第三十九話 師匠
あれから直ぐに昼食の準備ができたと言う事で、アードフさんに案内されてダイニングのような食堂で昼食をとらせてもらった。
昼食のメニューはサラダとスープにちょっとした肉と魚を挟んだバゲットサンドイッチ、最後に甘いお菓子と紅茶が出された。
味は言う事もなく美味しかったし量も丁度良く、ほっこりした気分になれた。
昼食を食べて少しゆったりとした後、俺は今回来た目的の祭りについて聞いてみることにした。
「なぁ、花祭りってどんな祭りなんだ?前聞いた時は物凄くぼやけた説明しかされなかったから良く分かってないんだが」
「ああ、花祭りの事だね」
シエルによれば花祭りとは建国記念日のようなものらしい。
聖帝国が建国される前にあったエルトウェリオン王国の建国の祝祭が、今日の花祭りとして残ったのだという。
なんでもエルトウェリオン家が創立された時の話から、フェスモデウス聖帝国に併合された時の話までの古の伝説を演劇として町で上演するらしいのだ。
フェスモデウス聖帝国が建国されてから約1万年と少し、エルトウェリオン家が創設されてから約1万と700年だ。
そのため規模と内容はすさまじく、どんなに端折っても五日は見て貰わないと上演できない。
年に一度のペースで上演しているとはいえ、公爵たちは祭りの期間は大忙しらしい。
魔法を使ってエルドラド中に演劇がみられるようにするようだが、内容は同じでも毎年同じではつまらないと、少しずつ演出を変えているのでより大変なのだとシエルは語った。
「今年はホーエンハイム家とアライアス家の当主もご招待しているらしいから余計に気合が入ってるんだよね」
「誰だそれ?」
「「「「「「えーーーー!!?」」」」」」
ルピシーの言葉にルピシー以外の全員が声を上げた。
紅茶を給仕してくれていた使用人さん達の頬の筋肉も驚きでピクピクしているのが見て取れた。
「あんたそれ本気でいってんの!?」
「それは流石に…」
「この俺でも知ってるのに、お前マジでなんなの?」
「しょうがないだろうが!知らないものは知らん!!」
「「「「「「威張るな」」」」」」
ホーエンハイム家とアライアス家は正式名称ホーエンハイム公爵家とアライアス公爵家という。
名前を聞けば分かるが、言わずと知れたフェスモデウス聖帝国の3公爵家の2家だ。
残りの1つは俺たちが今いるシエルの家のエルトウェリオン公爵家である。
ホーエンハイム家はエルトウェリオン家に次ぐ歴史を誇る名家であり、アライアス家も6番目に古い家だ。
通常の祭りの時ならば来ないのだが今年は予め会合の予定があり、その会合のついでに花祭りに参加するらしいのだ。
そのため大公様と公爵様は例年以上に張り切っていて、シエルは勿論ジョエル君とノエルちゃんを呼んで大掛かりな演出を見せてやろうと張り切っていたのだと言う。
しかしジョエル君とノエルちゃんは帰ってこず肩透かしを食らい、張り切ってるパパを見せられないと悔しがっていたのがさっきの公爵の涙の理由らしい。
ぶっちゃけハッチャケた親父ほどうざったいものはないのにな…
「花祭りの始まりは2日後だから今日と明日はゆっくり出来るよ」
「てっきり次代に祭りの準備を覚えさせるためにシエルを戻ってこさせたと思ってたけどな」
「それ冗談じゃ終わらないから言うのやめてね、おじい様あたりは虎視眈々とそれを狙ってるんだから」
コンコン
談話室で談笑しているとノックの音が部屋に届く。
シエルが入室を許可するとアードフさんが来客を知らせにきた。
「来客?誰かな?アードフが僕を呼びに来たってことは知り合いか爵位のある方、もしくはそれに準ずる人ぐらいだろうし…」
「俺達部屋に戻ってようか?」
「ウィルブライン様がお見えでございます」
気を使って腰を上げるとアードフさんが来客名を告げてきた。
が、当然俺達は誰それ状態である。
「あ~ウィル兄さんか。お通しして」
「かしこまりました」
「その反応なら知り合いか」
「うん。セボリーとフェディには言った事はあるんだけど、例の紙煙草の人」
「あー、あの例の精神年齢が低そうな人か」
「今の話を聞いてる分にはルピシーしか思い浮かばないな」
「うっさいわ!どうせ俺は精神年れ」
バタァーーーーン!!!
ルピシーの声をさえぎって扉が強く開かれると無精ひげの男がそこに立っていた。
おいあんちゃん、もっと静かに開けろや。
絶対その扉も高いものだぞ!
