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奪われ令嬢

【コミカライズ】奪われ令嬢は星にキスを捧げる

作者: 長月 おと

姉妹テンプレものを私なりに書き上げました。

 今日も皆が美しい姉を好きになっていく。私を好きと言っていたはずのあの人も、両親も姉を褒め称え、私を置いていく。


 誰か私を見て、私と一緒にいて、私を愛して。そのどれも叶ったことはない。


 ※


 私たち姉妹は伯爵家に生まれた。

 4つ年上の姉のクラリッサ・クレヴィングの髪は太陽のように輝く波打つ金色、瞳は宝石のような紫、陶器のような肌に薔薇のような色気のある唇。バランスが取れた完璧な体型で、まるで女神を体現したような女性。



 それに比べ私キャロル・クレヴィングは金なのか銀なのかハッキリしない色の真っ直ぐな髪、姉と同じはずの紫の瞳で肌も唇もきちんとケアしていて土台は悪くないはず。

 でもなんか、こう、説明できない感じで華が足りなくて地味なのが悩み。




 クラリッサは誰もが羨むような美貌の持ち主なだけではなく、勉強もマナーも完璧な淑女の鑑で社交界の至宝とも言われている。

 今では身分差はあるものの、国内最高峰の学園で出会った王太子・ユリウス殿下の最有力の婚約者候補と噂されるほどに。




 私が6歳になり、淑女教育が始まった時にお母様は言ったわ。「キャロル、貴女もクラリッサのようになるのよ」7歳になると、お母様はまた言った。「焦らずに自分のペースでクラリッサを目指して」8歳の時にはお母様の言葉から期待が消えた。「無理しなくて良いわ。キャロルはキャロルなのだから」



 私も最初はクラリッサのようになろうと頑張った。勉強の予習復習もしたし、本もたくさん読んだわ。

 だけど、彼女との差は広がるばかり。

 お母様の教育の力は全てクラリッサに注がれ、仕事で忙しいお父様も彼女のために時間を割いて、私は基本的に放置。


『妹は出来損ない』……否定できなくて惨めな気持ちになるけど、諦めきれなくて、両親に振り向いてほしくて勉強は続けていた。




 せめて社交界では、私だけを見てくれる友人や恋人が見つかると信じて積極的に参加した。

 親友と呼べる人は見つかるかしら?優しい男性との出会いはあるかしら?という期待を込めて。





「キャロル嬢、今度よかったら僕と観劇に行きませんか?その、貴女の事をもっと知りたくて」

「はい、喜んで」


 私に対してほんのり顔を赤くしてデートに誘ってくれた男性がいた。だけれど言葉とは逆に私は素直に喜べず、不安だった。


「キャロル?素敵なお方ね。私にも紹介してくださる?」

「お姉様……」


 良い雰囲気になった所で姉クラリッサが現れて、男性にゆったりと微笑む。先程まで私を口説いていたはずの彼は彼女の美しさに目を奪われて、顔は真っ赤に染まっていた。



 あぁ、またなのね。



 これが初めてではない。

 姉は自分の魅力を最大限に活かして、毎回ことごとく私に好意を寄せる男性ばかりに声をかけ奪っていく。


 結局この男性も私との約束には「都合が出来た」と断わり、クラリッサを誘っていた。バレバレなのに馬鹿なお方だわ。

 だけれど誘惑していたはずなのに、クラリッサは男性の誘いは()()()()()断っていた。




 なぜ、奪うの?クラリッサは何でも持っているのに、私のものだけを狙うの?どうせ捨てるのに、なんで?私の全てを奪わないでよ……


 そう思ったのは半年ほどで、回数が多過ぎて怒る気力さえ消えかけている。

 友人も「クラリッサ様だもの、仕方ないわ」としか言ってはくれない。

 今では本当の気持ちを言えなくなっていた。どうせ、誰も聞いてくれないし、何も変わらないから。



 私たち姉妹が並ぶと『太陽と星』と例えられる時がある。もちろん太陽はクラリッサで私が星なのだが、その星は夜でも見つかるかどうか怪しい弱い光の星。太陽の輝きの隣では、ただの小石な私にはピッタリな例えだわ。



