第五十三話 花祭り五
ホーエンハイム家9代目当主フレーデルバルドの代より約500年後、エルトウェリオン王国は緩やかに力を失い、かつて広大だった領土も隣国に削られ斜陽へと向かっていた。
「王よ!このままでは国が持ちませんぞ!」
「どうかご決断を!」
「ならぬ!ならぬぞ!そんな事など認められるはずが無い!!」
「そうだ!諸兄たちは何を言っているのか分かっておられるのか!!」
玉座の間に居並び王の前で進言する家臣達。
その家臣達に詰め寄られ必死で拒否をする王。
そしてその王を援護する王の取巻き達。
広い玉座の間に男達の怒鳴り声は木霊する。
「ホーエンハイム家やアゼルシェード家、アライアス家は勿論エルストライエ家や他の有力貴族家の当主方も賛成をしているのですぞ!」
「王太子ルシルカリオン殿下でさえ賛成しております!」
「どうかあのお方にご相談を!あのお方ならきっと我らにご助力下さる筈です!」
家臣達の必死の進言にも耳を貸さず王はさらに拒否をする。
その顔は真っ青であった。
「ならぬ!あの者は確かに手助けするであろう!だが駄目だ!このエルトウェリオン王国が出来て700年強、その中であの者の力を借りて国を立て直した事はすでに2回!そして最後に力を借りたのは約40年前の事だ!あの戦の後、あの者はこう言った!『次にこの国が私の力を必要とする時は国が滅びる時であろう』とな!余はまだ幼く先代王の近くでその言葉を聞いていただけだが、あの声色!あの眼差し!胸に突き刺さるような冷気は今でも鮮明に覚えておる!!」
血の気の無い顔で怒鳴り散らす王に家臣達はそれでも意見する。
「王よ!このままでは国どころか王家さえ何もかも絶え申す!」
「どうかあのお方にご助力のお依頼を!」
「ならぬ!!!」
壮年の貴族の男は必死の形相で王に嘆願をするが、王は首を縦に振ろうとはしない。
そんな王を見て王の取巻き達は更に王へと拒否を促す。
「あのお方を戦に参加させるですと!?あのお方は聖職者ですぞ!!いくらアルゲア教の重鎮とはいえ聖職者が国を動かすなどあってはならぬこと!!」
「そうです!良い様に国をのっとられるだけですぞ!!」
「それにあのお方の助力などなくとも、歴史あるエルトウェリオン王国は永遠に輝き続けるのだ!!!」
ザワザワ………
ガヤガヤ………
ギィィイイイイイ
喧騒の中扉が開き一瞬にして静りかえる室内。
開かれた扉からは、王太子のルシルカリオンが数人の諸侯と大勢の兵士を連れて入ってくる。
「まだそんな事を議論していたのですか。こんな事をしている間にも民の血は流れているのですよ」
「………ルシル」
「父上、私はこの国を愛しています。しかしこのままではたくさんの罪のない民が殺され奪われてしまいます。民あっての国です。もはや一刻の猶予もございません、父上ご決断を」
「ルシル!お前はこの国が、我が王家がどうなってもいいと言うのか!!」
王太子の説得に怒りの表情で反論する王だが、王太子は冷めた目で父王を見上げた。
「父上、あなたは結局自分のことばかりなのですね。我が王家がなくなろうとも血は残ります。それで良いでしょう。私はあのお方にこの戦の全権を渡すつもりです。私は昔あのお方にお会いして言われた事があります。『民を慈しむ心を忘れた王家は滅びるだけであろう、集と個を発展させるのは柔軟な発想と何事をも容認できる大きな懐である。そして集と個に慕われるのは誠実なる心の持ち主だけだ』です。その時父上も一緒に聞いていたのに、どうやら父上はそのどちらも忘れてしまったようだ」
その王太子の発言に王は激怒した。
手を振りかざし王太子に指を向けて怒号を飛ばす。
「ええい!黙れ!余を侮辱するとは息子とて許さん!衛兵よ!この痴れ者を捕らえよ!!」
「そうですぞ!いくら王太子殿下とはいえ陛下に言って良い言葉と悪い言葉がございます!!衛兵!!」
王と取巻きが衛兵に発破をかける。
しかし衛兵達は動かない。
「お前達!一体何をしている!!コレは命令だ!!!捕らえるのだ!!!」
王はもう一度命令を下すが、衛兵達に冷めた目で見られるだけであった。
「父上、今すぐ退位なさいませ。もうあなたについて行こうとする者は少ない。この数ヶ月、私と私の考えに賛同してくれた諸侯、そして文官と軍部の人間達で少しずつ邪な考えを持つ者達を排除していました。あなたはその動きに全く気づいていないようでしたがね。まさかここまで周りが見えていなかったとは、皆もほとほと呆れ申した」
「お……お、お前は………!!!」
顔を真っ赤に染めながら怒りで上手く声が出ないのか、王は口を開閉させている。
「衛兵達よ、王とその取巻きを捕らえろ」
王太子が命令すると、衛兵達が一斉に室内に雪崩込み、玉座に座る王と周りの取巻き達に迫っていった。
王達は必死で逃げ抵抗するが意味は無く、すぐに拘束されてしまう。
「おのれ!許さんぞ!父たる、王たる余にこのような仕打ちを!!」
