第四十七話 紋章
2日目の上演が終わり横を見れば、昨日と同じく号泣する2人の姿が目に入る。
確かに今日の劇は昨日のよりも涙を誘う内容で俺も泣きたかった。
そう。泣いたじゃなくて泣けなかったのだ。
なぜなら途中からこいつ等の嗚咽が気になって涙が引っ込んでしまったんだよ。
控え室に戻りお茶を飲みながら、今見た劇の内容について議論をする。
「つまり初代エルトウェリオンが生まれた土地がこのエルドラドなんですね」
大まかにしかわからない内容を補足するように、主に大公が説明をしてくれる。
「左様。実際に4つの墓石もこの町に存在しておる。初代が最初に国を築いたのがアクナシオンと言う町でな。アクナシオンはエルドラドより400キロほど離れた町で、この名前は初代の三男の名前から後に付けられた地名だ。初代はベルハーラの死後、国務と並行してエルドラドの町を築き直し、ベルハーラの死から約20年後に遷都を果たした。遷都した後三男のアクナシオンに首都であった町を譲ったと言うわけじゃ」
一万年以上も前の墓が残っているのかよ。
っていうか400キロって東京と兵庫の直線距離とほぼ同じじゃねーか!
どれだけエルトウェリオン公爵家の領地広いんだよ!
今度地図で確認してみなければ。
「それからずっとここが首都なんですか?」
「うむ、そうだ。エルトウェリオン本邸が黄金宮と呼ばれておるのは知っているか?」
「はい、最初に来たときにアードフさんに教えてもらいました」
「初代は母が植えた花畑を出来るだけ残したかった。なので城を作る時に花畑を抱き込むように設計し建てさせたと言われておる。4つの墓石も本邸の敷地の中にあっての。儂等エルトウェリオン家にとって聖地とも言える場所だ。その花畑に咲いていた花は世代が変わっても今もなお毎年咲き続けておる。その花の色は通常だと白なんじゃが、ある一定の時間に見ると黄金色に見える。そしてその花の色が光に反射して城が黄金色に輝くように見えることから黄金宮と呼ばれておるのだ」
壮大すぎてよく分からなくなってきたよ。
「そしてその花はエルトウェリオン家の家紋にも描かれている」
エルトウェリオン公爵がそう言って自らのマントの留め金を指し俺達に見せてくる。
そこには天秤の右皿に宝玉が、左皿には花が描かれていた。
「天秤は民の憂いを取り除き調停をする者、宝玉は民の心、花は清廉潔白で誠実な心を意味しているんだよ。つまり人を思いやる優しさと、大切なものを守る強い信念を現しているのがうちの家紋だよ。作られてからかれこれ1万年以上経っているけれど色褪せない我が家の家訓みたいなものだね」
へぇ。そういう意味があったのか。
シエルが自慢顔で解説をしてくれた。
紋章といえば、我らがサンティアスの紋章は木だ。
確かあれは系譜を意味していたと覚えている。
聖育院の先生たち言っていた…
『いくら血が違くとも、いくら外見が違くとも、その木に住まう者は皆平等な仲間であり家族である。皆サンク・ティオン・アゼルスの愛しい子供、皆精霊の子。皆延々と成長し続ける生命と知恵の木の苗』
昔は「皆仲良くしろよ~稼げる立派な大人になれよ~」位の解釈だったが、今思い返してみると色々と考えさせられる紋章だな。
精霊の子とは精霊の祝福を受けた者のことだろう。
祝福を受けた者はたとえ血を分け合っていなくとも仲間であり家族である…か。
生命と知恵の木とは聖帝聖下のことだろうなぁ。
この数日の出来事でなんとなく想像がつく。
帰ったら副院長に聞いてみよう。苦情と一緒にな。
「そう言えば話しは変わりますが前に話しに出てきた精霊人って耳が長かったんですかね?」
「どうしたきなり?」
「いえ、ふと気になってしまって…」
昨日から気になっていて聞いてみたが唐突だったか。
「伝承によれば外見は全て普通の人間と同じだと言われておるぞ?」
「な、なんだと…」
何たることか!
エルフといったら長い耳か尖った耳だろ!
エルフなのに耳が長くも尖ってもいないだと!?
それは果たしてエルフと呼べるのだろうか、いやでもこの世界では呼んでるんだよな。
エルフはチッパイか爆乳のどちらかと聞いていたから期待したのに!!
俺の希望が!俺の癒しが!チクショー!!!
いや!まだ希望が残っている!
半裸の人魚のお姉さんはどうなんだ!!
