表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

幕末異聞 疾風録2〜風流な入隊希望?

作者: 花衣 悠希

「こんにちわ〜。」

「おっ、すずちゃんじゃねーか。どうした? わざわざここまで。」


 もうすぐお昼になりそうな頃、

壬生の界隈は相変わらずゆったりとした時が流れていた――。


   *   *   *


「えへへ。皆さんお昼まだでしょ? これ作ったんで食べてもらえたらなーって思って。」

「おおっ。それはありがたいなー。」

すずが差し出した大きな包みを応対に出た永倉新八が受け取る。

「おいっ。新八。玄関先で何やってんだ?」

原田左之助が顔を出した。

「あれっ。おすずちゃんじゃん。――おっ。これもしかして弁当?

わざわざ作ってくれたんか? いや〜悪いなあ。」

彼は相変わらずのでかいアクションで新八の持つ包みに手を出そうとした。

その手を新八が容赦なく叩く。

「な、何すんだよー。」

「お前は行儀が悪すぎるぞ。――おーい、総司ー。総司いるかー。」

「何ですか? 新八さん。そんな大声で。」

稽古着のまま、沖田総司がやって来た。

視界の先にすずの姿をとらえて意味もなくあわてる。


「あ、あれっ?! す、すずさん、ど、どうしたんですか??」

「弁当作って持ってきてくれたんだ。礼の一つも言っとけ。」

「あ? え? 弁当?! は、あ、いや、どうも・・・ありがとうございます。」

言いながら総司の耳の裏まで赤くなっていくのが分かる。

新八は苦笑しながら、

「じゃ、俺らは先に中入っているから。・・・ホラ、左之もいくぞ。」

興味津々で目をキラキラさせている左之助の背中を無理やり押して行ってしまった。


 二人だけが玄関先に残った。


   *   *   *


「お、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「うん。総司くんも元気そうで良かった。・・・最近あんまり来てくれないから、ちょっと心配だったんだ。」

すずの髪に挿さっているかんざしがまぶしい。シンプルだが上品な形が彼女に合っている。

「ええ。・・・あんまり行きすぎて、またご迷惑をおかけしては申し訳ないんで・・・。」

少し前の話だが、自分の不覚で彼女を危険にさらしてしまったことがあり、総司自身まだ慙愧の念を持っていた。

「私は全然構わないんだけどな〜。」

彼女はさして気にもしていないようだ。

「そんな訳にも・・・。」

「ねえ、ここの人たち面白いね。特にさっきの左之さん! 包みを見て本当に目をキラキラさせてたよ。」

「・・・あれは、ただ単に食い意地が張ってるだけなんです。」

総司とすずは顔を見合わせて笑った。

「あの〜、いちゃいちゃしてるトコ悪いんだけどぉ。」

不意の聞きなれぬ声に二人が思わず振り向くと、そこには切れ長の目をした浪士がニヤニヤしながら立っていた。腰にはやけに長い刀を差し、なにやら大きな包みを持っている。

総司は無意識にすずを背中にかばった。

それを見て見知らぬ浪士は苦笑いをしながら言った。

「いや・・・そんな警戒されてもな〜。俺、別にお前らをどうこうするつもりないし。近藤局長に会いたいんだけど、いる?」

「いえ、近藤局長は今、不在ですけど。」

「ねえ、総司くん。なんか立て込みそうだし、私、もう帰るね。・・・また会いに来てね。」

背中ごしにすずがささやいて出て行く。

総司は黙って頷き、すずを見送った。

「おお、帰るんか? 気ィつけて行けよ。・・・ってか、お前も送って行ったれよ。気のきかねえ奴だなあ。」

浪士は大声で笑うと、総司をちょっとこづいた。

総司は指先まで真っ赤にすると、あわてて追いかけて行った。

「うーん、青春だねえ。・・・さて、俺は中に入るとするか。」

彼は総司とすずが仲良く並んで遠くなっていくのを見て満足げに頷くと、中に入っていってしまった。


   *   *   *


 座敷では、永倉新八、原田左之助、藤堂平助の三人が例の弁当を広げていた。

既に食べ始めているところが全くもって彼ららしい。


「いやー。本当にうまいなあ。」

「本当ですねえ。この煮つけも絶品ですよ。」

「はぐはぐ・・・。おい総司、早く来ないとなくなっちまうぞ――あれ?」

人の気配に気づいた左之助が総司と思って声をかけたが、ふと見るとそこには見知らぬ浪士が立っていた。

「あんた、だれ?」

「俺? 俺か? 俺はな、えーっと、宍戸。宍戸刑馬って言うんだ。・・・そうだな、会津藩士だ。うん。おっ、これおいしそうだ。」

彼は明らかにウソっぽい自己紹介をし、そしてだれの許可を得るでもなく弁当の中身の一つを口の中に放り込んだ。

「あの〜。会津にしてはなまりが違すぎじゃありません?」

平助が怪訝そうに言う。

「ああ、京住まいが長いからさ。」

これもかなり怪しいのだが、彼は全く意に介さない。

三人は顔を見合わせた。

明らかに胡散臭い・・・。しかし、害はなさそうである。

新八が試しに聞いてみた。

「その宍戸くんが何の用?」

「うん。一応入隊希望だな。局長がどんな人なのか、会ってから決めようと思ったんだけど、不在なら仕方ないしな〜。

 なあ、近藤局長ってどんな人?」

「局長ねえ・・・。涙もろい? かな?」

「声もでかいですねえ。」

「口もでかいよな〜。なんと口の中にげんこつが入るんだぜ。」

左之助が口の中にげんこつを入れるまねをする。

「へーっ、すっげえ。それ見てみてえなあ。他に何かない?」

「他にねえ・・・ああ、そうそう、あそこの掛け軸、近藤さんが書いたものですよ。」

平助が指差した先に掛け軸があった。力強いしっかりした字である。

「達筆だな。意外。」

彼は心底驚いたらしい。

「毎日二時間練習しているらしいからな。上手くなるのも当然だ。」

新八が注釈をつける。

(へー。結構案外まじめなんだ。)

