第六十三話 魔導陣
シエル達からの追及を逃れた後、先程プレゼンした水筒について皆で話し合う。
論点は洪水の元となった日本語版クリエイトアクアの魔法構築式を使うか使わないかである。
果たしてこれを世に出して良いのかと議論が白熱していた。
議論の結果、水筒の魔法構築式は俺が夜なべで開発した日本語とアルゲア語の複合式で出す事が決定した。
その理由はあんなシンプルな魔法構築式を世に出したら世界がひっくり返るからである。
前にも述べたように魔法構築式は作るのが大変であり、その組み上げ方次第で一種の財産にもなる。
効率の良い魔法構築式の式は特許を申請すれば受理されるほど価値があるのだ。
しかし、特許を取るということはその式を公表しなければならず、特許保持者の名前もばれてしまう。
よって目立ちたくない俺は式自体公表するのは控えたかった。
複合式は出して良いのかと疑問に思われるが、実はこれシエルが前に特許を取得した魔法構築式の法則を使って組み上げたもので、シエルからは無料で使っても良いとのお達しが来ているのでありがたく使わせて貰ったのだ。
それゆえ法則自体は公表されているので出しても問題にはならないとの結論となった。
大体この日本語版魔法構築式は色々とおかしい。こんなシンプルを通り越して少ない文字数だけで発動でき、消費魔力は微々たる物だ。
世の魔法に携わる人達からしてみたら理不尽の一言でも片付けられない問題で、きっとこの魔法構築式を作り出した人間を血眼になって探し文句を言いに来るレベルである。
またその法則を手に入れようと名声目当てや金目当ての人間が押し寄せる事は明らかで、それが目に見えていたので俺は絶対にこの魔法構築式を世には出したくなかった。
後に勇気を出してウィルさんに相談してた結果、その判断が正解と言われたよ。
ウィルさんいわく「単純すぎてわけわからんし理不尽すぎる。法則事態もあって無い様なものだし、実際発動されてるとこ見ていないと馬鹿の一言で一蹴される位のレベル」らしい。
俺もそう思うわ、理不尽すぎて笑えてくる。
「こんなの魔法構築式じゃない」との皆からの意見を踏まえ、俺はこれからは日本語版魔法構築式の事を魔導陣と呼ぶ事にする。
話し合いが終わり、俺は精霊聖典の魔法構築式を魔導陣に書き換えるべく部屋に篭っていた。
文字数の関係でどうしても入れられなかった魔法や効果などが魔導陣で書き込めば全て入り、その上まだ追加できるスペースが出来るからだ。
必死になって10日で完成させた俺だが、夢に出て来た文字を書いて偶然できた物なのにどうやって今までの魔法構築式と置き換えたのかとシエルたちに追及される破目になる事など今は気付いてはいない。
後日追及され、シエルとヤンの武器作りに強制参加させられて魔法構築式を魔導陣に置き換える作業を延々とさせられる事など夢にも思わっていなかった。
そして現在、俺は一人で試しの迷宮に潜っている。その目的は魔導陣の実験だ。
魔導陣で発動させた無詠唱の魔術や魔法の威力を試すために、一人で4階層まで潜り実験をしていたのだが…
「何これ、怖い」
クリエイトアクアの魔導陣に少しアレンジを加えイメージも入れて発動させたら、モンスターと迷宮の通路が悲惨な事になりました。
「予想はしてたけど何これ~?クリエイトアクアの魔導陣に圧縮と噴出の装飾文字を加えただけでウォーターカッターになったんですけどぉ」
「モキュ」
「コラァ!やっぱり魔石を食うんかい!低いランクの魔石だったら良いけど高いランクの魔石は食べるなよ」
いくらレベルが低いモンスターとは言え放った瞬間に真っ二つになり死んでいく。
そしてモンスターにウォーターカッターが当たったと同時に迷宮の通路も悲惨な事になり驚いた。
「迷宮の通路壊しちゃったよ…弁償とかしなくちゃいけないのかな。ん?なんか動いてない?」
