第四十四話 花祭り
昔むかし、まだ今よりも人間が精霊の姿が見え声が聞けた時代。
とある寂れた集落の夫婦のもとに精霊達が託宣をした。
『君達の間に子供が生まれる』
『その子は偉大な者になる』
『大切に育てなさい』
『他の精霊達も言っていた』
『その子は始まりのひとりになる』
『延々と続く系譜の祖のひとりに』
精霊の託宣に夫妻は大いに喜び、そして感謝した。
「私達の子供が偉大な子になるのか」
「大切に育てましょう、だって私達の子なんですもの」
喜び勇み約1年後、大きな声を響かせて元気な男の子が誕生した。
夫婦は生まれた男の子にウェリオンと言う名前を授け可愛がった。
時が経ちウェリオンは活発な少年になった。
悪戯好きだが皆に好かれ愛され、また周りにはいつも精霊がいて見守り、夫妻も彼の下に出来た妹と一緒にいっぱいの愛情を与えて彼の成長を見守った。
そんなある日、平穏な日常は壊れることになる。
周辺で暴れまわっていた蛮族たちが彼の住む集落へ襲撃に訪れたのだ。
逃げ惑う人々、飛び交う怒号と悲鳴、息を止めても纏わりつく血の匂い。
男と老人は殺され、女は奪われ、子供は売るために捕らえられていった。
夫妻はウェリオンとその妹を逃がすために必死で逃げるが、逃げ延びることは出来ずに夫妻は殺されてしまう。
しかしウェリオンと妹は夫妻が木の洞へ押し込み藁をかぶせて隠していた。
蛮族達は全てを壊しつくし奪い去っていった。
木の洞から寝ている妹を抱きながら這い出たウェリオンは精霊達に泣きながら叫んだ。
「なんで父さんや母さんや知り合いを助けてくれなかったんだ!君達ならそれが出来たはずだ!」
精霊達は答えた。
『精霊は全知全能ではない』
『分かることは少ない』
『だが君達は助かった』
『偉大な者になる』
『苗木のひとつだ』
『手伝ってやろう』
ウェリオンは幼い妹を抱き絞めて精霊たちに言い放つ。
「力を!何者にも負けない力を!妹を守れる力をくれ!僕がこの子を守る!この子を幸せにするために力をくれ!」
『君は嘘をついている』
『その力で復讐をするつもりだ』
『憎しみは何も生まない』
『でも力をあげよう』
『特別に教えてあげる』
『特別な力を』
『大事なものを守れる力を』
ウェリオンは幼い妹を連れて大きな町へと向かうことにした。
その道中に精霊から秘密の力『魔法』を教えられる。
『その力とは世界そのもの』
『新たなる心理への第一歩』
『使う者を選ぶ力』
『秘された宝』
『尊き遺産』
違う町への道中は苦難の連続であった。ましてや子供だけの旅である。足元を見られることもあったし、追い払われ邪魔者扱いされたことも両手の数では足りなかった。
しかしそんな時にも精霊達は彼らを助けた。
食べ物が見つからなくて困った時はは木の実を見つけ教えてくれ、寒さで震える夜は精霊達が暖をくれた。
そんな中、町から町への移動の道中、兄妹はとある人物達と出会うことになる。
旅の傭兵とその弟子の師弟だ。
彼ら師弟は強くそして誠実であった。
彼らは2人の兄妹の境遇を理解し、暫くの間一緒に行動を共にすることに決めた。
師弟はウェリオン達が使う力に大層驚き伝授を願った。
「その力を私達にも教えてくれないだろうか、礼はする」
「良いですよ。でも礼は要らない。町までの護衛をしてくれるだけで十分だ。精霊もあなた達の事は信頼して良いと言っている」
「それでは私達の気が晴れない。私は精霊達のおかげで救われココまで生きてこれたのだから」
