第五十四話 呼び出し
聖帝国の建国はエルトウェリオン王国の腐敗と隣国の侵攻から始まって、そんでもって同時に王位国を継ぐべき王太子が王位を返上降位して、他の有力貴族と一緒に24家をの礎を築き、聖帝聖下は元々は貴族であり聖職者だったが、精霊の加護で強力な力を使えたために神輿として祭り上げられたと言う事か。
しかし今の話の内容は脚色されているとは言え、当時の王太子は良く王位を返上しようとしたものだ。
そんな事普通なら出来る事ではないぞ。
相当国民を愛していたか、自分自身が王の器ではないと自覚していたのかな?
「この建国の時に我々24家は聖下から精霊道具を下賜されたのだ。それから約1万年、精霊道具は我等の事を見守っている。言い方によっては邪な考えを起こさぬように見張っているだがな」
ホーエンハイム公爵に続き大公も話しに加わってくる。
「この花祭りは元々エルトウェリオン王国の建国記念日に開かれていた祭りだったのだ。しかしもう一つの意味があっての。それはエルトウェリオン王国の崩国追悼日だ。当時の王太子ルシルカリオンは建国記念日に国を解体した。つまり素晴らしい事の裏側には必ず悲しい出来事もあるのだ、と戒めのために開催し続けているのがこの花祭りというわけだ。だが花は散ってもまた繰り返し咲き誇る。すなわち国の再生の意味も込められておる」
国は大きくなれば成る程腐敗が起こりやすくなる。その監視ために国の上層部とも言う24家に精霊道具を配置したんだな。
ヴァールカッサも言っていたように褒美と思いやりの気持ちも込めて…
「演劇は今日で終了だよな?」
「うん、そうだよ。でも祭りは明日まで続くよ。今日の夜から明日の夕方まで街中で飲んだり食べたり踊ったり催し物をするんだ」
「夜通しお祭り騒ぎするのか?」
「うん。町の子供は一年の中でこの日だけは夜更かしを許されてるんだ。だから夜でも小さい子も一緒になってお祭り騒ぎさ」
その日は皆で朝方近くまで遊んで別邸へ帰り何かに誘われるかのように床にへとついた。
『…………だ…ね』
『き………を…し……う』
『……たえてお…から』
夢の中で誰かが話しかけて来るのが分かる。
体が、動かない…
必死になって目を開けるも、目の前には黒い霧が立ち込めており話している人物が見えない。
『………よ』
誰かが笑いながら何かを呟くと、俺の指の嵌っている指輪が突然光りだした。
混乱の中黒い霧が晴れ、前が見えるようになったが話していた人物はもうそこにはいなかった。
「う………おい、公星どいてくれ…」
「モキュ?」
目を覚まし気づいたら公星が俺の胸の上で寝ていた。
起き上がり先程の夢を思い出して指輪を摩ってみるが何も変化は無い。
寝汗で体に纏わり付く服を脱ぎ、混乱する頭のままでシャワーを浴び、着替えた後さっきの夢について再び考えてみる。
「あの声はやっぱりあの時の男の声だ…ああ駄目だ。起きたばかりで頭が働かない……それはそうと今何時だ…?」
コンコン
やっと頭が働き始め時計を見るともう昼を過ぎており、腹が減ったので考えを打ち切り食堂へ向かおうとしたとき部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
扉が開くとそこにはアードフさんが立っていた。
「おはようございますセボリオン様。早速で申し訳ないのですが旦那様方がお呼びですのでご足労願いますでしょうか」
「え?皆呼ばれてるんですよね?」
「いいえ、旦那様方がお呼びなのはセボリオン様だけです」
なんで公爵様たちが俺だけを呼び出すんだ?