彼は向き直った。

「あ、ついでに土方副長についても聞きたいんだけど。」

いきなり三人の顔が暗くなる。

「土方さんねえ・・・一言でいって、冷徹。」

「いっつも怒ってますもんねえ。」

「いや、人たらしでもあるぜ。山崎の犬っぷり、かなりヤバいもんな〜。」

「・・・いつも怒ってんのに人たらし? 何じゃそりゃ?」

「要するにアメとムチの使い方が上手いってことだな。」

「本人は無意識ってとこがまた、やらしいよな〜。」

新八と左之助は大声で笑った。

宍戸は考えた。

(こいつは局長より副長の方が面白そうだ・・・。)

平助が話題を変えた。

「で、宍戸さんは何ができるんです? 入隊希望なら当然腕も立つんでしょ?」

「いや、剣は全然ダメ。」

「おいおいおい。剣がダメって、何だよそりゃ。ここは剣が使えねえと役に立たねえぜ。」

左之助があきれる。

「まあ待て、左之。剣がダメでも槍がイケるってこともあるだろ?」

「いや、槍はもっとダメ。」

「お前、どういうつもりで・・・。」

新八も目が点になる。

「きっと金勘定とか、そういうのが得意なんですよね?」

「あっはっはっ。俺なんかに金勘定させたら、一夜で文無しになっちまうぜ。」

「・・・。」

平助も言葉が出ない。

「俺が得意なのは、これさ。」

そして持ってきていた包みを開く。

出てきたのは、なんと、三味線。

「結構評判いいんだぜ。まあ、聞いてくれや。」

そして、べべんっと弾きだした。


 かなりの腕である。

三人とも思わず聞き惚れて、土方歳三が部屋の中に入ってきたことに全く気づかなかった。


   *   *   *


 歳三の怒りは頂点に達していた。

「貴様、何のつもりだ!」

怒鳴り込むと、いきなり宍戸の眼前に抜き身の刀を突きつけた。

三人とも歳三の突然の出現に驚きを隠せない。

「入隊希望らしいですよ・・・。」

平助がこそっと歳三に言う。

歳三はキッとにらんだ。

「貴様らも貴様らだ!何でこんな得体の知れん奴をうかうかと中に入れて、なごんでやがる!!」

頭ごなしに怒鳴りつけられて、縮み上がる三人。

「じゃっ。俺はこの辺で。」

こそこそっと去ろうとした宍戸に再び刀が突きつけられる。

「貴様・・・このまま無事帰れると思ってんのか?」

「できれば無事帰りたいんだけどな〜。」

宍戸が茶化すように言う。

「・・・まあ、そうもいかなさそうなので・・・。」

ふう、と息をつくと、腰に差していた刀を鞘ごと歳三に向ける。

「力づくでも帰らせてもらうぜ。」

「貴様、刀を抜かずに勝てると思うな。抜け。」

「・・・そこまでする必要なさそうだからさ。」

宍戸が挑発する。

「いい度胸だ。・・・あとで後悔するなよ。」

歳三の額に青筋が走る。



(まいったなあ・・・このまま斬られる訳にはいかないし、このままこいつを斬っちゃったら、周りが黙っちゃいないだろうし・・・)


 まさに万事休す。


と、その時、


「晋作!!」

外から大声がした。

意外なところからの声に、歳三たちの初動が一瞬遅れた。


その瞬間、


バアン!!


耳をつんざくような大きい爆発音が鳴った。

辺り一面、白い煙が立ち込める。


「くそっ。煙幕かっ! 姑息なマネを!」

歳三の悔しがる声が部屋中に響いた。


なんとか視界が開けたときには既に彼の姿はなかった。


 ―――あとで皆、歳三にこっぴどく叱られたのは言うまでもない・・・。


   *   *   *


 さて、場所は京都、長州藩邸――。

壬生から走りこんできたのは、宍戸こと高杉晋作と桂小五郎であった。

ここまで来ればもう大丈夫。二人は息をついた。

「本っ当にあなたって人は・・・。」

「いや、マジで助かったぜ。恩に着る。」

「聞多と俊輔が『京都に着いたとたん高杉さんがいなくなったっ!』って血相変えてここに転がり込んできた時は、どうしようかと思いましたよ。」

小五郎は晋作に近づくと、がばっと抱きしめた。

「おいおいおい・・・俺にはそんな趣味はないぜ。」

「私にだってありませんよ・・・。ああ、でも、本当に何ともなくて良かった・・・。」

「・・・悪かった。」

小五郎の心配が肌に伝わってきて、少し反省する。

小五郎は晋作の体を離した。

「でもなんで、あそこにいるって分かった?」

「分かりますよ。少し前に私が送った手紙の中に壬生の浪士組の話を書いてましたから。どうせ、変に興味を持ったんだろうって。」

「変って・・・。俺の行動なんてバレバレか。」

晋作は苦笑する。

「何年の付き合いだと思ってるんですか?」

小五郎も苦笑する。

「で、何か得られました?」

「・・・俺もあんなんつくってみてえなあ〜って思った。面白そうじゃん?」

「また、突拍子もないことを・・・。」

「ま、見てなって。」

晋作は笑って小五郎の肩をたたいた。

この屈託のなさ。彼なら本当につくってしまうかもしれない。

「楽しみにしてますよ。」

小五郎も笑った。



 京の風はいつもと変わらず優しかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