弁償金に不安を感じていると崩れた迷宮の通路の瓦礫がカタカタと動き出す。
独りでに動き出した瓦礫は瞬く間につみあがり、元の姿に戻っていった。
「自動的に戻るのか。空気中の魔力や俺達から出る微量な魔力を吸収して補修するのか?何はともあれ弁償金は払わずに済むな。それに遠慮せずに実験も行えるぞ」
その後、好き勝手に実験をしていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「わはははは。やはり俺様には才能があるのだ!こんな犬っころなど皆殺しにしてやる!」
「下賎な獣はあたくしの宝石代におなりなさい!!」
「これでパラディゾ大公公子に借金の返済が出来るぞ!!」
「もう服や宝石を売られるのは嫌ですわ!がっぽり稼いであたくし達にふさわしい生活を送るのよ!!!」
「しかしこの装備はすごいな!よし、またあいつ等のところに行って俺様たちに献上させよう!!!」
「そうね、きっと涙を流して喜ぶわ!だってあたくし達が褒めているんですから!!!」
聞いた瞬間に馬鹿2人の顔が浮かび、正直あまり係わり合いを持ちたく無いので本当は行くつもりはなかった5階層へと降りていく。
4階層までは前に単独で潜った事はあったのだが、5階層には単独できたことが無かったので少し不安を感じながら階段を降りていった。
「5階層に来るのは久しぶりだな。多分この魔法ならあのトカゲも一人で楽に倒せるとは思うんだけど…」
不安と期待を抱きつつ探索を始めて5分ほど立った時、例のトカゲが3匹群れを成していた。
トカゲはすでに気付いていたのか、既に臨戦態勢である。
ここで俺はふと魔導陣では無く日本語で詠唱をしてみたらどうなるのだろうと好奇心が芽生えた。
トカゲがこちらへ向かってくるまでまだ余裕がある。
よし。いっちょ試してみるか。
「『土よ我の呼び掛けに答えよ クリエイトニードル』」
日本語詠唱で唱えた瞬間、轟音と共に嫌な音が響く。
かなり詠唱を省いたが、これが通常のアルゲア語での詠唱発動であればマキビシ程度にしか地面が盛り上がらないはずだ。
だが結果は通路自体が塞がれている状態である。
マキビシ程度しか盛り上がらないものが、地殻変動の如くせり出して天井へと激突した。
その結果トカゲ達はせりあがった部分と天井に挟み込まれ潰されてしまったらしい、骨が砕ける音は聞いていて気持ちの良いものではなかった。
「えぐい…しかも通路が塞がれてるから先に進めない……自分でやっておいてなんだけどこれは酷い」
やっちまった感が押し寄せ呆然としていると、目の前の障害物が音を立て始め数秒後には元の通路へと戻っていく。
どうやら先程の階層と同じく迷宮は自動修復されるらしい。
戻ったのは良いのだが、ここまで戻るんだったらトカゲの死骸も一緒に片付けて欲しかった。
血糊や肉の破片がミンチ状になって放置された状態なのでとても気持ち悪い。
しかし日本語詠唱恐るべし、帰ったら護符も魔導陣に書き換えて作る事にしよう。
制服についている物も含めると凄い量になりそうだが命に関わってくるんだ、頑張ってやろう。
スプラッタな光景を目のあたりにして少し気分が悪くなったので地上へと戻ろう。
今日はヤンがカリーを作るって言っていたから期待しておこうかな。
ああ、そうだ。帰ったら真っ先にやる事があるな、ちゃんと扉の前に張り紙を張っておかなきゃ…
借金塗れのトリノ王国伯爵家男爵家出身者立ち入り禁止とな。
張り紙を張った当日に商会事務所前に喧しい声が響き渡ることになる。
「おい!ふざけるな!」や「無礼ですわよ!」などの言葉が耳に入るが、仲間達は「この季節だからおかしい人もいるよね。もしかしたら空耳かも」と言い無視していた。
張り紙を張った張本人の俺も気にせずに自分の部屋に篭り、装備品を魔導陣に書き換える作業に没頭するのであった。