冷めてきたはずの頭が再び混乱する。
「なんで俺だけなんですか?」
「私は理由を知らされては居りません。ですので旦那様方に直接尋ねてくださいませ。ではお支度はよろしかったでしょうか?」
「はい……大丈夫です」
俺はアードフさんについて廊下を渡り、今まで足を踏み入れていなかった地下のフロアに案内された。
地下のフロアは魔法の光で照らされ思ったよりも暗くないが、少し肌寒くひんやりとしていた。
「地下に皆様がいるんですか?」
「いいえ、これからご案内するのは本邸でございます。地下に本邸と繋がる移転陣がございますのでこちらへご案内いたしました」
暫くすると重厚な扉が現れアードフさんが扉を開くとそこには人10人ほどしか入れない小さな移転陣が描かれた部屋であった。
「では本邸まで移転いたします。本邸からは私ではなく本邸の執事がご案内いたしますので宜しくお願いいたします」
「…はい」
移転陣の真ん中へと歩き立ち止まると陣の紋様が淡く光だし、俺は本邸へと移転した。
ほんの一瞬で移転が終わり周りを見ると、先程の部屋よりも2周りほど大きい部屋に出てきた。
その部屋には知らない年配男性が立っており、俺の姿を確認した瞬間お辞儀をする。
「ようこそ、エルトウェリオン公爵家本邸へ。私は本邸執事のジルハと申します。早速ですが公爵様方がお待ちですのでお部屋へとご案内いたいます」
この姿勢が良い白髪の60代と思しきお爺さんが、エルトウェリオン公爵家の使用人の中で2番目に偉い人か。
確かに只者ではない雰囲気を出している。
移転陣の部屋から出て歩く事約5分ほどで、同じフロアの一番奥まった部屋の前に招かれる。
部屋の扉はアンティーク調の設えだが、良く手入れされており古さを全く感じさせない作りだった。
コンコン
「入れ」
「失礼いたします。セボリオン様をお連れいたしました」
ジルハさんさんがノックをすると、エルトウェリオン公爵の声が聞こえてくる。
中へ入ると三公爵とエルドラド大公、ウィルさんにヴァールカッサが部屋で寛いでいた。
「セボリー、良く来た。お前を呼んだのには理由があるが、まずは座りなさい」
「はい。失礼します」
エルトウェリオン公爵に促されて席に座るとすぐにお茶が運ばれて来て、ジルハさん以外の使用人の人たちが外へと出て行った。
公星がヴァールカッサの元へ飛んで行き、一緒にじゃれ付いている。
お前は余裕だな、おい。
「ウィル」
「あいよ。『断絶結界遮音陣』…なぁ、俺に頼まずに魔道具を使えばいいじゃねーか?」
「お前がいるんだから良いじゃろうが、こういう時にこそ役に立て」
「へいへい」
アライアス親子の言い合いに区切りが付いたところでエルドラド大公が事情を説明し始めた。
「今回おぬしを呼んだのには理由があると言ったが、わし等も驚いておるのだ」
「驚いているとは?」
「あのお方…聖下から伝令が届いた」
「っ!!!」
先程綺麗に洗い流した筈の冷や汗がまた出てくるのを感じ、心臓も激しく鼓動を打っている。
「しかも態々従魔をお使いになられた」
「従魔?ですか…」
「ああ、おぬしのコーセーと同じようなものだ。だがあのお方の使い魔は精霊である」
「それはつまり…」
「多分おぬしが想像している従魔とは動物が精霊化したものだろう。しかし違う」
違うのか。
昔動物がある偶然を経て精霊化することがあると聞いていたから、てっきり従魔とはそういったものだと今思っていたが…
では何なんだ…
「話が逸れるが従魔とは創造具現の術式で生み出される人工的な精霊の事だ」
「っ!?でも人工的には精霊は作れないって…!!」
「実は出来る。出来ることは出来るが、成功例はあのお方しかない」
「それはどうやって作るのですか…?」
「自然や大気に満ちている力と術者の力を極限にまで圧縮し混ぜ合わせ、特別な術式を持って創造し具現化せしめるらしい。儂はその光景を見た事がないのでそれ以上は何も分からん」
つまり高圧縮して混ぜ合わせた力を使って自分が創造した生物に具現化できるということか?
そんな事がはたして出来るのであろうか…
「まぁ、良い。それで伝令なのだがな、伝令と言うか伝言に近いものがあるのだが、儂等だけではなく24家当主と大公の全員にお達しが回った」
「…………………へ?」
今何て言った?
24家全ての当主と大公に俺の情報が回っただと!?
なんだそれ!!!
「それは!!!」
「落ち着け」
「落ち着いていられるわけ無いでしょうが!!!」
「だから落ち着け、別に情報が全て流れたわけではない。ただ指輪の所有者としておぬしの名前と存在を流しただけだ。個人的な情報はサンティアスの養い子としか出しておらん」
「つまりは?」
「サンティアスの養い子と言う時点で24家ですら口や手を出す事は憚られているという事だ。サンティアスの養い子はあのお方、聖下の養い子だからな。安心しろ、お達しの内容も我等24家がとやかく言うものではない。もしかしたら興味本位で接触を図ってくるかもしれんが、唯それだけだ」
「それが一番嫌なんですけど…」
「ははは、まぁ我慢せい。では言うぞ」
8対の目が俺に集中した瞬間だった。