッドに重い身体を投げ、グッと天井を見る。この部屋に亜里沙が幾度となく訪問しては、馬鹿話をしたり、DVDを観たり、宿題をしたりした。


 壁には、ふたりのいろんな写真。剥がせよと言っても、亜里沙は笑って写真を貼っていった。


「会いたい。亜里沙」


『ほんと? 私は英くんに触りたいな』


 ベッドの上で、ボォッとしてる内にどうやら眠ってしまったらしく、目が覚めたのは夕方だった。


「夢か。亜里沙が、俺の髪をずっと触ってる気がしてた」


「英治? 起きてる?」


 コンコンとドアを叩きながら、母さんののんびりとした声で、ベッドから降りるとドアを開けた。


「ね、あなたにお客さんなんだけど。大丈夫? 会える?」


(客? クラスの奴か?)と思ったが、どうやら違ってるようだ。


 階段を降り、玄関口に出た俺の前にいたのは···


「こんばんは、かな?」


 俺の大好きな熊切和嘉だったからだ。大きな茶色のサングラスを外し、髪を手でかきあげた仕草。よく亜里沙が真似してやってくれたけど···


「熊切和嘉、です」


 ほんの数週間前、亜里沙と熊切和嘉主演の映画を観ていたから、間違える筈がない。


「熊切和嘉?」


「はい。門倉英治くん?」


「うん、あ、はい」


 ふたりの間に入るように、母さんはキョロキョロしていたけど、立ち話もなんだからと、彼女を中へ通した。


 そして、彼女の口からは、


「亜里沙ちゃんから、渡して欲しいものがあったの。でも、私その後直ぐにハワイ行っちゃって」


 彼女は、日本に戻ってきてから、自宅や事務所にもよらず、まっすぐ亜里沙の家へ行き、お線香を上げてきたらしい。


「これ、なんだけど···」


 彼女は、小さな鞄から可愛い絵柄のついた封筒を俺の前に差し出した。


 宛先には、英治へ。裏には、見慣れた癖のある亜里沙の名前。


「でも、どうして?」


 アイドルが何故?亜里沙と知り合い?


「あ、私亜里沙と従姉妹だから。話とか聞きたかったけど、私もう戻らないといけないから」手紙と一緒に可愛い名刺みたいなのを渡され、彼女は家を出ていった。



 まさか、この手紙にあんなショックな事が書いてあるなんて、俺には想像がつかなかった。

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