第五話 祝福と使い魔二
礼拝堂に二百人近い子供達が集まり儀式を受けようとしている。先生達が手分けして子供一人一人に祝詞らしきものを言付けていた。
「セボリオン・サンティアス」
「っ!はい!!」
どうやら俺の番が来たらしい。副院長先生が俺の目の前に来て祝詞を口ずさむ。
「汝、フェスモデウスのサンティアスの子セボリオン。我、精霊の愛し子セオドアール。精霊の代理人、汝と精霊の橋渡しをする者なり」
いつもとは違う雰囲気の副院長先生が。俺の頭に手を置いて祈りを捧げている。
何秒か何分か分からないが時間の流れがとてもゆっくり感じる。覚えてはいないが母親の胎内の中にいるような感覚を覚えた。
「汝に精霊のご加護と恩寵の祝福を」
副院長がそう言い終わると、気持ち良く目を瞑っていた俺の耳に幽かな笑い声が聞こえてきた。
『ふふふ』
『あはは』
目を開けると降り注ぐ光の粒と共に色とりどりの小さなモノが飛び回っている。呆然と見蕩れるように呆けていた俺を余所に、副院長先生は穏やか顔で笑い俺の頭を撫でつつ次の子へと祝福をあげにいった。
「これが……精霊…?」
俺は辺りを飛び交う色とりどりのモノを観察する。いや、コレは逆に俺が精霊に興味深く観察されているように感じた。
「精霊っててっきり小人みたいな形でトンボや蝶の羽を付けてるのかと思ってた…」
たしかに想像に近い形の精霊もいたが、殆どの精霊は良く分からない形などをして、ただ光っている不思議な形のモノばかりだった。
ずっと俺のポケットの中にいた公星もどうやら精霊の姿が見れるらしく、興味深そうに周りを見ていた。
「綺麗だな…」
初めて体験するのになぜか懐かしい気持ちになり、俺は涙を堪えつつそう呟いた。その瞬間俺に先程よりも多くの光の粒が飛び交って纏わりつき、それに呼応するかのように暖かい何かが体中を駆け巡った。
俺はその光景と感覚を儀式が終わるまでずっと体験し続けた。
子供が大勢いるので祝福の儀式が終わったのは夜のことで、俺達はいつもなら風呂に入り夕食を食べてからも元気いっぱいなのに、何故か今日は皆すぐに深い眠りについていく。まるで何かにあやされているかのように。
翌朝、清清しい気持ちで朝を向かえ、朝のお祈りをしていた時に精霊の姿をチラチラ見る事が出来るようになっていた。それを見て昨日の事は夢ではなかったと理解する事が出来た。
「先生おはようございます」
「ああ、おはようよく眠れたかな」
「はい、お蔭様でぐっすりでした」
俺は副院長先生に挨拶をした後、前から頼もうと思っていた事を口に出す。
「先生、使い魔契約のことなんですが…」
「ああ、契約するつもりなのか?」
「はい、俺自身覚悟は決まってます。公星も了承してくれていますし、是非お願いします」
「そうか。お前達の人生だ多くは言わないが、絶対に最後まで責任は取れ」
「はい、そのつもりです」
5歳児で使い魔契約を結ぶのは異例な事だけどな。と苦笑しながら副院長は後でなと言い残し去っていった。
俺は副院長が去った後、朝の仕事が始まる前に公星に餌を与えようと大部屋へと戻ろうとした。しかしそこで前にゴンドリアが言っていた事を思い出した。
そういえば、精霊の祝福を貰うと自分のスキルがわかるって言ってたな。一体どうやって見るんだ?それを聞いてなかったわ。テンプレでステータスオープンとか言えばいいのか?それとも特殊な物や手続きが必要なのだろうか?
ええぃ!まずは試しだ!
「ステータスオープン」
何も起きない。30秒程待ってはみたが現れる気配が微塵も無かった。
うん、なんとなく分かってたけど空しいぞ。沈黙って結構辛いんだよね。
考えろ俺。どうやったら見れるようになる。
祝福を貰って初めて見れると言うことは…そういえば朝の礼拝の時は精霊が見えたが今は見えないな。何でだ?いつもの状態では見れない。でも礼拝堂では見えた。よし!もう一回礼拝堂に行ってみよう。
結局礼拝堂に行って試してみても精霊もスキルも見ることが出来なかった。
ん~~。行き詰ったぞ。精霊が見えた状態ってどんな状態だったけか?確か副院長が精霊にお願いして……ん?お願い?………もしかすると。試してみるか。
「精霊さん俺のスキルを見せて下さい」
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セボリオン・サンティアス LV:1 性別:男
年齢 :5歳8ヶ月 状態:良好
体力 : 2
筋力 : 2
耐久 : 2
速度 : 2
器用 : 7
精神 :10
知力 : 8
魔力 : 7
スキル:土魔術LV1・毒耐性LV4・ハムハムLV5
加護 :精霊の祝福2
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出たし!!マジか。しかもスキルだけじゃなくてステータスとかも出て来た!
