第七十七話 いざ、中等部2年次へ(2017.9.24修正)
「良かった……進級できた…」
学園の校舎と外を隔てる門の外の直ぐ側。
ルピシーが進級試験に受かり、毎年の恒例行事と化した喜びの涙を見せている。
「あんた本当にいい加減にしなさいよ!!!」
「マジで毎年毎年何なんだよ!!お前絶対狙ってやってんだろ!!何でこんな低空飛行で進級できる訳?ねぇ!?教えて!?マジで!!お前の謎進級の仕方がそろそろサンティアスなんでも同好会で出版されてても俺はもう不思議とは思わないわ!!」
「ワザとじゃねーよ!!そんな器用なこと俺が出来るわけ無いだろ!!」
「「威張んじゃねーよ!!!」」
こいつは初等部の時から全く変わってない、本当に計算してやってると思われても不思議ではないのだが、こいつの頭でそれが出来るとは到底思えない。
学園の教師ですら「あー、ルピセウス君ね。でもあの子いつも寝てるから教え甲斐が無いんだよね」とか「あの子はどうせまたギリギリで進級するんだろうから他の落第になりそうな子を面倒見るよ」とか言われているのをこいつは知っているのだろうか?
まぁ、どうせ知っても「ふ~ん」で済むんだろうけどな。
あの低空飛行の成績を知っているのに、絶対に進級するとほぼ断言している教師の言葉に少しの胡散臭さと懐疑感を持たせられるし、生徒を指導していく立場の教師としてその見捨てましたと言わんばかりの言葉はどうなのかと思うが、教師達の気持ちが痛いほど分る俺にはそれを攻める事はできず、「ですよね~」としか言葉が出てこないことが逆に清清しい。
逆に清清しすぎて一周回って諸悪の根源ともいえるルピシーにイラついて来るほどだ。
「俺達はもう諦めたけど、一生懸命教えてくれたユーリには感謝しろよな!!見ろよ!あのユーリの燃え尽きた感!!お前母国語がアルゲア語じゃないユーリが危なげも無く試験パスしてるのに、何で生まれてからこの国で母国語として育ってるお前がこんな低空飛行で受かってるんだよ!そのうち水面着陸しました~、とか言われても納得する点数だわ!!」
「それが俺の限界値だからだ!!!」
「勝手に自分の限界値を決めてるんじゃねーよ!!!だがそろそろSyu-zoだって匙を投げるぞ!!」
「誰だよSyu-zoって!!!」
俺とゴンドリアは懇切丁寧に馬鹿にツッコミを入れているが、他のメンバーは呆れを通り越してこれから入る新年度までの長期休暇をどう過ごそうかと相談していた。
ぶっちゃけ俺もあっちに混ざりたいわ!!
ついでにユーリは先程も言ったように燃え尽きた様子で立ち尽くしている。
「…これはあれですね………ここまで無駄と言う言葉が身に沁みた事はありませんよ…あれだけ頑張って教えたのに落第まで後1点って…」
ユーリが空のほうを向きながら何かを諦めた声でそう呟いた。
「ユーリの教え方を見て改めて思い知ったわ…ルピシーには優しく手取り足取り教えるのも厳しくスパルタで教えるのも変わらないって事が…」
「ゴンドリア…俺達は既にわかっていたはずなんだ…でもそれを認めたくなかっただけなんだよ…」
「そうね……セボリーこれからはもう馬鹿の勉強面については放置しましょう………ユーリも分ったわね…」
「…はい。皆さんに忠告してもらった事が今になってよく分りました…私も今度からは見捨てます」
ユーリも漸く分ったか…俺達が「教えても無駄無駄。放っておけ、お前がダメージを負うだけだぞ」と忠告してもユーリは優しいから「でもきっとルピシーさんも頑張れば結果が伴ってきます!小テストや中間期末はルピシーさんも本気を出し切ってなかっただけですよ」とルピシーに懇切丁寧に優しく教えていた姿が今でも涙を誘うわ。
「見捨てないでくれ~~~~~~!!!」
「「「「「「うっせーよ」」」」」」
久々に皆の声がハモった瞬間だった。
「うう……ヒデェ…俺は皆から見捨てられ」
「で、何処行こうか?」
馬鹿が先程とは違う涙を流しながら何かを言っていると、シエルが遮るように口を開いた。
「え!?皆もう出かける気満々?俺は引き篭り天国と言う地獄を実践しようかと思ってたんだけど…」
