第四十二話 三公爵
2日目、俺達迷宮組はウィルさんに訓練をして貰ったり、エルトウェリオン公爵領のエルドラドを観光をすることにした。
ウィルさんは俺達にアドバイスをくれたり、ストレス発散のためか宣言どおりルピシーを適度にボコボコにしていた。
エルドラドの町に出てみれば、町並みは前世テレビで見たチェコのプラハのような町並みで、とても美しく活気に溢れておりとても良い町だ。
学園は雑多な感じな建物が多いが、こちらでは全て統一された建物が並んでおりなんと言うか上品だと感じた。
昼食は軽く屋台で済まし、皆で広場へ出てみると急にウィルさんとシエルがとある男性達の前に走り寄り膝をつけた。
誰かと思った瞬間にシエルの口から出た名前で正体が分かった。
「お久しぶりでございます。ようこそおいでいただきました。ご壮健でなによりでございます。短い間ですが祭りを楽しんでくださいますようお願い申し上げます、ホーエンハイム公爵様」
「ホーエンハイム公爵様お久しぶりです。お元気そうで。会合はもう済んだんですか?うちの親父殿は何かご迷惑をおかけしませんでした?」
ホーエンハイム公爵!?この国の三大公爵の一人じゃねーか!こんなところにいて良いのかよ。
俺達が呆然と立ち尽くす中、ホーエンハイム公爵は穏やかな笑顔でシエル達へと言葉を返す。
「久しぶりだな。君達も元気そうで何よりだ。シエル君の学園での話は漏れ伝わってくるよ。ウィル君もなかなか楽しそうな冒険者生活をしているようじゃないか。さっきアライアス公爵が私達に君の事について愚痴を零していたよ」
白い肌に黒い髪の毛、サファイアのような瞳を持つ50代と思しき上背のあるナイスミドルが笑いながらそう答えた。
「ああ、うちの親父は放っておいても大丈夫ですよ。愚痴るのが趣味みたいなものですし。アイテェ!」
手を振りながら自分の父親をディスるウィルさんが突然痛がりだす。
よく見るといつの間にか来たのか杖を持った老紳士が杖でウィルさんの頭を叩いていた。
「誰が愚痴るのが趣味だ!それに迷惑をかけているのはお前であろうが!お前のせいでこのワシがどれだけ苦労しているかわかっているのか馬鹿息子!大体お前は学生時代から問題を起こしおって!私の護衛としてこの町に来たのに、私を放っておいて食べ歩きか!?このたわけ者が!」
「いや。エルドラドに来たのだから、一足お先にこの土地を治めるエルトウェリオン公爵様に挨拶しに行こうと思って…」
「黙らっしゃい!どうせお前はまた馬鹿なことをしていたのだろう!」
「アライアス公爵様もお久しぶりでございます。ウィル兄さんの頭を叩いても公爵様の杖が傷むだけですので効果が無いと思いますよ」
シエルは兄と慕う男を岩石か何かに例えるような言い様で、笑いながら60代後半と思しき老紳士に話しかける。
あれがアライアス公爵……ウィルさんのお父さんでこの国の三大公爵の一人。
「おおシエル君か。立派になったな。しかしエルトウェリオン公爵が羨ましいわい、こんな立派なご子息がおるのだからな。背だけは一人前で、頭の中がちっとも成長しないどこかの誰かさんも見習って欲しいくらいだわい」
白髪交じりのレッドブロンドの髪に灰色の瞳をしたアライアス公爵は、ウィルさんの顔を見ながらそう言い捨てた。
「うっさいわ!親父だって若い頃はひどかったってボロディンやメイド長のジオナが言ってたぞ!」
「昔は昔で今は今だこの馬鹿助が!!」
「不公平だーーーー!!」
うん。どっちもどっちですね、すっごい低レベルな争いですわ。
マジでこの国大丈夫なんだろうか…
あれ?なんか俺この頃この言葉良く使ってるな。
ああそうか、そういう人間がこの国の上層部に多いからだ!
