第七十二話 アルティア司教座大聖堂にて
突然指輪が光ってから3日後、シエルが皆でサンティアス学園都市内の大聖堂に行かないかと誘ってきた。
「新しい司教様が着任したらしいんだ。前の司教様は随分なご高齢で、残された余生を静かな場所で過ごしたいと故郷にお帰りになったらしいよ」
「なぁ、学園都市の中に大聖堂なんてあったっけ?祈りの場はあるのは知ってるけど…」
「セボリー…お前もしかして6年以上も学園都市で過ごしてきて1回も礼拝に訪れてないって事無いよな?俺でさえ何回かは言ってるぞ。あそこは無料で炊き出しもやってるからな」
「お前の第一目的はそっちだろうが!!え?てかマジであるの?」
「何?あんた本当に知らなかったわけ?ほら、あそこに見える大きな塔があるでしょ、あそこよ」
「…………え?あれって公衆浴場か何かの煙突じゃなかったの?」
「「「「「「………………………」」」」」」
ゴンドリアが指を指した方向を見ると、そこはどでかい塔が建っていた。
俺はあれをちょっと歪な銭湯かゴミ焼却処理の煙突かと思ってたんだけど…
でも良く見てみると塔に小さい穴や彫刻や装飾が施されているのが見えるな。
なんで今まで気付かなかったんだろう…
「……あんなでかい煙突がある訳ないでしょうが」
「……セボリーだから仕方ないよ、うん」
「そうだな…」
「ええ、そうね」
「何この負けた感じ」
マジで大聖堂があるんかい!全く気が付かなかったんですけど!!
でも普通に考えればこんなに大きな都市だからあるよな。
いくら宗教関係に興味が無いとはいえ、曲がりにも聖育院自体が宗教関係の施設なのに何で気にも留めなかったんだろう…
って言うかあるならもっと早く教えろや!
「それでその新しい司教様が着任したら何かあるのか?お披露目会とか?」
「そんなの無いよ。実はこの学園都市の大聖堂、正式名称はアルティア司教座大聖堂って言うんだけどね。アルゲア教領のアルグムン主教座大聖堂は別格として24家の領地にある司教座大聖堂、シルヴィエンノープルにあるシルヴィア司教座大聖堂を抜いたら一番権威のある大聖堂なんだよ」
「つまり実質的に27番目に凄い大聖堂ってこと?」
「いや、これはちょっと複雑なんだけど、アルティア司教座大聖堂自体は24家の司教座大聖堂と同格なんだけど、アルティア司教座大聖堂に着任する司教様はアルゲア教団の大司教様を抜かしたトップ5のひとりって慣例で決まってるんだ。つまり必ず重鎮が着任するんだよ」
「ふーん、なんだか分からないけど凄い聖堂だってことは分かった」
「……うん。まぁ、セボリーだからいいや。それでどんな司教様が着任したのか気にならない?僕はすごい気になるんだよね」
「そうなのか。俺はあんまり気にならないが、でも初めてシエルが聖科に入ってることを感じさせられたわ」
「私も行って見たいです!実は前から気にはなっていたんですが、外国人の私には少し入りづらくて…」
ユーリも行きたいと言ってきた。
どうやらユーリもまだ行ったことがないらしい。
「大聖堂と言えば芸術の粋を凝らせた建築物に決まってます!彫刻や装飾が素晴らしい事でしょうね!」
「そんなでも無いと思うぞ。アルゲア教は清貧をモットーにしてるらしいからな、知り合いの司祭、いや今は司教かな?が言ってたけどアルグムン大聖堂もそんな豪華な作りじゃないらしいし」
「いや、十分豪華だよ。ただ煌びやかじゃないだけ」
行った事があるのかシエルがそう返した。
そういえばエルトウェリオン公爵もエルドラド大公も皆『ラ』の称号持ちだからアルゲア教と関わりが深いに決まってるよな。
それに24家の出なんだから国の重要な所には行っているのは当たり前か。
「へぇ、シエルは行った事あるんだな。俺は一回も行ったことないぞ」
「あたしもないわ」
「存在自体初めて知ったぜ!」
ここでツッコんだら負けだと思ったのか、皆ルピシーの事は無視をして話を進めた。
「行ったと言っても学園に入学する前だけどね。あそこは煌びやかではないけど荘厳だよ。いぶし銀って感じかな?」
「ふーん。それで学園都市の大聖堂に行くのは良いけど俺たち予約無しで入れるのか?なんか入場料とか取られそうなんだけど」