 だけど私はいまだに彼女を嫌いになりきれずにいる。

「キャロルはお鼻が可愛いわ」

「まぁ、テストの点数が前より少し良いわね」

 絞り出したような誉め言葉が同情だと分かってはいるが、全てを奪っているクラリッサだけが私をよく見てくれていた。

 私から大切なものを奪うための見張りだと知っていたけれど、唯一()()()()()()()()人だったから……。



 それでも私は惨めで、寂しくて、悲しくて、次第に限界をむかえ(クラリッサ)という存在から解放されたくて、17歳の時に家出をした。



 ※


「あ、ブラッドさんいらっしゃいませー!」

「キャリーちゃん今日も元気だね、いつもの頼むよ」

「はーい、親方!ハンバーグとカツレツのダイナミック定食ひとつ入りました」

「おぅよ!」



 私は今、キャリーと名前を変えて平民街の食堂で住み込みで働いている。できるだけ質素な服を鞄に詰め込んで飛び出したものの、お金も数日分しか持っておらず、この食堂でご飯を食べながら悩んでいたわ。


 すると食堂の女将さんに話しかけられて、貴族だと内緒でこれからの生活の不安を相談した。「いつまでもいていいからね」と食堂の一部物置になっていた休憩室を片付けて住まわしてくれた。

 親方も快く受け入れてくれて二人には頭が上がらない。



「キャリー、随分と働けるようになったわね。助かるわぁ」

「いえ!女将さんの教え方が上手だからですよ」



 生まれて初めての労働で、最初は本当に何もできなかった。トレイを使ってご飯を運ぼうとしてはこぼし、洗い物でお皿を割ってしまったり。それでも少しでも上達すれば誉めてもらい、期待され、とても嬉しかった。



 今では働くことが楽しくてたまらない。社交界のようにきらびやかではないけれど、毎日ほぼ満席の店内は活気にわいて輝いている。

 お客様の裏の無い笑顔、熱々の美味しいご飯、優しい親方と女将さん。誰とも比較されることの無い自由な世界。



 屋敷のバスルームより狭いところで寝て、令嬢が食堂で汗を流しながら働くなんて貴族から見たら非常識だけど、私は白い目で見られてもかまわないわ!

 なんて言われようとも、素敵な食堂で働けている幸せは私が知っているもの。




 そうよ!なんで私は今まであんなにウジウジ悩んでいたのかしら。

 姉は姉で、同じ土俵で比べる必要はないのに、勝手に悲観して馬鹿みたい。クラリッサと比べれば小石の私も、他の令嬢と比べてみたら遜色なかったはずだわ。何故あんなにも根暗だったのかしら。

 それにクラリッサにできなくて、私にできることだってあったじゃない。足は速いし、花壇の手入れはできるし、虫も大丈夫だったわ。


 あら?私って令嬢というより平民のようね。



 家出してから怖じ気づいて食堂で働くことを手紙で送ったけれど、2ヶ月しても両親もクラリッサも迎えに来ない。夜会は病欠扱いだろうし、クラリッサがいれば私はいなくても良いのだろう。


 前であれば「どうせ私なんて放置なんだわ」と思っていたが、今はそのおかげでここで働き続けられるからラッキーと思ってしまう。出来損ないで小石な私バンザイだわ!



 カランと扉の鈴が鳴り、新しいお客様が入ってくる。

「いらっしゃいませ、イサークさん」

「またキャリーさんに会いに来ちゃったよ。はい、今日のお花。お仕事頑張ってるね」

「いつもありがとうございます。あ、今日は何を食べますか?」

「今日は親方の気まぐれプレートにしようかな」


 彼は常連客のイサークさん。週に2~3回は来店し、その度に1輪だけ私に花をくれる少し年上の男性。赤みがかった茶髪に、オレンジの瞳でいつも旅人風の服装をした穏やかなひと。