傭兵は昔故郷を滅ぼされ、復讐の炎に燃え上がり修羅の如き行為を行った。
しかし復讐を終えてみれば残るは空しさばかり。
酒をあおり女に溺れ、自堕落な生活を送り体を壊し寝込んでいた時、ある日寝込む傭兵に精霊が声をかけてきた。
『湖のほとりに行きなさい』
『さすればあなたは掛け替えの無いものを手に入れることができる』
『見守りなさい』
『あなたの心も救われる』
『やがて始まりの木の一本となる』
『新たな系譜が生まれる』
半信半疑で湖のほとりを散策していると、そこにはなんと赤ん坊が粗末な籐の籠の中に捨て置かれていた。
慌てて駆け寄ると痩せ細った男の赤ん坊が男の顔を見て、まるで振り絞るように鳴き声を上げた。
男は急いで町で乳母を探し乳を貰った後、住処へと戻り赤ん坊を抱きながら精霊達へと叫ぶように訴えた。
「精霊達よ!この赤ん坊を私に育てろと言うのか!こんな穢れた私に!」
『これぞ運命』
『苗木を育てろ』
『紡がれる糸が繋がるように』
傭兵は大事に赤ん坊を抱き上げ名前を授けた。
「お前の名前はマタイオス。精霊の贈り物だ!」
弟子のマタイオスはウェリオンと同い年で話も合いすぐに仲良くなった。
残念ながら傭兵とマタイオスには特別な力の才能は無かったが、彼らの関係は良好であった。
しかし別れの時は近づく。
兄妹が安住できそうな町へと到着したのだ。
別れを惜しみつつ希望を込めてウェリオンはある提案をした。
「もし良ければこの町で一緒に暮らさないか?僕達のような子供だけではこの町では生きていけない」
「私は君達に運命を感じた。私以外の誰にも懐かなかったマタイオスも君達を信頼している。もしこれが運命なのであれば…」
兄妹と師弟は町のスラムに移り住み生活を始めた。
決して裕福とは言えないが、彼らにとっては実に幸福な日々であった。
それから10年程の月日が流れ、突然幸福な日々は泡となって消えることになる。
兄妹の故郷を襲った蛮族たちが町を攻めに来たのだ。
「あいつらまた俺達の幸せを奪いに来たのか!奴らに目に物を見せてやる!」
「待って兄さん!危ないわ!」
「あいつらが父さんと母さんを殺したんだ!」
必死で兄と止めようとする妹、それを聞かずに飛び出さんとする兄へ傭兵が諭すように口を開いた。
「ウェリオン。憎しみは先を生まん」
「では指をくわえて黙って殺されろというのか!」
「そうではない。復讐で、憎しみの心で戦ってはいけない。お前は妹を、民衆を守るために戦うのだ。お前のその力はそのためにある」
「僕の力…」
「ウェリオン、俺も手伝うぞ。俺にはその力は無いが、町の仲間やお前たちを守りたいと思う気持ちは誰にも負けないつもりだ」
「マタイオス…」
ウェリオンは力を使い敵を押し戻すことに成功する。
民衆もウェリオンの力を見て希望の明かりを見出した。
ウェリオンはマタイオスと共に町の男達を発起させ戦いを挑んだ。
戦いは10日も続き、双方に大勢の犠牲者を出すことになった。
しかし町の犠牲者は返り討ちにした蛮族よりも抑えられることができた
ウェリオンの妹が力を使い治療を行っていたのだ。
妹は町の女達を集め精霊から教えてもらった治療方法を教えていった。
殆どの者達は特別な力を使うことが出来なかったが、使えなくとも応急処置ができれば助かる命も多くなる。
女達は戦い傷ついた男達を癒して廻った。
「皆!あと少しだ!あと少しであいつらを追い返すことができる!」
「もうひと踏ん張りだ。皆頼むぞ!」
喝を飛ばすウェリオンとマタイオスに妹が駆け寄っていく。
