第三十八話 シエルの部屋にて
客室に案内されると10畳ほどの一人部屋で机と椅子とベッド、トイレとバスがついていて、物凄く快適な部屋だった。
装飾もシンプルで、白い漆喰色の壁も趣味が良い。
うん。やっぱり小市民にはこう言った部屋のほうが落ち着くわぁ。
あれ?でもよく見ると調度品とかシンプルに見えるけど、かなり作りがいい。
これ普通の値段に見えて実はめちゃくちゃ高いやつっぽいぞ。
椅子に座り暫く内装を見た後、荷物を出そうと思っていたら急に扉が開きルピシーが部屋へ入ってきた。
「なぁ!探検しようぜ!!」
「まずはノックしてから入って来い、それと人の家を勝手に探検するなボケ」
「ケチケチすんなって。シエルの父ちゃん母ちゃんも寛げって言ってたじゃねーか!」
「言葉をそのまま受け取るなよ。お前な、シエルの友達としてきてるんだからシエルの顔に泥塗るような言動は止せよ。十分に注意しろ」
「まぁ、別邸は秘密にするものがそんなに無いから、別に探索しても全く問題は無いけどね」
「ほら!シエルだってそう言ってるじゃねーか!……ってシエル!!」
いつの間にか俺にあてがわれた部屋にシエルも来ていた。
どこかの馬鹿が開けっ放しにしていた扉をちゃんとノックして入ってきた所を見ているので俺は知っていたが、ルピシーは気づかなかったようだ。
「そうは言っても、この屋敷の調度品って無造作に置いてあるけどかなり高価なものだろ?もしもどっかの馬鹿がはしゃいで壊したら、弁償するのに何十年も掛かりますとか言われそうだから怖いんですけど」
「そうだね。高いものはいっぱいあるよ。例えば、今僕達の話に飽きてルピシーが懸垂するために手をかけている照明器具は僕達が販売している護符が100個単位で買える代物だしね」
「おい貴様!!その汚い手を放せやボケェ!!!」
「え?なんで?」
「お前今の話聞いてなかったのか!?」
「ごめん、難しくて聞く気にもならなかったからとりあえず懸垂でもしようかなって思ってた」
「なぁ、シエル。やっぱりこいつ連れてきたの間違いじゃなかったか…」
「う~ん。僕もちょっとそう思いかけてきたかな」
「とりあえずお前は走るな、動くな、息をするな!」
「俺に死ねというのか!?」
「大丈夫だ、馬鹿は死んでも馬鹿である」
「意味わかんねーよ!しかも結局死んでるじゃねーか!!」
「いいか、良く聞け。ここは聖帝国の嫉妬と悪巧みが渦巻く世界の中枢の一つだ。それを重々心とツルッツルの脳みそに刻み込んで覚えておけ」
「ひどい言われようだなぁ。そんな伏魔殿のようなところではないんだけど」
「よくわからんが一応解った」
「絶対だぞ。もし忘れたら例のオラオラ系ドM犬の飲食店オーナーにお前のことを紹介してやる」
「ハイ!ワカリマシタ!!」
「話がまとまったようだし僕の部屋に来ない?実はもう他のみんなには声をかけた所なんだよね」
「マジか。じゃー行くわ。おら、行くぞ」
シエルに誘われたので、シエルの部屋へと向かうことにしましょうか。
ルピシーごめんな。
実はさ、お前とロベルトの本があるだろう。
あれまだ出版されていないけどさ、例のオーナーってとある一部の熱狂的マニア層の一人で、サンティアスなんでも同好会のメンバーとも繋がりがあるらしいんだわ。
だからお前の情報はもうとっくにあっちに渡ってるんだよ。
前に会った時もお前の情報を教えてくれないかと言われて、ある程度教えちゃった。テヘ☆
ルピシーよ安らかに眠れ、南無南無。
この別邸は地下1階地上3階建てになっており、さっきの応接間は1階で俺達にあてがわれた部屋は2階にある。
そこからプライベートフロアの3階のシエルの部屋は移転陣か隠し階段でしかいけないようになっているらしく、俺達も移転陣で移動するために移転陣がある部屋へと向かっている。
「隠し階段の存在教えても大丈夫なのか?この馬鹿なら野生の勘を働かせて探り当てるぞ」
「僕もそう思ったんだけどさ、前に試の迷宮で隠し扉発見したよね。あれを思うと言っても言わなくても同じかなと思ったんだよね。野生の勘って恐ろしいよね」