「あんたいつも迷宮に篭ったり部屋に篭ったりトイレに篭ったりしてるでしょうが」
「トイレに篭るのは出る物が出ないからだわ!って何言わせとんじゃ!!!」
「あんたが勝手に言ったんでしょうが」
ここでヤンが俺のトイレ事情を遮るように発言をしてくる。
「悪いが私はパスだ。カリー屋を出店するために色々と不動産店を回ってたんだが、やっと良い物件が出てきたんでな。内装も決めなくてはいけないし、暫くはそちらに集中したい。ヴァンもやる気になっているようだしな。」
「もうそこまで計画進んでたんだ。じゃあ開店したらお祝い持って食べに行くね、うん」
「ヤンのカリーは美味しいもんね。僕も行くよ」
「これから暑くなるから辛い物が食いたくなるんだよなぁ。俺も行かせて貰うわ」
「そうね。匂いと色が付いても良いような服を着ていくわ。そうだわ!店員さんの制服は決まってるの!?決まってなかったら是非ともメゾンドリアードへ」
「デザインなら任せてください!ご要望があれば言って下さいね」
「モキュキュー!」
「わかったわかった!お前もカリー食いたいんだろ!連れて行きますよ!」
「うう……ううう………」
皆楽しく談笑している中、馬鹿だけは俺達の方を泣きながらチラチラ見ている。
こいつの泣きの涙は本物だが、どうしてこうもイラっとするんだろう…
「あ。そう言えばぼくも駄目だった、うん。お父様とお母様がこっちに来るんだって、うん」
「ああ…噂の伝説の引き篭もりと仕事の出来るヒモって言われてるご両親な…」
「前者は知らないけどお父様は知り合いからそう呼ばれてる、うん」
「調べたらフェディのお母さんの事について真偽定かではない物も含めてかなり溢れてたぞ。学園の大図書館から出たくないから態々栄養を体に直接注入する魔法を開発したとか」
「あ。それ嘘、うん」
「学園の大図書館から出たくないから男の後輩を何人も侍らせて召使のように使っていたとか」
「それは概ね正解、うん」
正解なのかよ!!!
「実際には男女の上級生同級生下級生が心配だからって身の回りの事を支えてたらしい、うん」
「………何そのお姫様…ってお姫様か…」
真実はもっと酷…いや凄かったわ。
確かに聞いてる分にはフェディのお母さん一人だと絶対に干物になってる気がする。
「その中の一人がお父様だし、うん。アンナ様が言うにはお母様に一目惚れしたお父様を焚き付けて、他の生徒が部屋に入らないように細工してたって言ってたよ、うん」
「………エルドラド大公夫人」
あの人何やってんだよ!
あの優しそうな顔の裏側は真っ黒じゃねーか!!
乙女ゲーの主人公を助ける親友キャラですか!?あなたは!!
流石は元エルトウェリオン公爵夫人だ……清濁どっちも兼ね備えてやがる。
「じゃあ、もういっその事皆バラバラに過ごす?」
お。シエルがまとめの言葉をぶっこんできたな。
多分自分もあまり行きたい所が無いか、自分の研究で何かをやりたいんだろう。
そういえばこの頃俺に魔導陣を作らせて自分の武器製作をしてたからな。
最初に文字を武器の材料に刻み込むのはシエルだったが、魔導陣を発動させられるのが俺だけしかいないと分ったら俺が文字を刻み込んでいく破目になったから良く覚えている。
あの時のアルカンシエルさんの顔は目が充血しててとても逆らえる雰囲気ではなかった…
長いものには巻かれるって大切だよね。
「そうだね、うん」
「ああ、そうしよう。そのほうが皆有意義に時間を使える」
「そうね。あたしもやりたいことがあるし」
「私もです」
「俺もそうだな、とにかく引き篭もるわ」
「うん、じゃあ決まりだね」
「俺は遊びまわるぞ!!!」
「「「「「「聞いてねーよ」」」」」」
何故か最後の最後に馬鹿が混じってきた。
こいつはあの後出た本が何故かベストセラーになってしまって懐が潤ってるからな。
あの本の何が良かったのかわからん。多分9割9分9厘9毛はロベルトのおかげだな。
人生って何があるか分らないよね。
そしてルピシーは激しく反省しろ!!!
こうして俺達の中等部2年次の幕が開けたのであった。