第六十二話 魔法構築式二
魔法構築式とは前にも言ったように一種の数式だ。
その形は様々であり、魔法陣のようなものや曼荼羅のようなものまで千差万別、そしてその陣は大まかに基礎となる文字と補助する文字に分かれて構成されている。
基本となる文字はクリエイトアクアならば『造水』で、補助する文字は水を作るために必要な過程を記す文字である。
補助する文字は装飾文字とも言われており、ワザと形を崩して書いて分かり辛くして書くのか一般的だ。
何故かと言うと解読されにくくするため。
魔法構築式とはある一種の知的財産で、特許を申請すればそれは個人の財産として認められる。
それ故、相手に真似されないようにワザと複雑にするのだとシエルが教えてくれた。
魔法構築式において装飾文字はとても重要なもので、基礎となる文字に魔力とイメージを伝える導火線の役目を担っている。
この導火線がしっかりして無いと魔力が伝達されずに不発に終わるか暴発する恐れがある。
もう一回言うが、装飾文字はとても重要なものだ。
魔法構築式の構成を10とするならば、1が基礎文字で9が装飾文字とも言われている。
基礎文字だけでも馬鹿になるほどの情報量を入れなければいけないのに、装飾文字はその何倍もあるのだ。
俺はその昔、基礎文字だけの簡単な式をアルゲア語で完成させるまでに半月ほど掛かったのでどれだけ装飾文字が大変かお分かりになるだろう。
それだけに例え簡単なクリエイトアクアの魔法構築式でも、一晩で完成させられた事はとてつもなく作業効率がはかどっているのだ。
なのでもうアルゲア語での魔法構築式は捨てるとは言わないが、日本語や英語での作成に重点を置こうと思う。
クリエイトアクアの日本語版魔法構築式を完成させ水筒をプレゼンした後、俺は再び部屋に篭り色々と検証をして見た。
ひらがな、カタカナ、ローマ字、英語といった種類の文字で魔法構築式を作ってみたのだが、結果から言うとどれも一長一短でパッとはしない。
複数の文字を複合させて使えば発動する物としない物があり、意味の似ている漢字や単語で構築式を組むと全く違う魔法になる事もあった。
どないせいっちゅーねん。
弄くれば弄くるほどドツボに嵌っていくような気がする。
もういっそのことシンプルにするか…
いや、補助の文字を削ると発動しなかったし、どうしよう…
簡単な術式でさえこれなのに、ちょっと難しい術式ならこんなもんでは済まないぞ…
あ~、頭がこんがらがってきた!!
それに眠い!
そういえば今日は一睡もして無い、眠いと良いアイディアなんて浮かんでくるわけ無いよな。
でも寮に戻るのは面倒くさい…もういっそここで毛布でも被って寝てしまおう……
ソファーに寝転がり毛布を被って目を瞑ると直ぐに意識は遠のいた。
眠りに着いたその日の俺の夢の中には公星が出てきた。
後ろを向いて何かを食っている
あいつは夢の中でも何か食ってるのかよ!
公星に近づいて声をかけてみると…
「公星、何食ってるん…ってこれ!俺の描いた魔法構築式じゃねーか!!!」
「モキュ!(はぐはぐ)」
「お前ついには文字まで食うようになったのかよ!!」
「モッキュー♪(ズルズル)」
公星は先程俺が作っていた魔法構築式の装飾文字を貪り食っていた。
それもまるで麺類をすするような速さでだ。
「おい!やめろ!俺が苦労して組上げた式を素麺気分ですか!!」
「モキュキュー(ズズー)モッキュ♪」
慌てて止める俺を余所に公星は更に俺の魔法構築式を食べていく。
そしてあらかた食い散らかした後、満足し何処かへ飛んでいってしまった。
公星の食べ残した魔法構築式の残骸は、装飾文字が食い荒らされてしまってほぼ残っていなかった。
「俺の努力の結晶が……公星の奴…覚えてろよ!今日から3日間はおやつを抜いてやる!!」
と、恨み言を吐いている最中も、その食い荒らされた魔法構築式が気になって気になって仕方なかった。
異常なほどシンプルなつくり。
装飾文字などは全く無く、漢字二文字が丸に覆われているだけの魔法構築式の陣。
こんな無残な式では絶対に発動なんて出来無い事はわかっていたが、好奇心に負けて魔力を注いで見た。
俺の魔力が線から線へと流れ込み魔法構築式が反応して光りだす……
ここで俺は目を覚ました。
「………なんちゅー夢を見てたんだ…目覚め最悪だぞ」
俺の横で眠りについていた何の罪も無い公星を睨みつつ、先ほどの夢に出ていた魔法構築式の事を考える。
「あの後どうなったんだろう……スッゲー気になる……」
光り始めたところで夢が覚めるとか…もうちょっと粘れや!!