「本当にキャリーが来てから、お客様が増えたわね!嬉しいわ~特にイサークさん?頑張ってるわね」

「女将さん!」

「あらあら、真っ赤。可愛いわね、ふふふ」



 酔ったお客様から絡まれた時に助けてもらってから、私は密かにイサークさんに恋をしていた。女将さんにはバレバレらしいのだけれど。


 彼は強くて紳士的で品があって、初めは貴族のお忍びかと思ったけれど頻繁に来るからきっと平民だわ。

 今の私は平民の真似事をしているけれど、伯爵家の令嬢という事実は変わらない。

 この身分差の恋が叶うことはないと知っていた。



 だからここで働いている間だけの、今だけの、私だけの秘密の恋。クラリッサにさえも、この気持ちだけは奪わせないわ。



 ※


「キャリーさん、来週のお祭りに俺と出かけませんか?」

「わ、私で良ければ……!」

「良かった。他の人に誘われてなくて、良かった」


 はにかむイサークさんに誘われ、飛び跳ねたい喜びの気持ちを抑えて返事をする。過去の不安からまわりを確認するが、クラリッサの姿は見えずほっとする。

 同時に振りきったはずのクラリッサの呪縛から逃げ切れずにいる自分にガッカリした。



 叶わない恋でも、デートくらい良いわよね?思い出くらい作っても良いわよね?と自分に言い聞かせる。



 お祭り当日、忙しいのにも関わらず親方と女将さんの計らいでお休みを貰えた。お土産を買ってくることを約束して、昼過ぎに迎えに来てくれたイサークさんと祭りへと出かける。


「今日の髪型、いつもと違うんだね。とても似合ってるよ」

「はい、ありがとうございます」



 いつもお店ではひとつに束ねるだけなのだか、今日のために練習してサイドをゆるく編み込みにしてきた甲斐があったわ。イサークさんは私が気付いて欲しいところを、いつもさらっと褒めてくれる。

 今までも男性に髪型を褒められたことはあったが、好きな人に言われると嬉しさは倍増するのね。



 慣れない人混みの波にのまれそうになるが、イサークさんがそっと腰に手を添えて優しく守ってくれる。

 一緒に屋台の料理を食べ歩いて、マジックショーを見て、感想を言い合って笑い合う、まるで夢のような時間。



「わぁ、綺麗。これ全部キャンドルなんですか?」

「お、お嬢ちゃん知らないのかい?この祭りは夜のキャンドルライトが有名でな、みんな灯を点けて通りに置くのさ」


「初めて知ったわ。なぜ皆様はキャンドルを置くんですか?」

「想いを届けるためだ。無数の灯りが点いたキャンドルはまるで星空のようでな、どこにいても見てる空は同じ、遠くにいても心は同じという意味があるのさ」



 店主によると、諸説あるが過去の戦争で多くの国民が戦地へ向かった。戦地へ向かった恋人を想い星に向かって毎晩祈りを捧げる女性がいたそうだ。その後、恋人は無事に女性の元へ帰って来た。