終わったな…フェスモデウス聖帝国…
遠い目をしながら空笑いをしていた俺達にホーエンハイム公爵が話しかけてくる。
「君達はシエル君の友達かな?」
「はい、そうです。エルトウェリオン公爵様のお気遣いで祭りの間ご招待いただきました」
そう言う俺の顔をホーエンハイム公爵は食い入るように見る。
「もしかして君がセボリオン君かな?」
「え!?はい、そうです。俺がセボリオンと申します」
突然のホーエンハイム公爵の口から俺の名前が出て驚愕するも、次の言葉で俺は地べたに沈むことになった。
「セオドアール卿から君の話は聞いているよ。面白い奴がいるとね」
「あのおっさんいつか絞める!!絶対に絞めてやる!!!」
orzの体制で吐き捨てる俺の姿をホーエンハイム公爵は面白そうに観察してくる。
「忘れてください!あのおっさんが言ってる事は殆どが空想と妄想です。信じるとご自身が頭の可笑しい奴だと思われるのでどうか…どうか…どうかご注意を!!」
「私はセオドアール卿と長い付き合いになるがそう言った噂は聞かないなぁ」
この人も絶対性格悪いよ!
ここの貴族は性格悪い奴しかいないのかよ!!
その後少しの間談笑をした後、アライアス公爵とホーエンハイム公爵は本邸のほうに泊まるらしく、アライアス公爵がウィルさんの首根っこを持っている杖の持ち手で引っ掛けて車に押し込み山の上へと向かっていった。
端から見れば連れて行くというか強制連行だったけどな。
「この数日で公爵様を全員見ることになるとは思いませんでした…」
「ああ、全くだ…」
ユーリがそう呟くとヤンも同意する。
まぁ、俺でも思わ。
だってこの国に24人しかいない世襲貴族の3人しかいない公爵を、一気に見ることなんて普通の人生を送っていたら絶対に無かっただろう。
もしあったとしてもそれは24家と関わりがある人か、一代爵位を賜っている方ぐらいだ。
「あたしもまさかこんなに立て続けで見るとは思わなかったわ」
「ぼくもそうだよ。おじいさまや伯母様は数年に一度会うことはあるけど、他の世襲貴族の方とお会いしたのは昨日が初めてで今日は驚きだよ、うん」
「っていうかさ、こんな公の場所で大貴族が顔並べてて良いんかい」
「僕も他の24家の方と会うのは何かの行事がある時位だから、未だにお会いしていない24家当主の方もいるんだよねぇ。聖帝国は治安が良いから大丈夫だよ。一番治安が悪いのは首都と学園都市だし。それでも他国の治安が良いところよりも平和らしいけど」
学園都市って治安悪いの!?
え?普通に新宿や渋谷、六本木や池袋とかより治安良いんですけど…
「シエルでも会ったこと無い人いるんだな。どれだけレアな光景か身にしみたぜ!」
「その人達に俺の話をする副院長って…」
良し決めた。帰ったら早速聖育院に帰って文句を言ってやろう。
夕方になり皆で公爵家別邸へ戻ると、門扉にキョロキョロと視線を泳がせる不審な人物が立っていることに気付いた。
シエルに確認しても知らない人だと言い、皆不審に思い眉間に皺を寄せる。
「あの、そこにいたら入れないのでどいていただけませんか?」
流石に門のまん前に突っ立っているので無視して入ることが出来ずシエルが話しかけた。
シエルの言葉に不審人物が満面の笑顔で俺達に話しかけ、聞きたくも無い自己紹介をしてくる。
「おお!君達はこの家の縁者かい!?私の名前はアッジロイ・バーサ・フォン・エンジロフだ。エルトウェリオン公爵様に折り入ってお話があるのだが橋渡しをしてくれないだろうか?」
「ご用件は何でしょうか?」
シエルが胡乱げにアッジロイなる人を見ながら言う。
「それは教えられない、公爵様の前でなら話してもいいがな。」
「それではお引き取りください。何時からここにいるか知りませんが、この屋敷の者があなたを敷地内に入れない時点でどんな理由であれご縁が無かったとお思いください」