大体あんなシンプルを通り越して何も捻りどころか工夫の無い魔法構築式なんて、魔法構築式の体をなしていない事は明らかだ。
でも気になる……
「気になるなら………やってみるか」
俺は早速昨日完成させたクリエイトアクアの魔法構築式をバラしていく。
装飾文字を全て消して『造水』の文字だけ残し、丸で囲んでみた。
「………絶対無理だわこれ。こんなので発動したら今まで苦労してきた先人達に首絞められるし、シエルやウィルさんにも追求される………でも試すか」
『造水』とだけ書かれた魔法構築式に魔力を注ぐと文字が光りだす。
「え!?反応してる!?マ…うおおおおおおおおお!!!?」
魔法構築式が光った刹那、大量の水が俺の部屋に流れ込んできた。
直ぐに俺の腰辺りまでの高さに水が押し寄せ、俺は直ぐに魔力を注ぐのをやめる。
「これどうするんだよ……」
呆然と声を上げた瞬間に他の部屋からも悲鳴が聞こえてくる。
「うわ!!何で水が!!俺のおやつが流される!!」
「キャー!!あたしの作りかけの型紙が!!」
「うん?うわ!調合しかけの薬に水が!!」
「え?お水!?大変!デザイン画が!!」
「水が!!川の氾濫の季節か!?」
「うわ!冷たい!!一体何!?乗って来た所だったのに!!」
皆さんに悲劇が降りかかってるみたいですね。
さてと、僕はお暇しましょうかね。
え?だってもう就業時間終わってるもん。
サービス残業はしないタイプなんです。
では、おつかれさまで~す。
結局逃げられるはずも無く、事務所の後片付けをした後、皆に事情を説明する羽目になりました…
「かくかくしかじかとらとらうまうま。で、こんな感じになりました…」
正座で座る俺に対する皆の視線が痛い…
皆が沈黙する中最初にシエルが口を開いた。
「つまり検証実験していた魔法構築式を発動させたらこんな事になったと。しかも絶対に発動しないと思っていたシンプルな構築式で極少量の魔力を注いだだけでって事で良いのかな」
「左様でございます…」
「とりあえずその魔法構築式を見せて」
逆らえるはずも無く、俺はシエルにその魔法構築式を差し出した。
「何これ?何処の文字?見た事ないんだけど」
「私も見た事ない文字だ」
なんと説明しようか…言い訳を考えるのも億劫になってきたから適当に……では鋭いシエルの事だから直ぐばれるな。
マジでどうしよう……ええい!もう良いや!!
「夢に出てきた文字をそのまま書き写したんだ…」
「夢に出てきた文字?」
「そう、公星が俺の魔法構築式を食べ散らかして残った文字がこれだったんだ。絶対こんなのじゃ発動しないって分かってたんだけど、夢の中で魔力を注いで光りだした瞬間に目が覚めたから気になって…」
シエルが胡散臭そうな目で俺を見ている。
しかし俺は嘘はついていないぞ。
バックボーンの全部を言っていないだけだ。
「嘘は言ってないけど本当の事も言って無いって感じがするぞ」
ここでルピシーが言葉に内心ギョッとしたがポーカーフェイスでやり過ごす。
やっぱりルピシーには気付かれるか…
こいつの野生の勘は馬鹿にできないから困る。
「僕もそう感じたけど、これ以上追及してもセボリーの事だから絶対に喋らないだろうし、追い込んでも無駄だろうね。変な所をつついて藪から蛇が出るのはご免だし」
シエルは溜息を吐きながら俺の書いた魔法構築式を眺めつつそう言った。