 キャンドルライトが星の輝きに似ていたため『願いのキャンドル』『星空のキャンドル』として語り継がれ、今のお祭りが始まったそうだ。


「なんて素敵なの」

「店主、キャンドルを3つくれないか?白が2つと……キャリーさんは何色が良い?」

「お、オレンジで」

「キャリーさん……ぁ、店主お代だ」

「まいど」



 思わずイサークさんの瞳と同じ色を指定してしまい、彼の動揺で更に恥ずかしくなる。

 彼はキャンドルを買うとオレンジのキャンドルを私に渡してくれる。


「お祭りの記念のプレゼントだよ。白いのは通りに置こう」

「ありがとうございます」




 日没の時間が来るとお祭りの会場にはキャンドルの灯りが点き始め、通りには光の川ができる。

 ひとつひとつ想いが込められた、その幻想的な景色に目を奪われながら、私たちもキャンドルに灯を点ける。



「キャリーさん、より綺麗に見える場所を知ってるんだ。そこで、伝えたいことがあるんだ」

「…………はい」



 いつも優しいイサークさんの目が力強く私を見つめている。キャンドルの灯りのせいか彼の耳が赤く染まっているように見え、私の顔も赤くなっている自覚がある。



 先を聞きたい期待の気持ちと、聞いてしまって今までの関係を失ってしまう不安が入り交じる。これは叶わない恋のはずなのに、どこかで期待している矛盾。



 ふたりで手を繋いで歩き出す。少しするとイサークさんが話しはじめる。


「最初はハラハラして君を見ていたけど、今やすっかり立派な看板娘だね。どんなに不慣れでも、忙しくても笑顔で頑張っているキャリーさんを見ていると、俺も頑張れるんだ」

「……ありがとうございます」


「ずっと君の笑顔を見ていたい。キャリーさん、俺はね……」

「待って下さい!実は、私は……!」

「キャリーさん?」


 本当の私を知った上で気持ちを考えて欲しくて、この関係が終わる覚悟で打ち明けるためにイサークさんの言葉を遮るが、なかなか続きの言葉がでない。



「キャロル?あら、隣の殿方はどちら様?」

「なんで……ここに……」



 言葉に詰まっていたら、背後から聞き慣れた声が聞こえた。

 声の主のクラリッサは変わらぬ完璧な美貌で、以前と同じようなセリフを言いながら近づいてくる。

 そして自分がここにいる理由は話さず、イサークさんを紹介して欲しいと耳元で囁きながら、二人は見つめ合っていた。


 先程まで熱くなっていた私の体温は一気に下がる。


「キャリーさん、この女性は?」

「私の……姉です」

「姉のクラリッサですわ、貴方とはなんだか初めて会った気がしないわ」



 クラリッサは甘い声で話しかけ、イサークの腕に手を触れようとした。


「イサークさんに触らないで!」

「きゃ!」


 気付いた時には、私はクラリッサの手を叩いていた。クラリッサも私に叩かれるのは初めてで、目を見開いて驚き固まっている。



 せめて終わらせるなら、自分の口から身の内を明かして終わらせたかった。クラリッサは私の覚悟を奪おうとした!

 それよりも、大好きな人の気持ちをクラリッサの『妹のものを奪う』という癖で弄ばれたくなかった。私はこんなにも真剣だと言うのに。

 冷めた体温が、一気に熱さを取り戻す。



「お姉様の気まぐれでイサークさんに近づかないで!」

「ど、どうして……」

「私の大切な人をお姉様から守るためよ」


 クラリッサは酷く狼狽した顔になる。


 クラリッサを溺愛している両親が知ったらどうするかしら。家出もして、姉を傷付けて、罰として平民へと放逐してくれないかしら。



「キャロル、イサーク様も……今日は失礼するわ」

「どうぞ!お父様にもお母様にも宜しくお伝えください」

「クラリッサさん、お気をつけて……」



 ふらふらとした足取りのクラリッサは近くにいた護衛に回収されて、帰っていった。

 私たちは周りから浮いていたようで、あちこちからの視線に気付いて恥ずかしくなる。



「イサークさん、すみませんでした。おすすめの場所に案内の続きをお願いします」



 この場を移動したくて提案するが、彼から反応が返ってこない。

 彼の視線は真っ直ぐクラリッサの後ろ姿を捉えていた。そして、ゆっくりとこちらを向くが彼の顔は感情の読めないものになっていた。



「本当はキャロルさんと言うんだね。そしてクラリッサさんの服装を見る限り貴族……間違いない?」

「……はい。キャロル・クレヴィングと申します。隠しててごめんなさい」


「そうか、わかった。俺に時間をくれないか?待ってて欲しいんだ」

「……分かりました」


 私たちはおすすめの場所に行くのを中止して、そのあと終始無言のまま帰路についた。



 ※


「キャリー、キャリー!」

「……ぁ、はい!」

「イサークさんが来なくなったことも心配だけど、アタイはキャリーの疲れた顔が心配だよ」

「女将さん……すみません!大丈夫です」



 あれから1ヶ月、イサークさんは来店しなくなってしまった。

 私が貴族だと知り、恐れをなして隠れてしまったのだろうか。それともクラリッサと知らないところで会って、彼女の美しさに心移りしてしまったのかしら。



 私が貴族だと明かしたら、彼との関係は終わる可能性は理解していたはずなのに。クラリッサに気になる男性を奪われたときも、こんなに苦しいことはなかったわ。


 イサークさんの存在が私の中で思ってた以上に大きいことを知ってしまった。いいえ、失うのが怖くて知らないふりをしていただけだわ。

 彼は「待ってて欲しい」と言ったけれど、私はいつまで待てば良いのだろうか。


 それでも、お店に迷惑をかけ続けたくなくて、仕事中だけは忘れるように努力した。


 私はここではモテるようで、イサークさんが来なくなってから他の男性からもデートのお誘いがあった。でも私はまだイサークさんの事が諦めきれずに断り続けていた。



 彼が現れなくなって更に1ヶ月した頃、実家から初めての連絡が来た。手紙ではなくお父様の執事が直接来たということは、断ることができない案件だわ。

 親方と女将さんに少し抜けることを告げて、裏口へと移動する。



「キャロルお嬢様、旦那様からお手紙でございます。王太子殿下からの推薦で貴女に縁談が来ており、来週にでも顔合わせをしたいとの事です」

「……縁談」

「お店に迷惑がかからないよう勝手ながらお嬢様の休日を調べ、その日に顔合わせを設けております。当日お迎えに上がりますので食堂入り口でお待ち下さい。それでは失礼します」



 私が質問する暇もなく、用件だけ伝えた執事は帰ってしまった。

 あぁ、私にタイムリミットが来てしまったのね。ユリウス殿下からの推薦など断ることは不可能で、ほぼ婚約決定。



 何故、社交界に半年近くも顔を出していない私なの?もうイサークさんを待つことはできないの?

