入室直後、通販を利用する?
(オートロック……恐ろしい敵だったぜ)
なんてことはない。ちょっとした扉の癖だった。
インターホンで開錠しても、ちょっと扉を前に押し込むと即、締まる。
俺はどうも前後にガチャガチャやりつつ扉開ける癖があったらしく開錠→施錠しまくってしまったらしいのだ。手前にゆっくり引く、右手は扉に添えるだけ……ならまったく問題なく開くことがわかるまで30分の試行錯誤を要してしまった。
さすが亜龍ワイバーンを討伐したオートロックフィールドの元祖である。
ちなみにエターナルの魔法は普通に電気の代わりを務めて何の問題もなかった。
きゃいきゃい、頭の中で吠えている。
すまんな。
あまりに開錠に苦労してエターナルの物件管理がへっぽこなんじゃ、と疑ってしまったのだ。
今度会ったら甘味を提供して謝罪しよう。
頭の中が静かになった。
現金な食いしん坊である。
扉を開けると入り口ロビー。
オサレな造りだが、天井は低い、スペースも狭い。
新築の大規模マンションに比べるとそれなりだろう。
しかしこのへんはよしあしである。豪華になりすぎれば管理費も上がる。
うちは5階建てで一階当り5~6部屋なんだが、大きすぎず小さすぎず、いい線だと思っている。
『いいなあ、建物の中見たいです』
エターナルが頭の中で。
どうも管理人の女神本人もマンション内部を視覚で覗くことはできないようだ。
俺の頭の中越しに……というのもあれだしね。
このへんはスキルの問題である。
一層をクリア、ワイバーンの能力でマンションを移動できるようになった俺だが、それだけでは足りないのだ。
管理人のエターナルをマンション内部に招き入れることも現状では出来ない。
(そりゃそうだ。あの食いしん坊女神がおとなしく神界で待っているわけがないからな。可能ならさっそく押しかけて日本食や異世界のお菓子をねだったに決まっているんだ)
そうなっていないのは、まだそれが出来ないからだ。
俺のレベルアップ待ちなんである。
『うむむ。何かよからぬことを考えられている気が?』
「気のせいだろ」
構わず前進。
エレベーターへ。
前の築50年物件はエレベーターが無かった。
毎日階段を上って3階まで上がっていたもんだ。旧住所は昔風の団地みたいな作りだった。
あれはあれで頑丈で長持ちでよかったんだけどね。この異世界マンションもせいぜい長持ちしてもらいたいものである。
エレベーターの中にゴミ出しの予定表が貼ってある。
間違えて出さないように……夜中に出さないように……なんてメモがあって微笑ましい。
生活感がある。
オサレマンションも内部では住人の生活があるんだなあ、と実感される。
生前の住民の皆さんも健やかであってほしい。
マンションすぐ前でトラックが人身事故起こしたせいで訳あり物件にされちゃわないことを祈ろう。
そういえば前世世界の物件、ちゃんと処分できるんだろうか?
不動産屋のお姉さんが購入希望者に窓から、あれが前の持ち主が轢かれた道路でなんて指さす……最悪である。
うん。
生前を思い出すゴミ出し表やメモは処分だな。
そのまま3階へ。
「さすがエターナル、エレベーターも快調だ。これなら管理費を払った甲斐がある」
『そうでしょう♡』
単純女神がにへら、とほほ笑んでる顔が見えるようだ。
いつの間にか呼び捨てイベント消化済みな俺らだが、いまさらエターナルに敬語使うのも気持ち悪い。あいつのキャラのせいだということでご容赦願いたい。
部屋のカギは普通にカギ穴にカギを差し込んで開けるタイプで苦戦することもなかった。
両隣の扉も見たんだけれど(無人だ。前世の住人がいるはずもない。中の家具なんかもなくがらんどうの謎空間が広がっているらしい)、表札が出ていない。
旧住所は表札つき(ないと宅配便の人が困る)だったんだが、オートロックつきのマンションはこんな感じなのかも。
住人の許可なく侵入させないというわけで入り口インターフォンで部屋番号を押してオートロックを解除してもらうシステムである。
逆に表札があったら変ってことか?
