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4話

 浩一が優子の作務衣の紐をほどくと、汗の匂いと共に色気のない白いシャツが現れた。

 それを脱ぎ、下着姿となった優子が何かに気づいたように身を(すく)めた。


「やだ、私ったら……こんなことになるなんて思ってなかったら」


 優子が恥ずかしげに唇を歪める。

 見れば、優子の下着は上下が全く違うデザインのちぐはぐなモノであった。


 そんな仕草ですら浩一には好ましく感じ、彼から求め唇を重ねた。


「……ねえ、山中さんってお幾つなんですか?」

「え、37ですけど」


 唐突な質問に戸惑いながら浩一が答えると「もっと若いと思ってました」と優子が含み笑いを見せた。


 その視線の先は浩一の『男』だ。それは力を得て若々しくそそり立っていた。


 実は彼の息子にこれほど力が(みなぎ)るのは久しぶりのことである。

 最近は寝起きにですら(しお)れていたのだ。


「あ、いや……たまたま……」


 浩一は何となく恥ずかしくなり、言い訳を口にすると、優子がぷっと吹き出した。


「あははっ、こんな時にタマタマって! あはっ、おかしいっ」


 どうやら下ネタとしてとられたようだ。

 だが、このくらいが緊張が(ほぐ)れて良いのかもしれない。


 浩一はそのまま、優子と体を重ねていった。


「優子さんはお幾つなんですか?」

「え、こんな時に聞くんですか」


 馬鹿馬鹿しい会話ですら甘い。


 互いが互いを慰めるような、優しい時間が流れた。

 浩一は優子の寂しさを埋めたいと願いつつ、自らの傷が癒されていくのを感じた。


 ……そうか、こんなに寂しかったのか……俺は……


 時に男には、女に付けられた傷を癒すには、女が必要なのだ。



 そのまま、2人は行為に没入していった。




………………




 しゅ、しゅ、と衣擦れの音が店内に響く。


 行為を終え2人は長い間抱き合っていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。


 名残惜しくも体を離し、服を着始めたのだ。

 何となく無言である。


「山中さん、出張なんですよね……お住まいは?」


 不意に、優子が訊ねてきた。


「西尾です、愛知県の」


 浩一が答えると「え? 随分近いんですね」と優子は驚きを見せた。


 それはそうだろう、四日市と西尾は場所にもよるが車で片道1時間半くらいである。

 泊まりがけの出張をする距離ではないのだ。


「ええ、まあ……それも色々ありまして」

「ふふ、色々ですか。随分便利な言葉ですね」


 優子は笑う。

 だが、寂しげな笑いだ。


 そのまま服を整えると、先程までの一時ひとときが嘘のようだ。

 現実感がまるでない。


 初めて入った店、まさかこんな場所で己があのような不埒な真似を仕出かしたとは……酒が見せた夢だと言われた方が納得できそうだ。


 だが、この場に満ちた2人の体臭が、先程の行いが間違えようのない現実だったと伝えていた。


 浩一は自らが飲み食いをした分の会計を済まし、玄関に向かう。


「ご馳走さまでした」


 何の意図もない、飲食店から出るときの無意識の言葉であったが、すぐに浩一は後悔した。

 この状況でご馳走さまとは何とも下品な意味に取られかねない。


 案の定、優子は呆れたように「まあ」と口許を隠した。

 浩一も苦笑し、頭を掻く。


「また、いらしてください」


 優子が、名残惜しげに見送ってくれた。


「ええ、また来ます。すぐにでも」


 浩一は軽く手を振って店を出た。

 そう、ここは彼女の店だ。

 ここに来れば、彼女に会える。

 それは彼にとって、何事にも代えがたい救いに思えた。


 時計を見れば、午前1時に近い。

 シャッターが閉まったアーケード街は、なにやら明るく彩られて見えた。



 また来ますと小さく呟き、浩一は夜の町に歩き出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 湿っぽくも後腐れのないやり取りが古き良き劇画の世界を想起させてくれて短編ながらも濃厚なひとときを堪能できました。 食べ物の描写がまた良いですね。これだけでご飯食べられます! 余談ですが、三…
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