2-チキンの俺は幼馴染みの気持ちに10年以上も気づけない
初めての事ばかりで拙いところが多いですが、温かい目で読んでいただけると幸いです。
「兄さん! 急がないと遅刻するよ!」
「早っ、ちょっと待っててすぐ行くから!」
俺が通っている高校と楓が通っている中学校は自宅から歩いて行ける距離で、方向も同じなので毎朝一緒に登校している。
これは早く打ち解けるようにと父さんが決めたものだ。
両親は共働きで、朝は早く家を出て行ってしまうし夜は帰りが遅いため色々と気を使ってくれている。
ドタドタと階段を下りると楓は家事から身支度まですべて終わらせて俺を待っていてくれた。
本当によくできた妹である。
「ごめん、遅れた。じゃあいこうか」
こんなやりとりにも慣れてきて日に日に兄妹らしい会話が出来るようになったことを嬉しく思っていたのだが。
「……」
「……」
いつもなら会話が弾むはずの登校中の会話が途絶えてしまった。
それもそのはず、楓のおでこには未だにピンク色のハートが浮かび上がっている。
昔、この能力のせいで虐められてから今まで意識的に人のおでこを見ないようにしていたし、普段は相手の顔をよく見なければマークは見えないため、この能力について調べる前までは全くと言って良いほど他人のマークを見ていなかった。
2年間同じ家で過ごしていた楓のマークすら見えていなかったのだから驚きだ。
そのせいか見えてしまうと今度はずっと意識してしまう。
気まずい空気、といっても気まずいのは俺だけなので楓はご機嫌だ。鼻歌まで歌っている。
「わっ! じゅん、おはよう!」
急に後ろから驚かされた。
毎度のことながら朝から心臓に悪い。
「香織なぁ、びっくりするから驚かせないでって毎回言ってるのに」
「じゅんがぼうっとしてるからいけないんだよ」
何が面白いのかクスクス笑っている。
彼女の名前は神崎香織
俗に言う幼馴染みってやつで家が隣同士ということもあり、小学校に入る前からよく一緒に遊んでいた。
それに加えて小、中学校、高校までずっと一緒だ。
髪をポニーテールにまとめており、明るい性格のため元気で活発な印象を受ける。
長年一緒にいる俺から見ても香織は楓に引けを取らないほど容姿が整っていると思う。
彼氏はいないようだが告白されることも多いのだそうだ。
「あ、じゅんネクタイ曲がってるじゃん。直してあげるよ。ほらこっち向いて」
「え、まじで? 本当だ。急いで家を出てきたし、俺ネクタイ結ぶの苦手なんだよね」
季節は五月。俺の通っている高校の制服はブレザーでネクタイの着用が校則で義務づけられている。中学校までは学ランだったためネクタイを結ぶのにまだ慣れていないのだ。
香織は慣れた手つきでネクタイを結び終えるとドヤァと効果音が聞こえる位のドヤ顔を披露する。
ちょっとウザかったが、絞まりすぎず緩すぎず、結び目まできれいでちょっと悔しい。
「香織ネクタイ結ぶの凄い上手いな。ありがとう、助かったよ」
素直な気持ちを言葉にする。
「へへーん。もっと私を崇め奉りたまえ」
俺がまだピンク色のハートマークが恋愛感情を意味しているのでは無く、家族愛に近いものだと考えている理由の半分は楓、もう半分は香織にある。
実は香織のおでこにもピンクのハートマークが浮かび上がっている。これは俺が虐められる前、まだこの能力について知らないときからずっとついているものだ。
一人っ子だった俺と香織は本当の家族のように過ごしたためこのようなマークが出ているのかも知れない。
これ以上誉めると調子に乗りそうだったが、ころころ変わる表情が面白いので香織にノってみる。
「はっ、この如月にできることならば何なりとお申し付けくださいませ香織お嬢様」
「お、お嬢様?! えへへ、照れるな」
香織は顔を赤らめてもじもじしている。
おいおい!? その反応はなんだよ! 思ってたやつと違うよ。
こっちまで恥ずかしくなってきた。
「じゅんと結婚したときのためにネクタイを結ぶ練習しといて良かった」
小さく香織が何かをつぶやいた。
多分ラブコメの鈍感主人公だったら
『え、今なんて言ったんだ? 小さくてよく聞こえなかった』
とか言うんだろう。
だが俺は違う。小さい声だったがはっきりと聞こえてしまった。
じゅんと結婚したときのためにネクタイを結ぶ練習しといてよかった
彼女がどういう意図でこの言葉を口にしたかは分からない。
思っていたことが本当に口に出てしまったのかも知れないし、俺をからかっただけかも知れない。
だが、彼女の緩みきった表情を見ていると後者の可能性は低いだろう。
つい先程まで立てていた仮説が音を立てて崩れて行くのを感じる。
何年も一緒にいた人に思いを寄せられていた事実の衝撃に立ちくらみがする。
それでも俺は悟られないようにすぐに口を動かした。
「今何か言った?小さくてよく聞こえなかったんだけど。」
香織との今の関係を崩す勇気が無かった。
だから俺は鈍感を演じ、逃げるという選択肢を選んだ。
「いや、何も言ってないよ。えへへ」
こうなるとピンクのハートは恋愛感情を表しているということで間違いないようだ。
ん?じゃあ楓は?いやな予感がして楓の方をちらりと見ると
「兄さんと神崎先輩は本当に仲が良いんですね?」
楓は完璧な笑顔で
そう言った。
「そ、そうかな? なんか照れるね」
香織はチラチラとこちらを見ながら顔を赤くしている。
だが、俺はそれどころじゃなかった。
楓のおでこにあったハートマークがどす黒いオーラを放っているのだ。
こ、この感じは嫉妬なのか? いや、殺意みたいなものも混じっている気がする。とにかく楓の笑顔が怖かった。
しかもどんどん色が濃くなってきている。全身から黒い瘴気が立ち上っていると錯覚させるほどだ。
俺はだらだらと大量の汗をかきながら、香織との事がありフリーズしていた脳を再起動して思考回路を張り巡らせて対処法を考える。
いや、待てよ。これはもし嫉妬が原因なら楓にかまってあげれば良いのでは?
時に人間は命の危機に瀕すると冷静でいられなくなるものだ。
何を血迷ったか俺は次の瞬間楓の頭を撫でていた。
「ふぇっ?! に、兄さん? あぅぅ」
楓の頭に触れた瞬間ビクッ体をこわばらせたが、すぐに空気の抜けた風船のようにふにゃふにゃと体の力が抜けていく。
それに比例するかのように額に浮かぶハートは段々ピンクに戻っていく。
これは……もう言い逃れ出来ないな。
もう現実に目を向けるしかなかった。
どうやら楓は俺のことを恋愛対象として見ているらしい。
家でどう接するようにしようか。
せっかく楓との距離を縮められたのだが、違う意味で距離が縮まってしまったみたいだ。
これから楓への対応を考えなきゃな。新たに生まれた問題に俺は頭を抱えながら学校へ向かうのだった。
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