 私の夢の時間が終わりを告げる。



 ※


 顔合わせの前日の夜、私は既に人気のないお店の席でひとり座っていた。


 家出の前科がある私が屋敷に帰ったら、監視がついてもうここでは働けないかもしれない。

 今までは婚約者がいなかったから許されていたけれど、明日からは分からないわ。

 確かなことはイサークさんを待ち続ける日は終わりという事だけ。


「あぁ、ちゃんと告白しておけば良かったわ」


 私はお祭りでもらったキャンドルにむかって、胸の内を言葉に出して想いを昇華させる。


「イサークさんは今はどうしてるかしら?元気にしてるかしら?事故にはあってないわよね?もう貴方様を待つことはできないけれど、どうか許して……」


 会う度にくれた1輪の花、穏やかな口調、綺麗なオレンジの瞳、優しい笑顔、今までの彼を思い出す。


「私に素敵な恋をありがとう。どうか貴方様が病にかかりませんように、怪我をしませんように、素敵な人に出会えますように。私は貴方様の幸せを心から願っているわ。キャンドルよ、この願いをどうかイサークさんに届けてください」


 キャンドルに願いを込めたキスをして、火を灯す。そして私は灯りが消えるまで静かに見つめていた。



 ※


「お嬢様、お化粧とヘアセットは以上です。ドレスはどれになさいますか?」

「任せるわ」


 私は顔合わせに向けて身なりを整えていた。半年振りに屋敷へ戻ってきたが、出迎えたお父様もお母様も私を叱ることなくどこか嬉しそうだった。

 家出の令嬢でも王太子の推薦の縁談を受けれる駒となって安心したのだろうか。



「そういえばお姉様は?見かけていないけれど」

「クラリッサお嬢様はお部屋に閉じ籠っておられます。訪ねられませんように」

「そう……」


 牙を向いた私に会いたくないのだろう。あれだけ私に嫌がらせをしておいて、都合の良い人だこと。

 私は侍女が選んだドレスに身を包み、鏡で完成された私を確認する。偶然にも淡いオレンジのドレスで完全に諦めたはずの彼を思い出すが、すぐに頭から消して部屋をあとにする。


「本日は温室でお茶会形式となっております。既にお相手の方がお待ちだそうです」

「分かったわ、急ぎましょう」


 私が温室の入り口に着くと、中からお父様とお母様が出てくる。二人の機嫌は先程よりも嬉しそうで、お相手は両親が認める素敵な人らしい。少しだけ心が軽くなる。


「来たかキャロル。お相手が早速二人で話がしたいそうだ。私たちは入り口(ここ)で待っているから、奥にいるお相手に会いに行きなさい」

「失礼の無いようにねキャロル」

「わかったわ」


 私は言われた通り温室の奥へと進む。そこにはこちらに背を向けて私を待つ男性がいた。お相手の髪は赤みがかった茶髪で、彼よりもサッパリ短い。そして似たような身長、背中の広さで…………まるで彼を見ているようで。



「キャリーさん、お待たせ。会いに来たよ。今はキャロルさんかな?」

「……イサークさん。なんで……」


 相手が私に気付き、振り向くと私が今一番会いたい人がそこにいた。


「実は俺は海のむこう国、ダジリルタ王国の第4王子イサーク・ダジリルタ。この国に婿入りするために色々と片付けをしてきたんだ。貴族である君に堂々と想いを伝えたくて」


 ダジリルタ王国の王位継承権は息子であれば平等で、今ちょうど争いが激化していると聞いていた。彼がそのひとりだったなんて。


「国王になれた可能性もあったのでは?なのに私なんかと……」

「君だからだよ。操り人形と化していた俺は継承権の争いに疲弊して、暗殺されかけたのをきっかけに勉強目的とだけ母国に伝え、友人の王太子を頼ってこの国に来た。そこで君に出会い、癒され、励まされ、君に恋をした」



