第八十三話 試しの迷宮の異変(2017.12.4修正)
俺はあの4人に振り回された後、やっと引き篭もり生活に突入する事が出来た。
休みの間にメンバー達も色々とやる事を終えて晴れ晴れとした顔をしている。
ルピシーは相変わらず気楽に食べ歩いて満足したようだし、シエルはまだ研究を終えてはいないが形は見えてきたらしい。
ヤンもカリー店を開店させるために大まかな準備が整い、フェディも久しぶりに両親に会い嬉しかったようで生き生きとしている。
ゴンドリアとユーリもロゼの制服を完成させて無事に渡す事が出来、ロゼも新年度が始まって寮に入ることが出来て早速友達を作る事に成功したようだ。
そんな中、今俺は試しの迷宮にひとり潜っている。
この1年で魔導陣を使わなくても5階層なら楽に潜れるようになった。
6~8階層も危なげなく敵を処理しつつ捜索を出来ている。
そして今俺は9階層にいて10階層に続く階段を下りようとしている。
「公星、いよいよ10階層だな。10階層ごとにボスみたいなのがいるって言ってたけど何が出てくるんだろうな」
「モッキュー!」
「ああ、そうだな。行ってみないと分らないよな」
10階層についてみると明らかに9階層までの雰囲気とは違うと分った。
なんと言うか全体が張り詰めている感じがしたのだ。
クリスタルに触りセーブをすると心を決めて歩き出した。
暫く歩くとモンスターを見つけたが、明らかに俺以外の何かに警戒をしている感じであった。
「警戒はしているが普通のモンスターの強さは9階層とそんなに違わないな。精霊聖典を使うまでも無いがもしもの時のためにスタンバイしておこう」
いつでも精霊聖典を使えるように心の準備を整えておく。
精霊聖典は俺の魔導陣で強化されて今までとは全く違う武器になっていた。
今までは効果を発動するまで手動で操作し口で命令しなければならなかった。
しかし、魔導陣での改良のおかげで精霊聖典に魔力を補充しておけばほぼ自動でその効果を発揮できるようになったのだ。
しかも前までは補助魔法オンリーだったものが攻撃魔法まで使用できるようになっており、色々と出来る事が増えた。
分りやすく言うのなら、今まで俺と公星だけのパーティにもう一人攻撃と補助をしてくれるメンバーが増えたと言う事になる。
これは物凄い戦力強化であった。
しかし、この精霊聖典にも何点か欠点はある。
1つ目は俺が予めプログラムした事しかしないことだ。
これは当たり前であるが精霊聖典はAIのように人工知能はない。
俺が組んだ補助攻撃想定のプログラムに沿って動いているので想定されていない事に弱く機転が利かない。
2つ目は1つ目に似ているが俺がプログラムした魔法しか発動できない事だ。
これは俺が使える魔法しか使えないと言う事である。
魔力と属性とは人それぞれ相性があり、素質が無いものがいくら正しい公式を使っても発動しない事があるのだ。
幸い俺は殆ど全ての属性を使えるらしく、既存の魔法構築式を弄くって属性を置き変えたりしながらプログラムを作成していた。
勿論俺のスキルの中にある魔法のほうが威力は格段に上であるが、無いよりかずっとマシである。
3つ目は俺が充填した魔力が切れたら全く動かない事である。
つまり充電電池が切れたら全く動かなくなる携帯電話と同じで、後先考えずに使うと迷宮を出る頃には動かない。
精霊聖典は俺の魔力で動いており、もし魔力がなくなれば唯の分厚い本と化す。
いくら魔導陣で魔力効率を良くしたと言っても魔法を連発すれば直ぐにとは言わないが魔力が切れてしまう。
4つ目は精霊聖典自体の強度があまりよろしくなく、水や火に弱い事だ。
これは俺の資産では高級な原材料を揃えられなかったということもあるが、汚れなどが付くと魔導陣の公式が乱れてしまい違うものと化してしまう。
前に一度モンスターの血液の一滴がレメゲトンのページの一部についてしまうという事があった。
その時は魔法構築式が血糊によって崩されてしまったらしく、そのページに記載されていたプログラムの一部が使い物にならなくなり、寮に戻ってからそのページを一から作り変えなければならなかった。
だから汚れは絶対に厳禁なのだ。
「モキュー」
迷宮の角を曲がる前に公星が警戒の鳴き声を発した。
俺は腰に下げている精霊聖典に手をやりながら慎重に角を曲がっていく。
「っ!これは…」
曲がった先には様々なモンスターの死骸が散らばっており、その奥にはまだ数匹のモンスター同士が俺のことなど気にも留めずに戦い続けている。
モンスターの表情は分らないがまるで必死で生き残ろうと必死に戦っているように見えた。
俺はこの地獄のような光景を見てとあるものを思い出した。
「蟲毒…これはもしかして蟲毒か?」
「モキュ?」
