第2話
「…」
「…」
「…」
私たちの間に沈黙が生まれる。
多分部屋は間違えていないだろう。さすがにそこまでボケていない。
「きゃきゃきゃキャロライナさんっ!!!」
反応に困っていると、私たちの入ってきた扉を蹴破る勢いで開け、一人の女性が慌ただしく走ってきた。
「やっぱり!だからせめてこういうときは着替えてくださいと言いましたよね!?というかやめたげてくださいよぉ!」
私たちはその女性を知っていた。竜胆 紫苑先生だ。生真面目だけど、たまに何を話しているのかわからなくなるような人である。極東の人々は皆そうなのだろうか、他にも似たような先生がいる。
「む。だがジャージというのは最も動きやすく、邪魔になるようなものが一切ない。素晴らしいとは思わんか?」
「そ う い う 問 題 じ ゃ な い ん で す !」
竜胆先生は身長が低めなので、まるで親子の喧嘩のように見えてくる。雰囲気などもどことなく子供っぽい。…いや、貶している訳ではなく。
むしろ、だからこそ親しみやすくて皆に人気である。
「なんですか?認知症なんですか?どうしてそのような行動をとるのかわたくしは少々理解しかねますが?何百年も生きているだけにちょっとそこら辺のところ狂ってきてるんじゃないですか?もともと剥離しているのに拍車がかかったんじゃないですか?5000000歩ぐらい譲って着ること自体は止めていないじゃないですか?なんなんですか?無駄な譲歩ですか?禁止しますよ?それをご所望なんですか?誠に遺憾なんですが?」
「わかりました申し訳ありませんでしたどうかお許しを」
竜胆先生が強かった。竜胆先生はいつも周りに気配りをしてくれていて、大抵のことは笑って許してくれる。そういう人が怒ると怖いというのは聞いたことかあったけど、想定を遥かに超越していた。
怖いどころの話じゃない。あと多分これでも、生徒の前なので抑えてるだろう。
少し待つことになったが会長はローブに着替えてきた。改めて席に座る。
ちなみに私たちの後ろにはとても清々しい笑顔の竜胆先生がいらっしゃる。
「こ、こほん。待たせてすまない。早速なんだが君たちには特別訓練任務として、地球の形なきモノを討伐してきてほしいんだ」
「私たちがですか?」
二人揃って聞き返す。形なきモノとは歪みによって生み出された歪んだ存在だ。歪みによって亡くなった人々の残留思念が歪みに侵食されて変化したり、無から生み出されたりとその理由は様々だ。謎多き存在。だが、それらが及ぼす影響というのは確実に良いことではないため見つけ次第早急に討伐されるらしい。
その役目を、まさか私たちが受けるとは想像もしていなかった。
せいぜい歪みの矯正ぐらいかと。
「ああ。それとあと一人、仲間がいる。中々気難しい子なんだが、よろしくしてやってくれ。実力は確かだしな。それで場所についてだが…」
会長は地図を取り出し、
「君たちも知っているだろう。我らの祖国ロイヤルにある遺跡…ルールストーン」
皆さん、ズドラースドヴィチェ。
あたしはシガナイ魔術師ってやつですよ。
これから仕事に行くんですけど、今は一緒に行く人を待っているってわけです。
…あー、来た来た。
やって来たのはあたしと比べると随分と年が開いていそうな人たち。度々すれ違うこともあるので顔は何となく知っていた。
なんで三人で行くのかは知りませんが、あの会長のことですし何かあるんでしょう。あるいは面白そうだから…とか。あるいはくじ引き。偉大な人ほど気まぐれで自由奔放っていうのも聞かない話ではないですし。
「ええと、あなたがユーリヤ・エギシナさんですか?」
「はい。好きに呼んでください」
ポニーテールの…たしか、カトリーナでしたっけ?
その方が私の顔を覗き混むように身を屈め、『Юлия Ельшина』と書かれた紙を見せる。
身長分けてほしいんですけどねぇ。
いや、たしかに今のあたしは年齢相応だとは思いますがね。
まあこうしてあたしたちのお仕事は始まりました、と。
向かうのはもちろんロイヤル。余談ですが、お二人さんはロイヤル出身だそうですね。
ロイヤル…ロイヤルですか…モロ魔術師っぽいですね。重たい歴史と王家の栄光!もともと魔術結社とかが大っぴらに存在できた国ですからねえ…。でも、あたしの祖国ウトピヤだって呪いに関しちゃあ負けてませんよ。時間はかかりましたがその効果を確実に発揮しましたし。
さてさて、私たちはロイヤルの協会支部へ送られました。形なきモノは今も東へ移動を続けているとのことです。となると追いかけるよりかはこちらから西へ向かって迎え撃つのが良い、ということでしょう。
道中、三人でお喋りでもすることになりました。…順当に考えればそうなるのは当たり前ですけど。
「ユーリヤちゃんは、どんな魔術を使うのですか?」
「簡単に言っちゃえば、氷みたいに、透き通ったものを操れますね。ちなみに寒さにも強いです」
「確かに、コートを着ているけどその中は結構寒そうね…」
あたしがお気に入りのコートのしたに来ているのはノースリーブの丈の短いワンピース。操る力のお陰で祖国の寒さもどうってことないです。氷点下も大丈夫!
「それで、お二人は?」
「私は、風です。幼い頃から森に慣れ親しんできたので、親和性が高かったのだと思います」
「私は…、歪みを使って色んなものに形を変えさせるわ。剣とか、大きいものでは…橋とか。そこまで強度も高くないし、実物の性能には大分劣るけどね。さしずめ劣化コピーと言ったところかしら」
ふむ。衣服の印象からてっきり雷かと思っていましたが、違いましたか…。それにしても橋ですか。例えとしてはなんだか…イメージがしにくいですね。でも、それくらい大きなものも生み出せるということですね。
「二人とも、待って。…人が見当たらないわ」
フレデリーカの唐突な言葉にハッとして辺りを見回すと、確かに人の気配がない。
いけないいけない。思索しているとつい周りへの注意が薄れてしまいます、お恥ずかしい。
って誰かに心を覗かれているわけではないんですから大丈夫でした。
「確実に近くに歪みがありますね」
「発見されたのはルールストーンでしたから、随分と移動してきたみたいです。とりあえず町並みを壊してなくて安心しました」
私もそれなりに風景というものを楽しみます。それを壊されるなんてたまったもんじゃあありませんよ。
「この時間でこの距離…動きが速いみたいね?」
「形なきモノが歪みを動かしているのですね」
形なきモノは、自らが生まれてきた歪みを操ることができる。
だから、歪みごと移動することがあるんです。歪みの大きさは時間によって変わりますが、動いたこと自体からは影響を受けにくいんですよ。
さてさて、どんな厄介な奴かは知りませんが。
「完璧にお片付けしましょう!」