王の顔は先程の血の気の無さは何処へやら、炎のように赤く染まり目も充血している。
言葉を発する口角には泡が出来ていた。
王と同じく拘束された取巻き達は呪いの言葉を発していく。
「畜生!もう少しだったのに!!」
「この国は滅びる!その前に甘い汁を吸って何が悪いのだ!!」
「恨むぞルシルカリオン!!この考え無しの無能な王を煽てていれば隣国から金が貰え、併合時にも貴族の地位も約束されていたのに!!!」
その取巻き達の言葉に王はカッと目を見開いた後、呆然として力なく首を下げた。
まさか自分が信頼していた者達が自分を嘲笑しているとは思ってもいなかったのだ。
その光景に王太子と諸侯達も焦燥感がどっと体に圧し掛かってくる。
ココに来るまでに国の膿を取り除いていたはずのに、一番大きな膿が中枢にいるとは思ってはいなかったのだ。
「呪われるが良い!!何がエルトウェリオン王国だ!!歴史だけの張りぼての国はコレで滅ぶんだ!!精々あの聖職者に媚でも売っていろ!!良いさ!地獄でこの国がどうなるか見てやろうじゃないか!!あははははは!!!」
王と取巻き達は幽閉され、一生外の光を拝む事はなかった。
取巻き達の最後の言葉に、王太子と諸侯達は天井を見上げながら深い苦悩の溜息を吐いた。
「……皆、王は退位したぞ。しかし私は王位は継がん。下の弟達も王位を継ぐ事はないであろう。その事は相談し皆納得してくれた。そして邪な思いを持っていた庶子の排除も終わった………アゼルシェード、あのお方に連絡を……精霊道具をお貸し頂く様にお願いいたせ」
「は!仰せのままに」
王太子は捕らえられた者達が連れ出された扉のほうを向き、誰にも聞こえないほどの声で囁く。
「民が救われるのならいくらでも媚を売って土を食んで泥水を啜ってやるさ。あのお方は精霊に愛されている。あの力を十全に使用できるのはあのお方だけだ…私達はそれにおすがりするしかないんだ…後世で私のことを蔑めばよい。国が滅びようとも民を救う…それが誇り高きエルトウェリオン王の血統たる私の役目だ」
その言葉を言い終えると王太子は周りの諸侯に意見を聞き始めた。
「ホーエンハイム、お主はどう思う。私は間違っていると思うか?あのお方にこの王国の運命をゆだねるのを」
「いえ。全ては王太子殿下の思うままに。それに私はこの選択を間違っているとは思ってはおりませぬ。あのお方は昔の王よりあの領地を下賜されました。それも治外法権の了承を受けての下賜でございます。あの領地は王国であって王国ではございません。あのお方は王国に腐敗があれば弾劾裁判長兼断罪者として王陛下すらをも裁ける地位とお力をお持ちです。それだけの地位を持っているお方が今まで野心も無くこの王国を助けて下さっていたのです。此度もよしなにしていただけると存じます」
「エルストライエはどうだ。」
「あのお方なら大陸全土を掌握する事は夢ではございません。しかしながらあのお方はそれをしないでしょう。奪われた領地を奪還後隣国に制裁を下し、我々の不甲斐なさを叱責、そして弾劾するでしょうな。ここまで腐敗するのを見過ごしてきたのですから弾劾されるのは当たり前かと存じます」
「…結局我々は指を咥えて待っているだけしか出来ないわけか、情けないな」
王太子に頼まれアゼルシェードが席を外してから約半刻後。
カラーンカラーーンカラーーーン
玉座の間に鐘の音が響き渡り、黒服を着た中肉中背の男が姿を現した。
黒服にはきらりと光る銀色の紋章が見える。
よく見れば大樹の模様に剣と杖が交差し、その中心には星のような宝石が埋め込まれた楯が描かれていた。
「皆様ご静粛に、これより旦那さまからの伝言をお伝えいたします」
これから1年後、エルトウェリオン王国の敵国とその敵国に加勢していた国は全て滅ぶことになる。
奪われた土地を奪還しつつ獲得した土地を再編併合し、広大な領土を再獲得したエルトウェリオン王国だが、その3年後にはエルトウェリオン王国の名も消滅した。
エルトウェリオン王家が王位を返上し、玉座に座る者が現れなかったからである。
エルトウェリオン家が王位を返上した後、元王国は官民一体となって国としての改革を推し進めていった。
その証が世襲貴族と一代貴族の創設と3院制、そしてサンク・ティオン・アゼルスとサンティアス学園である。
王国の改革を推し進めた24つの家を世襲貴族として領地に封じ、平民の中から目覚しい功績を残したものには一代貴族の称号を与え、平民の声も反映させるように平民も政治に参加させた。
そしてこの戦で出た敵味方全ての戦災孤児を区別無く抱き込み、アゼルシェード家が経営していたサンティアスも国に譲渡され、広大な土地に学園を作り国の発展を担う若者達の育成に力を入れるのであった。
こうしてエルトウェリオン王国解体から約半年後、フェスモデウス聖帝国が建国され、現在も続く大帝国が産声を上げるのであった。