「兄さん、マタイオス。これお守りよ。お師匠さんにもさっき渡したの。中には薬も入っているわ」
「ああ、ありがとうベルハーラ。でも薬よりおいしいものを腹いっぱい食べたいな」
「俺もそうだ。でもありがとなベルハーラ」
「どういたしまして。この戦いが終わったら皆でおいしいものを食べましょうね」
ジャーンジャーンジャーン
敵襲を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
「来たか!皆行くぞ。大切な人を守るために!」
「師匠!行きましょう!」
「ああ、もうひと踏ん張りだ」
「行ってくるよ、ベルハーラ」
「必ず戻ってきてね、マタイオス」
「おい!マタイオス!俺の前でベルハーラといちゃつくな!」
「な、な!何を言ってるんだウェリオン!」
「そうよ!いちゃついてなんていないわ兄さん!」
マタイオスとベルハーラは照れを隠すように抗議し怒り出す。
「ははは!まだベルハーラを嫁に出す気なんてないからな!!」
「兄さんそれじゃ私行き遅れになるわよ!」
「それじゃあ俺がずっとお前の面倒をみてやるよ」
「嫌よ!私だってお嫁さんに成るって言う夢があるんだから!」
「ははは……さて行ってくるよ。必ず戻ってくるから」
「私を一人にしないでね。たった一人の兄さんなんだから」
「ああ、お前も俺のたった一人の妹だ」
ウェリオン達の決戦は始まった。
ウェリオンたちは汚れて擦り切れた鎧を着込み、ぼろぼろに刃こぼれした剣を持って立ち上り、命をすり減らしながら敵へと向かっていった。
先に動いたのは敵方で、街に突撃をかけ力づくで全てを奪おうと襲い掛かった。
しかしウェリオンたちも黙ってはおらず、必死で猛襲を守りきる。
両者疲労もあり一進一退だった。
膠着状態が長いこと続き痺れを切らしたのは敵方であった。
敵の頭が一人前へと出て傭兵へと突撃を食らわしたのだ。
傭兵は敵の頭の剣を自らの剣で受け止めると、その顔を驚愕で染めた。
「お前!まさかルシドか!?」
傭兵がいきなり悲痛な叫びをあげる。
「ん?まさか……兄貴か!!こりゃあ傑作だ!まさかこんな所で会うなんてな」
「お前自分が何をしているのかわかっているのか!」
「ああ、わかっているさ。俺は故郷を滅ぼされ兄貴ともはぐれた後、復讐をするために点々と町を渡り歩いた。俺達の故郷を襲った奴等は全員は殺してやったさ。だがな、もっと殺しがしたくなったんだよ!あの感覚が忘れられないのさ!それからはもう憑りつかれたかのようだったぜ。なぁ知ってるか兄貴。鬼を殺すとな、殺したほうは更に強力な鬼になるんだ!より一層醜い鬼にな!!」
「哀れな…私がお前を殺してやる。せめてもの兄としての情けだ」
「はっ!ありがてぇな。だが死ぬのはお前だよ!!」
何十轟と打ち合い両者一歩も引かない戦いの中、敵陣は壊滅状態であった。
ウェリオンたちが着実に敵を倒していったのだ。
「残るはお前と雑魚だけだ。観念しろ」
街の男達がルシドと傭兵を囲み、ルシドへとそう言い放った。
しかしルシドは怯もうとはしない。
「はっ!そうはいかねーよ!うらぁ!!」
傭兵はルシドの斬撃を避け反撃を仕掛ける。
ルシドは傭兵の反撃を避けるために大きくのけぞり、バランスを崩し地べたに尻を付いた。
これは好機。
「ルシドこれで終わりだ。大丈夫だ、俺もお前と同じ地獄へ行くさ」
「ハッ!俺は地獄なんていかねーよ!!!」
バサァッ