「確かにそうだな。馬鹿の勘は馬鹿には出来ないからな」
「なんかすっげー馬鹿にされてるような気がするんだが…」
「「気のせいだよ」」
「だよな!」
「当たり前じゃないか、友達だろ」
「そうだよ、友達を疑うのかい?」
「そんな訳ないだろ!」
「はいはい、じゃー行こう。移転陣はこっちだよ」
移転陣で3階に上がりシエルの部屋に入るともうすでに皆集まっていた。
しかし、シエルの部屋は金持ち特有の煌びやかさが無いな、なんか残念だ。
普通に落ち着いた感じの良い部屋だわ。
「シエルん家って金持ちだからもっと派手かと思ったら全然派手じゃないな!」
「お前本当にさっきの話聞いてなかったんだな…」
「え?何?何の話?うん」
「いや、俺とシエルがこの家の調度品が高価だって話してたらこいつが話し聞いてなくて、照明器具に飛び乗って懸垂し始めたんだよ。」
「馬鹿じゃないの?うん」
「あんた本当にやめなさいよ!そのうち追い出されるわよ!」
「その時は移転陣の許可証も没収するからな、自力で帰って来いよ」
「がんばってくださいね。応援はしませんから」
「まぁ、馬鹿は放っておいて、確かにもっと煌びやかな感じかと思ったけどな」
「そんな四六時中煌びやかだと目が疲れるからね。でも一応素材や工法は一流だよ」
「それは感じたわ。だって公爵夫妻と大公夫妻の服は一見質素だけど、見る人が見れば目が飛び出て驚くわよ」
「え?そんなに凄いの着てたのか?俺には全然わからなかったぞ!!お茶菓子は旨かったが」
「あんたはそればっかね。あれは布以前に糸の素材から違うわ。あたしも前にロディアス師匠に見せてもらって初めて知ったものだけどね」
ゴンドリアが言うには公爵夫妻と大公夫妻の服は、着ているだけで攻撃魔法や悪意のある魔法を弾き病魔の感染も防いで、大気中の魔力を吸収し半永久的に効力が続くという代物らしい。
その糸も普通の糸に精霊石の粉を混ぜ込むのではなく精霊石と魔石だけから成り、製法も秘密にされ作れる人が少なく殆ど流通が無いのでとても高価らしいのだ。
ロディアスさんが見せてくれた1メートル弱の生地でさえ、末端価格を聞いただけで震えが来るような額だったそうな。
そんな生地を贅沢にも使っている服を見せられたものだから、余計に緊張したらしい。
「ああ、あれは国の要人だったら皆着てるよ。24家の人なら皆着てるしね」
「その割にはシエルは着ていないな」
「学園に入るもっと小さいときは着せられてたよ。24家の子供が生まれてきたらあの布でおくるみを作るのが慣例だしね」
「なるほど、免疫力がつくまでの処置か」
「そういうこと」
「まだまだどえらい秘密がありそうだな」
「あるよ。例えばこの家に入ってから廊下や隣室から音は聞こえてるかい?」
「………そういえば静かだな」
「まさか魔法で防聴してるのか?」
「正解でもあり不正解でもあるね。実はこの屋敷自体が魔道具なんだよねぇ」
「「「「「「は?」」」」」」
「壁紙を剥がせば分かると思うんだけどね、この家の基礎の柱から壁や窓にいたるまで全てに古代精霊アルゲア語の魔法構築式がびっちり刻み込まれてるんだよ。これによって悪意のある者の進入を防いだり、快適に過ごせるように1年中同じ室温に保ってたりするんだよ。勿論防聴効果もあるけどね」
「ということはまだまだ機能があるんだな」
「そうだよ。ついでに言うとね、この別邸の塀もそうだよ。悪意のある者は入れないようになっているんだ。つまりうちの門をくぐれたって時点で父上たちも警戒する必要が無かったって事」
「はぁー、なんか凄すぎて言葉が出てきません」
「またまたついでにこの壁紙もさっきの服の糸と同じ製法で作られたものだよ。皆の部屋も同じ壁紙を使っているしね」
「なんかもうお腹いっぱいになってきた」
「なんだセボリー情けないぞ。さっき食ったの茶菓子だけじゃねーか!」
「そっちじゃねーよボケェ!!」
前から思っていたがこいつ年取るごとに段々と馬鹿になってこないか?