「……っ、でも私はお姉様のように美人ではないわ」

「俺にとっては彼女よりキャロルさんの方が魅力的だよ。見た目だけじゃない、頑張りやさんで、おっちょこちょいで、でも強い君をいつも俺は側で見ていた」



「強くなんか無いわ……私は待つことを諦めてしまっていたの。昨夜、キャンドルと共に恋心を燃やして消してしまおうとしたわ……っ」

「キャロルさん……」


 何をしているのキャロル。伝えたいことは違うでしょう?彼は私を想ってここまでしてくれたんだから、泣いている場合では無いわ。


「でも、想いは消えなかったわ!イサークさん……いえイサーク様、私は……私も貴方様に恋してます。……お慕いしております」

「キャロル」


 イサーク様に抱き締められ、その温もりが夢ではないと実感し涙が溢れる。もっと温もりを感じていたいのに、イサーク様は私を離すと膝をつき私の手を取った。


「君に言わせっぱなしでは男して情けないからね。生涯君だけを愛し、幸せにすると誓う。キャロル様、私と結婚していただけませんか」

「……はい、喜んでお受けいたします」


 彼は私の手の甲に唇を落とし、愛を誓う。私を見て、私と一緒にいて、私を愛してくれる人をようやく見つけられた。




「待ちなさい!邪魔してはいけません」

「キャロルはどこですの!?」

 温室の入り口側が騒がしい。他国の王族がいるのにも関わらず足音はどんどん近づいてくる。どうやら私を探しているようなのだが、正直声の主に会いたくない。



 だが願いも虚しく、私たちの前に美しい姉クラリッサが姿を現わす。いつもの余裕のある優雅な微笑みはなく、どこか危うい目をしていた。


 クラリッサは私たちを見つけると真っ直ぐこちらへ向かってくる。私はイサーク様に近寄らせたくなくて、イサーク様の前に出るがクラリッサはそのまま進み私に抱きついた。


「キャロル……本当に婚約してしまうの?」

「もちろんです。心に決めたの」

「…………」

「お姉様?」

「ぅ……うわぁぁぁん!嫌よ!キャロルが、私の可愛い大好きなキャロルが隣国にお嫁に行っちゃうだなんて嫌よ!離れたくないぃぃ~うわぁぁあん」


 姉が子供のように急に泣き出して驚くよりも、話している内容が信じられず私は固まってしまう。

 同情を誘って縁談をなくそうとしているのかしら?それにしては泣き方が酷いし、勘違いもしているようだ。


「お姉様、私はお嫁にいきません。イサーク様が婿に来るのです。私はこの国にいますよ」

「では私がどこにも嫁に行かなければ、屋敷でずっと一緒にいれるって事よね?」


 クラリッサの言動に戸惑っていると彼女は私から引き剥がされ、イサーク様が後ろから私を抱き締める。表情は見えないが、彼の声はクラリッサを威嚇するように低い声。



「義姉上、それは無理ですよ。キャロルは貴女には絶対に渡さない。ね?義父上」

「あぁ、イサーク殿下の言うとおりだ。折角、部屋に閉じ込めておいたのに……クラリッサ、正式に王太子殿下からの婚約の申し込みが来た。お前は王妃教育のために半年後から王城で暮らすんだ」

「そ、そんな……私の計画がぁぁぁぁ……ぁ……」



 そう叫びクラリッサは卒倒した。


 クラリッサを温室のベンチで寝かせ、お父様からどういうことか聞かされた。



 クラリッサは実は重度のシスコンで、影では私を大変溺愛していた。私が生まれた時から私を天使と崇め、乳母を押し退けて自ら世話をして可愛がる、恐ろしい4歳児だったそうよ。



 子供の頃、勉強そっちのけで私と遊ぼうとするために常にお母様がクラリッサを監視する必要があり、彼女の勉強につきっきりになった。


 私の勉強も始まり、更に一緒にいる時間が減ると「キャロル成分が足りない」と言って私の勉強を邪魔してまで遊ぼうと脱走したため、お父様も監視に参加した所為で私は放置状態だったらしい。



「知らなかったわ……でもお母様が私に期待するのをやめたのは事実でしょう?」


 色々なことを知れるこの機会に何でも聞いてしまおうと疑問を投げる。


「そう思っていたなんて……きちんと伝えきれてなくて、ごめんなさい。でもクラリッサはその……勉強に関しては天才でしょ?あんな人外のようになれとは言い続けられなかったの」


