25-こんな状況であの日の返事ができるわけがない
「この前は急にごめんね。如月君。名前も知らない相手からあんなこと言われても困るよね」
加藤は伏し目がちにそう語りだした。
俺よりも少し背が小さい加藤がもう一回り小さく見えるほどその姿は力なく、セミロング程の長さの栗色の髪で整った顔の大部分が覆われるほど俯いていた。
「私ね、中学で陸上部のマネージャーをやってたんだけど、大会で如月君が走る姿を見て一目惚れしちゃったの。気持ち悪いよね、まだ話したこともなかったのに好きになるなんて。でもいつからか、気づいたら競技場で如月君を探してた。大会の時はもちろんだけど、練習の時に競技場で会えるのは本当に嬉しかったんだ」
加藤は自嘲じみた口調でそう言った。
純粋に俺を思ってくれていた事がひしひしと伝わって来て、それに対して何も言葉を返せなかった事に激しい罪悪感に襲われる。
「でも、中学2年の後半くらいから如月君は練習に来なくなっちゃって、大会でも競技場で会えなくなっちゃって、後から怪我で部活を辞めたことを知ったの。もちろんショックだったし凄く後悔した。話しかけておけば良かったって、会えなくなっちゃうんだったら告白しておけば良かったって」
罪悪感が加藤の話を聞くほどに大きくなり、押し潰されそうになる。
自分がどれだけ人の気持ちを踏みにじったのか、その重みが心にのしかかる。
「それでも入学式の日に如月君に会えた。如月君がスピーチをしているのを見て運命だと思ったんだ。それで舞い上がっちゃって……バカみたいだよね」
「……」
俺は何も言えなかった。
「でももう吹っ切れたんだ。だから如月君は気にしないでね。如月君のことはもう友達としてしか見てないから安心して。これからは同じ部活の友達としてよろしくね」
嘘だ。
そう言って顔を上げ、ぎこちない笑顔を浮かべる加藤の額には赤色の×印が浮かんでいる。
きっとこれから部活で一緒になる俺に気を使わせないために自分の気持ちに嘘をついているのだろう。
俺は加藤をこれ以上悲しませたくない。
だけど香織と楓のことにも心の決心がついていない俺には加藤と付き合う資格なんてないしそんな気持ちで付き合うのは逆に加藤を悲しませることになる。
だからせめて、遅れてしまったけど、いつまでも逃げてないで加藤には今、あの時の返事をしよう。
そして今度は言葉でちゃんと断ろう。
今はまだ気持ちの整理がつけられないから付き合えないと。
だが、次の加藤の一言で一瞬にしてごちゃごちゃ考えていたことが全て吹き飛ぶ。
「宮崎さんを幸せにしてあげてね」
え? どういうこと?
何でそこに可憐が?
「何で可憐?」
「え? だって二人って付き合ってるんじゃないの?」
「いやいや、付き合ってないよ? っていうか俺、彼女いないし、居たこともないよ?」
どうやら加藤は色々勘違いしているようだ。
「えっ、じゃあ付き合えない理由は彼女がいるからとかじゃないの?」
「えっと……その件なんだけど実は俺、告白されたのが初めてでテンパっちゃって、何も言えなくなっちゃって……」
「え?! そうだったの?!」
加藤は前のめりでそう聞き返してきた。
「ちなみに今好きな人とかいるの?」
「いない……かな」
俺は可憐を異性として意識をすることはあるし、最近は楓や香織も異性として意識をすることもあるけど、それが好きだという感情とは違うと思う。
「……好きな人はいないのか。……如月君の様子だとあの時、すぐに振るつもりはなさそうな感じだったから私の事が生理的に無理とかじゃなさそうだし……じゃあ、つまり可能性はまだあるってこと? でもまだお互いのことを何も知らないのにまた告白されても困るよね……あの時は勢いで告白しちゃったけど、これから時間をかけて距離を縮めればまた告白するチャンスが来るかも……でももう友達としてとしか見てないとか言っちゃったし……もうどうしてあんなこと言っちゃたんだろう……」
加藤は完全に自分の世界に入り込んでしまっているのか、こちらに気づかずにブツブツと独り言を呟いていた。
だが、そんな独り言は鈍感じゃない俺には全部聞こえてしまっていた。
ちょっと待って?! 香織と楓のことも考えがまとまってないのにどうすればいいの?!
もうあの時の返事をするような空気ではないし……
「あ、あの?」
「うわぁ?! な、何?」
またごちゃごちゃ考えているといつの間にか加藤の独り言は止まっており、こちらを見つめていた。
「友達として仲良くなるためにお互い名前で呼ばない?」
加藤は額にピンクのハートマークをはっきりと浮かべながらそう言った。
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