第六十八話 丘の上にて二
なんでもウィルさんの知り合いがこの近くに住んでいて、挨拶した帰りに俺の魔力に気付いてこの場所まで来たらしい。
「へ~。その知り合いはどんな変人ですか?」
「唯の元教師だぞ」
「へ~。で、本当はどんな変態なんですか?」
「俺の知り合いが皆変人変態だと思うなよ!」
「でもウィルさんの口から出る知り合いって皆…」
「俺の浅くて広い交友関係を舐めるんじゃねー!中にはまともな奴だっているにはいるわ!!」
「でもまともな人は少ないんですね、わかります」
「シエルがなんで暫く会わないうちに腹黒になったのかわかったわ!お前に毒されたんだな……」
「いいえ、シエルは元々腹黒です。俺のほうが純真な心を汚されました」
ウィルさんの知り合いと言うだけで、まともな人間じゃないと思ってしまう俺はかなり毒されているようだ。
まぁ、俺の周りにも変人や変態ばっかりなんだけどな……人のことは言えないがここはあえてスルーしておこう。
「そういえば空元気って言ってましたけど。どうしたんですか?ッハ!!まさか……」
「そうだ。察しが良いな」
「そうですか。まさか例のオラオラ系ドM犬の飲食店オーナーマゾワンさんに迫られたとは……」
「違げー!!それにマゾワンはノーマルだぞ!」
「は?どの口がそれを言うって感じなんですが」
「あー、言い直すわ。あいつは恋愛嗜好はノーマルだ………何だよ、その疑わしい目は」
「いや、だって……」
「格好や口調だって至って普通だろうが。それにあいつ結婚してるぞ。勿論異性婚のほうな」
「な、なんだと…」
何回か会ったことはあるが、確かにマゾワンさんはいつも服装や口調はまともだった。
ただその言動が余りにもインパクト強すぎて服装や口調なんて気にも留めて無かったわ。
それに結婚してるんかい!!
「どんな女王様と結婚したんだ……!」
「なんだよその女王様って。あいつの結婚相手は俺と同じく同級生だよ。学生時代からの付き合いで夫婦になったんだ」
「ああ、ウィルさんと一緒に強制退学になった人ですか?」
「退学になってねーよ!!ちゃんと卒業したわ!!」
「ちゃんと見なきゃ現実を」
「だから卒業したって言ってるだろうが!!」
「と、冗談はここまでにして。なんで落ち込んでるんですか?」
「突然飽きてほっぽり出すな!!」
ウィルさんを弄るのは楽しいんだが、話が進まないから一回やめにしておきましょうかね。
落ち込んでる理由はおおよそ見当がついている。きっとアライアス公爵家の跡取り問題だろう。
「終に次代アライアス公爵決定ですか?」
「…いや、まだ決まってない。ただそろそろ親父も歳だしな、早く楽隠居気分の大公になりたいんだとよ。だからいい加減身を覚悟を決めろって言ってきたんだよ。それにな、そろそろゼノゾディア侯爵家が代替わりするらしいんだわ。他の家の当主もその準備があるからついでに俺もって親父がな……」
「多分楽隠居は建前ですよ。きっと末っ子がいい歳していつまでもブラブラしてるからせっ突いてるんじゃないんですか?ウィルさんの歳から言って上の兄姉が独身とは思えませんし、とっくに身を固めてる2人は放っていても心配要らないけど、宙ぶらりんな末っ子に早く身を固めさせるためにやってるんだと思いますよ。腐っても24家の子息なんだから、今でも釣り書きが山ほど届いてるんでしょ?それで新しい当主に認められたら儲け物とでも思っているんじゃないでしょうか。まぁ最終的に決めるのは聖下ですけど」
「……お前本当に12歳か?確かに釣り書きは来るけどな…全部捨ててくれって言ってる」
どうやら当たっていたらしい。
前エルドラドに行った時に12歳のシエルにも大量の釣り書きが山のように来ていたみたいだし。
ジョエル君やノエルちゃんにもいっぱい来ているらしいが、エルトウェリオン公爵が全て破り捨てているとシエルが言っていた。
そんな訳でいくら顔が良くて頭も良いが中身がアレなウィルさんでも、公爵家の嫁になりたいと思う人は星の数ほどいるだろう。
「まぁ、お見合いのジェットストリーム頑張ってください」
「完全に他人事だな!っていうかじぇっとすとりーむってなんだ?」
「気にしない気にしない。それより煙草の煙が煙たいんですけど」
「煙草の煙も便利なんだぞ。こうやってちょっと魔力で操作してやると……こうなるわけだ」
ウィルさんは吐き出した紫煙で魔法構築式を描き、手で煙を払った。
目を見張る俺にウィルさんはドヤ顔だ。
「煙を媒介に使う事によって魔力の消費を抑えることができるんだよ。慣れると目に見える分魔力だけで描くより簡単だしな」
「しかもその煙草の紙は魔封紙で出来ているから煙草を吸うことによって魔力も回復すると言うわけですね」
「そういうことだ。さらに言うのならこの煙草の葉っぱも特別に調合しているものだからな、魔力と体力の回復が見込めるって訳」
「ただのスモーカーじゃなかったんですね」
「迷宮を探索してるとどうしても魔力と体力が心もとなくなって来るんだよ。最初はその時だけ吸ってたんだが今は口元が寂しくてなぁ、今は暇な時も大体吸ってる」
「はい。唯のスモーカーでした」
「うるせー。そういえばセボリーはこんなところで何をしてたんだ?こんな短期間に魔力の操作が上手くなったみたいだが」
「ああ……ん~~…まぁいいか、言っちゃえ。ウィルさん、相談があるんですが」
「なんだ?」
「これどう思いますか?」
そういって俺は魔導陣を描いた紙をウィルさんに見せた。
「なんだこれ?」
「魔法構築式です」
「………………………は?」
紙を受け取って魔導陣を見るウィルさんの目は明らかに困惑しいる。
そりゃそうだ。超難問数式を1+1であらわせますとか言っているようなものだし。
「いや、だから魔法構築式です」
「………………これちゃんと発動するのか?」
「それがするんですよ。ちょっと貸して下さい」
俺は紙を受け取るとクリエイトアクアの魔導陣に魔力を注いだ。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオォ!!!