「だ~れが精神年齢低いって~?」
「やぁ、ウィル兄さん久しぶり、相変わらずだね」
「おう、シエル久しぶりだな。なにやら儲けているらしいじゃないか」
「僕だけの力じゃないよ。友達と一緒に稼いでいるだけでね。それに稼ぎだとウィル兄さんのほうが多いでしょ?」
「それは重畳なこった。って誤魔化されねーぞ、誰だ精神年齢低いって言った奴」
「「「「「「こいつです」」」」」」
「え!?俺ぇーー!?」
皆一斉にルピシーを指差した。
ユーリもやっと分かってきたな。
「そうか、お前か。よし!可愛がってやるから表に出ろや」
指の骨を鳴らし犬歯をむき出しにして笑うウィルブラインさんとやら、ノリノリである。
「えーーーー!?あ、でも良いや。剣の訓練になりそうだし」
「はいはい。分かっててふざけるのもやめたら?ウィル兄さん」
「なんだ。つまらねーな。もっとボケてたかったのに。まぁそれはともかく元気そうで何よりだ」
そういって口を尖らせ悪戯小僧のような顔をしてシエルのほうへ歩み寄り、シエルの肩を叩いた。
「皆に紹介するね。この人はウィルブラインさん。こんなのだけどアライアス公爵家の次男で、昔良く僕と遊んでくれた人だよ。もう三十路でいい年なのに、未だにブラついてる所謂職業が遊び人だよ」
なるほど、つまり昔シエルと一緒に遊んでくれた高貴なNEETですね。わかります。
「そうそう、あっちでブラブラこっちでブラブラ、ってっちげーわ!迷宮冒険者だっつーの!!お前昔から腹黒い性格してたけど前より磨きがかかってんぞ」
しかし良いツッコミである。
この人なら良い芸人になってくれそうだ。
高貴な芸人か、昔いたような気がするな…
っていうか俺が知ってる24家の直系の成人って碌な奴いないんだけど…
………マジで大丈夫か?この国。
「あの可愛かったシエルは何処へだ。まぁ今も十分可愛いがな」
「やめてよ、僕にはそっちの趣味無いんだからね」
「俺にもねーわ!!」
「どうでも良いから自分で自己紹介しなよ」
「俺に対する扱い悪過ぎないか?アードフお前からも言ってやれ」
「とりあえず私はシエル坊ちゃんの味方でございます」
「皆冷たいぜ!?少しは相手してやれよ!」
「お!少年お前なかなか良い奴だな!見所があるぜ!」
「迷宮冒険者なんだから金持ってそうだし奢ってくれるかもしれないんだぜ!?」
「そっちかよ!!期待して損したわ!!!」
何!?ルピシーが上げて落とすと言う高等テクをやっただと!?
何気に成長してるな、お笑い方面に。
「はぁ、わーったよ。俺はウィルブライン。ウィルブライン・エリック・ガウェイン・ライオニール・ベルファゴル・アライアスだ。迷宮冒険者として生計を立てている、ちょっぴりお茶目な30歳だ」
あ、馬鹿だわこの人。
自分でちょっぴりお茶目とか言う人にまともな人間はいない。
それにしてもこの国の上流階級の人ってやっぱりお名前が長くてらっしゃいますね、覚えられる気がしませんことよ。
そんなウィルブラインさんは身長180後半で、良く焼けた白い肌に鈍い金髪の中に赤毛が混じっており、エメラルドグリーンの目をした無精ひげの美男子だった。
24家の人達ってなんでこんなに美形が多いんだよ!
世の中不公平だ!責任者出て来い!!
ウィルブラインさんが自己紹介した後、フェディがウィルブラインさんのスタスタと方へ歩いていく。
「どうもフェデリコ・エミリオスです。早速ですが紙煙草を見せてください、うん」
「お!お前もいける口か!?ほれ一本やるぞ!」
「ウィルブライン様、未成年に煙草を勧めないでください」
「んだよアードフ。お堅いこと言うなって。俺がこの年の頃は酒も煙草もやってたぜ」
「なんかすっごい不良中年って感じね」
「おい!そこのお嬢ちゃん!俺はまだ30歳だ!」
「あ、そいつ男ですよ。立派なモノを隠し持ってます」
「なにーーーーーー!!?」
「30歳でも僕達12~3歳のお子様からしてみたら十分中年だよね」
「私に振るな。ここはノーコメントだ」
一騒動あった後、事情を説明して紙煙草の紙を見せてもらうことが出来た。
どうやら使っている魔封紙のグレードはわざと低いものを使っているらしい。
あまりグレードが高いとコストも高くなるし、燃え辛く煙草の紙には適さないのだという。
ウィルブラインさんから貰った紙煙草を解体しながら研究に夢中になっているフェディは放っておくとして、シエルが来訪の理由を尋ねた。
「それでウィル兄さんはなんでここに来たの?まぁ、大体事情は分かってるけどね」
「分かってるのなら聞くなよ。まぁ予想通り親父の護衛役だな。後久しぶりにお前に会おうと思ってたしな」
「同じ学園都市にいるんだから会いに来てくれれば良かったのに」
「お前俺が通過承認の門に拒否られてるの知ってる癖によく言うわ!」
おいおい、あの門に拒否られるってかなりやばいことやってんじゃないのか?
