第六十話 ジジの苦悩
「粗茶ですが」
「ありがとねぇ。あ、こいつ等の分まで出す事無かったのに」
皆が席についてユーリが皆にお茶を配り終えると、ジジは溜息を吐きながら事情を説明し始めた。
ああ、ついでに皆の中にこの馬鹿2人は入っていない。
と言うか席すら与えられてはおらず、床に正座させられている。
ジジが語った馬鹿2人の所業はこうである。
まずこの2人の所業はジジの父親経由で2人の親へ苦情が行き、親ともども説教をされる破目になり、ジジからの要請で2人の仕送りは全面ストップされ、自分達で稼がなければいけない状態になっていた。
学園に通っているので学食はあり食費は掛からないが授業料や寮費などの生活費がかかる。
この1年の中等部の授業料と寮費はすでに支払われていたので心配は無いが、2年次からは自分で稼いで払わなければならない。
しかしこいつらは親から貰った1年分のお小遣い兼生活費をとっくに使い果たしていた状態である。
こいつ等は以前金払いがそれなりに良かったためそれなりのお友達(笑)兼取巻きたちがいたのだが、今回の件で螻蛄状態になりその取巻きたちもいなくなったようだ。
まぁそのいなくなったのも、今まで散々金を払ってきたのだからお前たちは自分達に金を出さねばならない、とカツアゲまがいの事をしたようだからそれが一番の原因だろうが、今までいたお友達(笑)から見放されてしまったらしい。
取巻きたちから金がせびれないとなると次に向かうのは前に苛めていた生徒達だ。
しかしその生徒達はジジから気にしなくて良いとのお墨付きを貰っており、尚且つ周りの同級生から守られていたので接触できても返り討ち状態で全くの成果が出なかった。
ではどうするのか、だ。
もう一度言うが、こいつ等は螻蛄状態である。
普通ならバイトをして節約しようと努力をするのだが、こいつ等の考えは悪い意味で俺達の右斜め上を行っていた。
なんと試しの迷宮ではなく、最初から正式な迷宮にほぼ何の準備もせずに潜ったようなのだ。
普通の者なら迷宮に潜って稼ごうとしても、余程強くないと装備品が無い状態で潜るのは自殺行為であり、例え試しの迷宮でもそれなりの装備を整えるのがセオリーだ。
許可が無くても正式な迷宮に潜れる留学生でも、成人している学生でも万全の準備をして潜るのが一般的だが、こいつらはそんな事はお構い無しと言わんばかりの無装備状態で正式な迷宮に潜ったのだと言う。
この時点で俺と仲間は笑いを通り越してドン引きしていたのだが、まだ話には続きがあった。
正式な迷宮でコテンパンに伸され、命からがら逃げ帰ってきたのは良いが傷の手当に治療費がかかり、なけなしのへそくりも全て使い切る形になった。
文無し状態で慎ましやかに学生生活を送っていればまだ良かったのかもしれないが、こいつらは母国で贅沢三昧をやってきた奴等である。
そんな生活には耐えられないとばかりにお金を借りるためジジに借金の申し込みをしに来たそうで、ジジは最初は無利子て貸そうと思っていたらしいが、2人が頼みに来た時の格好があまりにも豪華絢爛な服でそんな気も失せたらしい。
ジジ曰くこの時点で既に愛想は尽き掛けていたらしいのだが、一応事情は聞いてやると部屋の扉を挟んで話は聞いたようだが、余りにも自分勝手な言い草に終にぶち切れたらしい。
それからのジジは2人の部屋へと討ち入りをし、金目の物を質屋で片っ端から換金させたのだと言う。
例の馬鹿2人はこの話を聞きながら涙を流し、生まれたての小鹿の如くプルプルと抱き合って震えていた。
ああ、だから2人の服がこんなにみすぼらしい格好なんだな……
一方話しているジジのコメカミには太い血管がピクピクと浮き上がり流動していた。
良い笑顔で話しているのだが裏ではかなりご立腹のようだ、くわばらくわばら。
他のメンバーもドン引きしすぎて既に言葉が無い。
ルピシーは床に突っ伏して痙攣しているし、何故かユーリは涙ぐんでいた。
しかしまだ続きがあるらしく、ジジは笑いながら自棄気味に話し始めた。
2人の金目の物を換金しても装備を買う金が十分では無く、ジジが有利子で金を貸したらしいのだがその金を2人はあろう事か服や食費はてまた行楽費に使い果たし、ジジに借金のおかわりを要求しに来たらしいのだ。
この時点で仏の顔も三度までの三度は既に過ぎていたのだが、こんなのでも同国人ということで見捨てられず、結局借金返済への道筋を立てるためにジジ自ら動いている最中なのだと言う。
「「「「「「「…………………」」」」」」」
あの~、沈黙が痛いんですが……
皆黙りこくって誰一人身動きをとってないんですが……
いや、というかさ。マジでこいつら救い様ないだろ。
なんで金品売った金で服とか買うの?