最初に人魚って聞くとした下心があると思われるから無難にドワーフでも聞いておこうかな。
「もしかしてドワーフとか人魚っていたりしますか?」
「いるぞ」
「いるんですか!!」
ウィルさんが希望をくれた。
マジか、いるのか!どこにいるんだ!!
人魚の半裸なお姉さま達はどこですか?
出て来いコノヤロォ!
「どこにいるんですか!?」
「なんでそんなに興奮してんだ?そいつ等なら迷宮の中にいるぞ」
あ~ん?迷宮の中?
迷宮に生息してるのってモンスターじゃねーか!!
「え?もしかしてモンスターって認識?」
「いや、違う。迷宮に縛り付けられた種族だ」
縛り付けられた種族?
何それ~?随分とSMチックですね。
「お前が何を想像しているのかその顔を見て大体分かったが、お前の考えているものとは違うと思うぞ。迷宮のある一定の階層に行くとそいつ等の集落があるんだ。そいつ等は遥か昔から迷宮に住み着いていて、契約と言うか盟約で外へは出られないらしい。その代わり迷宮の管理を任されていると言っていたな」
へ?なんかおかしくない、それ?
なんで出れないのに管理を任されてるの?
普通管理任されてたら外にも出れない?
「あ~。最初の俺の説明が悪かった。奴等は元々モンスター……いや正確にはモンスターと人間の混血児の子孫らしいんだ。ドワーフの集落の長老もよく理解していなかったんだが、聞いた伝承の話では遥か昔に迫害にあって逃れるために迷宮へ住み着いたらしい。話を照らし合わせると初代エルトウェリオン王もまだ生まれていない時期だった」
「えーっとつまり、迫害を逃れるために迷宮に潜って住み着き、誰かと迷宮の管理の契約を結んだと言うことですか?」
「いや違う。奴等の先祖は迫害を逃れるために森の奥深くにひっそりと暮らしていたと言っていたが、さるお方に発見されて導かれて迷宮の安全な階層に移住したらしい。それから暫く経ってから高貴な方が安全な場所、豊かな暮らしとの引き換えに迷宮の管理を任されたと伝わっているようだ」
「さるお方?誰でしょうね?」
「さぁ?底は俺にはわからん」
「高貴な方は?」
「暫くってのが調べてみると大体聖帝国の建国より400年ほど前だった」
「じゃあその高貴な方ってもしかして」
「想像通りだろうな。奴等が言うには、迷宮に移住したという正確な記録が残っているのは約1万と少し前らしい、つまり聖帝国が建国される少し前の時期と重なる。ついでに言うと人魚のほうもそうだとよ」
「……………」
「あんまり深く考えないほうが良いぞ。深みに嵌る。それにヴァールカッサから制約の魔法をかけられているんだからな」
「………はい。でも想像するだけでも身震いがきます。前はこんな事無かったのに…」
「ははは!」
しかし今は人魚だ!
人魚の話を聞かせてくれ!
「人魚ってどんな胸じゃなかった!種族なんですか!?」
「おい。煩悩が丸わかりだぞ。まぁいっか。男はマーマン、女はマーメイドって呼ばれていてな。上半身は人間の形に近いが下半身は魚だ」
ナイスだ。
俺の希望の光が灯ったぞ!
俺はその時浮かれていた。
ウィルさんがその後に「まぁ、その反対もいるがな、上半身人間型でも女は大抵ブスだし」と言う言葉を聞いていなかったために、後に俺は迷宮内で血反吐を吐く程に怒りの絶叫を発することになる。
劇の上演を終が終わり控え室での談笑後、昨日と同じく皆で町へ繰り出した。
何故か今日はウィルさんも一緒にくっついきたけど。
「ウィルさん。アライアス公爵様の護衛しなくてもいいんですか?」
「いいよ別に。ぶっちゃけ聖帝国内で護衛なんて必要ないし、親父自体強いからな」
「え?アライアス公爵様って強いんですか?」
「24家の当主達は大抵強いぞ。まぁ中には本当に戦闘なんて出来ないような人もいるがな。考えても見ろよ。24家の一族は殆ど皆学園に通っているんだぞ。今の当主達だって然りだ。あそこは文型志望でも一応戦闘のイロハを叩き込まれる授業があるだろ」
ああ、そうだったわ。
俺にとっては地獄のブートキャンプ。
名前は体育だったけど内容は戦闘訓練だったわ、しかも必修。
初等部の同級生の中でヒィヒィいいながら授業を受けていた奴もかなりいたな。
俺もその一人だけど。
そうか……リュピーがあんな戦闘民族になってしまったのはあの必修のせいか…
遠い目をしながら広場へ向かうと音楽が聞こえてくる。
そこでは大勢の男女が踊りを踊っていた。
皆各々男女ペアや同性でペアを組み楽しそうに踊っていた。
「わぁ、綺麗なドレスね。みんな楽しそうに踊っているわ」