「精霊さんありがとう」
感謝の念も忘れずに言っておこう、やっぱりコミュニケーション力はハートtoハートからだよね。さて本題のスキルを見てみますか。
俺は自分の瞳に映ったステータス情報を見るのに必死で、周りにいた兄弟達に「またセボリーが変」などとディスられていることに全く気付きもしなかった。
更にその光景を見ていた先生達からも「最近変ね~。でもこの頃はいつもああだし、理由を聞いてもセボリー自身が首を傾げてる状態だから温かく見守りましょ」と言われている事にも全く気付かなかったのである。
う~~~ん。ざっと流し見をして色々突っ込みたいところはあるが、まずこれからいこう。
「ハムハム5ってなんぞぉぉぉおおおおお!!!
「モキュ?」
突然叫びだした俺に公星と周りの兄弟達が驚いたようにこっちを見ている。特に兄弟達の生暖かい視線が集まるが、今の俺はそんな事を気にしている場合ではない。変なスキルがあるんだ!!
明らかにおかしい。おかしいぞ、おかしい。なんだハムハムって。
この前副院長が、人間は必ず1つはスキルを生まれ持ってくるって言ってたな、でも俺3つなんだけど。土魔術は良い。使い所もたくさんありそうで有用なスキルっぽいし。毒耐性も良しとしよう、だが原因はチョコか?毒チョコか!毒チョコなのか!それって果たしてよいのか!?まぁここはスルーしよう。過ぎたる事は考えるな。
でもマジでハムハムってなんだよ。
「詳細はないのか!?詳細だ!詳細をプリーズください!!」
当然周りの兄弟は困惑している。
「せんせ~い。セボリーが変で~す」
「大丈夫よ……きっと……きっと大丈夫だから……温かく見守っていましょう。ね?」
「は~い」
なんか酷い事言われているような気がするが、天に向かって疑問を投げかけている俺は気にしない。気にしないったら気にしない!したら負けだ!!
結局精霊にお願いしても詳細なステータスは出て来なかった。深呼吸をして冷静にと心がけるようにゆっくりと考えを纏めていく。
スキルが3つあるのは、転生か憑依した弊害なのかもしれないな。
精神の数字が他の数字よりも明らかに高い。前に副院長に魔力の内包量が高いと言われていたから魔力が一番高いと思っていたが、これは22歳までの経験からの数字か?
本当に高いのかも比較対象がいないから良く分からないが、ステータス前半の肉体に関する数値と後半の魔法関係の数値、どう見ても差があるな。これはまだ体が幼いからだろうか…
考え事で自分の世界に閉じ籠っていた時に突然肩を叩かれ振り返る。ふと見るとそこにはルピシーやガルディ、ロベルトや他の兄弟が俺のほうを見ていた。
「?皆どうしたの?」
「それはこっちのセリフだ。さっきからボケーとしては叫びだしたり。お前今から何の時間かわかってる?」
「へ?ごめん、全然わからない」
「読み書きの練習の時間だよ」
「祝福の儀式でスキルを見ることが出来るようになったから、読めるように文字を教えてくれるって院長先生が言ってただろ」
「マジか」
「マジだよ。はぁ。文字なんて別に読めなくても生きていけるのになぁ」
昨日は儀式が終わってから頭も心も満たされた状態で一杯一杯だったから、全然聞いてなかった。そういえば院長が何かを話してたのは覚えてるけど、完全に上の空だったわ。でもルピシー。文字は読めたほうが絶対に良いと思うぞ。
ん?待て。俺さっきスキル普通に読めたんだけど?というか日本語で表記してあったんですが?普通はアルゲア語での表記なのか?
