第八十四話 外道(2017.12.5修正)
後日、俺は例のモンスターの件で迷宮事務所に呼び出された。
奥の部屋に通されて30代半ばくらいの女性職員に経緯を説明をした。
「と言うわけです」
「なるほど。実はこの頃何件かこんな件が発生しているんですよ。個体を持ってきてくれたのはあなたが初めてですので感謝しています。あれは検体として今解剖中です」
「いえ、俺としても気になりましたし」
「ところで、あなたが持ってきてくれたこの魔石なんですけどね」
女性職員がそう言って俺が持って帰ってきた魔石を机に置いた。
「これは何かは分っているんですよ」
「分ってるんですか?」
「ええ。昔からあることをやった後に出来るものですから」
「持ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
俺は声に出さずに識別を発動させる。
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穢魂石:別名不許石。許されざる罪の結晶。穢れてしまった魔石。
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穢魂石…か。初めて聞いたな。
「これは穢魂石と言うんですが、普通なら自然には出来ないものなんですよ」
「と言うことは何かしら悪意を持って人為的なことで作られたと?」
「ええ。そう考えて貰って構わないです」
人為的なことで作り出す…何が目的で作り出したんだ。
穢魂石を作り出す事が目的だったのか?
それともあのモンスターを作り出す事が目的だったのか…
蟲毒…人為的な悪意…新たなモンスターを作り出す………ん?
何かが引っかかる。俺は前にそれに似たような事を聞いたような気がする…
モンスター同士の肉体を吸収して出来る物…キメラ………
もしかして…いや、でも何のためにだ…
だが手っ取り早くやるのならやる奴もいるかもしれない…
かなり前に学園の図書室の中でも成績優秀者しか入ることが許されない場所にあった本で調べたが、やり方が似ている。
「もしかしたらあなたはこれがどうやって出来るのかわかっているんじゃないんですか?」
思案していると職員にそう聞かれ、俺は眉間に皺を寄せながら怒りを抑えつつゆっくりと口を開く。
「……なんとなくですけどね…………外道の使い魔製作…」
「…その通り。そしてこれはその失敗作です」
「モキュー…」
公星が怯えている。
座っている俺の膝の上に乗って顔を隠すように丸まりながら震えていた。
かなり昔、俺が公星を使い魔にする前に副院長が話してくれた事があった。
あれは確か動物の死骸を使って作るものだったと記憶している。
正確には魔力を持っている者が動物の死骸を核に生贄を捧げ仮初の命を吹き込むのだ。
副院長は外道の技と言っていたが、あれはそんな生易しいものではなかった。
外道でも外法でもなく禁術だ。世に出ることすら憚られる禁じられた術。
俺が知っていた蟲毒だって本来ならば禁術なのだ。
本当なら閲覧禁止の本にさえ載せてはいけないほどの術を何故俺が知れたのかと言えば、それは昔から蟲毒の存在は一部で有名であり、隠して置けるような物ではなかったから。
だから今から約200年ほど前に禁術の項から外された。
それでも一介の学生が知っていて良いものでは無いのだけれどな。
「あれを使い魔と呼びたくないのでキメラと呼びますが…どちらがキメラだったんですか?」
「負けたほうがキメラですね、あなたが持って帰ってきたモンスターはその外道に使われた使い魔に勝ってしまったの。もしその使い魔が勝っていたのなら術者の思うように動いていたはずですよ。そして勝ってしまい、魔法の儀式に縛られた空間でそのキメラを吸収してしまった…」
「そしてキメラを吸収したことにより魔石が汚染されて穢魂石になったと…」
「ええ。正確に言うのなら穢魂石を吸収したことにより一層穢れた物が生成された事になります」
「つまりこの穢魂石を吸収したら…」
「ああ、人間が触れても問題ないことは実証済みだから心配しなくても良いですよ」
いや、俺はこの指輪してるからもしかしたら吸収する可能性があったのだが…
まぁ、相手はそんな事知らないから言ってもしょうがないが…
「あの…申し訳ないのですが、この件はご内密に。一応試しの迷宮の挑戦者にはそれとなく知らせておきますが、まだ大事にはしたくないので口外禁止でお願いします」
「分ってます。もしこの話が表に出て考えなしの馬鹿が同じような事を起こしたら大事件に発展するかもしれませんから」
持ち帰った検体の報酬と口止め料と共に貰い暗い気持ちで商会事務所へと歩いていく。
「公星、大丈夫か?」
「モキュ~…」
先程から公星は酷く怯えていた。
いつもなら浮遊しながら俺についてくるのに、今は俺のポケットに無理やり入って震えていた。
ポケットの開き口から見える短い足と尻尾が震えているのが分る。
穢魂石…キメラか。
魂の使い魔契約は無理で正規の方法を試そうとしたが、金や時間や魔力がかかり無理だから作ったのかもしれない。
だがどんな理由があれ、あれは試してはいけないものだ。