「お祭りだからね。美味しいお酒と美味しい料理、音楽と場所が揃ったら皆踊るよ」
「よし!いっちょナンパでもしてくるか!」
「ウィルさんが撃沈する光景しか思い浮かばない、うん」
「確かに…」
「うっさいわ!いいかお前等見てろよ!俺の素敵な話術と華麗なステップで可愛い子ちゃんを落としてきてやるわ!!」
そう言ってウィルさんは輪の中へ消えていった。
「踊りかぁ………はぁ、3年後が憂鬱だ…」
「え?どうしてですか?」
「ユーリあれよ、デビュエタンよ」
「ああ、お披露目パーティですね」
そう、前世のヨーロッパ貴族の社交界で言う所謂お披露目会、デビュタントの風習がこの世界にもある。
だがあれは本来女子しかやらないはずなのに、こちらの世界では男もやるらしい。
しかもそのダンスは前世で言う社交ダンスのスタンダードだ。
日本で言えば成人式のようなものらしいが、マジで勘弁してくれよ。
ダンスなんて出来るはず無いじゃん。
「しっかり踊りの練習しておかなくちゃね。まぁ、授業の必修にダンスが入ってるけど」
シエルが良い笑顔で衝撃発言をかました。
「「え!?マジか!!?」」
知らなかった事実に俺とルピシーが同時に叫ぶ。
「マジマジ。だからがんばってね。僕は昔から仕込まれてたから問題ないけど」
うわ!大貴族のボンボンいけ好かねー!!
「私も問題ない」
こっちは王族か!!
「ぼくも大丈夫、うん」
そうだこいつも良いところの坊ちゃんだった!!
「あたしはちょっと不安だけどがんばるわ。友達にも踊れる人がいるから教えてもらいましょ」
お前は男と女どっちのパートを踊るんだよ!!
「私は男性のパートしか習ってなかったので学園では女性のパートを練習したいです」
うん。まぁ…がんばれ……
「Oh…」
畜生!チクショー!!
何が楽しくてダンスなんてせなあかんねん!俺は日本人だぞ!
いや今は違うけど…
でもダンスなんて学校の行事でしか踊った事なんてねーよ!!
「おのれ…こうなったら俺が知ってるダンスを布教して社交ダンスなんて躍らせないようにしなければ」
この時の俺は明らかにおかしかった。
俺は自棄になり音楽隊の人にあるメロディの曲を教え、何故かノリノリでついてくるゴンドリアを連れダンスの輪に無理やり入っていった。
『U-shavtem mayim b'sasson mimynay ha y'shu-ah
U-shavtem mayim b'sasson mimynay ha y'shu-ah
Mayim mayim mayim mayim - hey mayim b'sasson
Mayim mayim mayim mayim - hey mayim b'sasson
Hey hey hey hey
Mayim mayim mayim mayim mayim mayim b'sasson
Mayim mayim mayim mayim mayim mayim b'sasson 』
聞き覚えの無いメロディに聞いた事もない歌詞、そして見たことも無いステップで踊り始めた俺に、周りの男女の視線は釘付けだぜベイベー!!
そうこの曲はマイムマイムだ。
日本(?)の踊りと言えばこれだろ!!
え?違うって?知るか!そんなこと!!
「へい!ゆー達、一緒に踊ろうぜ!え?何?ステップとかわからない!?そんなの関係ないよ!感じるんだ!心で踊るんだ!!心で踊れば体は自然とついてくる!!兎に角俺を見ろ!!!」
もう一度言おう。
この時本当に俺はおかしかった。
「またセボリーがハッチャケてるよ」
「いいから踊れやコノヤロォ!!!」
「「「「「「あ~れ~~~~」」」」」」
ステップも教え皆で踊っていたら何気にテンションが上り楽しくなってきた。
あれ?何故かウィルさんも一緒になって踊っている。
結局ナンパは失敗って事か。
その後、周りの人も巻き込み広場はマイムマイム祭り状態になった。
その次の年からこのマイムマイムはエルトウェリオン領で踊られ続け、年々他の領地でも踊られていくようになる。
後にこの踊りの考案者としてセボリオンの名前が首都シルヴィエンノープルの記念石碑に刻まれ、後世に伝えられるように飾られた。
当然そのことを知ったセボリーは自分の犯した軽はずみな行動に後悔した後発狂し、首都に乗り込んでその石碑を破壊しようとしたが、セボリーと知った周りの人間が謙虚な人だともて囃し破壊どころではなくなってしまうのであった。
それからセボリーは二度とマイムマイムを踊ることは無かった、ということをここに記述しておく。