「蟲毒とは外法の儀式の一種だ。決して逃げられない場所でたくさんの者を戦わせて、最後の一人になるまで出させない。そしてその最後の一人は今まで倒してきた者の力を通常の何倍もの速さで吸収する代わりに心や体も以前とは違う邪悪な者に変わり果ててしまう呪術だ」
俺は背中に寒いものを感じながら公星に説明をした。
これが本当の蟲毒とは違えと祈りながら…
「多分これは自然に出来たものではない…不自然だ…だが人がやるとすればそれ相応の準備が必要だと文献に書いてあった」
そしてふと気付くと俺の数歩前に何か透明の見えない壁のようなものがあるのが分った。
これが蟲毒の境界線だろう、壁の四方には魔石に似ているが明らかに違う石が置いてある。
俺がもしこの中に一歩でも足を踏み入れたのならこの戦いに参加しなくてはいけなくなる。
「公星、絶対にあの壁の向こう側に行くな。あのモンスター達が最後の一匹になるまで待っているんだ」
「…モキュ」
それから何分立っただろう…最後の2匹が威嚇しあいながら相手をにらみ合っている。
1匹は多分爬虫類のようなモンスターだったのであろう、だがもう1匹はもう何がなんだか分らない。
体には今まで倒してきたモンスターの一部や何か分らないものがたくさん付いていた。
その場の空気が研ぎ澄まされており俺は身動きをとることもできない。
その空気に俺が喉を鳴らした瞬間、2匹が動き出し殺し合いを始めた。
凄まじい攻防の果てに爬虫類のようなモンスターが勝利し、負けたモンスターの肉を貪り食っている。
そしてそのモンスターの肉体が勝者の肌から浮き上がってきた。
そしてモンスターは先程から気付いていたが、眼中の外であった俺達に標準を合わせてこちらへと向かってくる。
俺は吐き気を抑えると共に勇気を振り絞り精霊経典に手をかけた。
「精霊聖典解本!!精霊聖典に命ずる!各種支援補助増幅と攻撃魔法で遊撃しろ!!」
「モッキューーーーー!!」
精霊聖典が独りでに浮き上がって光だし、俺と公星に補助魔法をかける。
それに呼応するように公星も浮き上がり攻撃の準備を整えた。
俺はまずは様子見をするために魔導陣を使わずに普通の魔法で打って出る事にした。
精霊聖典にプログラムされている魔法は全て魔導陣の魔法だったからだ。
色んなモンスターを吸収して体が重いのか移動速度はそこまで速くはない。
しかし、その体に纏う威圧感は9階層にいたモンスターとは一線を画していた。
「アースジャベリン!」
迷宮の地面から土が浮き上がり鋭い先端を持つ槍が出来上がった。
それをモンスターへと打ち込んだ。
「プギュィィィィイイイイイイ!!!」
耳触りな叫び声が迷宮内に響く、聞いているこちらも耳が痛くなってくる。
「モッキュー!!」
『氷の剣』
続いて公星と精霊聖典がほぼ同時に魔法を放った。
公星は風の魔法で突風をふかす魔法で、精霊聖典は文字通り氷の剣を放つ魔法である。
精霊聖典の氷の剣が公星の突風により勢いをつけてモンスターへと着弾する。
氷の剣は突風の勢いに乗りモンスターの体を貫いた瞬間、その形を一部変化させ針玉のように氷を突起させた。
「食らえ!豪腕!加速増幅!!」
俺は体を貫く氷が邪魔して思うように身動きが取れないであろうモンスターに少し近づき、持っていた短剣に補助魔法をかけてモンスターの眉間へ目掛けて放り投げた。
短剣はモンスターの眉間の間に埋まるように入り込み脳髄を破壊した。
モンスターは一瞬のうめき声を上げながら身体を痙攣させたあと、ゆっくりとその場に倒れていった。
暫く様子を見るかのように沈黙が流れた後、俺は恐る恐るモンスターへと近づいていく。
足でモンスターを突いてみたが反応はなく、どうやら絶命したらしい。
モンスターの死を確認して俺は安心するように浮いていた精霊聖典を腰にある専用のベルトに戻した。
それを見て公星も近づいてくる。
俺は蟲毒の結界を成していただろう石を恐る恐る手に取ると、石は俺の手の中で砂のように崩れ落ちてしまった。
「一体なんなんだこれは…公星。こいつの肉と魔石は食うな。何があるか分らんからな」
「モキュー」
了承の鳴き声を上げる公星の声を聞いて俺は解体用のナイフを無限収納鞄の中から取り出した。
何せ体がでかいモンスターだったので魔石を見つけるのに30分以上も掛かってしまった。
その魔石は通常の魔石とは全く違う色をしておりとても不気味であった。
モンスターの死骸をそのままにするかどうか迷った挙句、俺は嫌々ながら迷宮事務所に見せるために無限収納鞄の中に仕舞う。
そしてこれ以上迷宮にいる気にもなれなかったので迷宮から出る事を選択した。
その後迷宮事務所に例のモンスターの死骸と魔石を提出すると後日話を聞かせてくれと言われた後、報酬を受け取った俺は迷宮事務所を後にした。