そして何より、そんな方法で使い魔を作るなんて許されるべきではない。
事務所に付くと他のメンバーが待ち受けていた。
実は迷宮事務所に行く前に一通りメンバーに試しの迷宮であった事を話していたのだ。
本当は口止めされているがこのメンバーになら話しても大丈夫だろう、もしかしたら何かの伝で外道の技をやっている奴の事をつかめるかもしれない。
「何やら深刻な事になっているようだね」
「ああ、想像した以上に不愉快で胸糞悪かった」
明らかに不機嫌そうに席に座る俺にシエルはお茶を出しながらそう口を開いた。
「公星がセボリーのポケットで震えているってことはかなりの事だね。機嫌も悪くなるよね」
「おい、公星。いい加減に出て来い」
「モキュー…」
顔を覗かせた公星の口には何かが付いており、頬袋もパンパンに膨れ上がっている。
「おい!お前震えてたんじゃないのかよ!なんでどさくさに紛れてポケットに入ってた俺のサラミ食ってるの!?」
「……モキュ~モキュキュ…」
「そんな演技がかった鳴き声上げても騙されねーよ!」
「どうやら公星は回復したようだね、うん」
「もう良いや、しゃーないな…」
俺のポケットから出た公星は机の上にあった果物をユーリに皮を剥いてもらい食べ始めた。
こいつ皮があっても関係ないだろうが…
ユーリも甘やかすなよ。
「で、どんな話だったんだ?」
サラミの事は諦めてお茶を飲みつつ背もたれに深くもたれかかり、ルピシーに促されて口を開いた。
「今からする話は口外禁止なんだってさ。これはあくまで俺の推測でしか無いんだが、試しの迷宮で外道を行ってる奴がいる。正確に言うのなら外道の使い魔制作だ…」
ゆっくり1時間ほどかけて迷宮事務所で説明された事を話していく。
勿論俺の推測も混じって入るが、使い魔を作る方法からキメラや穢魂石のことまで事細かに説明した。
「……つまり試しの迷宮の中でそのキメラを作っていて、迷宮事務所は朧気にだけどその事を把握していたと言う事だね」
「ああ、俺が推測するに試しの迷宮、しかも10階層と言う浅めの所でやる奴だ。おそらく本人の実力はかなり低いだろう。何らかの方法でキメラ作成方法を手に入れて、実験しているのではないかと思う」
皆顔が嫌悪に染まっている。
ユーリなど明らかに怒っているのが分る。
「でもそのキメラって仮初の命だから直ぐに使い物にならなくなるんでしょ?」
「そうだな。でもだからこんな迷宮事務所がすぐに把握するくらいの短いスパンで実験出来ているのではないか?」
ゴンドリアの問いに黙って聞いていたヤンが意見を言ってきた。
ヤンもかなり怒り心頭らしい、意見は冷静だが雰囲気は物凄くぴりぴりとしていた。
「シエルは穢魂石のことについて何か知っているか?」
「いや、聞いたことはあるけどそれ以上のことは知らないね。もしかしたらウィル兄さんなら知っているかも」
「あ~ウィルさんかぁ。会って協力を仰ぎたいのは山々なんだけど、あの人試しの迷宮出禁だしなぁ…」
ウィルさんは昔、試しの迷宮でも色々やらかして出入り禁止になっている。
なので話は聞けても解決に至るまでの協力は期待できないであろう。
「副院長に聞けば何か分るかもしれないが…ぶっちゃけ副院長に頼りたくないんだよなぁ」
「でもセボリーさんはその犯人早く捕まえたいんですよね?なら使えるものは使ったほうが良いのでは?いつも振り回されているんですからたまには振り回したらいいんですよ」
「ユーリも中々言うようになったわね」
「ははは」
ユーリのその言葉に笑いがこみ上げてくる。
ユーリも俺達に毒されてきたようだな。
でも確かにいつも振り回されてばっかりだ。
ならいっその事副院長も巻き込むか…
「明日にでも手紙を書いて面会に行って来る」
「終に副院長もセボリーに振り回される時が来たわね」
「オルブライト司教もこれから大変だな」
「背中押したのは私ですけどオルブライト司教には頑張ってくださいとしかいえませんね」
「遠慮はしなくて良いから早く犯人捕まえて来い。俺はその間町で買い食いでもしながら何か変わったことを聞いてくる」
「ウィル兄さんの方は僕に任せて、何か分ったら知らせるよ」
「ぼくも文献で穢魂石の事を調べてみる。もしかしたらお母様が知ってるかもしれないし、うん」
「ああ、頼んだ」
やっぱり持つべきものは友達だな…
「モッキュー!」
「あ!お前!!それ俺が後で食おうと思ってたフルーツ!!こら返せーーー!!」
「公星の前で後での文字は無いよね」
「だな、今すぐ食わなければやられるからな」
その時、アルティア司教座大聖堂内では……
「ぶぇっくしょん!!ふぁっくしょん!!」
「オルブライト司教汚いですよ」
「絶対誰かが私のことを噂しているぞ…」
「そんなわけないでしょう。きっとこの前に酔いつぶれてゴミ捨て場で寝ていたから風邪を引いているんですよ。もういい大人なんですから今後やめてくださいね。回収しに行った私が恥ずかしかったです」
「私は物か…迎えに来たと言え」
「前衛的な芸術を顔中につけていたあなたを他人の振りをしないで介抱しただけ感謝してください」
「ぬぅう………」
ピエトロに冷たい目で見られる副院長がいたのであった。