第四十三話 祭りの始まり(2016.11.3修正)
『そうか……だっ…ね…』
『ヴ…ルカッサから聞い…』
『そ…指輪…るよ…いつ…つ…が来…うから…』
『…も…だ早い』
『…生…楽し…なさ…』
『き…せ…霊…恩寵を…』
夢を見ていた…いや、夢だったのか…?
すっきりしない目覚めだ。
夢の内容ははっきりと覚えていないのに嫌にはっきり残る断片的な声が頭から離れない。
でもあの声は昔聞いたことがある。
この指輪をはめた瞬間に聞こえた男の人の声だ…
エルドラドに来てから3日目の朝、花祭り当日の朝は清清しいほどの青空と、爽やかな風が吹き抜ける気持ちの良い朝だった。
もやもやが残る頭でベッドから起き、着替えを済ませて食堂へ向かうとルピシー以外のメンバーと大公夫人公爵夫人が皆と談笑していた。
「皆おはよう」
部屋にいる人たちに挨拶を返した後、フットマンのお兄さんが朝食を運んで来てくれた。
パンにハムエッグとサラダ、スープにデザート、そして食後の紅茶を平らげた後、今日の予定を聞いてみる。
「今日の花祭りのスケジュールはどうなってるんだ?」
「エルドラド内だったら大体どこにいても同じだと思うよ」
「何で?」
「さっきその話をしていたんだけどね…」
花祭りとは前に説明したとおり演劇をするらしいのだが、当然演劇を見れる人は限られてくる。
それでは折角の祭りの催しなのに見れない人が余りにも可哀想だ。
そこで昔のエルトウェリオン家当主は考えた。
どうにかして魔道具の力で民衆に見せることは出来ないかと。
そこで魔道具を使って空に立体映像を写すことにしたのだと言う。
そうすれば全ての民衆へ平等に演劇を見せられる。
実はこの魔道具、昔は戦争の時他国に宣戦布告をするために開発されたものらしいが、今はこういった使われ方をしている。
やっぱり便利なものって最初は全て戦争に結びついてくるんだな…
「へー、で俺達はどうするんだ?ここで見るのか?」
「演劇をやっている劇場に行くよ、父上や他の公爵様もそこで観劇するし」
「うわぁ、目立ちそう…」
「目立つだろうね。でも僕の友人として招かれた時点で避けられないよ」
「図ったな」
「計画通りだね」
おい、その顔を止めろ。
お前は何処の新世界の神だ。
「メシィーーー!あ、おはよう」
文句を言おうと思った瞬間にルピシーが起きてきた。
こいつは挨拶よりも先に朝食ですか、そうですか。
「じゃ、早速行こうか」
俺の言葉に大公夫人と公爵夫人以外が立ち上がる。
「え~~~~!!待ってくれよ。まだ俺何も食ってないぞ!!」
「何言ってるんだ、さっき食ったじゃないか」
「え!?マジで!?」
「マジマジ」
「そっか、じゃーいこ………ってやっぱ食ってねーよ!!!」
っち。気づきやがったか…
その後ルピシーが朝食を平らげるのを待ち車で劇場へと向かった。
エルトウェリオン家別邸を出てから30分ほど走っただろうか、劇場につくと入り口前には大勢の人が埋め尽くされていた。
劇場は円形闘技場のような形をしており、大公夫人が言うにはエルドラド駅と同じ時期に建てられた建物で、普段はコンサートなどを行っている場所だそうだ。
俺たちはそのまま車ごと入れる特別入場口から入り、控室へと通される。
そこには昨日の面々、つまり三公爵とエルドラド大公、ついでにウィルさんがすでに座って寛いでおり、俺たちが公爵達に挨拶をすると笑顔で返してくれたが、ウィルさんは目は完全に死んでいた。
「ウィルさんどうしたんですか?目が濁ってますが…」
「昨日あれから一晩中親父に説教を食らってたんだよ……なんであの親父あんな元気なんだ」
「おい、聞こえとるぞ馬鹿息子」
「聞こえるように言ってるんだよ!体力には自信があるがあれは精神攻撃だろ!」
「はい、そこまで。親子喧嘩は他所でやってくれ給え」
ホーエンハイム公爵が二人を止めに入った。
目ではもっとやれと言っているがな。
エルドラド大公も面白そうに笑いながら紅茶を飲んでいる。
「ウィル坊は昔から変わらんなぁ。ウォルトレインは生真面目すぎて面白くないが、お前はもっとはっちゃけろ。そのほうが見ているこちらは楽しいわい」
「アベルのおっちゃんヒデーよ!はっちゃければはっちゃける程親父がうっさくなるから無理!」
ウォルトレインさんとはウィルさんのお兄さん、つまりアライアス公爵の長男のことらしい。
彼は現在首都のシルヴィエンノープルの省庁で監察官をやっているらしく、ウィルさんが言うには「兄貴も家継ぐ気ないからな、それより不正を暴いたり人の弱みつついてるほうが楽しいらしい。俺も継ぐ気ないし姉貴あたりが選出されるんじゃないか?まぁ、もし選出されたら死ぬ気で逃げるけどな」と言っていた。
24家の跡取りたちって皆家を継ぐ気が希薄すぎねぇか?