それでもエターナルや上級神なら喜びそうだし、面白い表札を用意するのもいいな。
こんなところかな。
部屋の中へ。
内覧で一回見てはいるが、改めて新居を見回す。
(これからよろしくお願いします)
さしあたっては壁紙の破れている個所。
ここを本棚で隠そう。
とおもったら……
ピロリロリン♪
「うおお、うるさ!」
「は~ようやくつながった~。これでユージさんと普通にしゃべれます♡」
インターホンにエターナルの顔が映っている。
本来なら入り口玄関のインターホンとカメラでつながっている(これで呼ばれると玄関のオートロックを解除する)んだが、エターナルは玄関にいるわけではない。
神界から直接である。
どうやって魔法操作してるんだろう、どうせ何となくなんだろうな。
どうやら異世界エターナルの魔法は、考えるな感じろ、系のようだ。
なので。おりゃ~と魔力ごり押しで魔法を使ってみる。
ぽふん、と本棚が出てきた。
ふよふよと浮いている。
設置も便利だ。
「こりゃいいな」
「そうでしょう。魔法文明の凄さを思い知りましたか」
調子に乗ってる。
地元自慢か。
でもこれ本当に便利。マンション全部を動かすのと違ってとくにMP消費も感じない。
旧住所におきっぱの家具=生前の財産はそのまま持ってこれる。
本来なら本棚なんかは一度ばらして車でピストン輸送、再度組み立て、なんてつもりだったところが、魔法でちょちょい、である。
こりゃ便利だ。
ふよふよ浮くのはワイバーンを倒してGETした重力操作か?
部屋の寸法と家具の大きさをメジャーで測る必要もない。現物合わせ。動かしたければふよふよでいいんだ。
窓
TV
PC
棚 棚
棚 棚
棚 棚
冷蔵庫 棚
カウンター 棚
キッチン
風呂
トイレ
玄関
とりあえずこんな配置に。
窓は半分TVの裏になるが、もう半分から出入りすればいい。
これはこれで理由がある。
TV側のベランダには室外機が丸見えで置いてあって非常に見栄えが悪い。
かといってエアコンは必須だ。
TVで隠すのはセカンドベストだろう。
ちなみにTV台は自作だ。引っ越しを楽しみにしながらDIYで自分で作った。
「ユージさん、やっほ~♡」
「やめれ」
女神フェイスがTV一面に大写しになるが、ウザい。
部屋一面が丸見えでプライベートも何もあったもんじゃない。
せめてインターフォンのみにしてくれ。
「私もお部屋見たいのに~」
スキルが上がったら招待することを約束して勘弁してもらった。
TV放送を受信できるわけじゃないが、PCにつないでネットをする。
通販につかうんだと言ったら、それは重要ですね、とエターナル。
ポンコツ女神は絶対に私用で使うつもりである。
ちなみにだがそれなりの大画面TVにPCつないでするネットサーフィンの快適さときたらね。
もうノートPCには戻れないよ。
あの楽しみを異世界でも出来るなんて、俺の転生は恵まれていると思う。
TV放送は受信できないが、そこはやむなしだろう。
(とくにNHKの受信料払わなくていいのがいいね、ひゃっほ~!)
思ったより、荷物が入る。
窓が一面しかないんで壁沿いに棚入れる分で旧住所分の棚が全部入ってしまった。
寝場所がないんじゃないかって思われるだろうが、うん。ないね。
ワンルーム全部を布団で潰す予定。
むしろ寝場所しかなくなるくらい。
食事は布団の上かいっそ流し台のところで食うww
なんて予定だったんだが、なし崩しに得たアイテムボックス同然の能力なら布団の出し入れも自由自在である。実質もう一部屋増えたようなものじゃないですか!
取り出した旧住所の財産はまたしまうことも出来る。
きっと謎空間に収納されているんだろう。
俺一人ならともかくエターナルや上級神がメシを食いに来る気がするんで、あいつらの意見も聞きながら模様替えするのがいいんじゃないだろうか?
というわけで布団はまだ敷かない。
本来は俺の部屋なんだが、今すぐ住むというより、今はスキルアップのための前線基地という印象なんである。
棚には無造作に食材をブチ込む。
まだ数日は向こうに住むつもりだったんで、食材は旧住所にたっぷりある。
ネット通販と違ってただで出し入れ可能。
エターナルや上級神が来た時に自分で見て楽しめるように。
当然、高級チョコの残りの二袋も置いておく。
冷蔵庫を中身ごとひょいと出せたのは助かった。
こんなの一人ではとても持ってこれない。
引っ越し予算もまるまる浮いた。
こんなステキ魔法を授けてくれたあいつらにお礼しないといけないとおもう。
そこはケチらずにおごろう。
「ん~何が食べたいかな~どうしよっかな~」
「僕もいいの。ありがとうねユージさん」
「ほどほどにね」
というかそこまですごい食材はないんだけどね。
調味料は冷蔵庫に入ってるし、米や粉ものは在庫があるが、たとえばカレー粉はあっても野菜と肉がない状態だ。
肉はワイバーンの肉を焼くとして。
つけあわせの野菜がない。旧住所にあった食材の在庫はそれしかない。
近所のスーパーでいくらでも食材が購入できた環境ではないのだ、異世界は。
二種類の通販。
死んだ日までのネット情報を利用した通販(死んだ日以降の更新、不可)。
俺が以前購入したことある商品の再購入。
いずれもまだ出来ない。
ネット通販スキルはあるんだが、配達スキルがない状態だ。
そうなのだ。
ネット通販スキルはあるけれど配達可能範囲に入っていない。配達員さんを手配する必要がある……そうなんである。
ネット通販の配達員不足は異世界でも変わらないらしい。
そもそもまだ俺以外の誰かをマンションの中に招き入れることも出来ない。
そのスキルをGETするには第二層の攻略が必要となるんである。
実は部屋の模様替えをしながら俺はそのチャンスを狙っていたのだ。
「ユージさん!」
「おう、わかってる!」
インターフォン越しのエターナルの声に即答。
狙いは……地下だ!