マジでこの人何したの?
話を折るようで悪いが質問してみよう…
「何をしたんですか?あの門に拒否られてる人見たの初めてなんですが」
俺の質問にウィルブラインさんはモゴモゴと口を動かした後、口笛を吹き始める。
そこに呆れ顔でシエルが項言い放った。
「学園内で乱痴気騒ぎ起こしたんだってよ。友人数人とお酒飲んで、良い気分になって裸で学舎内走り回ったんだってさ。本来なら停学と厳重注意&社会奉仕のペナルティだけど卒業間際だったし、早く卒業させろと女子学生と女性教員からの苦情と言うか温情で卒業後は門をくぐれなくなるだけで済んだらしい」
「バッカでぇ!」
「おい!やっぱりお前表出ろ!ボッコボコにしてやるよ!!」
いや、相当な馬鹿ですな。
正に逸材。稀に見る馬鹿だわ。
じゃあ、試しの迷宮に来れば良かったのではと思い問いかけてみれば。
「………俺は試しの迷宮も出禁なんだよ!」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
「13年位前に試しの迷宮内でお酒飲んで裸になって、一気に100階層まで行ったらしいんだ。」
「「「「「「懲りてねぇ」」」」」」
「100階層まで行くうちに興奮して色々な所が元気になっちゃったらしくて、丁度100階層で狩をしていた複数の女性パーティが事務所にクレームを言いに行ったらしいんだ」
「「「「「「うわぁ…」」」」」」
「それで女性冒険者と迷宮事務所の女性職員から不評を買って、試しの迷宮を出禁になったんだってさ」
「…………………………」
駄目だこいつどうにかしないと…
言っちゃ悪いがドン引きだわ。
「言っておくが普通の迷宮じゃ裸の奴なんてザラだぜ。酒飲んで酔いながら探索してる奴なんてすっげー多いんだぞ」
「でも大事な所を元気にしながら探索する人はあんまりいないと思うよ」
「戦ってる間に色々興奮するんだよ!いうか言わないか皆こんなもんだ!」
ああ、この人戦闘狂だわ。
育ちの良さが全く出てないのも凄いな…ある意味尊敬ものだ…
「それに出禁になったのは俺だけじゃねーよ!マゾワンの奴も一緒に出禁になったしな!!」
ん?マゾワンってどっかで聞いたことあるぞ?
どこだったか…
「あの…」
「どうしたのユーリ」
ユーリが青い顔をしながら言葉を発した。
「マゾワンさんって、確かセボリーさん印の制服を絶賛した飲食店のオーナーさんがそんな名前だったような気がするんですが…」
「!!!」
そうだったわ…オラオラ系ドM犬の飲食店オーナーの名前がマゾワンさんだったわ…
いや、もしかしたら名前が同じだけの人かもしれん、だが確認はしないでおこう…
「確か今あいつ学園都市内で飲食店のオーナーやってたんじゃなかったけか?そう言えばこの前素晴らしい服を作る商会を見つけたって俺に連絡してきたな。アレから連絡とってねーけど、アレはなんだったんだ?」
「「「「「「………………………」」」」」」
終わった。終わりましたよコンチクショー…
変態の仲間はやっぱり変態か…
「まぁ、どうでも良いかそんなこと」
「「「「「「どうでもよくねーよ」」」」」」
フェディは渡された紙に夢中なのか全く聞こえていない様子で、自分の世界の中へ旅立っている。
こんな中でも気にも留めないフェディの集中力がうらやましいわ…
「失礼かもしれませんが、色々自分の人生見直したほうが良いですよ。それにもう良い齢なんだから落ち着きましょうよ」
「なんだよ。シエルの友達いるって聞いたから、折角今度学園都市内で薄着の綺麗な姉ちゃんがいっぱいいる所に連れて行ってやろうと思ったのにな」
「そうですね!常識なんてどうでも良いですよねそんなこと!」
「お前急に手のひら返して、結構いい性格してんな。よし!気に入った!今度連れてってやる!!」
「やっほーい!」
「…セボリー」
「私たちは未成年だからそういった店には入れないのでは?」
「蛇の道は蛇だぜ。抜け道なんて山ほどあらぁ」
「ご伝授お願いします!!」
「お!じゃあ今度行くか!」
「一生ついていきます!師匠!!!」
「よせやぃ!調子に乗って色んな店に連れて行っちゃうぞ!」
「どうかご教授お願いします!!」
みんなの視線が痛いがそんなこと気にしてられるかよ!
思春期のお年頃舐めるなよ!!
冷たい視線よりその先にあるピンク色の桃源郷に決まってるぜ!!
こうして思わぬ所で俺の心の師匠が誕生した。