24家と言ったら世界では権威と力と金の象徴だろうが!
皆やる気出せよ!!
まぁもし俺が24家の出で当主に選出されたら普通に逃げるけど。
「皆様仲がよろしいですね」
「ん?まぁ親戚のようなものだしな」
「やっぱり親戚なんですか」
「ああ、祖も同じらしいし、何代かに一回は24家から嫁を取ったり婿を入れたりするからな。けどもう血が混ざりすぎていて何がなんだかわからん状態だ。今日上演される演劇に大雑把にだけどエルトウェリオン家とホーエンハイム家の成り立ちが出るらしいから詳しくはそれで知れ」
「詳しくはCMの後でみたいなかんじですね。じゃあ今のうちに用を足してこなきゃ」
「しーえむ?なんだそりゃ?あーでも確かに大雑把にだが芝居の時間は長いからな。便所は済ませておいたほうが良いぞ。休み休みやるとはいえ5日間も続くのだからな」
5日連続…マジですか…あの僕、持病の癪があるので早退したいのですが…
前世に格好つけてクラシックコンサートに行って開演15分で記憶の無くなった男が俺ですよ。
演劇をする役者はエルドラドの町の有志が集まり無償で上演する。
町の有志と言えどもオーディションはあるらしく演技力は問題はない。
勿論上演する場所や衣装代などはエルトウェリオン公爵持ちで、直接はお金を渡さずに上演後に褒美と労いを兼ねて酒と食事を振舞うのが決まりなのだそうだ。
演じるほうもこの花祭りで演じることをとても名誉なことと感じており、皆こぞってオーディションを受けに来る。
そして中にはこの劇が切欠で演劇関係者に見いだされ、首都の演劇ホールで人気俳優になった者もいるのだという。
「いいなぁ、食事会かぁ…でも学園都市を離れて食べ歩きできなくてつまらないと思ってたけど、この街の料理ってスゲーうまいから俺は満足だぜ!」
「それは良かった。料理とは文化そのものだからね。料理がまずいとその土地も栄えない」
ルピシーの言葉にエルトウェリオン公爵がまんざらでもない顔をする。
「エルトウェリオン公爵様の言うとおりですね。私の国では料理の味付けは塩と胡椒と唐辛子で、調理方法は焼くか揚げるか煮るかですから、聖帝国の料理はおいしくて感動しましたよ」
「確かにな。チャンドランディアでもスパイスを使ったカリーと言う料理一辺倒で、聖帝国に来てしばらくは料理の種類の多さに目移りしたよ。だが聖帝国ではカリーに似たものがあったが少し物足りない感じがしてな、たまに自分で作って食べているよ」
ユーリの言葉にヤンも頷く。
ヤンが言う似たものとは日本のカレーライスのことだ。
聖育院にいた時は出なかったが学園の学食では普通にあり、最初食べた時はつい嬉しくてフォルクスの耳こと稲荷寿司の時と同じような反応になってしまった。
そういえば前にヤンが母国の味が恋しくなる時があると言ってカリーを作りおすそ分けでを食べたが、前世で食べたインドカレーまんまだった。
聖帝国のものはあれはあれですごく美味かったが、ガツンとスパイスが効いているものが食べたいのならカリーのほうがいいだろう。
あれ?そういえば聖帝国ってスパイス系の料理はあるがインドカレー系の料理って殆ど無いな。
もしかしたら商売の種になるかもしれない、今のうちにヤンからレシピを聞くかヤン本人に店を出すように検討させようかな…