第一層のダンジョンマスターとなった俺は第一層すべてを手中にしている。
一層フロアーをマップのように脳内で把握することが出来る。
まだ慣れないのであやふやだが気配のように感じられる。
その力は一部、地下の第二層にも流用されるのだ。
異世界マンションのちょうど地下あたりに、先程からモンスターの影を察知していた。
大物だ。
おそらくはボスモンスター!
どうやって別の階層のモンスター(ましてやボス)を攻略しようというのか?
答えはこれだ。
「くらえ、階層移動!」
シュン、とマンションが地下二階へ瞬間移動。
マンションの移動能力は前後左右だけではないのだ。
エレベーターのようにダンジョンの上下も。
(まるでエヴァンゲリオンの発進の時のようだ)
なんてことを思ってしまう。
別にガンダムに寄せていきたいわけではないが、一層のオートロックフィールド、二層の移動、いずれも機動戦士より人型決戦兵器よりの能力だった。
箱型だが。
不動戦士マンションがガンダムをリスペクトするのは今後の課題と言えよう。
ぷち。
物理で押しつぶす!
2層ボスとの決戦は制した。
レベルアップ!
「やりましたねユージさん、これで通販が!」
「そうだな。それにマンションへお客を招くことも出来るだろう」
「そうでした♡」
自分の出入りよりも異世界通販に前のめりなポンコツ女神だった。
というが上級神だって我慢してるだけで前のめりに違いない。引っ越し祝いに呼べば……奴は、来る。
窓の外に見える第二層は暗い。
月明かりはあるが夜のようだ。
窓の外を覗いて……即、カーテンで塞いだ。
旧住所では黒い遮光カーテンを使っていたんだがそれをそのまま。
前世で夜勤仕事をしていたんで昼間眠れるようにってことだったんだが、ダンジョン内部は階層によって昼夜ひっくりかえる。
遮光カーテン、ちょうどいいかもしれない。
(それに見たくないものも隠せる)
そう。
窓の外には見たくないもの……ゾンビの群れが徘徊していたんである。
第二層はアンデット系モンスターの巣靴なのだった。
廃墟って感じだ。
壊れた中世風の街並み。
遠くに無人のお城。
階層マップが感じられるのは、ボスモンスターを討伐したせいなんだろう。
(おかげでウヨウヨいるゾンビも察知出来て……キモい)
空気を読まない女神が、
「ユージさん。さっそく通販を!」
いいくさる。
わかったよ、うっせーな。
こいつお化け屋敷とか大丈夫なタイプのようだ。
俺はダメなんだよあ~いうの。
食材を購入。
うちの地方では食材通販なんてなかったが都会にはあるっていう。何せ異世界からの配達だ。そのへんの距離感は関係ない。
これで不足していた食材が補給できた。
距離感と言えば……
ピンポーン♪
「はいは~い」
配達員さんは喋れないので、念話でオートロックの開け方を伝える。
センスがあるのか一発で開けられたようだ。
俺とは大違いだ。
玄関をノックする音。
扉を開ける。
ペコリ、とお辞儀する骸骨の姿があった。
第二層ボス、スケルトンの上位種リッチである。
今は俺の配下となり、命令もし放題、異世界通販の配達員をしてもらっているわけだ。
人型の魔物は初めてだ。
今は配達員さんと客くらいの距離感だが、おいおい考えていきたいと思っている。
つくずくゾンビでなく骸骨に配達をお願いしてよかったと思う。
骸骨ならまだ至近距離にも耐えられる。
とくにこいつは上位種ということもあって金色に光っている、カッコイイクライダ(棒読み)。
でもゾンビ、てめーはダメだ。
腐肉にマンション内部に侵入してもらうわけにはいかん。
オートロック完備でよかったと思うのはこういう時だろう。
何はともあれ、通販成功。
エターナルと上級神を引っ越し祝いに招待しよう……と思ったのだが、
「ねえユージさん、一層に戻ってからにしない」
「私もそう思う~」
なんてのたまう両名なのだった。
「無理、MP不足」
階層移動のエレベーターは魔力食うんですよ。
電池切れです。
わからんでもないけど。
マンションを取り囲む腐肉の群れ、つっきりたくないよね。
MPが回復し一層に戻るには数時間の経過が必要だった。
次回、引っ越し祝い。