第四十一話 指輪二
あの後ウィルさんはちゃんとした軽食を食べてから談話室に戻り、俺達の出会いから今までの話を聞いてきた。
ウィルさんは俺達の出会いや商会を興した時の話には目を輝かせながら聞き入り、例のトリノ王国の馬鹿二人の話になるとまるで自分が被害者のように怒りを表した。
俺達の話を一通り聞くと、リクエストもしていないのにウィルさんは自分の学生時代の話をしてくれた。
そして魔法構築式の話になると先程のよう子供のような態度は成りを潜め、聡明な青年がそこにいた。
話を聞く所によるとさっきも言ったように、シエルの魔法構築はウィルさんから手ほどきを受けていて、実際俺も魔法構築の手ほどきを受けてみるとウィルさんの理論や技術は卓越したものであった。
ウィルさんからは慣れると動きながら複数同時に展開でき、尚且つそれをそれぞれの長所を阻害せずに融合して発動できると言われたが今の俺には夢のまた夢の話しだ。
「魔法構築式はパズルみたいなものでな。空白に文字や記号を当てはめていくんだ。わざと空白をあけたりして複数の構築式を重ねて出来た重複式を陣と言う。俺がさっき作った結界も構築式を10個単位で重ねてるしな、あ~アレに近いな。ほら版画って知ってるか?紙にどんどんと色を重ねていく手法の絵なんだが、感覚としてはアレだ」
「10個単位で陣を作れる人なんてこの国でもそうはいないんだけどね。そうだセボリー、ウィル兄さんは魔道具も作ることが出来るからあの指輪も見せて見れば?」
「指輪型の魔道具でも作ったのか?」
「いや、実は昔拾ってつけたら外れなくなってしまって…」
「はぁ?外れないって呪いの魔道具かよ」
うん。やっぱり皆そう思うよね。
どう聞いても呪いの一品だよ。
俺は指輪が嵌っている左手をウィルさんの目の前に持って行き指輪を見せると、次の瞬間ウィルさんが陣を展開させた。
魔法陣が俺の指輪の周りをくるくると回りながら纏わりついてくる。
「ん~~~、なんだこりゃ?『解析』」
さらに魔法陣が追加され今度は俺の体を囲むように包み込む。
緊張している中、白色の光だった魔法陣が紫色に変色していく。
魔法陣が段々と薄れていき、ウィルさんのほうを見ると難しい顔をしていた。
「体的には全く問題はないっぽい。何の素材で出来ているのかも分からんが、その指輪はおそらく精霊遺産だ」
「精霊遺産?なんですかそれ?」
「精霊道具は知ってるな。精霊道具は製作者が分かっているし、それ自体が人格を持っている。だがな精霊遺産は何時誰に作られたのか全く不明なんだよ。人格を有しているものもあるらしいが、発見されてもその効果は良く分かっていない。何故なら発見されたと同時にほぼ全てを聖帝聖下がお買い上げになって隠してしまうからな」
「実は俺識別のスキル持ってるんですが、この指輪調べると名前も殆ど黒塗り状態で表示されて、祝福の指輪と言う名前で、装備者のステータス上昇の効果と精霊石や大気中の魔力を吸収して魔力を回復させ、装備者の限界値を越えると外れると分かっただけなんですよ」
「便利なスキル持ってるな」
「一応セボリーにはその指輪のことも含めて余り口外するなとは言ってあるんだ」
「賢明な判断だ。サンティアスの養い子だから下手な事はされるとは思わんが、どこにでも阿呆はいるからな」
どうやらスルーしていたがとんでもない指輪だと判明し、俺は身震いを感じた。
自分でもなんとなく分かってはいたが、どうやらこの指輪は国宝級のものらしく絶対に口外はするなと重ねて忠告された。
ウィルさん自身精霊遺産を見るのは始めてだったらしく、興味深そうに指輪を見ている。
そんな中、ヤンが思い出したかのように精霊道具のことについて聞いてくる。
「精霊道具と言えば確か24家も精霊道具を所有しているんだったか」
「いるよ。本邸のほうだけどね」
いる?ああ、人格があるから生物として扱っているのか。
「うちにもいるな。ただアイツうっせーから俺嫌いなんだよな~。帰ってくるたびにからかわれるし」
「でもボロディンはウィル兄さんのことがお気に入りだと思うよ。いつも構われてたし」
「お前の所のヴァールカッサはいいよなぁ、静かでお淑やかだからさ」
ちゃんと名前まであるらしい。
「やっぱりそれぞれ個性があるんですね」
「ああ、うちのボロディンは盾型の精霊道具なんだが、普段は馬の形を取ってるからな。いつも領地内うろうろしてて、俺が帰ってくるといっつもすぐ飛んできてイジってくんだよ」
「姿を変えられるんですか!?」
「ああ、変えられるぞ。自由って程ではないがそれなりには変えられるらしい」
マジですか。
じゃあもしかしたら知らず知らずの間に俺も遭遇している可能性があるな。
「うちのヴァールカッサは杖の魔法道具なんだけどね。いつもは猫の姿なんだ。そろそろ僕達の匂いを嗅ぎ付けて別邸に来るかもしれないね」
「(ええ、早速来たわよ)」
静かに頭に響き渡るような声が聞こえ驚き周りを見てみると、そこには純白の猫と言うにはあまりにも大きい生物がいた。
これは猫と言うかジャガーや豹、チーターと言ったほうが正解だろう。
「(シエルのお友達を見に来たわ。あら、ウィルも来ていたの?おひさしぶりね)」
「ああ、久しぶりだなヴァールカッサ。相変わらず綺麗だな」
