第八十話 制服四(2017.10.3修正)
商会に到着しエルストライエ侯爵たちをウェルカムスペースに案内してから、俺は直ぐにゴンドリアとユーリを呼びに行った。
時期遅れの依頼と聞いて明らかにテンションが低いゴンドリアに、着る子は可愛いぞと言うとテンションがアゲアゲになり部屋から飛び出すように出て行った。
「絶対名札必要だろ…男ですって名札マジで用意しておこうかな…」
「絶対つけないと思いますから労力の無駄だと思いますよ」
「そうだな…ユーリも女ですって名札つけておくか?」
「この学園都市で生活していたらもうどうでも良くなりました。これが私の個性ですからこのままで良いですよ」
ユーリは自分の葛藤を吹っ切ったようで、とても良い笑顔で笑いながらそう言った。
「あれ?そういえば今日化粧してるんだ?」
「あ、気付きました?」
「いつもしないのにどうしたんだ?」
ユーリの顔を見ていたらいつもとは違い化粧をしている。
オレンジ系のアイシャドウにサーモンピンクのルージュを塗っている。
ユーリは基本化粧はしない、髪の毛はゴンドリアと同じ色に染め上げているが化粧はノータッチだったのにいきなりどうしたんだと思い聞いてみる。
「はい、実は私って結構肌が弱いんですよ。日光とかなら大丈夫なんですが、薬品やその辺りで売っている化粧品をつけるとすぐに肌荒れするんです。でも今している化粧品ってフェディさんが開発した化粧品なんですよ。前にセボリーさん達が迷宮で採って来た茨を加工して作ったらしいんです。美肌効果があるって分って直ぐに研究を始めて、まだ試作段階だけど敏感肌用だから試してみてくれって言われてつけているんです。モニターが終わったらシエルさん達に報告するって言ってましたから、そのうちセボリーさんにも報告が行くと思いますよ」
どうやらフェディはあの茨を使って新しい物を研究しているらしい。
そういえばもうゴンドリアと共同で出した特許が認可されて、特許料が入ってきたから研究費が増えたとか言っていたっけ。
「へぇ。でもユーリその化粧似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
ユーリの褐色の肌に華やかな色が乗ってとても似合っていた。
「さて、じゃあお仕事でもしましょうか」
「そうですね」
ユーリを連れてウェルカムスペースに行くと、すでにゴンドリアが採寸の準備をしていた。
仕事速いな…
「特別製だから成長と共に体にフィットしていくけど最初の採寸が肝心なの!魔法構築式も織り込むからそれも計算して縫っていかなきゃならないから!」
「おい、ゴンドリア。ちゃんと自己紹介はしたのか?」
「したわよ、一応」
一応かよ!ロザリア嬢が明らかに引いてるぞ!!
こいつ普段は礼儀正しいのにテンションが上がると一直線だからな、釘はさしておこう…
「大口客なんだから失礼の無いようにしろよ、簡潔に言うと依頼主がシエルのお父様で制服を着る子がフェディの立場だ」
「あら、そうだったの。失礼しました。では改めて、パブリックスター商会服飾部門責任者のゴンドリア・サンティアスと申します」
あ!こいつ本名名乗ってねーし!
まぁ良いか。逆に本名だと通じない事もあるしな…
俺も人の名前って愛称だけしか覚えてなかったから、本名言われても誰が誰だか全然わからなかったもん。
ひとつ下の弟のガルディだって2~3年前に本名言われても分らなかったし…
ガルドアディンって誰だよと思ったら、ルピシーがガルディの事だって教えてくれてやっと分ったくらいだしな…
その時ルピシーに呆れた顔をされて少し傷ついたけどね。
「デザイナーのユーリ・アンヘラと申します。宜しくお願いします」
「始めまして。ローレンシア・オフィーリア・ユージェニー・アリステッラ・フォン・ラ・ゴルドニアス・エルストライエよ。こちらは夫のベネディクト・ザクセン・ド・サンティアス・エルストライエ」
「ロ、ロザリア・エルローズ・サンティアス・レンネルフォッシュです!」
シエルの実家で慣れたのか、24家当主を前にしても2人は全く緊張した感じは無い。
しかし、どうやらロザリア嬢は緊張しているらしい。
それはそうだろう。
いきなりフリルの付いたドレスで現れマシンガンのようなテンションで喋られた後に、女装で化粧をしたゴリマッチョな奴が出てきたら誰だってそうなる。
むしろ逃げ出さなかっただけでも拍手を送ろう。
