第六十五話 帝佐
「こんにちわ、わたくしはアルフレッド・ガイナス・フォン・スペンサー・ド・ラ・サンティアスと申します。恐れ多くも聖帝家の家令兼執事をさせて頂いている爺ですよ」
帝佐さんは柔和な笑顔でそう挨拶をしてくれた。
白髪の髪に緑色の瞳が特徴的なおじいさんであるが、はっきり言ってその辺を歩いているおじいさんとなんら変わりのないように見える。
「ご丁寧にどうも、俺…私はセボリオン・サンティアスと申します。いつも私達と弟妹のご支援ありがとうございます。ついでに副院長のお守りもお疲れ様です」
「そこで私を出すな」
「いえいえ。わたくしも元を辿ればこちらの出ですので孫ほど年の離れた弟妹達にお土産ですよ。それにセディも図体は大きくなりましたが昔からやんちゃな所は変わっていないのでね」
「ぐ…帝佐閣下…」
「本当の事でしょう。学園の校舎に盛大な落書きをして怒られたり、教師の鬘を取って付けたまま学園都市を走り回ったり、まだ初等部なのに一人で迷宮に潜っては猛者がいると聞けば態々出向き決闘を申し込んだりと忙しい子でしたよ」
「アルフ兄さん勘弁してくれ…」
「本当の事でしょう。当時はわたくしも随分と呆れ半分で笑わせていただきましたよ。でもセディが問題を起こした後に何故か最後に呼び出されるのがわたくしともう一人だったのは未だに納得いきませんがね」
副院長ってばルピシーみたいに馬鹿な事やってたんかい、これは良いことを聞いたぞ。
「プクク…って痛い痛い!横暴だ!!暴力反対!!!」
俺が頑張って笑いを堪えているのが気に障ったのか、副院長は俺の頭をグーで挟みグリグリと攻撃を加えてくる。
「いやはや、懐かしいですな」
「帝佐様もっとネタ…じゃなかった、副院長の面白い話を聞かせていただけませんか?」
「アルフ兄さんやめてください。それとセボリーも調子に乗るな!」
「ぐぅおおおおお!痛い痛い!!副院長ストップ!ぷりーずりりーすみー!!」
「また訳の分からん事を言いやがって!アルゲア語を喋れ!」
「はははセディ、口調が昔に戻ってますよ。わたくしも良くそうやってセディを叱りましたよ。本当に懐かしいですね」
「ぎぃあああああ!!帝佐様笑ってないで助けてください!へるぷみー!!」
副院長のグリグリから開放された後、立ち話もなんだからと俺は強制的に建物の応接間へと連行された。
応接間へと通された俺は物凄く尻の収まりが悪くそわそわしていたが、帝佐様は何を考えているのか分からない顔でニコニコと微笑み、膝に公星を乗せながら焼き菓子をつまんでいる。
っていうかおい公星。
お前は何で帝左さんの膝の上で寛いでるんだよ。
しかも帝佐さんが食べてる焼き菓子を強請ってんじゃねーよ。
公星の行動を突っ込みながら俺はいつもとは違う事に気付く。
「あれ?そう言えば今日って院長先生はいないんですか?いつも帝佐様とお話しするのは院長先生ですよね?」
「院長は大司教様とお会いするためにアルグムンに行っている」
「ほへぇ、アルグムンですか。行った事ないけど凄いところなんでしょうね」
「規模の大きさは別として作りは良いがかなり質素に作られているぞ。アルゲア教は清貧を心がけているからな」
アルグムンとはこのサンティアスのあるアルゲア教領の首都であり、アルゲア教大本山のアルグムン大聖堂の事を指している。
首都といっても街ではなく、大聖堂が街のように大きい建物でそこに全ての行政が集約されているらしい。
聖帝国人でもなかなか入れない建物らしく、聖下とアルゲア教との共同経営であるサンティアスの養い子の俺でさえ一回も行った事がない。
「大司教様とかぁ…」
「ところでセボリオン君」
「セボリーで結構です」
「ではセボリー君、学園を卒業したら聖帝家で働く気はありませんか?」
「…へ?……………何でですか?」
帝左さんの言葉で一瞬頭の中が真っ白になるが、なんとか再起動を果たした。
「聖帝家使用人の人選はほぼ全てわたくしが決めさせて頂いているんですが、たまに旦那様が気に入った方をスカウトする事もあるんですよ」
「謹んでお断りさせて頂きます」
いや、断りますよ。だって色々怖いもん、即効でお断りですよ。
そりゃあ聖帝家の使用人ともなれば下手な所から取るわけには行かない事は分かるよ?
でもその点サンティアスの養い子なら身元は聖下から保障されている状態だし、必要最低限の教育を施されているから使用人として働く下地は出来ているとは思う。
給料面や保障でもかなり待遇が良いということも聞いているが俺はノーサンキューである。
大体こんな幼い子供のうちから青田買いしてどうすんねん!
それに他にサンティアス出身で優秀な奴ならいっぱいいるだろうが!