自分の世界に入り商売の構想を思い描いていたその時、コンコンコンと言うノックの音が聞こえてくる。
「皆様方、そろそろお時間でございます。ご用意願います」
入室の許可が出て扉が開くと知らないおじいさんが来場の時間を告げた。
シエルによりとエルトウェリオン家の執事さんで、使用人の中では家令に次いで2番目に偉い人らしい
「ああ、わかった。皆そろそろ行こう。三公爵は一番最後だからね。それではお先に失礼いたします」
「ご案内いたします」
案内役のお兄さんを先頭にシエルが続いて座席へと移動する。
「ウィル兄さんは護衛だからアライアス公爵と一緒に来場するよ、ついでに僕達が座る席は所謂VIP席だからね。と~~~~っても目立つから覚悟だけはしておいてね」
ウィルさんは来ないのかと思って不思議な顔をしていたが、シエルが気づき教えてくれた。
VIP席って…マジかよ。勘弁して欲しいわ…
他のメンバーもヤン以外は顔が引きつってるよ。
ヤンは流石に王族だな、場馴れ感が半端無いぞ。
後にヤンに聞くと、なんとなく分かっていたので諦めモードだったそうだ。
「こちらが入り口でございます。お開けいたします」
「ありがとう」
音もなく扉が開き視界が開ける。
「うわっ!」
「これはまた…」
「すっごいわねぇ…」
「あわわ…」
「これはない、うん」
「うわぁ…」
VIP席とは一番芝居が良く見れる位置、尚且つ一番目立つ場所で他の客席と仕切りで区切られたボックス席だった。
すでに観客が埋め尽くされており、VIP席用の扉から入ってきた俺達のことを他の観客がオペラグラスを使ってガン見してくる。
「じゃー座ろうか。あ、皆はこっちね。」
指差されたのはVIP席の中でも端の席だった。
少しは目立たなくて済むかなと思ったがVIP席にいる時点でもう手遅れである。
『皆様、これより公爵様方がご来場されます』
俺達が席に着くと大きな声が鳴り響いた。
どうやら魔道具の拡声器のようだ。
来場の知らせが出ると共に観客達は一斉に立ち上がった。
シエルも立ち上がり、俺達も釣られて立ち上がる。
そして観客達は軽く頭と膝を下げる略式の礼の準備をはじめる。
『ホーエンハイム公爵フレイデルハルト様、アライアス公爵ジルガンテイン様ご来場!』
2人の公爵が開いた扉から現れ、歩いて玉座のような椅子の前に立ち止まる。
『エルドラド大公クレマンアベル様、大公夫人アーデルハイド様ご来場!』
大公夫妻も名前を呼び上げられ定位置の椅子の前へと立ち止まる。
「エルトウェリオン公爵リュシオンソエル様、公爵夫人アルティシア様ご来場!」
エルトウェリオン公爵と一緒に扉から現れた公爵夫人は公爵と別れて後ろの席へと向かい、エルトウェリオン公爵は他の公爵と同じように玉座のような椅子の前へと立ち止まった。
そして三公爵が一斉に座ると観客達は深い深い礼を三公爵へと贈った。
これがフェスモデウス聖帝国の公爵家の威厳か。
なんと恐ろしく、そしてなんて素晴らしいんだ。
俺は自分のことが精一杯で回りは見ていなかったが、自然と頭が下がる気持ちにさせられた。
『皆ご苦労。これより花祭りの開幕を知らせる。今年も何事もなく皆健やかに楽しく過ごせ』
いつの間にか持っていた拡声器で、エルトウェリオン公爵が花祭りの始まりを知らせた。