 姉は一度見たらほぼ忘れない記憶の天才だ。言われてみれば、同じようになれと言われ続けていたらもっと早くにグレていたかもしれない。



 他にも、クラリッサは私に近づく男性の心が本物か試したことで、男性に惚れられる度に「なんて最低な男なの!私程度の女の誘惑に簡単に心移りするなんてクズよ!キャロルの魅力を知らずに口説くなんて、社交界から消してやるわ!」と両親は毎回止めるのが大変だったようだ。


 クラリッサは自分のシスコン具合が異常なのを自覚しており、嫌われないように私の前では自重していたが両親の前では爆発していた。

「私が太陽ならキャロルは星よ!星と同じように数えきれないほどの魅力があるわ」「可愛い爪、可愛いほっぺ、可愛いお鼻、可愛い耳……全てが可愛い」「前回よりも点数が二点も上がっているわ。キャロルは天才よ!」

 確かに似たような事を聞いた覚えがあり頭痛がしてくる……




「酷いわ……お姉様は馬鹿なの?」

「すまない」


 お父様が力なく謝罪する。だから私が家出したくなる気持ちも理解できたため、人を雇って見守っていたようだ。その時もクラリッサに食堂がバレないようにするのは、随分と大変だったらしい。


「それにキャロルが社交界から消えたことも良かった」

「どういう事ですか?」


「クラリッサはキャロルとずっと一緒にいたいがために自分が王太子妃になったら、キャロルを側室に迎えて後宮で一緒に暮らす野望もあったようでな。夜会や舞踏会で王太子殿下とキャロルが接触して仲良くなる妙なストーリーを企てていたのだ」

「はい?」


「だからイサーク殿下が現れて、キャロルを見初めてくれて感謝する。大切な娘を二人とも手放さずに済んだ」


 お父様がイサーク様に深く礼をして、お母様も同じく頭を下げる。クラリッサの異常性を除けば私が気が付けなかっただけで、きちんと愛されていた、奪われてなどいなかった。



「伯爵もご夫人も頭をあげてください。俺は自分の心に素直に従っただけです。キャロルに対する愛はクラリッサさんに負けない自信があります。側室になどに取られません。早速サインして正式な婚約届けを出してしまいましょう、義父上!」

「もちろんだ!息子よ。すぐに王城に提出だ」



 二人が意気投合すると側に控えていた執事がサッと誓約書を取り出しテーブルに置くと、お父様とイサーク様がサインを済ませる。そして、急ぐように紙を丸めリボンで結び馬を準備するよう指示されるが……



「行かせませんわ!私はまだキャロルを諦めてませんことよ!」


 先程まで気を失っていたはずのクラリッサが入り口に立ちはだかり提出を阻止しようとする。

 私はこんなクラリッサ(馬鹿)に長年劣等感を抱いていたとは、黒歴史決定だわ。

 執事とクラリッサは睨み合うが、長くは続かなかった。


「私の可愛いクラリッサは駄目な娘だね、皆を困らせてはいけないと言ったはずだよ」

「ユリウス殿下……!」


 入り口の外でクラリッサに負けない美貌の青年、王太子殿下が笑顔で冷気を放っていた。



「クレヴィング伯爵、クラリッサとの婚約届けが待ちきれなくてな、無礼を承知で直接取りに来た。ついでにイサークとキャロル嬢の婚約届けも受け取ろう」

「殿下、()()()()2つの婚約届けが出来上がったところです」

「そんなっ!」


 お父様とユリウス殿下が最初から示し合わせていたかのように話を進め、執事の手によって殿下に2つの婚約届けが渡された。


「やぁイサーク、キャロル嬢は私の大切な義妹だ。大切にしてくれよ」

「もちろんだ、ユリウス。君も俺の義姉を頼んだよ」

「あぁ、分かっている。クラリッサ、私たちもはれて婚約者同士だ。義弟妹に負けないくらい愛を語ろうではないか」


 そう言って王太子殿下はクラリッサを軽々と抱き上げ、王城へと連れ去ってしまった。「嫌よぉぉー!キャロルが足りないー!助けてぇぇぇ……」と聞こえたが全員で聞こえないふりをして見送った。


 イサーク様から、ユリウス殿下はクラリッサの重度のシスコンも含めて愛していると聞かされた。次期国王の器の大きさに感服したわ。




 その夜、イサーク様の誘いで夜の街へと出かけた。イサーク様と手を繋いで歩いていると、数ヵ月前のお祭りでドキドキしていた時間を思い出す。


「私、まだ食堂で働きたいわ。急にやめて迷惑をかけたくないもの」

「義父上に相談しよう。俺たちが出会った大切なお店だしね」


 そう話しながら彼に案内されたのは低めの時計塔。イサーク様は顔見知りなのか見張りに軽い挨拶をして煙草を渡すと、すんなり入れてくれた。護衛は下で待ってもらい、二人で上を目指す。