それに学食があるんだから学食で食えや、俺等だって外食は小遣い稼ぎをしてからだぞ。
「ぶはははっははははっははは!!」
「うぉ!!」
倒れこんで痙攣していたはずのルピシーがいきなり立ち上がり笑い出した。
っていうかこいつさっきから笑って震えてたのか!
「何を笑っているの!!失礼ですわよ!!!」
「そうだぞ!!黙れ!!」
「貴様等が黙れ……」
「「はい、すいませんでした…」」
前の調子が戻ったかのように思えたが、ジジの腹の底から出た声が馬鹿2人を萎縮させた。
怖えーよ……流石はトリノ王国大公家の威厳か?
「で、俺等に何をして欲しいわけ?パーティに入れろとか言われたら即効で却下するんだけど」
このままでは話が進まないと思い、俺は率直にジジへ質問をした。
「いや、そこまで図々しくない。そんなことしたら友達捨てる事になるしねぇ。実は護符を売って欲しいんだ」
ジジはこれ以上2人に金を貸すつもりは無いらしく、早く自分達で稼げるようになって欲しいという思いで、最後の情けを振り絞り俺達の護符を買いに来たらしい。
確かに下手な防具を買うよりも護符で強化したほうが良い時もあるが、護符だけに頼っていると上には上がる事は出来ない。
ジジもそれは先刻承知で、あくまでも5階層に行くまでの繋ぎとして使わせるようだ。
「もしこれで死んだりしたら後味は悪いけどこいつらの親に全て請求するつもりだよ……」
「ご苦労さん……」
「まぁ、利子の分も請求するつもりだからこいつらが生きていようが生きていまいが結局うちが儲かるシステムなんだけどねぇ」
「………」
最後辺り変はいつもの通り軽く言っているが、その内容はヘビーである。
ジジ恐るべし!
しっかしジジも色々苦労してるな……
この数週間で苦労しているのが顔を見たらよく分かるわ。
なんか色々吹っ切れた直後の顔をしているけどな。
「学生が作った装備品なんて粗悪品に決まってますわ。試しに付けてあげるんですから無料で提供して謝礼の印として100万Zをお出しなさい!」
「そうだそうだ!」
「「「あぁん!!?」」」
「「ヒィィィィィィィ!!」」
俺とゴンドリアとジジが見事にハモるとまた2人は抱き合って怯えた。
「おい…てめぇら……おれたちが努力して作ったものが粗悪品だぁ?もう一回言ってみろ…」
ゴンドリアが出した言葉に周りの空気が凍りつく。
ゴンドリックさん!男口調になってますよ!!いや、それが正解なんだけど…
声のトーンがいつもより2つほど低いんですが…すっごく怖いんですけど……
「まぁまぁ、ほらゴンドリアも落ち着いてよ」
「あらやだぁ、あたしったらつい素が出ちゃったわ。でも何も努力しない他力本願で生きてきた奴等にあたしたちの努力の結晶を馬鹿にされた事は許せないわ。次は無いと思いなさい…」
「本当にごめんね。これと同じ国で生まれ育った者として恥ずかしいよ……」
シエルがゴンドリアを宥めてくれ周りの空気が氷解するのを感じた。
俺も振り上げた拳を振り下ろせずに困っていたので丁度良かったのだが、ゴンドリアが俺の言いたい事を言ってくれたからよしとしよう。
って言うかあれが素だったんかい!!
