第五十六話 香玉
今俺は部屋で一人ベッドに寝転びながら指輪を見つめ考えていた。
「わけわからん…」
手紙に書いてあった日本語の文字を見た瞬間、体中に衝撃が走ったのを覚えている。
何故日本語で?
たとえ指輪の発動条件が転生者であっても、日本語で書くよりも英語で書いたほうが地球出身の者なら伝わる確立が高いとわかる筈だ。
なのに何故日本語?
指輪の発動条件が転生者だということはヴァールカッサから装着者が現れたと聞けば分かる事だが、何で俺が日本からの転生者だと分かったんだ?
もしかして聖育院や学園での行動を監視されていたのか?
俺が所属する場所は全てあの方に関係がある所ばかり、聖育院や学園で俺の資料を取り寄せる事なんて造作もない事だろう。
しかし、その資料で俺が日本からの転生者だと分かるのだろうか…
いや、わかるな。
パブリックスター商会と言うふざけた名前を聞けば、日本人か日本語の知識に精通している者なら殆分かってしまうだろう。
だが明らかに英語の名前でハムスターと関連付けられるだろうか?
手紙の一文であの方が日本に関係するということはわかったが、どういった繋がりなのかはわからない。
あの方自身が地球からの転生者か憑依者なかのか?
もしくは昔転生憑依してきた人間に教えてもらったかだろうか。
それともこの世界からあちらの世界へ移転するような術でもあるのかもしれない、1万年以上の昔から生きているのだから日本語を学ぶ時間もあるだろう…
「…識別」
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セボリオン・サンティアスLV6 性別:男
年齢:12歳 状態:健康
職業:魔術士・テイマー
HP: 244/250
MP:648/656
体力:36(27+9)
筋力:35(25+10)
耐久:35(26+9)
速度:36(25+11)
器用:55(45+10)
精神:54(45+9)
知力:56(43+13)
魔力:65(53+12)
スキル:土魔術LV79・土魔法LV57・水魔術LV30・水魔法LV13・付与魔法LV79・錬金術LV21・ハムハムLV53・識別LV49・悪食LV21・■■■■
加護:精霊の祝福5・公星の信頼・■■■■■■の加護
契約:魂の使い魔契約
使い魔:公星
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「なんなんだよ、この黒塗りは…」
ステータスを開くとそこには見覚えの無い黒塗りの文字があった。
この文字は昨日まではなかったのに先程出てきたものだ。
それは2時間程前に遡る。
「知っているのかね?」
「いいえ、知りません」
三公爵が俺を一斉に見るが俺は見覚えが無いとシラを通した。
しらばっくれる俺に部屋にいる人達は俺を疑うような目で見てくるが、俺は根性で貫きとうした。
まぁ、確かに端から見れば怪しいだろうな。
手紙の文字を見て明らかに動揺していたのだから。
疑いの目で見られるのは気持ちの良いものじゃなく、ぎゅっと手紙が入っていた封筒を無意識に握りつぶしてしまう。
「ん?あれ?」
「どうした?」
「いえ、封筒にまだ何か入っていたみたいで」
俺の手の中にある握り潰された封筒の中から明らかに硬い物が入っているのがわかった。
「ふむ、ところで同封されている物はなんだ?」
「ほれ。はよう確認してみろ」
「え、あ、はい。今見てみます……ほぇ?…なんだこれ?」
くしゃくしゃの封筒綺麗に伸ばし、逆さにし同封された物を取り出してみると、そこにはビー玉のようなものが2つ確認できた。
「ふむ。これは香玉か?」
「ああ、香玉だな」
「香玉?これが…」
昔ゴンドリアが言っていた貴族になる時に国から副賞として送られる石…
それが今なんで俺の手にあるんだ?
あれ?でも香がしないぞ?
香玉って目茶苦茶良い香りのする物じゃん。
現に香玉を貰った副院長のまわりにはいつも新緑のような香が漂っていたが…
もしかしたらこの場に貴族が4人もいるから鼻が麻痺しているのだろうか?
あ、そうそう。言い忘れていたが、三公爵達も当然香水のような香りをその身に纏っている。
三公爵と大公は当然のようにそれぞれ違った香りを持っていて、その香りはこの部屋を華やかにさせていた。
エルドラド大公は少しスモーキーな柑橘系の香りで、エルトウェリオン公爵は甘い金木犀のような香り、ホーエンハイム公爵は薄い薔薇の香りで、アライアス公爵は若草の香りを身に纏わせている。
これだけの匂いが混じると気持ち悪くなる筈なのに、全くそんな気分にならないのが不思議だ。
さて改めて手の中にある物を見てみると、同封されていた香玉は2つ。
青く透き通った物と黄色く透き通った物だ。
「でもこれ全然匂いしませんよ?」
「では、それを口に入れてみなさい」
「へ?食べるんですか!!?」
何言うてんねんこのおっさん。
これ飴ちゃんじゃないんやで?
しかもこんなもん飲み込んだら運が悪ければ喉に詰まって窒息死やん?
救急車呼んでくれるんか?