醜い鬼に染まったルシドは、握った手を傭兵へと振りかぶり砂で目つぶしを仕掛けてきた。
「ぬお!目が…」
その一瞬。
傭兵はひるんでしまった。
ザシュッ
「うっ…」
ルシドの剣が傭兵の腹に深く刺さり、傭兵は両膝を地につけた。
「俺の勝ちだ!!」
勝ち誇るルシド。
「「師匠!!」」
他の敵を片付けたウェリオンとマタイオスは傭兵の元へ駆け寄る。
「師匠大丈夫ですか!?しっかりしてください」
「貴様!卑怯な!」
「卑怯だぁ?正義面すんじゃねーよ!戦いに卑怯も何も無いんだよ!」
「貴様ぁぁああああ!!!」
ウェリオンがルシドへ向かって行く。
マタイオスもそれに続こうとしたが、息も絶え絶えに傭兵がマタイオスの名前を呼ぶ。
「………マタイオス、お前と出会えて私は変われた…いや、救われた。お前はこの私、エルトの誇りだ…生きろ。幸せになれ………我が息子よ…」
「師匠……父さん!父さん!!起きてくれよ父さん!!!」
エルトは笑いながら愛する息子の腕の中で眠るように息を引き取った。
「父さん…ありがとう…」
エルトを抱きしめたマタイオスは、ウェリオンと敵の頭の戦いを見守った。
「くっ!お前あの力があってなんで剣が使える!?」
「師匠に習ったんだよ!あの力があっても剣が使えたほうが良いと言われたからな!」
「糞!」
「これで…終わりだぁぁぁああ!!!」
「うおおおおおお!!!」
ウェリオンの剣がルシドの肩口から一気に切り裂いた。
ルシドは恨めしそうな目でウェリオンを睨み付けながら息絶える。
ルシドが息絶えた瞬間、ルシドの体から黒くドロドロとした瘴気が染み出るように溢れ出てきた。
ウェリオンはあの力を使い瘴気を浄化し空を見上げた。
「これで終わったよ…父さん母さん師匠…」
「ウェリオン避けろ!!!」
突然マタイオスの声が聞こえ振り返った瞬間、ウェリオンの体の数か所に痛みが走った。
痛みの場所を見ると体のあちこちに弓矢が刺さっている。
敵の残党が放ったのだ。
良く見ると心臓と喉も打ち抜かれている。
「ウェリオン!!あの力で回復しろ!!!」
「……………」
喉を打ち抜かれては精霊達に助けを請うことが出来ない。
ドサァッ
口から血を吹き数秒の間が空いた後、ウェリオンは地面へと倒れこんだ。
「うぉぉぉぉおおおおおお!!!」
マタイオスと民衆は敵の残党へと突撃し完全に制圧する。
制圧した後すぐにマタイオスはウェリオンへと走り寄った。
「ウェリオンしっかりしろ!お前が死んだらベルハーラはどうなるんだ!!」
「………………………」
マタイオスは呼びかけるが、既にウェリオンはこと切れていた。
「馬鹿野郎ぉ!!!お前まで死んでどうするんだよ!!!」
ウェリオンの手元を見ると、最後の力で振り絞って地面に書いたのであろう文章が綴られていた。
『妹を頼むぞ兄弟』
「ウェリオン……ああウェリオン……約束する。絶対に幸せにしてやるよ」
その後民衆の犠牲者とエルトとウェリオンは丁重に荼毘の伏され町に平和が戻った。
それから約1年後。
「おお!男の子だ!でかしたぞベルハーラ!!」
「兄さんそっくりな子ね」
「そうだな。なぁ、俺が名前を決めて良いか?」
「ええ、お願い。うんと良い名前つけてね」
「ああ、実は男の子だったらと生まれる前から決めていたんだ」
マタイオスは赤ん坊を抱き上げて大声で名前を授けた。
「この子の名前はエルトウェリオン。エルトウェリオンだ!!!」
後に強大な力を持ってこの町を中心として、広大な王国を築いた初代エルトウェリオン王の誕生であった。