「お金なんて取られないよ。大聖堂の奥に行く事は出来ないけど、礼拝の間に行くくらいだったら誰だって出入りすることは出来るよ」
「じゃー行くか、金も掛からないし」
「あたし達サンティアスの養い子だから物を大事にする事は教えられてきたけど、セボリーはただの貧乏性よね」
「金には常にもったいない精神が付随するんだよ!」
実はこの頃迷宮に潜るのも控えているし研究などで金が出て行くことが多いので、財布の紐が硬くなっている事は事実だ。
俺は貯める金と使って良い金を月ごとに決めておく癖があるので、使って良い金の上限を超えると一気に貧乏性になってしまう癖がある。
これは大学時代一人暮らしを始めた時のとある失敗からきていることなのだが、それを話すと長くなるし恥を曝け出しているのと同じなので言わないでおく。
いつか話すかもしれないがな。
その後商会を出て話しながら歩いて俺達は今アルティア司教座大聖堂の前にいる。
遠くから見てもでかく感じたが、近くで見るとよりでかい。
しかも荘厳すぎて入るのに二の足を踏みそうになるんだけど…
よく見てみると遠くで見ると1本だと思っていた塔が、実は5本の塔が集まって築かれた物だと気が付いた。
どういった原理なのか分らないが、5本の塔が見事に調和している。
なんで俺こんな立派な建物を煙突と思っていたんだろう…
「す、凄いです!こんなデザインの聖堂は見た事ありません!なんで今まで来なかったんでしょう!」
「なぁ、ここマジでパンピーでも入れるのか…?」
「ぱんぴー?
「一般市民って意味」
「うん、入れるよ、うん。ぼくも何回か礼拝に訪れたことあるし、うん」
「なぁ。塔ごとに建築様式がバラバラなように見えるが…気のせいか?」
ユーリが塔の彫刻やモチーフを食い入るように見つめ、スケッチブックに塔を描き始めている。
ヤンもマジマジと塔を見て質問をしてきた。
「すごいねヤン、当たっているよ。塔ごとに作られた年代が違うんだ。一番古い塔は聖帝国が建国して学園都市が作られた当初の時代に建てられた物で、一番新しいのだと約2千年前だよ」
「詳しいわねシエルは」
「実は聖科の授業で教わったんだよ。この大聖堂って特別な建築物のひとつだから必ずテストに出てくるらしいんだ」
「成る程ねぇ」
「確かに特別って感じがするな。俺の知ってる聖堂って中身は豪華なのが多いけど、箱物は質素と言うかどこにでもあるそうな建物だし。っていうかユーリの食いつきがすごいんだけど…」
俺達が話している最中にもユーリは手に持ったスケッチブックで高速写生をしまくっている。
ニヤつきながら描いているので、見ているこちら側としてはとても怪しい。
っていうか怖いわ!
「ユーリ。いつでも描けるし逃げるものでもないんだから早く中に入りましょ」
「………はい。分りました」
ユーリはそう言って名残惜しそうにスケッチブックを閉じた。
中に入るとステンドグラスや彫刻が所狭しと施された空間の中で、たくさんの人が祈りを捧げている。
そして物凄い数の精霊達もこの聖堂の中に集まっているのが分った。
「モキュ~」
「公星、遠くへ行くなよ。それと大丈夫だとは思うが、備品や調度品を食ったり壊したりするんじゃないぞ」
「モキュキュ!」
公星も嬉しそうに鳴き声を上げて、まるで精霊たちに挨拶でもするように聖堂を飛び回っている。
「ここ精霊の数が凄いな。肌がびりびりするし、時折精霊の声も聞こえてくる…」
「そうだね、流石に声は聞こえないけど雰囲気は感じるよ」
「凄いな。聖堂は聖域とも言うがまさにそれだ」
「言っておくけどアルグムン主教座大聖堂はこれよりもっと凄いよ」
「マジかよ…」
皆何かに魅せられるように辺りを見回している。
その時、横から聞いた事のある声が誰か聞こえてきた。
「そうですね。ここはアルゲア教の聖堂の中でも本当に特別な場所のひとつですからね」
振り向くとそこには知っている顔があり、俺は驚きで大声を上げた。
「っ!!?え!!?なんで!?どうしてあなたがここに!?」
「セボリーはこの前会いましたけど、ゴンドリアとルピシーはお久しぶりです。大きくなりましたね」
そこに立っていたのはピエトロ先生であった。