紙に魔力を注いだ瞬間に光だし、大量の水が丘の上から放出された。
「ね」
「…………………………………」
「おーい」
「…………………………………」
「ウィルさ~ん」
「………いやいやいやいやいやいや!何だこれ!!!ありえない!ありえないぞこれ!!」
「うお!!」
「ちょっと貸せ!」
そういってウィルさんは俺から紙を奪い取るように持って行き、紙に魔力を注いだ。
しかし魔導陣をは光もしなかった。
そうなのだ。
この魔導陣は今のところ俺しか発動できないのだ。
世に出すか出さないかの会議を終えた後、ヤンが魔力を注いでも全くうんともすとも言わなかった。
シエルやフェディが試しても同じことで、また俺が魔力を注ぐと発動した。
再度発動したときは前回ほどではないが、水が大量に部屋へと流れてまた怒られたけどな。理不尽だ。
「俺が作った魔法構築式を夢の中で公星が食い散らかしたんですよ。それで残った式の残飯的なものがこれなんです。最初は絶対に発動しないと思っていたんですが、描き起こして魔力を注いでみたら商会の部屋が洪水状態になりました」
「法則は!法則は何処に行った!!?今までの魔法に携わる奴等の苦労は何処だ!!」
「モキュ」
先程から姿が見えなかった公星が「どんなもんだい!」といった感じで二足で立ち上がり姿を現した。
どうやら丘の草を食んでいたらしい。足元には精霊石も何個か転がっている。
「なんでこれお前しか発動できないんだよ」
「そんなの俺が聞きたいですよ。これ魔力の消費量も普通の魔法構築式よりかずっと抑えられるんですよね。しかも少しの魔力であの威力です」
「理不尽にも程があるぞ!!!これにも何かの法則があるのかもしれないが単純すぎてわけわからんし理不尽すぎる。法則事態もあって無い様なものだし、実際発動されてるとこ見ていないと馬鹿の一言で一蹴される位のレベルだぞ!!」
「ですよねー。俺もそう思いますわ」
「やってらんねー!!……あっ」
「モキュキュ!」
興奮したウィルさんが紙を地面に落としてしまう。
直ぐに拾おうとすると公星が紙へと一直線に走りより。
「「あ!!!」」
食べた。
「おいーー!!!お前夢の中でも魔法構築式食ってたけど現実の世界でも食うのかい!!!」
「マジでこのピケットおかしいぞ。いや、お前の使い魔だからおかしいのか……」
「何でです「モキュキュキュー」……か?」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオ!!!
「「…………………………」」
「モキュ!」
何が起こったのか簡潔に言おう。公星が魔導陣版クリエイトアクアを使ったのだ。
公星が魔導陣を描いた紙を食べたかと思うと一鳴きして俺が使ったクリエイトアクアを発動させたのだ。
爽やかな風に吹かれつつ水の爆音を聞きながら固まる俺達。
ああ!ウィルさんの顔が引きつってる!!
「何で?」
「……………………」
「あのウィルさん。理由は分かりますか?」
「分かる筈ねーだろうが!!!お前等本当におかしいわ!!セオドアール准子爵がお前の事気に入ってる理由もわかった!お前は変だ!変人だ!!大変人だ!!!」
「いきなり何言ってくれてるんですか。俺は至って普通の男の子ですよ」
「普通の男の子がこんな常識はずれな魔法構築式と使い魔作るかよ!!」
「結果的にこうなったんだから仕方ないでしょうが!俺だって最初に公星を拾った時はまさかこんな風になるとは思わなかったんですから!!」
「モキュ?」
「ああ!もう!可愛いから許す!」
「許すとか許さないの問題じゃねーよ!!俺の常識を返してくれ!!!」
ウィルさんの叫び声が丘の上から風の音と共に鳴り響いた。