「(お世辞を言っても何も出やしないわ)」
「こりゃ残念」
ヴァールカッサは俺達の顔を順番に見て笑顔で挨拶をし始める。
「(私の名前はヴァールカッサ。エルトウェリオン家に仕えているしがない精霊よ。宜しくね)」
俺達が各々自己紹介をするとヴァールカッサは俺の指輪を見始めた。
「(あらあら、これ久しぶりに見たわ。あの方が前に落としたって仰っていたから心配していたけど、どうやら心配は必要ないらしいわね)」
「この指輪のことを知ってるのか!?」
ウィルさんがヴァールカッサに詰め寄り、彼女は知っていると肯定をした。
「(詳しくは話せないけど、これは今のあなたがつけている分には危ないものではないわ。将来は分からないけどね)」
「その言い方すっごい不安なんですけど」
「(大丈夫よ。ちゃんとあの方にも報告しておくから変なことにはならないわ)」
「元々の所有者がいるって事か。あの方って誰なんだ?」
俺もそのことが気になってました。
所有者がいるなら早く返したいんだけど。メッチャ怖くなってきたし。
「(聖帝聖下よ。元々はあの方が精霊達と一緒に作り上げたものだったかしら?かなり昔のことだから忘れちゃったわ)」
「今の話を聞いていると明らかに疑問が湧いてくるんですが、質問よろしいでしょうか」
ゴンドリアがヴァールカッサにそう問いかけた。
「(私の答えられる範疇ならいいわよ)」
「ヴァールカッサ様がかなり昔と仰っていましたが、昔の聖帝聖下と今の聖帝聖下が一緒のように聞こえたんですが…」
「(そうよ。この国が出来てから今までこの国の元首は一度たりとも変わった事なんて無いわ)」
この言葉にその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。
計算してみると聖帝聖下は少なくとも1万年以上は生きていることになる。
ありえないだろ、そんなこと。
動物が何かの理由で長命化するものは数例報告はあるらしいが、人間は長命化できないのが定説だ。
「………やっぱり」
ウィルさんが小さな声で何かを呟いた。
「ウィル兄さん。何がやっぱりなんですか?」
「昔うちの図書室で古い文献を見つけたんだ。親父に聞いてみたらすぐにその文献は取り上げられたが、その文献にはこう書かれていた…」
ウィルさんは重い口調で文献の内容を話し出した。
『世界の理を逸脱した偉大なる王。光と闇に抱かれた精霊の愛し子。その姿漆黒の髪に紫闇の瞳、纏いし力は精霊の恩寵なり。フォン・オーエンハルト・デ・ホーエンハイムから生でたオルフェデルタ・フェスモデウスなぅぐ…』
「(そこからは駄目よ。いくら24家の子だからと言ってこれ以上口外すると記憶を消されてしまうわ)」
ヴァールカッサがウィルさんを笑いながら注意したが、その目には暖かさが全く無い。
「(別にあの方は隠してはいないようだけどね。こっちは色々出してもらっては困るのよ。あの方をお守りするのも私達の役目だしね)」
「…ハァハァ……つまりボロディンや他の奴等が俺達の家…24家にいるのはある意味監視役ってわけか…?」
「(そうね。でも私達が24家に下賜されたのは本当に褒美としてよ。子を思う親のようなものね。これは隠し立てはしてないから言うけど、24家の祖は殆どあの方の子供や子孫だから)」
もはや衝撃ばかりで言葉も出ない。
こんな場所で俺達なんかに話して良い内容ではないし、それを知ってしまった俺達はどうなるんだ…
「本当にそんなことを話してもいいんですか?俺やユーリは他国の人間ですよ」
「(大丈夫よ。この話をする前に魔法をかけたもの。書いたり話したり伝えたり出来ないようにする魔法をね。伝えたくても伝えられないわ、発動はこの部屋を出た瞬間から始まるようにしているからまだ大丈夫だけどね)」
俺達は知らず知らずに恐ろしい魔法をかけられていたようだ。
彼女が言うには命にはまったく問題ないから安心しろとのことだが、全く安心なんて出来やしない。
「(さて、そろそろ日向ぼっこの時間だし、シエルの顔も見れたからもう行くわね。ごきげんよう)」
そう言ってヴァールカッサは言いたいことだけ言った後煙のように姿を変えて去っていった。
「……………………………」
部屋に残された俺達は沈黙と共にお互い重い枷を背負ってしまったと悲観する。
そんな俺達が重い空気で過ごす中、大公様と公爵様が帰ってきたようで部屋の中へと入ってくる。
その重い空気の理由を尋ねられ答えると2人とも笑いながら説明してくれた。
「大丈夫だ。ヴァールカッサも脅しなどではなく悪戯でやったのだろうな。儂も昔に似たようなことをされたわい」
「私もやられたよ。これは伝統行事みたいなものだね。気にすること無い、あれは一種の愛情表現だからね。気に入った人にしかやらないらしいから心配は要らないよ」
「気に入った人にやる行為じゃないような気がするんですが…」
「悠久の時を過ごしていると皆捻くれて来るんだろう。どこの家の奴もあんな感じだ。ウィル坊は実家ではいつも遊ばれていただろう。あれがあやつらの愛情表現だ」
「うわ!思い出したら余計にむかついてきた!」
そんな愛情表現はいらない。
いきなり何時爆発するのかわからない爆弾を背負わされた身にもなってくれ。
こうして俺達のエルトウェリオン公爵領の一日が終わった。