 上に辿り着き見渡すと平民街が一望できた。


「やっぱり祭りの日じゃないと夜は暗いなぁ」

「でも、空が近くなって星が綺麗だわ」


「そうだね……あの日はね、ここで平民だと思っていた君に『身分を捨てるから結婚して欲しい』って言うつもりだったんだ」

「……そうだったんですか」


「だけど、クラリッサさんが現れて本当は貴族だったと知ったとき俺は歓喜した。きっと俺が身分を捨てると知ったら結婚できても、君はずっと罪悪感で苦しむんじゃないかって心配だったから。でも隠し事もしたくなくて……」

「では、お姉様に感謝しなければいけませんね」


 いつも良いタイミングで現れるクラリッサを忌々しく思っていたが、今は少し感謝している。彼女の奪い癖のお陰で、他の男性と結ばれることなく私はイサーク様と出会えたのだから。



「そうだね。あの時、俺の事を『大切な人』と言われ庇われて、あまりの嬉しさで押し倒しそうになったよ。理性を保つために表情を隠すのが大変でさ……早く本当の俺のものにしたくて、その夜そのまま国に帰ったんだ」

「……あの夜そのまま」


 私はあの彼の無表情を最後に会えなくなり、あんなにも不安で、寂しかったのに。貴方だけ勝手に喜んでいただなんて……


「イサーク様あんまりですわ!私は何も知らずにずっと苦しんでいましたのに、連絡くらいくれたって良かったじゃないですか!」

「ごめんね、国王の説得とか、兄弟喧嘩とか大変でさ……。王位継承権の放棄が認められて、この国への婿入りが決まる前に手紙を通じて君の存在がばれて、無駄に危険に晒したくなかったんだ」



 私が平民と思っていた時は、ユリウス殿下に『イサークは行方不明、のちに死亡を確認』とダジリルタ国に伝えてもらうよう頼んでいたみたい。



「それでも出国前に一報欲しかったわ。でも、それなら貴方様自身も危険だったのでは?以前にも暗殺されかけたとも聞きました……本当に無事で良かったわ。……キャンドルに願いを込めて良かった。また会えて良かった……」

「君の祈りのお陰で戻ってこれた。もう君から離れないよ。来年の祭りにはまた一緒にここに来よう。キャロル……愛している」

「イサーク様、私もです」


 私たちは会えなかった時の寂しさを埋めるように抱き締め合い、愛を確かめるように唇を重ねた。



 ※


「おかあさま、きゃんどるに何でキスしてるの?」

「これはね、お願い事をしているのよ。ユフィが幸せになれますようにって」

「キャロルが、ユフィのお母様がこうやって特別にキャンドルに願いを込めてくれたから、お父様は今幸せなんだよ」

「わぁ!すごーい。わたしもキス(おねがいごと)するー」


  私たちの娘ユーフェミアがお気に入りのキャンドルに願いを込める。今年もお祭りの日がやってきたけれど、ユーフェミアがいるので屋敷の庭にキャンドルを並べて、祭りの真似事をするのがここ数年の恒例となっている。


 使用人もこの時間は仕事の手を休め、好きなキャンドルに灯りを点けて幻想的な光を楽しんでいた。



「キャロル、ユフィも3歳になった。来年は3人で見に行こう」

「……来年も無理かもしれないわ、4人になるんですもの」

「それって……」





「あー!おとうさまが、おかあさまにおねがいごとしてるー!」


 私たちは喜びを分かち合い、いつまでも寄り添った。

 

王城にて

キャロル「お姉様……この部屋は……」

クラリッサ「私のキャロルコレクション専用部屋よ!これはキャロルが初めてくれた花のしおりでしょ。これは3歳の時のキャロルの枕カバーでしょ。それにデビュタントの時の使い終わった香油の瓶でしょ、それとねこれが去年」

キャロル「捨ててください」

クラリッサ「…………!」

キャロル「捨てますね~」

クラリッサ「キャロル許してぇ~!私の元気の源なのぉぉぉ」

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『奪われ令嬢は星にキスを捧げる』
一迅社様よりコミカライズ発売予定


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