「無礼な!私はジルドニア王国エンジロフ男爵が次男アッジロイだぞ!」
あ~成る程、唯の阿呆だわ。
普通聖帝国の貴族の屋敷の関係者と分かる人に対して、こんな態度を取れるものは阿呆と決まっている。
前にも見たがこれが他の国の馬鹿&阿呆と言うものか、痛い存在だな。
「そうですか。ではお引き取りください」
シエルはそんな阿呆に帰れと冷たく言い放つ。
「貴様!なんだその態度は!」
「お帰りなさいませ坊ちゃま方。その者はこちらで処理いたしますので、どうぞ中へお入りください」
阿呆が真っ赤な顔で激昂した瞬間、屋敷の使用人のお兄さんが門の前に到着して俺達に声をかけてくれた。
「え?え!?坊ちゃま?もしかして…公爵様の…」
阿呆が目を白黒させて俺達とお兄さんを見比べる。
真っ赤だった顔が青くなり、そして大量の汗を流しながら白く変わっていった。
「公爵様の縁者様に対してその様な受け答えは許容出来るものではありません。今すぐ立ち去るのなら大事にはいたしませんが、これ以上居座るおつもりでしたらこちらにも考えがございます」
「いや、あの…その…失礼する!」
阿呆は無様に足を絡ませ転びそうになりながら逃げるように立ち去って行った。
「タイミングが悪かったね。ああいうのたまにいるんだよねぇ。こっちももう慣れっこだからどうでもいいけど」
「大変失礼いたしました。もうかれこれ一刻ばかり前にお断りの話をしたのですが」
「いや、大丈夫だよ。良いタイミングで出てきてくれてありがとね。面倒なことにならなくて済んだよ」
「もったいないお言葉でございます」
「で、どういった話だったの?」
「それが…」
使用人のお兄さんの話では、どうやらあの阿呆は公爵家の護衛として雇って欲しかったらしい。
自分の腕がどれだけ素晴らしいか見てくれたら公爵様も自分のことを気に入ってくれるだろう、と声高らかに訴えていたようなのだ。
「成る程ね。予想通りかな」
「昨日の話を聞く分には絶対無理でしょうね」
昨日シエルやウィルさんから聞いた話だが、24家の使用人や護衛は通常一般人からは選ばれない。
その殆どがサンティアス出身者か他の世襲貴族からの推薦や縁故、奴隷身分の人から優秀そうな人を選別して雇うのだと言う。
縁故も親が奴隷使用人で24家に雇われておりその紹介で雇われると言った形が多く、雇用形態や賃金、また待遇はサンティアスの出身者であれ奴隷出身であれ全く変わらない。
聞くところによるとアードフさんも奴隷らしく、他国の農民として生まれ11歳の時に戦争の少年兵としてこの国に送り込まれ捕まり奴隷へ落とさたのだと言う。
最初は奴隷と聞いて嫌で嫌で悲しかったが、過ごしてみれば母国で過ごした環境とは雲泥の差の豊かさで、もう国に帰るつもりも無いし、エルトウェリオン家に生涯仕える気でいるようだ。
アードフさんが言うには「奴隷として良い環境で人間の尊厳を守られながら心穏やかにそれなりの自由を約束されて過ごせる生活と、農民や兵士として休みも無く家畜のような扱いを受け汚い環境で生活するのでしたら誰だって前者を選びますよ。もし選ばないとしたら余程の変わり者でしょうね。ましてやご主人様やご家族、同僚が皆素晴らしい方達ばかりですからね。何時裏切られるか疑心暗鬼で過ごしていたのが、信頼信用されて心に余裕のある生活ができるなんて天国ですよ」だそうだ。
そういった採用条項なので他国の貴族などもっての他だ。
しかしあの阿呆は他国人がこの聖帝国の世襲貴族の護衛になれると本気で思っていたのだろうか。
普通真っ先にスパイの疑惑かけられるじゃん。
俺がもし雇用側でも絶対に無理だわ。
うん。無理
そうだ。護衛と言えばウィルさんはどうなったんだろうか…
アライアス公爵に首根っこ掴まれて強制連行されていったが…
ま、俺には関係ないか。がんばれ師匠。
そんな感じで2日目を過ごすのであった。