「それでどんな効果のあるものが欲しいのかな?ジジ経由だから割引価格で売ってもいいけどね。皆もいいよね?」
シエルが俺達に了解を取ると俺達も頷いた。
しかし、ジジは首を横に振り割引価格を断ってくる。
「ここまで迷惑かけてるからそんな事までしてもらう必要ないよ。どうせこいつ等が死んでもお金は返ってくるんだからね。とりあえず防御力と攻撃力、あとは敏捷値が上がるものを頂戴」
「わかった。取ってくる」
ヤンが席を立つと金庫として使っている無限収納鞄がある部屋へと向かっていった。
「はぁ~~……疲れるぅ。」
「お茶も冷めてしまいましたから淹れ直してきますね。ジジさんには甘いお茶を淹れてきますね」
「気を使わせちゃってごめんねぇ」
疲れ切ったジジの顔には空元気も隠し切れていなかった。
「本当はもう見捨てたいんだけどねぇ、一度係わり合いを持っちゃったから捨てるに捨てられないんだよねぇ」
「すごいね。ぼくだったら直ぐにでも見捨ててる、うん」
「この国だけで生活して行くんだったらそれで良いのかもしれないんだけどねぇ。俺は学園を卒業したら国に戻るつもりだから、変な噂は立てられたく無いんだよ。うちの国は貴族の矜持が異様なほど高いんだよねぇ。だから一歩間違えれば雁字搦めで何も身動き取れなくなっちゃうんだ。まぁその貴族は矜持に見合った実績は無いにも等しいんだけどね」
ほへぇ、やっぱり他国の貴族ってそんなもんなんだな。
前のシエルの家に自分を売り込みに来た馬鹿もそんな感じだったし。
「そういえば旅行に行ってきたって言ってたけど何処に行ってきたの?」
「シエルの実家だよ。お祭りがあったから俺達も誘われたんだ」
「へぇ、と言う事はエルドラドかぁ。一回行って見たかったんだけどどんな所だったの?」
「古い町だったけど綺麗な町並みで領民が皆生き生きと暮らしてたぞ」
「俺達留学生は許可がないと学園の外には出れないから羨ましいよ。エルドラドなら領を統治するための色んなお手本があると思うからねぇ」
別に隠しているわけではなかったが、やっぱりジジはシエルの素性を知っているようだ。
そんな相手におべんちゃらも言わずに普通に知人として過ごしている辺り、ジジは自制心があるのだろう。
普通の他国の貴族だったら真っ先に揉み手で近寄ってくるはずだからな。
「あ!そうだ、忘れる所だったわ。ジジにお土産があるぞ。これこれ」
そう言えばと土産の存在を思い出し、俺は自分の無限収納鞄からお目当ての物を取り出してジジに渡した。
「え!本当ぉ?やった!ありがとねぇ。うわ!これ可愛いね!セボリー、俺が猫の製品集めてるの覚えててくれたんだ!」
俺がジジに渡したのは花祭りの露天商で買った10センチ程の黒猫の文鎮であった。
ジジが猫製品のコレクターと言う事は勿論覚えていたが、ジジと言えば某魔女っ娘系デリバリーの黒猫だろうと思い、偶然見つけた黒猫の文鎮をジジにへと買って来たのだ。
思った以上に喜んでくれて何気に満足である。
「持って来たぞ」
「あ~ありがとぉ。ほら、お前等受け取れ…」
馬鹿2人はヤンから奪うように護符を受け取り身に着けた。
うん。やはり見るたびにこいつ等の言動は不快だわ。
「おい…お礼はどうした……」
「「あ、ありがとうございました!!」」
「俺に言っても意味が無い…皆に言え……」
「「アリガトウゴザイマシタ!!!」」
「本当にありがとね、助かったよ。夜分遅くに悪かったねぇ。おい…お暇するぞ…挨拶は…」
「「失礼しましたぁ!!!」」
そういってジジと馬鹿2人は商会事務所から去って行った。
ジジって調教師になれるのではないだろうか……S的な……
その後俺達は事務所の掃除を行い、自分達の寮の部屋へと帰っていった。
その夜は変な夢を見る事も無くぐっすりと眠れた。