わざとなのか?
いや、こいつがわざとこんな事を起こすわけがない。
もしかしたら俺達が甘やかしすぎたのか?
多分それだ。帰ったら皆に言って厳しく調きょ…躾け直そう。
「そういえばフェディが24家の血が強いのは知ってたけど、お母様がノインシュヴァク伯爵家の出だったのね」
「うん」
「僕とフェディのひいお爺様が同じなんだよ。僕のお爺様の弟がノインシュヴァク家に婿に入ったからね」
「つまり大公様とフェディのおじいさんは兄弟ってことか」
「そういうことだね」
「ぼくも話には聞いていたけどお会いするのは初めてだったよ、うん。でもやっぱり大公様はぼくのおじい様に似てた、うん」
「そんじゃフェディの爺ちゃんが今の伯爵なのか!?」
「違うよ。今のノインシュヴァク当主はフェディのお伯母様だよ。ついでに言うと先代当主はフェディのお婆様だしね」
「女性でも家を継げるのは凄いですね。私の国では女性には基本的に継承権はありません。もし女性が継ぐとしても他に男子がいない場合で、それも次に繋げる為の救済処置としてです」
「私の国もそうだな。継承権は男子のほうが圧倒的に強い。直系の男子がいなくなれば直系の女性と傍系の男子が結婚して、生まれた男子が継ぐという感じだな」
「なんだかなぁ…」
「とりあえず、フェディの伯母ちゃんも婆ちゃんも偉いってことだな」
本当にお前は適当だな、まぁ大体あってるけど。
「フェディさんのお母様もえらいですよ。准伯爵様ですもん」
「偉い事は偉いけど殆ど社交界には顔を出さないし、外出もすることも稀だから爵位持ってても意味無いよ、うん」
「すっごい高貴な引き篭もりだな」
「その分お父様にしわ寄せが行ってるんだよね。お母様が外に出ない代わりに外事は全てお父様が引き受けてるから、うん」
「だから仕事の出来るヒモって呼ばれてるのか。でもそれむしろヒモでじゃなくて会頭みたいなものだろ」
「お父様はそれでもいいみたい。お母様のことが大好きだから、うん。昔お母様が珍しく外出したときに心配でしょうがなかったらしくてお母様の外出先までついていって見守ってたらしいし、うん」
「完全にストーカーじゃねーか!!!いや……仲良きことは美しき哉」
「なにそれ?」
「なんでもない」
「聞いてる分にはフェディの父上は行動力がすごそうだな」
「物理的にも強いよ。ぼくが体術できるのってお父様に仕込まれたからだし、うん」
「へー、そうなんだ。もしかしてフェディのお母さんに寄り付く男どもを片っ端から成敗したとかな」
「それはないけど、昔お母様に言い寄ってきた男がいたらしいんだ。お父様にその男はどうなったのって聞いたら、いい笑顔で「生きてるよ。生きてるだけだけど」って言ってたよ、うん」
「怖いわ!」
「もしかしてフェディが体術仕込まれたのって…」
「そう。自分がいなくてもお母様を守れるようにするため、うん」
シエルの家族もなかなかキャラが濃かったが、フェディの両親もキャラが濃いな…
「夫婦の形って本当に色々ね。あたしも頑張ってあたしの趣味を理解してくれる女の子探しましょ」
「私も素敵な男性に巡り合いたいです」
「出来るわよ!ここは聖帝国よ!きっと巡り合えるわ!」
「はい!」
「「「「………」」」」
「なぁ、昼飯まだか?腹減った…」
「モキュー…」
ゴンドリアとユーリが盛り上がっている中、馬鹿一匹と謎の生物一匹の言葉が清涼剤になるとは思いもしなかったよママン。
とりあえずあの例のオーナーにお前の情報を只で渡すつもりだったが、お前へのお礼としてあのオーナーの店の飲食無料券をもぎ取って来てやんよ!
楽しみに待ってろ。