「ははは、やっぱり断られましたな。君は商会もあるし迷宮冒険者としての第一歩も踏み出しているから断られるかもしれないけれど駄目元で誘うだけ誘ったんですよ。君のスカウトの話しを旦那様に伝えたら絶対に断られると仰っていましたので旦那様の予想が当たりましたね」
「勘弁してください、俺の繊細な心臓が破裂しそうになりますから。」
「何が繊細だ。お前が繊細だったら天地がひっくり返るぞ」
「副院長に似て繊細です」
「そうか」
おい副院長。そこは受け入れるのかよ。
副院長の突っ込みを笑顔で返すと帝佐様は深い溜息をついた。
期待していたのだろうか?残念でしたね、俺は絶対に無理です。
「そろそろわたくしも引退したいんですがねぇ。後継者がなかなか見つからないのですよ、困りました。どこかに良い人材が転がっていませんかねぇ」
「帝佐閣下が引退したとなると皆悲しみますよ。それに歴代の帝佐閣下は皆お亡くなりになる前日まで働いていた方が多いではないですか」
『え?ブラック?』
「ぶらっく?」
「なんだそれは?」
「いえ、なんでもないです」
おいおいおい。死ぬ前日まで仕事をしていたってどんなブラック企業だよ、労働基準法は何処に行った?労働組合は仕事しろ。
「わたくしももう高齢ですしそろそろ後任を育てたいんですがね。聖帝家は少数精鋭と申しますか、使用人の人数が少ないうえに高齢者が多いので早いうちから仕込んでいかないと使い物にならないんですよ。指導する側も何時死ぬか分かりませんからねぇ」
「何を仰る、聖帝家の使用人の方達はそこいらの若者より元気に動き回っているでしょうに」
つまり元気なじいちゃんばあちゃんがハッスルしまくっているから後任もなかなか育たないと言う事か。
いや、なり手を選ぶのは分かるけどもっと積極的に人材確保と教育しろや。
「やっぱり通常はサンティアスの中から選ばれるんですか?」
「殆どはそうですね。極稀に外部からの雇い入れる者もいますが、その場合はそれなりの人物の紹介状が必要ですがね」
「奴隷の雇用は出来ないのでしょうか?」
「大昔にはあったそうですよ。ただ外部に情報が漏れたことがあったので、それから一切他国人を雇う事は無いですね」
「じゃあ帝佐様はサンティアスから直接の雇用だったんですね」
「実は違うんですよ。わたくしは元々軍人をやっていましてね。その時前帝佐様に一本釣りされたんですよ」
「軍人ですか?今の帝佐様を見ている分には全く想像がつかないんですが」
この帝佐さんどうみても文科系のお爺さんって感じだから、元軍人と言われてもピンとは来ない。
「軍人といってもアルグムンを守る警備兵のようなものですよ」
「いやいや、帝佐閣下は当時としては最年少でアルグムン大聖堂の騎士になられた方だ。18歳で第三騎士になられたんだぞ」
第三騎士って法衣爵位で言う准男爵と同地位の騎士爵位じゃん。
つまりかなりの功績を挙げたんだろうな。
「すごいですね」
「凄いだろ。この方は私達世代の憧れだったんだぞ」
「セディも第一騎士の称号をもっているではないですか」
「え!?副院長って准子爵の称号以外にも持ってたんですか!?ああ、そういえば名前の称号にドがはいってましたね」
「セディが第三騎士になったのは確か22歳の時ですから、あまりわたくしと変わりませんよ」
「いや、アルフ兄さんはそのまま突っ走っていたら確実に20代で聖騎士に叙されていたことは間違いない」
何この謙遜の仕合、もうどっちも凄いで良いじゃん。
それに俺も先程凄いと言ったが、どれだけ凄いか殆ど理解していないし。
「へ~。あ!そうだ帝佐様、もうひとつ質問よろしいでしょうか?」
「はいはい、なんでもどうぞ」
「公星が香玉を食べてしまったんですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。動物が食べても何ら問題は起こりません。逆に寿命が延びたり能力が強くなったりする事はありますが、悪影響は無いですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
実はずっと気になっていたんだ。
こいつは魔石や精霊石も食うからそれほどは心配していなかったが、それでも聞いておいて良かったわ。
今、帝佐さんの膝の上でクッキー貪り食ってる姿を見れば元気なのは明白なんだけどな。
「ああ、そうだあの時私が横槍を入れて忘れるところでした。セディ、院長は君の事でアルグムンに行っているんですよ」
「は?私のことでですか?」
「副院長、何か悪い事でもやらかしたんですか?」
「そんなわけあるか、私は清廉潔白な一聖職者だ」
「清廉潔白と自分でいっている癖に移転陣を利用して俺のことを吹聴して愚痴ってる件」
「愚痴ではない、情報共有だ」
「そんな情報共有あるかい!!」
「まぁまぁ。旦那様から正式に内示が出ましたのでね、これから正式に発表されると思います」
「一体何のことでしょうか?」
「君の叙階の事ですよ、セディ」
「「へ?」」
俺と副院長の疑問の声が重なって部屋へと消えていった。