フェスモデウス聖帝国の文字言語はアルゲア語だ。
アルゲア語は大昔のフェスモデウス建国以前の古代人が、精霊の言葉を真似して作った言語だって前に習った気がする。
発音や文法は元日本人の俺からしてみたらカオスの一言で、例えるならば地球でいう西洋と東洋の言葉をミックスして濃縮還元させた感じだ。
ついでに言うと国土が広いので同じアルゲア語でも方言があって、下手すると全く通じない時もある。東京弁の人に津軽弁のネイティブが聞き取れないのと同じだ。
しかも歴史が糞長いせいか、今使われている現代アルゲア語の他に新代アルゲア語や旧代アルゲア語・古代アルゲア語・古代精霊アルゲア語などがあり、普通に生活しているなら現代アルゲア語しか使わないが、魔法研究したり公文書を書いたり、ある一定の職業に就く場合は使わざるを得ない場合があると前に教わったな。
「分からないことが一杯だ。調べないと…ぶつぶつ」
「おーい、そっち持て。おれはこっち持つ」
「うん。」
また自分の世界に入ろうとする俺は、両腕をホールドした状態で引っ張られながら礼拝堂を後にした。
俺は宇宙人かコノヤロー。
「アルゲア語マジで無理ぽ…」
「むりぽってどんな意味?」
「お手上げ状態な意味だ」
「むりぽ~」
俺の真似をする兄弟達を尻目に、両手を上げながら俺は机に覆いかぶさった。
「なんだよこの文字。点や線ひとつで全く違う言葉になるし、前置詞ひとつで全く正反対の意味になる。マジで勘弁なんだけど」
文法も何個あるんだよこれ、過去を表わす文法だけで両手両足の指全部使い切るぞ!明らかに欠陥言語だろこれ!!!
「じゃあ、君が流暢かつ口滑らかに話してる言葉は何かな?」
愚痴を言う俺に若い男のイケメン先生が笑いながら話しかけてきた。
前から思ってたけどここ美男美女の率多すぎ!!ここにいる子達も将来絶対モテモテだろって感じで整ってるぞ。
「アルゲア語属サンティアス系セボリー語です。」
「そんな分類の言葉は初めて聞いたよ。多分セボリーが引っ掛かってるのはここじゃないかな?だとしたら…」
イケメン先生は爽やかに笑いながら俺に習得のコツを教えてくれた。
くそぉ、お前はどこの3組だ!それとも言語学者の教授か!?こんな爽やかな言語学者前世にはいなかったぞ!!?
そんな風に教えられたらマイ・フェア・ジェントルマンにならずにいられないだろうが!!
あ、ちなにみ俺はそっちの趣味はございません。断じて無い。
2時間ほど机に噛り付きながら勉強した後昼食を食べ、食後の予定を確認していると副院長が俺を呼び止めてきた。
「セボリー」
「はい、なんでしょうか」
「使い魔の契約をするぞ」
「え!?もうですか?思っていた以上に早いんですが」
「不満かね」
「滅相もございません」
早ければ早いほうが良いわ。もう考える前に突っ走れってかんじ?
「前にも言ったが、精霊に手伝ってもらう契約は短時間で済むんだ」
副院長は苦笑しつつ俺の頭を撫でながら言い、俺は公星を肩の上に乗せながら副院長に連れられて礼拝堂へ移動していった。
最近公星が武〇術もどきを覚えたせいか、俺の目線と並行して移動することが多くなった。しかし、お気に入りは俺のポケットの中か肩の上らしい。この頃良く頭にも乗るが、可愛いぞこんちきしょー。
「では始めるか」
俺と公星が緊張した面持ちで副院長を見ると、副院長は祝詞のようなものをあげ始める。
「契約を司る精霊とその眷属よ、汝の愛し子の願いを聞き入れ姿を現したまえ」
そう唱えた瞬間俺たちの周りに様々な色の精霊達が姿を現した。この光景は2回目なのでそう驚きはしなかったが、心の準備が欲しかった。
「サンティアスの子セボリオン。汝ピケットの子コーセーを永遠の友、従として魂を分かち合う事を望むか?」
「はい。望み、そして誓います」
まるで結婚の誓いのようだと思ってしまったのは仕方ない事だと思う。だってほぼ同じじゃん。
「ピケットの子コーセー。汝サンティアスの子セボリオンを永遠の友、主として魂を分かち合う事を望むか?」
「モキュモキュー」
「では互いに触れ合え」
「っ!!!!!!!!!」
そう言われ公星を手の上に乗せた瞬間に、巨大な魔法陣のようなモノが俺たちの上に展開され、そして体中に電流が走ったような衝撃を受けたと同時に光の粒が俺達を包み込む。そして
『世界記録記帳完了』
そう聞こえたような気がした。
「これで終わりだ、契約おめでとう」
副院長はそういうとさっさとどこかへ行ってしまった。
軽いなオイ。忙しいのはわかるけど、もうちょっと何かっても良いんじゃね?
「まぁ、なんだ…」
「モキュ?」
「これから末永くよろしくな」
「モッキュー!」
後に聞いたことだが、この魂の使い魔契約は結婚の誓いよりも重要なことらしい。
こうして俺たちの魂はひとつに繋がれた。
2016.6.30修正