ああ、そうかそうか。ココには普通に御殿医みたいなのが常駐してますよね。
「大丈夫だから早く飲み込め」
「エ~~、うーー…気合じゃ!!……あれ?」
口に入れた瞬間に香玉が溶けて無くなってしまった。
まるで味の無い良質な落雁を食べたような気分であった。
「…あのぉ」
うん、でも何も変化が無いんだ。
何これ?実は唯の梳ける玉でしたとかそんな落ち?
「暫く待っとれ」
「はい……………………ん?」
10秒ほど待っていると周りの匂いが少し変わったような気がした。
なんか柑橘系とフローラル系の匂いが混じったような匂いが俺の周りからしてくる。
何この美味しそうな匂い?
「やっぱり香玉だったな」
「あの、前に聞いた話なんですが、香玉って一人一人香が違くてその持ち主が亡くなったら香玉も一緒に無くなるって聞いたんですが、もしかして」
「ああ、その通りだ。香玉は宿主に吸収されて香が決まり、その宿主が亡くなれば当然吸収されたのだから香玉も無くなるというわけだ」
成る程な。
高価な物は結構な割合で裏で取引されるのがお約束だが、この香玉が市場には絶対に出回らないのはこういうことだったのか。
俺はてっきり持ち主の死と共に砕け散ってしまうのかと思っていた。
そりゃ絶対に出回らないわ。
「モキュ!(はぐ)」
「あ!」
俺が思案している最中にまだ手の平に会ったもう一つの香玉を公星が食べてしまった。
………こいつ食えると思ったものは本当に何でも食うな
「おい!!お前勝手に何食ってんだ!!吐き出せ!!」
「モギュギュー」
頬袋を両手で引っ張ってみたが駄目だ。吐き出しそうに無い。
「あの、これって使い魔が食べても大丈夫なんでしょうか?」
「さぁな?だが問題ないのではないか?人間が食ってもどうって事はないのだからな」
「…確かにそうですね」
俺の手から解放されぷかぷか浮かんでいる公星は、香玉を食べた後またヴァールカッサのほうへと向かって行った。
本当に大丈夫なんだろうか?
でもヴァールカッサも止めなかったし大丈夫なんだよな、多分。
でもあいつ香玉食べたのに何も変化無いんだけど。
何で?
「あれ?公星には効かないのか?全く変化ないんですけど」
「ふむ、どうなんだろうな」
「良く分からん」
「流石に人間以外が香玉を食べたところなんて今始めてみたからね」
「なぁ、俺腹減ってきたんだが。こんな茶菓子じゃたまらん!」
「ええい!!この馬鹿息子が!!!お前などそこの壁紙でも食っておれ!!」
「その壁紙も特殊なものを使っているから直すのが大変だ。食うのなら庭の雑草でも食ってくれ。この頃庭師の爺さんが腰を悪くしてね」
「俺は雑草処理の山羊か!!」
微妙な空気が流れる中ウィルさんがその空気をぶち壊す。
うん。俺の荒んだ心が今ので少しほっこりしたわ。
ほんとに少しだけど。
「あの。それで、これから俺はどうすれば宜しいんですか?それにまだ何か重要な話が続くのでしょうか?」
「いや、これで終わりだ。この後はな…そうだ、その手紙は処分してくれ。誰かに見られたらまずい」
「はい、あれ?」
手紙を破ろうとするが全く破けない。
「フンヌー!」
力いっぱい引きちぎろうとしてもマジでビクともしない。
何これ、どんな作り方してるのこれ?
全く歯が立たないんですけどぉ!
「これは魔封紙じゃ。そんじょそこらの力や魔法では歯も立たんぞ」
「じゃあこれって公文書とかで使われるっていう」
「そうだ。これは防水は勿論ありとあらゆる劣化の危険を防ぐ紙だ。焚き火の炎の中に入れたとしてもコゲ一つ付きはしない。そのおかげで太古からの文献は皆全て無事なんだ」
おい。そんな紙どうやって処分するんだよ。
力も駄目、水も駄目、火も駄目って打つ手なしじゃん。
「貸してみなさい。『煉獄火炎』」
「うわぁ!」
ホーエンハイム公爵が俺から手紙を封筒ごと受け取ると、短い言葉を唱えた後手から青白い炎が噴出し、燃え盛る手に握られていた魔封紙は、その青白い色の炎を纏わせて灰になっていった。
「魔封紙はこのくらい強力な魔法でないと破棄する事はできない。これからお前も魔封紙の手紙を受け取ることが多くなると思うから、覚えて置いて損は無いぞ」
「いえ!結構です!マジで!受け取りたくも無いんで!!」
なんかこのままこの場所にいると、色んなことに流されるように巻き込まれるような予感がする。
そうなる前に戦略的撤退をしなければ!!
「じゃ、じゃあ、話も終わったようなので俺は戻ります…失礼しました。公星、帰るぞ」
「モキュ?モッキュー!!」
そして今の状況にいたる。
「はぁ、厄介だぁ。俺は目立たずに若隠居したいだけなのに…」
「モキュー」
「良いよな、お前はお気楽で…」
俺は顔の上に浮かぶ公星を見てそう呟いた。