俺だったら即効で緊急脱出してるわ。
「むう…先程から自己紹介が雑だわい…」
「まだお前は良いだろう。私なんて紹介もされていないぞ」
「お前は知り合いだからだろうが」
省かれた男2人が文句を垂れている。
女性の服の相談で男がいると大体こんな感じで省かれるんだよね。
今までの依頼者でもこんな感じを何回か見てきましたよ。
不満そうに話をしている2人を尻目にエルストライエ侯爵がトドメをさしにかかる。
「こっちとあっちは今回の制服の件にはノータッチだから無視してて良いわ。2人が話しに加わると競い合って収拾が付かなくなるからね。もし要望を言っても適当に流してくれれば良いから」
「「かしこまりました」」
「「…………………」」
「では詳しい話はこちらでいたしますので、こちらへどうぞ」
ゴンドリアがユーリを伴って打ち合わせ室に2人を案内した。
トドメをさされた男2人は拗ねる様に椅子に座って文句を垂らしている。
いや、エルストライエ侯爵すげーわ。
完全に2人を一刀両断してるし。
見ている分だと多分、昔から色々あって取り扱いに慣れてるんだろうな…
「ローレンシアが冷たい…少しは構ってくれても良いではないか…」
「まぁ、なんだ。頑張れ。それはそうと出歩くのは久しぶりだ…今の地位になってから外出なんて殆ど出来なかったからな…」
お茶を入れるために一旦下がり依頼者達にお茶を出した後、おっさん達にもお茶を出しに行く。
そこではおっさん達の愚痴りあいが始まっていた。
うわぁ加齢臭漂う男子会って、っと思ったが2人とも貴族なので香玉の効果なのか良い香りしか漂ってこない。
「……ワシだって孫娘と一緒に話したいのに」
「諦めろ。女の世界に男が足を突っ込むとえらい事になるぞ」
「会えたのが約12年ぶりなんだぞ…」
「それでもだ。あまり張り切りすぎるとローレンシアがブチ切れるぞ。ぬぉ…昔の事を思い出したら寒気がしてきた…」
副院長がしみじみとそう呟いた。
本当に昔色々あったんだろうな…
帝佐さんが言うには副院長って昔かなりやんちゃだったらしいし。
「まぁ、とりあえずここでお茶でも飲んで大人しくしていてください。先程も言った通り喧嘩したり、余りにも大声で騒いだら出て行って貰いますからね」
「お前どんどんと私に対する態度が悪くなってないか?」
「今まで自分がやってきた事をよ~く思い返して見てください。まだあの件に関して俺は許してませんからね」
「むぅ……」
副院長はバツの悪そうな顔をしながらお茶をすすると口を開く。
「あの件に関しては大司教や帝佐閣下をはじめ聖下からもお叱りを受けたんだぞ…いい加減水に流せ」
「お断りいたします。良い歳したおっさんが涙目になっても可愛くもなんとも無いわ。っていうか聖下からも叱られたってザマァ」
ぶっちゃけ叱られて当然だろう、態々アルグムンの秘宝まで持ち出して強制的にやったんだからな。
まぁ。俺だからやったと言えないでもないが、それでもむかつく物はむかつく。
「セディも偉くなったものだな。聖下にお会いするなんてな…ワシは一度たりともお会いした事はない」
「24家当主の配偶者でもお会いできないんですか?」
「うむ。あのお方にお会い出来る者は本当に限られているからの」
「出来ればこんな地位にはなりたくなかった…前の職場と役職に戻りたい…」
「いくら自分が強制的に今の地位にさせられたと言っても、他の人を巻き込まないでくださいね」
副院長は今の地位が本当に嫌ならしく、珍しく弱気になってぼやいている。
自業自得の部分が強いから俺は励まさないけどな。
暫くすると打ち合わせ室から黄色い声が聞こえてくる。
どうやら4人は打ち解けたらしい。
まぁ、女子だから可愛い物や綺麗なアクセサリーについて盛り上がっているのだろう。
4人中2人が女子じゃないけどな…
結局、朝から始まった制服の打ち合わせは夕方まで掛かる事となる。
ロザリア嬢も自分が着る制服なので妥協したくなかったらしい。
夏服冬服のデザインを決める過程でロザリア嬢も意見を出したらしく、ユーリとゴンドリアの創作意欲も共に上がり素晴らしいものが出来るであろう。
エルストライエ侯爵も自分もついでにと普段着とドレスを何着か依頼したらしい。
ついでに例の男2人は他人様の商会のウェルカムスペースで勝手に酒盛りを始めて、良い気分になって騒ぎ始めたので俺に追い出されたのであった。